2.ニュー・グランド 3

 クロウニーと赤点回避の勉強会といっても、毎日しているわけではない。と言うか、毎日していたら、クロウニーのメンバーおばかちゃんたちの身がもたない。


 そういうわけで、勉強会がない時に、真琴は麗と遊びに行く約束を取り付けた。最近、話題になっているかき氷を始めたカフェへ行きたかったからだ。


 授業が終わり、ツナギから制服へと着替えた真琴が、麗との待ち合わせ場所に行くと、麗が男達に囲まれて澄ました顔で待っていた。

 真琴は思わず、柱の陰に隠れてその集団を観察してしまう。

 麗を囲んでいる男達は、優、佐伯に、なぜか勇吾と和也だった。

 百歩譲って、優と佐伯はわかる。麗と同じクラスで、麗が何か、正常な判断ができなくなった結果、誘ってしまう可能性がなくはないからだ。だが、なぜ、勇吾と和也がいる?


 この不思議な組み合わせの集団は、注目を集めていた。しかし、彼らは注目され慣れているのか、心臓に毛が生えているのか、誰も周りからの視線を気にしていないようだった。

 あの注目の中に入って行くのか、と思うと、気が滅入ったが、いつまでも麗を待たせるわけにもいかない。単にあそこで立ち話をしているだけの可能性に賭けて、真琴は麗の名前を呼びながら、近寄っていった。


「ウララちゃん、お待たせ」

「遅いわよ、マコト」


 というやり取りに、和也が言葉をかぶせてきた。


「お、マジで、マコトちゃん、着替えてる」


 そう言う和也と勇吾は、いつものツナギ姿だった。着替えるの、めんどくさくねぇ?と問われるが、真琴としてはツナギで一人、校外をウロウロする方が恥ずかしい。


 そのまま、一行は移動を始める。二人も行くの?と問えば、前からユーゴが行きたがってたからさ、と答えが返ってきた。


 麗に聞いたところ、真琴が麗を誘ったのをどうやってか察知した優が、待ち合わせ場所の昇降口に現れ、押し問答をしているところに勇吾と和也が通りかかり、うやむやのままに皆で行くことになってしまったそうだ。


「あなた達、デートについてくるなんて、野暮やぼだと思わないの?」


 麗がローファーに履き替えながら言うと、だから付いて来たんじゃないか、と、優が真面目に返した。


「またまた〜。スグルちゃんが言うと、冗談に聞こえないぜ?」

「冗談じゃないからね」

「馬に蹴られたいの?」


 和也が茶化すと、二人がすかさず反論した。二人のきっぱりした物言いに、和也は押されたが、優は麗の言葉を聞いて、なぜか嬉しそうだった。


「ウララちゃんのこう言う所、いいと思わない?」

「いや〜、俺には理解できんわ」


 そんなことを話しながら、楽しそうに駅へと向かう。意外とこの三人は気が合うのかもしれない。


 残された三人、真琴、勇吾、佐伯は、共通の話題もないまま、ぎこちなく、お互いの情報交換をしていた。


「……あのー、佐伯くんも、特技コースなんだよね?何してる人?」

「俺も、あの二人と一緒で、『家の事情で毎日学校に来られない』人だ」

「あ、そうなんだ。……じゃ、ウララちゃんみたいに?」

「あー、まぁ、二階堂ほど名家じゃないが、そこそこ忙しいからな」


 真琴は表情を変えずに、へぇ〜、と相槌を打つが、思いがけず出てきた麗の情報にどきっとした。今まで真琴は、麗の家が名家だと言うことさえ知らなかった。家の話になると、麗の口が重くなるので、詳しく聞いたことがなかったからだ。

 それなのに、麗の家のことも知っているこの人は、彼女とどういう関係なんだろう、と、不思議に思う。と、


「お前と、ウララはどういう知り合いなんだ?」


 真琴が聞いていいのかどうかと躊躇ちゅうちょしたことを、勇吾が不躾ぶしつけに訊ねた。


「あぁ――」


 そこで一瞬佐伯は躊躇した。誤魔化そうかどうか考えたようにも見えたが、そうはしなかったらしい。


「――婚約者だ。親が決めた」


「えぇ!?」「は?」


 聞きなれない単語に、思わず大きな声を出してしまった。その声に、前を歩いていた三人が振り返る。


「どした?」


 和也が訊ねるが、これを自分たちが言っていいことなのか、と、真琴と勇吾は目を見合わせた。だが、佐伯はけろっと、「俺が二階堂の婚約者候補だっていう話をしていた」と言った。


 その佐伯の言葉に、和也は驚いたが、麗と優は特に反応しなかった。


「親が決めたものだから。どうなるかわからないわよ」

「え、でも、スグルちゃん……」


 平然とした顔で麗が言うが、初耳の三人は麗と優の顔を見比べてしまう。


「大丈夫。二人にその気はないし、それなら付け入る隙は十分あるから」

「……どうして、あなたの頭の中には、佐伯君か、自分かしかないのかしら。全く違う人を好きになる可能性もあるじゃない」

「あはは。今のウララちゃんの周りで、僕の脅威になる人はいないでしょ?」

「……あなたが、私の周囲の何を知っているのよ」

「……う〜ん。いろいろ?」


 そう言ってニコニコ笑う優に、麗は付き合いきれないとため息をこぼした。


◇◇◇


「うぅっ、おいしい……」


 細かく削られた氷が、口の中で溶けていく。それとともに、桃の濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、真琴は思わず声を上げていた。

 だが、その表情は罪悪感で一杯だった。


「もう。情けない顔してないで。おいしいものはおいしく食べなさい。私のマンゴーも食べる?」

「食べるぅ」


 そう言うと、遠慮なく麗の氷の山を崩し、とろりと溶けかけた氷を口いっぱい頬張った。


「……おいしい。私のも、食べる?」

「じゃ、いただくわ」

「ウララちゃん、僕のも一口、いる?」

「けっこうよ」

「スグル、俺のと交換しよう」


 優があっさり麗に拒否られ、それを慰めるように佐伯が交換を申し出た。


 四人は当初の計画通り、かき氷屋にいた。


 ――そう、である。勇吾と和也は途中で置いてきた。


 いや、わざと意地悪をして、置いてきたわけでは、決してない。決してないのだが――。


 置いてくる原因を作ったのが真琴だったため、彼女は責任を感じて、おいしいものを素直に味わえないでいた。

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