1.デファクト・スタンダード 3

「こんにちは……って、何、体育始まる前から疲れているのよ。マコト」

「ちは〜。……疲れてるように見える?見えるよね。実際疲れてるんだよ〜〜〜」


 そう言って、真琴が頭を抱えて悲鳴をあげた。それを、可哀想な人を見る目で見る少女。


 今は、体育の授業開始前である。工業科はクラスの男女比が極端なので、普通科と合同で体育を行なっている。今日、女子は体育館で球技だ。


「聞いたわよ。『姫』なんですって?」

「うぇ!ウララちゃんにまで噂回ってるのか!」


 真琴が、そう嫌そうに叫ぶ。


 少女――うららは、高校でできた真琴の唯一の女友達だった。普通科の特別技能とくべつぎのうコース、通称特技とくぎコースに所属している学生で、どこか超然とした雰囲気から、彼女も一人で行動していることが多かった。余った者同士、ペアを組むことが多く、それで、自然と言葉を交わすようになったのだ。


 だが、あまり集団行動が得意でない麗にまで噂が回っているとなると、かなりのことだ。


 勉強会が始まってから、早一週間。その間、他学科の女子の目を気にして、勇吾達と教室外で一緒にならないようにしていた真琴だったが、逃げ切れず教室外で何度か行動を共にしたことがあった。

 その数度だけで、他学科の女生徒達の真琴に対する認識は、「モブ」から「男をはべらすビ○チ」に格上げ(格下げ?)された。更に、男達の中に女が一人という様子が「オタサーの姫」に似ていることから、世界的に有名な配管工ゲームのヒロインの名前をもじった「ビ○チ姫」というありがたくない呼び名まで頂戴したのだった。


「まぁ、まぁ。私は、クラス内で話しているのを小耳に挟んだだけだから」


 直接聞いたわけではない、と慰める麗だったが、それにいかほどの違いがあろうか。


 現に、今日も更衣室で聞こえよがしに陰口を叩かれた。相手は、蔑称の名付け親の特技科の女子だった。メリハリの効いた体に派手な顔立ちのリーダー格と、雰囲気がよく似た取り巻き二人で、どの子も「あたし、サバサバしてっから」を言い訳に、ずけずけ物を言うタイプに見えた。


 その子達が、真琴の方をチラチラ見ながら、地味だとか、性格暗そうとか、まぁ、散々言ってくれたのだ。身内以外の者には通じない呼び名でも、悪意が向いている方向というものは何となく感じられるものだ。真琴は、質量を持ったようにすら感じられる悪意に貫かれながらも、逃げたと思われるのがしゃくでことさら悠々と着替えた。


 女たちの悪意から逃げるために、男たちの友情から逃げる。気がつけば、後ろ向きな方向に進んでいる真琴は、なんだか疲れしてしまっていた。


「『ビ○チ姫』とはよく考えるわね。私の『女王様』よりひねってあるじゃない」

「感心する所、そこ〜?」


 麗は真琴を一切なぐさめない。同じような境遇にいるからこそ、「かわいそう」という慰めほど、神経を逆なでする言葉はないと知っているからだ。

 だから、この状況をおもしろがるようなことを言う。そのおかげで、真琴も落ち込みすぎないで済んでいる。


「はぁ、女王と姫で、王国作れるね」

「あら、いいじゃない。あなたの取り巻きを国民にすれば、完璧ね」

「あの男達を従えようなんて、メンタルどうなってるの」


 恐ろしいほどのメンタルの強さを見せられて、真琴は引いたが、麗は全く意に介していなかった。見るものをゾッとさせる微笑みを浮かべ、


「何かされたら、私に言うのよ。報復は得意だわ」


 と、真琴の耳元で囁いた。ふうっと、甘い吐息が真琴の耳朶を打つ。

 そのゾクゾクとした感覚に、真琴は、この子にだけは何があっても決して言うまいと心に誓うのだった。

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