1.デファクト・スタンダード 2
次の日から、期末テストに向けた勉強会が開始された。
そして、そこには真琴にとって大きな誤算があった。
いや、勉強会は、意外にも真面目に行われたのだ。
真琴はクラスで一番成績がいいとはいえ、赤点だらけのクロウニー全員の面倒を見ることはできない。そこで、和也と長谷川と先生役を分担して、勉強会に当たった。教える方からすれば、真面目に取り組んでくれることに不満はない。
では、何が誤算だったのか。それは――
「マコト、こっちに来い。席、空いているぞ」
「え?……あぁ、うん。ありがと?」
勉強会が開始された翌日。三時間目は理科室での授業だった。移動教室の時、座席は指定されていない。適当に仲のいい者同士で座るのが普通だ。
真琴はいつも通り、最前列の隅に座ろうとしたところを勇吾に声をかけられた。勇吾は最後列の窓際のテーブルに座っていた。彼が言う通り、そこには空いている椅子が一つあった。
そのテーブルは、いつも和也をはじめとする、勇吾と特に仲がいいメンバーが座っているところだった。
このクラスにおける暗黙の了解。一番いい席は、王様とその側近の物である。
だから、
それ故、勇吾に声をかけられて真琴は戸惑った。
勇吾の言う通り、最後列に座るべきかどうか悩んだが、当の勇吾は「来い」と言ったきり、目の前に座っている築島と話し出してしまった。きっと、真琴が自分の言葉に従わないなどと思いもしないのだろう。
――その時、真琴は断固として、一緒の席に座るべきではなかった。単に勉強会だけの付き合いで終わらせたかったら。
だが、あまりにも当然のように誘われたのと、(彼女は絶対認めないだろうが)人恋しさもあったのだろう。真琴は勇吾に言われるがままに、最後列のテーブルに座ってしまった。
その瞬間、真琴は今までの「モブ女子」から外れ、「女子のクラスメイト」に成った。
そのことにより、有機的なクラスネットワークに取り込まれてしまったのだが、彼女はそれに気付けなかった。
あまつさえ、なんだかんだと楽しく授業を受けてしまったのである。
最初こそ、真意がつかめず警戒していた真琴だったが、男たちの特に何も考えていない様子に、徐々に警戒心が薄れていった。
話してみると、彼らと真琴は意外とウマがあった。男同士のノリで、バシバシ叩かれるとかなり痛かったが、不満といえばそれくらいだった。
◇
彼女が自分の迂闊さに気がついたのは、授業が終わってからだった。
授業が終われば、当然、教室に帰る。その時、いつものように一人で帰ろうとした真琴は、和也に話しかけられた。そして、そのまま彼らと教室に帰ることになったのだ。
――その時の、他学科の女子の視線といったら。
今後の学生生活に、希望も期待もなくなったことを、真琴は感じた。
そんな中、同じクラスというだけで、彼らの中に女が一人混じっていたら、周りはどう思うだろうか。
その答えが、これらの視線である。
理科室から教室までの道のりが、いつもの倍以上の長さに感じた。
そういえば、入学した当初、他学科の女子から地味な嫌がらせを受けていたな、と真琴は思い出す。一人で行動することによって、最近は嫌がらせが落ち着いてきたが、今日のこれで、きっとまた再燃するのだろう。
そう思って、げんなりすると同時に、自分の軽はずみな行動を反省した。
反省はしたが、その時はさほど深刻に考えていなかった。なぜなら、真琴は自分が望めば、いつでも「モブ女子」に戻れると思っていたからだ。
だが、一度、ネットワークに絡め取られれば、そこから抜け出すのは至難の技なのだ。
◇
それは、ある休み時間のことだった。
便所行ってくるわ〜と言う和也の言葉に、勇吾も俺もと立ち上がる。そこまではいつもの風景だった。
だが、和也は真琴の近くを通り過ぎる時に、「お、マコトちゃんも一緒に行く〜?」と声をかけてきたのだった。
「だぁれが行くかっ。あんたら、女子中学生?」
そう笑って真琴が返すと、和也がくねくねしながら、え〜、マコトちゃんも一緒に行きましょうよ〜と高い声を出したので、しっしと追い払う。その一連のやりとりを、微笑ましそうに見ている男達。
このやりとりが、当たり前であるかのように受け止められているのを感じて、真琴はゾッとした。これではまるで、クラスメイトのようではないか。
――いや、実際クラスメイトなので、何も間違ってはいないのだが。
今まで
彼女は知らなかったが、これは勇吾が声をかけるという行為によってもたらされた結果だった。彼が自ら声をかけるという行為は、これほどの影響を男たちに与えるのだ。
だが、それを知らない真琴は、急に受け入れられて、ただただ戸惑っていた。
わからなかったが、彼らは普通のクラスメートのように声をかけてくる。
なら、それに合わせるのが正解か?
結局、真琴は、何が普通の友人の距離かわからないまま、彼らと行動を共にすることが増えた。
それは、真琴にとって、決して悪い時間ではなかった。
だが、それは、その度に、周りの女子の視線に晒されると言うことを意味する。
ずっと一人で、(本人的には)ひっそりと生きて来た真琴は、注目されることに慣れていなかった。そのせいか、彼らと遊ぶのは楽しい反面、だんだん彼らが誘ってくるのを重荷に感じるようになってしまった。
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