最終話「たった一人のプリンセス」
それから数年後。俺は中学生になった。
どうやら俺は一族の中でも百年に一回現れるかどうかの天才肌だったらしく、中学生の頃には一人で怪物を淘汰出来るレベルには成長していた。
下級の怪物は勿論、人間一人丸のみにするであろう大蛇や大ムカデ、そして人間の身長の三倍くらいはある巨人の猿や鬼など……数えきれないくらいの討伐記録を俺は残すようになった。
気が付けば一族の間でも恐れられるようになり、大半の危険な仕事は天才である自分へと任されるようになった。俺自身も、それが自分の生まれた理由であり使命だと分かっている為に文句の一つも言わずにこなし続けてきた。
……中学校一年の夏場。
俺はある日、“二人の怪物”を討伐した。
それは男女の吸血鬼であった。
ひっそりと人間社会に溶け込み、数多くの人間を密かに採取し葬り続けてきたという悪魔。そんな恐ろしい存在は無視できるものではないと、当時の俺は裏道に誘いこんだ男女の吸血鬼二人を殺してみせた。
もがき苦しむ二人の吸血鬼。
生命力を失った化け物は砂のように姿を消していった。
戦闘力もそれなりに高く、一族の人間も手を焼いていた怪物達。天才と言われていた自分がそれを処理したことにより、また一つ街に平和が訪れたと考えていた。
……だが、そこまで甘い事ではなかった。
その吸血鬼二人の間には、“子供”がいるという話を聞いたのだ。
吸血鬼の間で生まれた子供となれば、その存在も間違いなく吸血鬼。今は人間として生活こそしているが、いつか吸血鬼として覚醒し人を襲う危険性があると一族の人間達は推測。吸血鬼の子供の後処理を任された俺は、その資料に目を通した。
『……っ!』
感情を殺すように生きていた。
それ故にどのような怪物が目の前に現れようと恐怖も抱かなかったし、驚愕すらも表情に見せたことはなかった。
だが、初めてだった。
その資料に目を通したその日、俺は初めて“驚愕”という感情を顔に出したのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中学生である俺は当然、義務教育である中学校生活も楽しんでいる。
とはいえ、相変わらずの不愛想であるが故に友達は一人もいない。むしろ必要ないと思ってる為にぼっちの学園生活を送っていた。
勉強さえ出来ればそれでいい。別に気にしていることは何もない。
……学園のとあるクラス。
俺は周りの目を気にすることなく、そのクラスの真ん中の席で一人読書をしている女子生徒へと声をかけた。
『……何ですか』
椎葉メリー。
この人物こそが……“俺が倒した吸血鬼二人の間”に生まれた娘であった。
一族の人間の調査の結果、この少女は自分の親が吸血鬼であったことを知らず、自分自身が吸血鬼であることも最近までは知らなかったようだ。
ここ最近になって彼女の行動パターンが明らかに変化。恐らくだが、吸血鬼として体が変貌し、その影響故に周りとのコミュニケーションを遮断しているのではと推測している。
そして、彼女が裏山にて野生動物を殺し、その血液を摂取している事も確認されている。
本当に驚いた。
こんな運命があってもいいのだろうか。
自分が殺さなければならないという少女は……かつて、自分に人生を楽しむ一つの方法を教えてくれた、あの元気いっぱいの女の子だったのだ。
あれだけ外を駆けまわっていた天真爛漫な女の子が今となってはどうだろうか。
外に出ずに周りと関わろうとしない。棘のある態度に周りに一切の関心を見せようしないフリ。痩せ切った体に白が目立つ肌と彼女の姿は依然と比べてかなりやつれているようにも見えた。
変わり切ってしまった彼女。
椎葉メリーは以前とは違う反応で俺の返事に答えた。
『……ちょっと来い』
ここではコイツを殺せない。
誰もいないところで処理をしなくてはならない。誰もいない体育館裏辺りが処刑場としては充分な舞台かもしれない。
早足で椎葉メリーを連れて俺は体育館へと向かって行く。彼女がいくら拒否をしようとも、絶対に逃がすつもりはない。
葛葉の一族の命令として、この女の子を確実に殺す。いつか外の人間に手を出してしまうその前に刑を執行する。
それだけの意識を持って、俺は椎葉メリーを無理やり体育館裏の隅っこへと追いやった。
『な、なんですか……』
……少女は震えている。
怪物であることを知られたと思って怯えているのか。しかし、その割には何処か顔には恥じらいがあって萎らしい。怯えるという感情はこんなものだっただろうか。
だが、そんなことはどうでもいい。
単刀直入で話さなくてはならない……自分はお前を殺すと。
俺は、この少女へ事を告げた。
『お前、友達いないだろ。俺が友達になってやろうか?』
俺は何を言っているのだろうか。
『……はぁ?』
気が付けば俺は―――
『余計なお世話じゃ、この根暗のっぽ!!』
俺はその女の子から豪快なボディブローを貰った。
吸血鬼であることに気づいてからはアウトドアは控えているにしても、その期間はまだ短かったおかげか腕力に衰えを感じない。破壊力のあるパンチを前に、俺は人生二度目の驚愕を現した。
俺に傷をつけたのはこの少女が初めてである。
椎葉メリーは怒りながら教室へと戻っていった。当然、苦手である日光を避けながら慎重に。
……何故、殺さなかったのだろうか。
俺は自分のやった行動の意味を分かっていない。
……だが、思い浮かぶ節は一つだけある。
“また遊ぼうね!”
その約束。
俺にとって、意味のある人生を教えてくれたあの少女との約束がずっと頭に残っていた。俺にサッカーという楽しい遊びを教えてくれた女の子の姿がずっと目に焼き付いていた。
気が付いたら、俺は……
少女を殺すのではなく、監視するという立場になっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから長い間、監視は続いた。
この少女は自分が担当するため周りには手出しさせない様にと脅しはかけている。一族でもそれなりの権力を手に入れた俺はそれだけの無理が通るようになっていた。
少女に何度もちょっかいをかける。
しかし、その度に怒られては無視される毎日。
……意味があるように思えない行動だとは思っている。
だが、俺はいつの間にか、彼女にちょっかいをかけるだけのそんな毎日が凄く楽しく思えていた。空っぽだった人生に何か色が付いたようで、その毎日を心なしか意識するようになっていた。
遊びたい。
自分はこの女の子と遊びたい。
その願望が故に、俺は本来の目的を忘れないようにしっかりと監視を務めながらも、椎葉メリーの監視をずっと続けていた。
『……全く、どうしてそんなに付きまとうんですか』
少しばかり嫌がらせがエスカレートしてきたところで、ついに椎葉メリーの方から質問がやってきたのである。
お前は怪物だ。そして、お前を倒す為にお前を監視している。
その言葉を口にすることは当然許されない。どう応えるかなんて明白ではある。
『お前が気になるからだ』
それくらいのことしか頭にない。変に理屈をつけたら、特殊な体質である彼女は怪しむであろうから、こじつけもない真っ直ぐな理由を口にした。
コミュニケーション能力なんてものは特にない。とにかく、周りの真似事を片っ端から実行してみるのだ。
『私が気になるって……もしかして、私が好きとかそういう事ですか~?』
少女はからかうように俺に質問してきた。
……好きかどうか。
俺はその質問に対し、自然と答えは一瞬で出てきた。
『そうだけど』
いつの間にか、自分の中では椎葉メリーは友達のような感情が芽生えていた。
サッカーを教えてくれたあの日の事。そして、嫌々言いながらもちょっかいに付き合ってくれる事。退屈で空っぽだった人生に色を与えくれるこの少女の存在が、自分の中ではいつの間にか大きいモノに代わっていた。
当時の俺にはそれくらいの感情だった。
彼女と友達になりたい。感情なんてものにあまり知識のない俺にはそれだけの理由だった。
『え!? いや、その……えぇっ!?』
当時はそれを聞いた途端に慌てる様子を見せたものである。
俺もその当時は感情表現やコミュニケーションの取り方に難があったとはいえ、とんでもない失態を犯したものだと記憶はある。
『お前のその反応、見ていて笑えるから凄く好き』
心から思っていたことを口にする癖。
当然、これまた椎葉メリーからボディブローを貰ったのは言うまでもない。人生で二度目の負傷であったことも俺の歴史に刻まれている。
……だけど、その日から椎葉メリーの反応が変わったのは覚えている。
こうして、何気ない会話で盛り上がったりするようになったのも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
付き合いはずっと長く続いた。
椎葉メリーは吸血鬼として覚醒してしまっているものの、本人の意思が強いおかげか、それといった吸血衝動に見舞われることもなく何気ない日常を迎えている。
やつれきった表情も次第に軟化しているようにも見えた。
自暴自棄に走るような感覚もない。天真爛漫な少女時代には至らないが、以前のような明るさが次第に戻ってきたようにも思える。
俺がからかい、メリーが慌てる日々。
その日々が、その毎日がとても愛おしく、楽しく、安らぎを覚える場所だった。
だからこそ―――
『はぁ……はぁ……』
見ていられなかった。
『……もう、いやだよ』
裏山に姿を隠しては、襲い掛かってくる野良犬から血を吸い続ける日々。
何処からやって来たかもわからない得体のしれない野良犬。生き残るためとはいえ、そんな無名の動物の血を吸い尽くし、絶命こそさせないが干からびさせていく。
その無情な姿。獣臭く、泥にまみれた姿。
真っ赤な血が体に塗りたくられた自身の姿を見るたびに涙を流すメリー。
いつか、この対象が人間に変わると考えたら。
いつか、こんなものでは抑えようのない吸血衝動が襲い掛かってくると考えたら。
……いつまでも、こんな人間離れした奇妙な生活を続けることに恐怖を覚えるメリーは、苦しむように涙を流していた。
『普通に暮らしたいのに……なんで……!』
干物のように萎れた野良犬を眺め、メリーは頬についた血液を涙で流し落とした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
組織。もとい葛葉一族の家。
俺はいつも通り、仕事前に両親や組織の先輩たちへと顔を出す。
その日はいつも通り、次の怪物を仕留める為のブリーフィングを行う日だった。話はこれといった野次や横槍が入ることもなく円滑に進み、ものの数分でブリーフィングは終了する。
ひとまずの無言。
『なぁ、親父』
俺はその無言の中で口を開く。
周りが驚いたような声を上げる。普段口を開かない俺の行動に反応をしめす。
『……応急処置の薬剤として補給している血液のドナー……俺、提供するよ』
以前、一族の人間の間では通っていた話。
俺はその件について、数年遅れていながらの返答をする。
『困ってる人間は、かなりいるみたいだから』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……それから高校生までずっと彼女とコミュニケーションを取った。
彼女を通して色んなことを教わった。面白い漫画や小説、そしてサッカー以外の遊びや趣味など……人生を楽しむ沢山の方法を彼女は教えてくれた。
一族としての仕事はちゃんと全うしながらも、彼女の監視を永遠と続けてきた。
気が付けば一族の間でも少し丸くなったと評判になったのは覚えている。関わりやすくなったともいわれ、一族の間でも何気ないコミュニケーションを取るようにはなった。
夏休み前。今日の登校が終われば、海へ遊びに行く約束が待っている。
日光を恐れながら隅を歩く少女を見ながら、俺は意味のある学園生活へと足を運んでいく。
「ああ!? また、日傘忘れた!?」
……どうして、コイツに手を出さないのか。
友達になりたいからという感情があったかもしれないが、今、こうして人間らしい感情を手に入れた俺にはしっかりと理解できる。
「ぐぐぐ……」
……この少女を生かす事。
それはきっと、この上ないエゴであることは言うまでもない。
だけど、俺はこのワガママを私情まみれのエゴだとは言わせない。俺はこの少女を生き残らせることは……一族の人間として、義務であると感じている。
怪物ハンターとは、人間に襲い掛かる怪物の魔の手を焼き払う者だ。
椎葉メリーも、その怪物によって苦しめられている存在。
この少女を救うため……怪物の魔の手を彼女に近づけない為にも、俺は怪物ハンターとして監視を続けている。
「今から戻れば……いや、でも時間が」
何よりも。俺がコイツを生かしておこうと思う理由は一つ。
怪物ハンターとしてではなく、一人の人間“葛葉彰”として。
この少女と果たした約束。いつの日か果たした、あの少年時代のサッカーの約束を守り続けたいのだ。
こいつがそれを思い出してくれるかどうかは分からない。その事を自ら口にするかどうかも迷っているが……それは何処か悔しくて仕方がない。
「よし! ならば覚悟を決めて……いざ!」
「お前が探してるのはコレか?」
「え……あぁ!? いつの間にそれを!?」
今日も太陽は眩しい。
こんな太陽でさえも蹴散らしてやろうかと少しスケールのでかい事も考えてみせる。こんなくだらないことを考えるようになったのも彼女のせいだ。
仕返ししてやる。
夏休みが終わってからの……海で彼女はどんな反応をするのかが、凄く楽しみだ。
「早く行くぞ」
俺とメリーは、今日も口喧嘩をしながら学校へと向かって行く。
「待ちやがれ! いつのまに傘をパクったんですかぁーー!!」
俺にとっての、人生でたったひとりの“お姫様”。
こんなにもお転婆な女の子と共に生きるために、今日も俺のやり方でハンター業を全うするのであった。
FIN
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