第13話「ハンター・葛葉彰」


 葛葉彰。それが俺の名前だ。


 何処にでもいる普通の男子高校生……とは言えない立場にある人間。

 俺は、皆に黙って“怪物ハンター”をやっている。


 自分の知り合いに一人だけ正体を知っている人がいるが、そいつが周りに喋ることはまずないだろう。言った地点で容赦はしないと脅しておいたし、それにそう周りにベラベラと喋るほど肝に根性のある人間じゃない。


 この俺、葛葉彰は―――

 生まれてからずっと、怪物を狩り殺すためだけに生きていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 俺は産婦人科や病院とは全く関係のない場所。表の世界では知られていない、裏の業界の医療施設にてひっそりと産声を上げた。

 

 俺は……千年前より世界にひっそりと蔓延んでいる怪物を仕留める為の一族・葛葉の人間として生まれたのである。

 俺は周りの子供達と比べて酷く冷めた様子で鳴き声もほとんど上げようとしない。大人のように静かで大人しい赤ん坊だったと聞いている。


 そんな元気の無さそうな子供で良かったのかと医者は聞いたようだが、むしろこれくらいの大人しさがある人間の方が葛葉の一族の跡継ぎ候補としては都合がいいと言っていたようだ。


 世界の脅威である怪物。

 それは得体のしれない見た目をした化け物もいれば……陰から人間を襲うため、人間の生活にひっそりと紛れ込んでいるものも存在する。

 

 人の見た目をした相手であろうと、葛葉の一族は迷いを見せてはならない。冷酷を持ってその怪物を殺す。それが怪物ハンターである葛葉の使命だ。


 俺は三歳になってから二足歩行を覚えた。少し成長は遅い方だと暗視はされていた。


 幼稚園に通うようになってから俺は言葉もある程度覚え、この頃から小学生レベルの算数程度は出来るようになっていた。


 他の生徒と比べて大人っぽい雰囲気。子供のようなあどけなさを残しながらも何処か不気味な俺には当然、友達は一人もいなかった。


 しかし、そこはどうでもいい。葛葉の一族に友達など必要ない。

 必要なのは怪物を倒すための運動神経と頭脳。そして、人形のように冷め切った冷徹な心のみだと教えを受けている。それ故に俺は幼稚園に通いながらも、ずっと一人離れた場所で座って空を眺めていた。


 ……しかし、俺はそんな日々に何処か寂しさを覚えていた。

 周りの子供達はこうして元気いっぱいにはしゃいでいるというのに、自分は彼等のようにはしゃぐことは出来ないのだろうかと疑問も浮かべていた。


 分からないのだ。どうやったら皆のように騒げるのか。

 それ故に俺は何処か嫌気を覚えていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 小学生になってから、俺は怪物との実戦に混じるようになった。

 小学校五年生になったあたりでは俺はそれなりの身のこなしを身に着け、大人たちの足を引っ張らないようになった。葛葉の人間として何の恥もない最強の戦士の候補として、怪物ハンターの間では評判になり始める。


 そんなある日の事だった。

 俺は一族の人間との打ち合わせのために近くの公園で一人待ち合わせ場所にいた。


 持たされた子供用の携帯電話。そこには都合により三十分ほど遅れるという伝言。少しばかり長い遅刻だと思いながらも、問題はないと返答を返しておく。


 随分と時間に余裕が出来てしまったが、どうしたものだろうか。


 俺は暇つぶしを出来る手段を知らない。こうやって空にある雲を数えるだけ。イワシ雲のように細切れの雲があるなら長時間暇をつぶせるが、このようにデカイ雲が並んでいる程度なら一分もかからずに終わってしまう。


 退屈だった。

 俺はそんな自分に何処か退屈を覚えていた。


 ……そんな俺に。


『ねぇ、そこの君!』


 話しかけてきてくれた女の子がいた。


『私と一緒に遊んでよ!』

 サッカーボールを片手に遊びに誘ってきた小さな女の子。

 当時の俺より少し年齢が下くらいの女の子が話しかけてきたのである。


 彼女の話では、親からは仕事が終わるまでこの公園で遊んで待っていてくれと言われたようだ……仕事の都合で遅くなるため三十分は時間を潰さないといけないようである。


 こちらと全く同じような理由で暇を持て余していたのだ。


『……サッカーって何』

『えっ!? サッカー知らないの!?』


 ……それから、女の子にサッカーを教えてもらった。

 教えてもらってからは互いにボールを蹴ってはパスを繰り返す何気ない遊び。たまに隅っこの網へ近づいて、それをゴールに見立ててPK合戦に洒落込んでもいた。


 ただボールを蹴るだけの純粋な遊び。

 ……だけど、それだけの遊びが当時の自分には凄く刺激的で心が躍るモノだった。何度もこれで遊んでいたいと思えるほどに。



 それから二十分後くらいに女の子の親が迎えにやってきた。

 楽しい時間が終わってしまった事に当時は軽くショックだった。それくらいサッカーにはまっていたのは明白であった。


 別れ際。女の子がこちらを振り向いてこう言った。


『本来、サッカーっていうのは大人数でやるモノなんだ! だから、次会ったときにはちゃんとしたサッカーをやろうね! だから、もっと練習してうまくなってて!』


 それは、叶うかどうかも分からない何気ない約束だった。

 今度はちゃんとしたサッカーで勝負をしよう。運動神経には自身のある彼女は自慢げにそう口にしていた。



『待って』

 俺は一度だけ彼女を呼び止めた。


『君、名前は』

 初めてだった。他人に興味を持ったのは。

 ただ一人、サッカーを教えてくれた元気いっぱいの女の子。


 少女はこちらを振り向くと、その名前を口にした。



『椎葉メリー! また会おうね!』

 少女は親と共に公園を去って行った。

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