第11話「秘密のヴァンパイア(中)」
その日の夜。私は高校の屋上へとやってきた。
着替えるのが面倒くさいから私服を着たままだ。オシャレだけは普通の人間らしく、とても可愛らしいファッションをずっと勉強してきた。
この場所に来た理由。
そしてこの場所に呼んだ人物。
「どうしたんだよ、こんな時間にもう一度」
葛葉先輩だ。葛葉先輩は私の突然の呼びかけに文句を言いながらも駆けつけてきてくれた。本当に嫌そうな表情こそしているが、私の我儘にある程度は応えてくれることに感謝を覚えてしまう。
昼間にショッピングを終えて、夜中にもう一度呼び出し。
何か忘れものでもあったのか、それとも海の事について何か話があるのかと疑問を浮かべている。
―--この場所。
そう、この屋上は……数日前、私が先輩に正体をカミングアウトしたあの場所だ。
「先輩」
私は、先輩への要件を口にした。
「貴方の血を、吸わせていただきます」
背中の月と相反するように瞳が真っ赤に染め上がる。引っ込めていた牙も顔を出し、牙もナイフのように鋭く、人間のモノとは思えない禍々しい羽根が堂々と背中から現れる。
吸血鬼としての私。
それを包み隠さずもう一度彼に向ける……本物の殺意と共に。
この意思を伝える為。
私は自分の存在がこの男にとって脅威でしかないことを悟らせるためにこの場へ彼を呼んだのだ。
<人間に害を与える存在でなければ手は出さない。>
先輩の言ってくれた言葉は今も尚、覚えている。
「……おい、俺の言ったこと忘れたのか」
「忘れてませんよ」
その約束を破ったのならば、怪物ハンターとして一切容赦しない。あのバカみたいな威力の拳銃で頭をぶち抜くし、残った遺体もこの世に存在一つ残さない様にと溶鉱炉に突き落とすと。
あの脅しはインパクトがありすぎて頭に鮮明に残っている。
……人間として存在させてくれるチャンスを与えてくれた優しさに感謝している。
「それを知ったうえで言ってるんだな?」
「当たり前です」
私は牙を剥け、爪もそっと、先輩の首元へ添える。
そこに乗せる殺意は本物だ。自身の欲望のままに貴様を貪るのだ、と。
「先輩、私は……貴方を食べます」
これでいい。
これでようやく解放されるのだ。
これでとうとう、私は自由になれる。
こんな苦しみにとらわれる必要もない……“先輩が傷つく”必要もない。
殺してくれ。
私を殺してくれ。
こんな私を友人だと言ってくれた優しい先輩。どうか私を殺してほしい。
もう嫌なのだ。誰か人を殺してしまうかもしれないという恐怖。常日頃に悪化していく吸血鬼としての成長。もう私の体は普通の人間なんかじゃなくなっている。
私には分かる。自分の体だからこそ直感できる。もうすぐ私の体はただの怪物となって人類の脅威になりかねない。現に今日も、まったく罪のないアルバイトの宅配のお兄さんの体を一つ残らず食い尽くそうとしていた。あと少しでも遅かったら、この体が罪もない人間の鮮血で染まっていたに違いない。
もう、私は人間でいられない。もうすぐ化け物になってしまう。最近はその衝動を抑えられていたが、この現状を見る限り限界が近いのは見て取れた。
ならばせめて……こんな私を愛してくれた先輩の手で私を仕留めてほしいのだ。
たった一人の友人に看取られて死ねる。一人の友人が私を救ってくれる。
それだけで本望だ。私を愛してくれた人間に殺されるのなら何も怖くない。
だからこそ、私は本気で彼を殺す気でいる。
“私を殺せ。さもなければ、貴様はここで死ぬのだ。”
そんな恐怖を与えながら、私は牙を剥いた。たったひとつの願いのため。
……大好きな先輩。
あの日、私に……声をかけてくれた先輩。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中学生の後半。私はずっと一人ぼっちだった。
周りとのコミュニケーションも断ち切り、運動も長い間やっていない為に先生の期待を裏切るほどに衰退を見せていた。
何もなくなった。日があまりあたらない真ん中の席で一人静かに読書を続けるだけの毎日。誰一人として近づけない様に一人だけ別の世界に逃げ込んでいた。
誰の声も聞こえない。そんなキャラを演じ続けていた。
『おい』
そんな時、私に声をかけてきてくれた人がいた。
『ちょっと付き合えよ』
読んでいた本を取り上げてでも、私の気を引こうとした人がいた。
葛葉彰。一個上のクラスの男子生徒。
感情表現が乏しくミステリアス。運動神経も高くサッカーに関しては部活でエースになれるかもしれない実力を持ち、女性から隠れた人気を持っている、ちょっと顔のイケているクールな男だった。
私はある日、そんな彼に呼び出された。
最初は断った。だが、葛葉先輩は私の手を掴むと、誰の一目もない体育館の裏へと無理やり連れて行ったのである。
二人きり。
二人きりの体育館裏で私は葛葉先輩に詰め寄られたのは覚えている。
体育館裏。そして攻めよってくる葛葉先輩のこの対応。
私は思った……これはもしや、学園ドラマやライトノベルでは有名な、ちょっと青春臭い“告白”とやらではないのかと。
私は凄く緊張した。
まさか、こんな私にそんな日が来るなんて思いもしなかったから。
葛葉先輩は、緊張する私にこう言った。
『お前、友達いないだろ。俺が友達になってやろうか?』
“……は?”
最初に出た一言はこれだった。
そして次に出てきたのは言葉ではなくボディーブローであった。
余計なお世話だ。あんな大胆な連れ方をしてまで言いたかったのはそんな挑発だったのかと私は当然激怒したのは覚えている。
いつ以来だろうか。
スキンシップを他人と取ったのは。紛れもなく久々だった。
……それから、この男は何度も私にちょっかいをかけてきたのは覚えている。
あらゆる手段を用いて、私の気を引こうと何度も挑発をしてきた。私が理性を失うギリギリのラインの悪戯をずっと仕掛けてきたのである。
面倒ではあった。
『もう……仕方ないですね』
でも、目障りには感じなかった。
この子供のような悪戯っ子の姿。見た目の割には少し子供っぽい性格の彼に気が付いたら私は交流を深め始めていた。最初は挑発なんてやめろ程度の冷めた警告だけだったが、次第にツッコミを入れるようにもなり……彼と一緒にいる期間が多くなった。
彼の姿はまるで昔の自分を見ているようだった。
何処か人懐っこくて鬱陶しい。昔の自分がクールになったような姿を見て、何処か懐かしさを覚えたのかもしれない。
彼は中学を卒業してからも、高校の昼休みに学園を抜け出しては私にちょっかいをかけにやってきたのは覚えている。
暇ある時は私の家に遊びに来たのは覚えている。高校に友達はいないのかと聞いたら、“別に要らない”とまで言い出す始末。それは強がりなのか、冗談なのか全く分からない為に混乱を極める。
……でも、少し嬉しかった。
そんな彼に私は、好意を抱いたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は先輩が大好きだ。
こんな化け物だと知った後も交流を深めてくれる先輩が大好きだった。
でも、それはもうおしまい。
大好きな先輩に殺されるのなら……私は何も苦しくない。
だから、早く”その制服の裏に隠してある拳銃”で私を撃ちぬいてほしい。この怪物を世界に解き放たないために怪物ハンターとしての刑を執行してほしい。
私を苦しみから解放してほしい。
かつて、天涯孤独となった私に温もりを与えてくれた時と同じように……私にもう一度、その先輩としての優しさを与えてほしい。
だから、お願いだ。
私は牙を尖らせ、先輩のすぐそこにまで近づいた。
「そうかよ」
葛葉先輩は口を開く。
「じゃあ、吸えよ」
両手を掴む。
掴まれた私の両手は先輩の首元へと持っていかれる。
「だが、生きている状態で吸われると痛いだろうからな。注射と変わらないだろ、噛まれるのって……だから、俺を“殺して”から吸え」
「!!」
その言葉に私は近づける牙を止める。
先輩から発せられたのは……“自分を殺せ”という言葉。
生きていたいのなら、この命を止めてから吸えという懇願を口にしてきたのだ。
首を絞めていた私の腕に、先輩はそっと自身の手を添えてきた。
「しっかりと締めろよ。俺はそれなりに鍛えている。生半可じゃ息は止められないからな。血管もここだ、絶対に外すな」
葛葉先輩の表情には何一つ恐れがない。
首元には私が意地でも食らいつきたい綺麗な血管が浮き出ている。先輩が体に力を入れることでドクドクとマグマのように熱い血液を行き渡らせているのが肉眼でも見えてしまう。
無防備だ。恐れ一つ見せないクールな表情のまま、私を受け入れようとしている。
“生き残れるぞ”
“今、ここでこの男の血を吸えば、お前は自由になれる”
……何を苦しむ必要があるのだ。何を迷う必要があるのだ。
先輩が良いと言っているのだ。許可をくれた人物の血を吸うことが何がいけないのだ。合法であるのならそれは罪ではない。この男の厚意を無駄にすることこそが罪! この男の行いを不意にすることそのものが罪ではないのだろうか!
“大好きな先輩の血を吸えるんだ”
“行け。思い切り行け! そして、お前の喉にその血を注ぎ込め!!”
先輩の血が体の中に迸る。先輩が私の体の中で駆け巡る。
想像するだけで私の体が熱くなっていく。妄想するだけで私はかつて知りえない興奮がこみ上げてくる。私の意思がマグマに晒されたガラスのように溶けてなくなっていく。
……ああ、先輩。あなたはとても優しいお方だ。
……貴方は私の友達だ。こうして私にその身を捧げてくれる最高の友達だ。
死にたいという意思? そんなもの捨ててしまえ!
そんな覚悟はこの体には無必要! 欲望に従わないは罪だ!!
心臓の鼓動は最早制御が効かない。私の体の中にエンジンがかかる。
脳内でアドレナリンとドーパミンが弾け飛ぶ。あとはその勢いに任せて吸ってしまえば、私は先輩と一つになれるのだ!
“行け! 行けっ!! イケェ!!”
“壊せ。飲み干せ。しがみつけ!!”
吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え
吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え吸え
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吸え
吸え……ッ!!
”先輩の全てを吸い尽クセぇえええッ!!!”
「……うるさい」
先輩から掴まれた両手。首輪のように飾られた私の両手。
その握力は先輩の言う通り、中途半端に鍛えられた両手なんかでは止めることなど出来ない。振りほどくことなどできないだろう。
「うるさいっ!!」
だが、振りほどけた。
私は先輩を振りほどけた。
血を吸えと懇願してきた先輩の厚意から逃げることが出来たのだ。
「……ダメですよ、先輩」
冷静を取り戻す。あの興奮を振りほどく。
「あなたは正義のヒーローなんですよ……こんな怪物のために死ぬなんて、馬鹿丸出しじゃないですか……」
私は悟るように先輩の右手を掴み、彼の制服の胸ポケットに隠されていた例の拳銃を取り出させた。
人差し指を引き金にくぐらせ、先輩にしっかりと拳銃を握らせたところで、その右手を私の額にまで持っていく。
「だから、正義のヒーローとして……私を処罰してください」
今も私の体の中では別の何かが愚かな事だと意思に背こうとしている。
私の中で別の何者かが体を乗っ取ろうとと必死にもがいている。目の前にいる最高の獲物を食い尽くそうと暴れまわっている。
私にできることはその獣を抑える事だけ。
受け止めたいのはその欲望ではない……先輩の優しさだ。
「怖くないから。だからお願いです先輩……ねっ」
私の笑顔は嘘ではない。
いつものノリで。いつも通りの貴方のまま私を倒してほしい。
恐怖何て克服した。覚悟も出来上がった。
もう怖くない。目の前にいる先輩の顔が見えるだけでも、私は嬉しいのだ。
そっと目を閉じ、私は引き金が下ろされるその瞬間を待った。
「……お前」
葛葉先輩はいつも通り冷静な顔。見ているこっちまで気が抜けそうになる。
……でも、そうやって何も感じていない雰囲気の彼にだからこそ。怪物に容赦のない彼にだからこそ頼める事なのだ。
もうすぐ火花が飛び散る。
再度、私は覚悟を決めた。
「お前……泣いてるのか」
「え……?」
先輩に言われて気が付いた。
目から何か流れている。
この熱さ、血でも汗でもない。
それは流してはいけないものだった。
私が……“人間である”事を見せてしまうモノ。
私の何もかもを否定してしまう表れであった……。
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