第9話「何気ない日常のショッピング」


 私、椎葉メリーは吸血鬼である。

 故にアウトドアの生活を非常に嫌っている。


 そんな中、葛葉先輩からお誘いを受けたのである。


『明日買い物したいから俺に付き合え』

 というわけで、このサンサンと輝く太陽の中、人集りの多い街中日傘片手にショッピングセンターを目指した。

 買い物に付き合うのは別にいい。しかしよりにもよって、電車で数分はかかる遠出の街な上に人集りも多すぎる街中……日傘越しでも伝わってくる真っ赤な太陽、そしてサウナのように蒸し暑い温度でミイラのように萎れそうだった。


 ショッピングセンターに到着した私は人の目を気にすることなくベンチに飛びついた。何でもいいから休みたい。体が凍えるくらいの冷気が欲しいと呻き声を上げて。


 ベンチの上、私は発酵しかけていた。


「ごめーん、遅れたけど待った?」

 いつも通り何気ない顔で葛葉先輩が登場。

(コノヤロウ……!)

 待ち合わせの約束には基本的に三十分前到着はするべきだ。私はしっかりとそれを実行したというのに……肝心の企画者が二十分近く遅刻という大暴挙。

 

 お腹を一発どつき回したい気分だが、現在の私にそこまでの余裕はない。火照った体を冷やす冷気と日陰によって回復したてだった病み上がりの体にはそれだけの体力が残っていなかった。


「いや、今来たばっかりです……」

「へぇ~……お前も遅刻したんだ。んじゃ、俺はお咎めなしってことでいい?」


 やっぱり殴ってやろうか。

 吸血鬼だから桁違いのパワーを秘めてるとかそんな秘密はないが、せめて怒りの感情の意思表示位はやってもバチは当たらないだろうと言い聞かせようともした。


「んで? 今日は何用ですか?」

「……もうすぐ夏休みじゃん」


 あと五日もしなければ夏休みがやってくる。

 ちなみに葛葉先輩も私も二人一緒に中間テストの赤点は免れた。死に物狂いで勉強した甲斐があったようである。


 もうすぐやってくる夏休み。


「お前と何処か出かけたいと思ってさ。寝てばっかりだとさすがにつまらないだろ」

 日の光に当たりたくない。体の安全を考えて部屋にこもるのはいいかもしれないが、それではせっかくの夏休みを棒に振るようで勿体ないと先輩からの一言。

 楽しい夏休みの思い出の一つでも作ってやろうという葛葉先輩の気遣いであった。


「葛葉先輩……」

 その気遣いにメリーは感謝の眼差しを送る。





「ちなみに場所は?」

「海だけど」

「殺す気ですか」

 即座に否定する。


「そして、お前とビーチバレーがしたい」

「殺意百パーセントじゃないですか!?」

 夏休みに海へ向かう。そんな馬鹿な真似できるものかと私はその場で身を丸くする。


 吸血鬼は直射日光に弱い。その上、水着になるのだから、いつもの倍以上は肌を晒す羽目になる。そんな状況でビーチバレーなんてやったらどうなると思う。

 空気の抜けたビーチバレーボールのように体が萎れて人生ゲームセットである。大した大逆転を迎えることなく静かにサヨナラだ。


「ふざけないでくださいよ! 殺す気ですか!?」

「大丈夫だって、日焼け止めくらいは用意してやるから」

 そんなもので太陽を克服できるなら苦労はしないんだよと私は叱責をしたくなる。吸血鬼の肌はUVカットを求めているとかそんな簡単な問題ではないのだと。


「絶対行かねーですからね! 海なんて!」

「……ふざけてねーのに」

 何処か項垂れるように落ち込む様子を見せる。

 

 ……どうせ芝居か何かだろう。

 どんな顔をしようと海だけは絶対に行かない。てこを用意しようが、クレーン車の一台でも持ってこようが絶対に動かないと鋼の意思を彼に向ける。


「……」

 一瞬だけだが、葛葉先輩に目を向ける。


 震えている。

 私と海に行けないことがかなりショックなのか小刻みに震えるを繰り返している。勇気を出したのかは分からないが、その様子はどう見ても落ち込んでいる様にしか見えなかった。


「あ、あの……そんなに落ち込まなくても」

 どうしても気になってしまい、とうとう声をかけてしまう。

 少しばかり言い過ぎただろうか。海に行けないのは私個人の都合、友人としてのせっかくの誘いをこうやって乱暴に断られたらショックを受けることもありえなくない。

 

「その、別に海が嫌とかそういうわけじゃ……」

「メリー……」

 小刻みに震えたまま、葛葉先輩は顔を上げる。


「お前……服の首元に洗濯ばさみついてるぞ」

 笑いをこらえていた。

 あまりにも面白すぎる風景に葛葉先輩は爆笑寸前だった。



 そっと後ろの首元に触れる。そこには葛葉先輩の言う通り、外し忘れている大型サイズの洗濯ばさみ。






 

 私はあまりの恥ずかしさに発狂した。



 その後は洗濯ばさみを地面に叩きつけ、その恥ずかしさを誤魔化す為にショッピングセンターの店内を軽く十週は走り回る。他の親子連れから迷惑な眼差しで見られようともお構いなし。私の頭の中は失態を晒してしまった事に対しての後悔だけ。


 誰も私を止められない。止められるとすれば警察か店内放送くらいである。私の顔面は真夏日の街中にも負けないくらいに炎天下のオーバーヒートを引き起こしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 二十七分後、何処かのお客さんの報告によって突如流された店内放送。それを耳にしたところでようやく私は冷静になった。

 こんなに走ったのはいつ以来だろうか。持久走大会もまともに走ったことがない私であるが故に喘息寸前、無我夢中の後の反動は想像を絶するダメージを身体に与えた。


 数分の休憩を挟んだところで私達は向かう。

 夏休み前、セールやらで大安売りしている水着売り場へ。


「もう行く事前提なんですか……」

 メリーはぐったりと肩を落とす。


「安心してよ。ビーチバレーは流石に嘘だから」

「そうじゃなかったら、先輩は鬼か畜生のどちらかですよ」

 運動もできない、直射日光もダメ。そんな私にビーチバレーなんて仕打ち以外の何物でもない。それはいつも通り軽い冗談であることを彼は告げる。


「やるのはせいぜい、スイカ割りかビーチフラッグだから」


 ……“実はこの男、自分の手を汚さずに吸血鬼である自分を仕留めるつもりではなかろうか”と疑心暗鬼に陥り始める。

 

 さっきからやっていることが遠回しの殺人予告にしか見えないのが私の心境である。


「……よし」

 葛葉先輩は警戒心マックスで睨みつけてくる私へ一切の関心も向けずに、少しばかりサイズの小さい女性用の水着を手に取った。

 ビキニタイプではある。下は可愛らしいフリルのスカートがついていて、どちらかと言えばちょっと子供っぽいデザインの水着である。


「買ってやるから、お前はこれを着ろ」

「はぁ!?」

 突然の命令。しかもこの様子では拒否権はないように見える。

 海に行くかどうかを肯定した覚えはない。その上、水着を選ぶ権利すら与えられない身勝手に私は思わず声を上げる。


「じゃないと、今日一日洗濯ばさみつけたまま街を歩いていたお前の動画を晒す」


 鬼だ。畜生という名の鬼だ。


「お前ぇえッ! さては私をずっとつけてたなァ!?」

 しかもこの発言によって、葛葉先輩が遅刻した理由が一発で分かってしまった。

 この男は駅か何処かでずっと待ち伏せをし、待ち合わせ場所につくまでの私の失態をずっと動画に収めていたのである。


「消せー! すぐに消せぇえ!!」

 水着を持ったまま逃げ回る彼を追いかける。運動不足な私のランニング・第二ラウンドが幕を開けてしまったのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 夕方。

 私は一人、自宅までの帰宅路を歩いている。


 片手には無理やりプレゼントされてしまった、彼の趣味かどうかも分からないデザインの水着。この水着を無理やり受け取らされたことにより、海行きが決定してしまったのである。


「……海用のパーカー探しておこう」

 少しでもダメージを減らす為に肌を隠すためのパーカーが家にないか探すことにした。ついでにUVカットとして日焼け止めも一緒に……日焼け止めを塗ったところで効果はないのだが、紫外線も女性の敵である。



 買い物を終え、自宅へと戻ってくる。

 場所はアパートだ。団地の住宅マンションくらいの広さで家族と暮らすには少し狭いくらいの実家である。


「ただいま」

 家族で暮らすには広すぎる部屋。

 そんな一室の奥の和室には……“父親と母親の遺影”が置いてある。


 仏壇だ。燃え尽きた蚊取り線香に埃が被っている鐘。火をともすためのマッチ棒も残りのストックがなくなりかけていた。


 一人暮らし。

 こんな住宅アパートにて、長い間一人暮らしをしている。


 日光を避けられる限られたバイトを見つけ出し、生活費も自分で払いながらの窮屈な生活。

 

 遺体は、見つかっていない。遺書も見つかっていない。

 保険金はなかった。最低限の補助金だけで、私の生活は保護されている。


「お父さん、お母さん。私、海に行くことになったよ……もしかしたら、死ぬかもしれない」

 笑顔で遺影の二人に微笑みかける。同時に苦笑いもする。

「お土産買ってくるからね」

 旅先の海で何か面白そうな現地クリスタルとかグッズを買ってくる。仏壇の前で両手を重ね、小さく私は頭を下げる。


 仏壇から離れ、キッチンへと向かって行く。 


 キッチンへ足を踏み入れた私は冷蔵庫の中を見る。細切れの豚肉にキャベツが少々ある程度……はっきりいって貧相。お金に困る大学生の冷蔵庫の中身のようだ。


 ……中華麺と混ぜて焼きそばにする。安値で結構な量が作れる上に、料理が苦手だという私でも簡単に作れる。


 訳あっての独り暮らし。

 御飯を作ってくれる家族がいない私は、面倒でありながらも晩御飯を作るために冷蔵庫から食材を取り出し、キッチンのシンクの上に並べていった。


「……!!」

 晩御飯の準備中の事。私の体の動きがピタリと止まる。



 ”……痛い”。


 ”頭が焼けるように痛い”。


「ん……ううっ!?」

 喉が渇く。胸が疼く。心臓が水分の一滴もなくなったように干からびる。

 それと同時に頭痛と眩暈も酷くなっていく。


「がっ……あぁああっ!?」

 キッチンの近くに置いてある大きな鏡。

「あっ……ああ……!!」

 その鏡に映っていた私の表情は……。



“醜い怪物のように歪んでいた。”

”人間のモノとは思えない、真っ赤な瞳が私を睨みつけていた。”

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