第8話「17回目のバース・デイ」
私、椎葉メリーは吸血鬼である。
それ故に正体を隠す為、周りとコミュニケーションを取ろうとしない。
「ぶつぶつ……」
私は人間のイベントが羨ましく、妬ましい。
ひな祭りにハロウィンは勿論、クリスマスに至っては『リア充達め、ボブスレー並みの速さで突っ込んでくるサンタのソリに引かれて●ね』と言いたくなるぐらいに妬ましい。
「ぶつぶつっ、ぶつぶつっ……」
唯一楽しんでいるイベントと言えば年末年始のカウントダウンぐらい。
紅白歌合戦を一人コタツで見た後に、来年も頑張るぞと抱負を抱いて新年を迎える。本当にそれくらい。
クリスマスの日にはコンビニでフライドチキンとケーキを買って一人で楽しんでいるとかそういう足掻きを見せているが、私はそのことを絶対に口にしない。
「……よっし、」
とまあ、そんなこともあって、イベントにはあまり興味がない。
だが、そんな私でも……一つだけ気合を入れるイベントがある。
「先輩、最近何か欲しい物ってあったりするっすか?」
そう、それはクリスマスとかそういうのとは一切違う、“他人事”。個人によって異なるイベント。
“誕生日”だ。
唯一の友人である葛葉先輩の誕生日。彼が十七歳を迎える誕生日が五日後へと近づいているのである。その為に私は余所余所しくそんな質問をしているのだ。
何が欲しいのか聞き出すため。
最高のタイミングだと見計らっての質問なのだ。
「不老不死」
どこぞの悪の帝王と全く同じ返答が返ってきた。
七つ集めれば出てくるドラゴンではないのだから、その願いだけは叶えられそうにない。
「そういうのじゃなくて、モノですよモノ!」
というわけでリテイクだ。
不老不死になりたいとか、この世界の王になりたいとか、死んだ仲間を生き返させてほしいとかそんな非現実的な事以外でお願いがないのかと入念に聞き出す。
「ゲーム機。ス●ブラ出たから」
学生の財布で変えるかどうか一番怪しいラインの品を口にした。
しかも今から用意できる金額じゃない。一万円未満のものならとある程度の貯金を用意しておいたが、さすがにゲーム機一台買えるほどの余裕は私に残されていない。
「うーむ……」
だが、真剣に答えたという事はそれが欲しいのは事実。
どうにかして用意できるかどうか、頭の中で試行錯誤が始まっていた。
……不老不死。なんて回答をした地点。
この男の人柄も考えて、大体の人が察しているかもしれない。
(面白い)
“たぶん、気づいている。”
この男、誕生日の質問だという事に気付いている。それでもって無理難題を押し付けて困り果てる後輩を見ることを楽しんでいる。
微かにだが、私はそんな様子を感じ取り始めていた。
「冗談だ」
先輩は笑いながら、そう答える。
「そうだな……お前のくれる物だったら何でもいい」
「!」
予想外の返答。
メルヘンチックな返答に私は思わず心を震わせる。
「お前の気持ちだけでも、すごくうれしい」
「先輩……」
イケメンな回答をする葛葉先輩。
そんな葛葉先輩の瞳を……私はじっと眺める。
(やっぱり、気づいているな、コイツ……っ!!)
誕生日の質問をしてることに気付かれていることを完全に察してしまった。
明らかに返答の仕方が、何かを考慮したうえでの回答になっている。
葛葉先輩の策略にいち早く気づき、悔しさの籠った表情を浮かべてしまう。
……今度から、一週間以内じゃなくて数か月前くらいに聞く事にしよう。
全く無意味かもしれないが、質問をするタイミングをもっと考えようと反省することとした。
(面白い)
その愉悦に浸る先輩の顔。
感謝感激雨霰の顔でビッショリと濡らしてやると私は小さな復讐心を胸に宿した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というわけで、私は先輩の喜びそうなものを買いに来たわけである。
放課後が終わってすぐに帰宅し、大事に保管していた貯金箱から、誕生日のためにかき集めていた資金を一気に持ち出した。
そのお金は一万円とちょっとくらい。
学生が欲しがりそうなものならひとまずは購入できる。
「先輩の欲しがりそうなもの……」
私はとりあえず考える。
先輩はここ最近ブームとなっているゲーム機が欲しいと言っていた。そして、そのゲーム機で発売された新作ゲームが欲しいと言っていた。
そのシリーズは日本では勿論、世界的にも有名なゲームだ。そのゲームは過去に四作ほどシリーズを出しており、先輩とはその過去作で勝負をしたこともある。
好きを自称するだけの事はあり、やはりうまい。
欲しがっているのは間違いなく事実ではある。
「よし!」
先輩はゲーム機を持っていない。
とはいえゲームを欲しがっている。となれば……そのゲームソフトだけでも買ってあげることにしよう!
ゲーム機を買う前にせめてソフトだけでも。
気持ちだけでもまずは楽しんでもらうようにと好意を込めて。
「って、嫌がらせか!」
ゲーム機を持っていないのに、そのソフトを渡すなんて嫌がらせ以外の何物でもないような気がする。そんな真似をすれば、先輩からどのような倍返しをくらうか溜まったものではない。
「うーむ」
ではどうするかと私は考える。
……ここ最近、先輩は和菓子にはまっていると聞いていた。
ならば、この街でも少しばかり有名な和菓子をプレゼントしようか。高価な箱の中にいっぱい敷き詰められた和菓子の包みを。
「って、お中元か!」
おばあさんじゃないのだから。
それに誕生日パーティーなのだからケーキがあるはずである。ケーキを食した後に甘いお菓子を大量に渡されると、後日食べるにしても嫌悪感を抱くのは目に見えている。
……どうしたのものか。
先輩が喜びそうなもの。先輩が好きなものは何があるのかと必死に頭を悩ませる。先輩の嫌がらせ回避とテスト期間くらいにしか動かさない頭を私はフル回転させる。
宇宙の真理。まるで回転し続ける銀河系。
思い出す。先輩の好きそうなものを必死に思い出す。
「……えーい、どうにでもなれ!」
そして到達する真理!
私はその商品を買いに行くために、近くの“スポーツ品ショップ”へと駆け込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日後の放課後。私は先輩を公園へ呼び出した。
今日はいよいよ誕生日。教室でもそれなりに祝福されていた先輩は、自宅でパーティーを迎える直前に呼び出しに応えてくれた。
「何の用……って、少しは予想出来てるけど」
先輩はわかったような言葉で自問自答する。
数日前に誕生日の話をしたばっかりだ。記憶に新しいのだから忘れるはずがない。
一体どのような誕生日プレゼントを用意したのだろうか。
興味良さげに先輩は私の顔を覗き込んでくる。
「ふっふっふ、これです!」
誕生日プレゼント。
「感謝感激しやがってください! これが私からのプレゼントだぁーー!!」
若干のヤケクソ気味。目をグルグルさせながら、私はそれを先輩へと渡した。
私が用意したのは……“新品のサッカーボール”だった。
「---っ!!」
先輩はその誕生日プレゼントを見た途端に固まった。
(うっ……やっぱりダメだったか?)
正直、このプレゼントを用意したのは一か八かだった。
私は以前、彼がサッカー大好きである情報を聞いている。ただ、その情報が新しいばっかりに、それ以外に彼が好きそうなものがあるのか答えに到達することが出来なかった。
苦し紛れのプレゼントになってしまった。
現にこのリアクション。私はやってくるであろう嫌がらせに身構えることにした。
「……メリー」
先輩は震えながらボソリと何かを呟いた。
「お前、もしかして……思い出した……?」
「え?」
「あ、いや、何でもない……」
私の返答を聞くと、先輩はガッカリした表情をしたような気がした。
……やっぱり、このプレゼントは失敗だっただろうか。
あんな残念そうな表情を浮かべるのは初めて見た。それくらい期待外れのプレゼントだったという事だろうか。
「あの、いらないのでしたら」
「いやっ……いる」
プレゼントを取り返そうとすると、先輩は声を大きくしてサッカーボールを取り上げた。
そのまま逃げるように去って行った。
「先輩……?」
いつもと違う反応の先輩。
もしかして……本当は喜んでくれていたのか? いつも通り、少し素直じゃないところをみせていただけ?
「……よしっ!」
成功と受け取っていいのだろうか。
不安はあるが、私はとりあえずの成功にガッツポーズをすることにした。
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