第7話「未参加アウトドアタイム」


 私、椎葉メリーは吸血鬼である。

 それ故に運動はもれなく苦手となった。太陽が大笑いしている青空の下で運動をするモノならあっという間に絶命することは間違いない。


 課外による体育の授業は全て欠席を貫き通している。

 持久走大会に至っても開始二分でギブアップする自信がある。そんな自殺行為でしかない体育のイベントに関しても勿論不参加だ。


 課外体育は大抵、隅っこの日陰で試合を眺めることばかりである。

 特に友達のいない体育の風景……しかし、今日は少しばかりいつもと風景が違う。


 サッカーの授業。

 今日は上のクラスの生徒達と合同体育なのである。経験もそれなりに豊富なサッカー部の先輩が多いクラスを相手に、彼女達一年のクラスは無謀にも挑戦を挑まなければならない処刑宣告の時間なのである。


 現に私が眺めている試合は二年のクラスのワンサイドゲームになっている。現役のサッカー部が大人げないなと私はほくそ笑んでいる。


「あっ」

 試合が終わり、次のメンバー達による試合が始まる。


 ……葛葉先輩だ。

 そう、今日は葛葉先輩のクラスとの合同体育だったのである。


 知り合いの試合が始まるという事もあり、ずっと物陰で座ってるだけという退屈な時間も少しは誤魔化せそうである。先輩が勝利するか惨敗するか、そのどちらかを楽しむために目の色を輝かせる。


「じーー……」


 私の目の色は星空のように輝いている。


「じーー……」


 その輝きは銀河のように輝いている。


「じーーーーーーーーーーーー……」


 輝いている。

 ……だが、その星空の瞳は次第に、電源の切れたプラネタリウムのように真っ黒になっていく。


 真夏日だというのに妙に背筋が寒い。

 この冷ややかな感覚の正体は何なのか。凍り付きそうな“視線”の正体は何なのかと恐れを抱きながらも私はスルーを貫こうとする。


「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」


 ……もう、誤魔化すのはやめにした。

 とてもじゃないがスルーできるものではない。背筋が凍るような感触は何処かくすぐったいようで気持ちの悪い感覚へと変わってきた。


 視線の正体が何処にいるのかを、私は探ることにする。


「じーー」

 真横だった。

 その視線の正体はすぐ真横で私を見つめていた。


「うぎゃぁっ!?」

 その距離はおよそ三十センチとすぐ間近。驚きのあまり私は腰を抜かしかける。


「じーーー」

 大人しそうな女子生徒。

 ツインテールが可愛らしい少女がメリーをずっと眺めている。


「えっと、何か……?」

「いえ、お構いなく」


 無茶言うな。


「じーーー」

 ずっと私を眺める少女。

 何か既視感というか見覚えがある……と思っていたら、その正体に気付く。


 そうだ。この少女は葛葉先輩と秘密裏に会話をしていた謎の女子生徒。そして昨晩にいきなり凶器を首元に突きつけてきたクレイジーガールだ。


 それだけじゃない。以前も会ったような気がすると思いきや、この少女は同じクラスの生徒だ。席替えという最悪なイベントにて救世主となってくれたあの女子生徒だったのだ。


 あまりにも影が薄いために存在を覚えていなかった。

 妙な既視感の正体を掴めたことにスッキリしたのか、体の中で蠢いていた気持ち悪さが一気に取り祓われた気分である。


「……」

「じーーー」


 無言が続く。

 だが、私はどうしてもスルーを行うのに限界が近寄る。


「えっと、上尾さんだっけ……葛葉先輩とはどういう関係で?」

 どうせ正体を知っているのだ。

 昨日の晩、夜の街は危険だからと怪物ハンターの二人にエスコートされながら帰った時の事。葛葉先輩から言われたことは『この仕事の事は誰にも言うな』という注意だけであり、妙な模索はするなとは一言も言われていない。


 それにこの女子生徒の正体に私はずっと気になっていた。

 今ここでスッキリさせるのも大丈夫だろうと勇気をもって足を踏み入れてみる。


「……アキラは」

 大人しめの生徒・上尾は答える。


「アキラは、私の全て」

「はぁあっ!?」

 なんという嫁のような発言。

 あまりにも大胆過ぎる発言に頭が吹き飛びそうになった。


「……あの人は、怪物に殺されかけた私を助けてくれた。終わりかけていた私の命をつなげてくれた、たった一人の恩人」

 彼女が語る葛葉先輩との出会い。


 上尾は葛葉先輩と同様、小さい頃から怪物ハンターとしての教育を受けていたらしく、中学生になった頃には実戦に投入されるほどの実力になっていた。

 しかし、その一年後。同志である仲間と共に怪物の討滅に向かったある日の事……いつもとは違う強敵を前に上尾達のチームは壊滅寸前。残りのメンバーは怪物の餌として食われてしまい、生き残ったのは彼女一人だけ。


 身動き一つ取れないほどの重傷。彼女も死を受け入れようとしていた。

 逃げることはが出来ない。怪物に餌として葬られるだけなのだと。


「私はアキラの為になりたい」


 ……そこで助けに入ったのが当時の葛葉先輩だったようだ。

 先輩はその徹底的な実力を見せつけ怪物を討伐。負傷した上尾を救出したのだという。


 それ以来、彼女の中で葛葉先輩は命の恩人として心に刻み付けたらしい。

 その恩を返す為に、ソロとなった上尾は今までずっと葛葉のサポートに回っていたのだという。命を助けてくれたカリを返す為に。


「葛葉は私にとって大切な人。だから、守る」

「へぇ~……葛葉先輩がねぇ~」


 悪戯好きな一面の中に、後輩想いな一面を隠し持つ先輩。

 先輩の優しい一面は私もよく知っている。その一面に私は元気づけられてきた。



(……私だけじゃないんだ。優しいのって)

 だけど、何処か複雑な気分でもあった。

 優しくしてくれるのは自分だけじゃない……そこまで特別な存在ではないという事に私は何処か肩を落とす。


「……?」

 そんな私に上尾は首をかしげる。

 何かおかしなことを言ったのだろうかと疑問に思っているようだった。


「あっ」

 葛葉先輩の裏話を聞いてる最中にホイッスルが鳴り響く。

 得点。気がつけば二年のチームが6点差以上の差をつけて勝っている。


 ……その6点のうち4点は全て葛葉先輩によるゴールである。

 周りの男子生徒達と無言でハイタッチを交わす姿。素っ気ないというか、クールというか……相変わらずな風景である。


「ああ見えて運動神経いいからね~、葛葉先輩」

 葛葉先輩はサッカー部に所属していない。しかし、そんな彼のサッカーの腕は現役サッカー部の助っ人としてほしいくらいの実力なのである。

 合同授業以外でのサッカーの試合でも葛葉先輩が一人いるかどうかでゲームメイクが大きく変わってくる程の存在。それだけの実力を隠し持っているのだ。


「……なんで、サッカー部に入らないんだろ」

 やっぱり面倒くさいからだろうかと笑ってみる。

「一つだけ聞いたことがある」

 そんな私の疑問に上尾が口を開く。


「あの人は中学校の頃からずっとサッカーが大好きで練習をしてたみたい……約束があるんだって。サッカーの事で大切な約束が」


 サッカーを通じて何か約束をしている?

 まさか、葛葉先輩には実は妹みたいにかわいがっている寝たきりの女の子がいて、その女の子に『プロサッカー選手になる』なんて約束をしているのだろうか。


「くすっ」

 思わず笑ってしまう。

 ハッキリ言って似合わない。そんなキザな演出、葛葉先輩には。


 どうせ、『試合に勝てば今日の昼めし奢れ』くらいの約束だと思われる。

 そんなことに意外と意地になる子供っぽい一面を可笑しく想いながら、私、椎葉メリーは日陰でずっと笑みを零していた。

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