第6話「先輩はハンター」
私、椎葉メリーは吸血鬼である。
それ故に吸血鬼であるという実態を隠しながら生き続ける毎日。私の正体を知る者は葛葉彰以外誰もいないのである。たぶん。
……正体をばらした唯一の相手。
葛葉先輩。彼はこの街の平和を守る“怪物ハンター”だと本人は語った。
それっぽい拳銃に確かな殺意……あれは確かに偽物とは思えなかった。
だが本当に彼は怪物ハンターなのだろうか? あの拳銃は驚かす為に用意した玩具か何かではないのだろうか? それっぽい仕組みが施されているだけなのではないだろうか?
……あり得ない話ではない。
先輩は私を驚かし、虐めたりするためならば、あらゆる手段を利用する。いともたやすく行われるえげつない行為であろうとも容赦なく。
それくらいイタズラには全霊を駆ける男なのだ。小学生か何かかよ。
「いそいそ……」
故に私、椎葉メリーは追いかける。
彼の実態を掴んでみせるのだ……葛葉彰の全貌を。
時刻は24時。太陽なんてもういない、私の時間だ。
私は葛葉先輩が住んでいる一軒家の近くにて身を潜めていた。
「先輩め……必ず、尻尾を掴んでやる」
今日の昼間、私は”ある光景”をこっそり目の当たりにしたのである。
その日の学校の昼休み。いつも通り日陰で食堂の惣菜パンを食べようと思ったら……日当たりが全開の中庭にて、大人しめの女子生徒と葛葉先輩が楽しそうに弁当を食べている風景を見つけたのだ。
当然気にならないわけもなく、私はギリギリのラインまで二人に接近し、何の話をしていたのかを盗み聞きする。
嫉妬じゃないよ。うん。嫉妬じゃない。
“今夜12時。例の怪物が住宅街に現れる。援護を求めたい”
その言葉。まさしく怪物ハンターのそれっぽい単語。
となると、この女子生徒は葛葉先輩の協力者という事なのか。
彼は『自分は怪物ハンターの一人。』だと口にした。
まるで自分以外にも怪物ハンターがいるみたいな言い方だったのは今でも覚えている。この街には気づいていなかっただけで数人ものハンターが隠れていたのだ。おぉ、こわっ。
昼間にそんな怪しい会話を耳にした。
葛葉彰は本当に怪物ハンターなのか……それとも、ただの痛い人なのか。
意を決して、私は彼の自宅の前にお邪魔しているのである。
待つこと数時間。どこぞの刑事ドラマらしく、コンビニで購入してきたあんパンと牛乳片手に葛葉先輩の登場を待っていた。
「……!!」
現れる。
“黒いコートに謎の仮面”。
もし、本物の怪物ハンターじゃなければ……タダ痛いだけのとんでもない中二ファッションに身を包んだ葛葉彰が堂々と登場する。
私は唖然とした。
持っていたあんパンと牛乳を思わず手放してしまった。
恐ろしいほど痛い服装。腕には黒い手袋が付いているし、仮面も何かデータ演算とか行いそうな近未来なタイプ。腰にはあの特徴的な拳銃を四つほどぶら下げている。
ペンネームとかで『♰』みたいな記号を使ってそう。それと同等レベルに痛々しく、痒みのあまりに蕁麻疹が飛び出しそうなファッションだ。
私は思った。
“これでもし、本物の怪物ハンターじゃなかったどうしよう。”
どう、明日から顔を合わせればいいのだろうか。
どう、接してあげればよいのだろうか。
ただ、痛いだけのファッション。そして、いるはずもない怪物を探しに街を徘徊してるだけの怪しい人間だって知って、どう関わればいいのだろうか。
試される試練。
真実か嘘かは全てを見ればわかる……覚悟を決めて、先輩の追従を開始した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追従すること数分後。
『クハハハ……上手そうな魂の匂いだ……!』
本当の脅威は何気ない日常に潜んでいるという言葉は本当のようだ。
三つ首の犬。人間の四倍以上の大きさはある巨大な犬。
目は真っ赤で、牙はドリルのように鋭い。足には鎖付きの輪がジャラジャラとつけられている。
(本当にいたぁあああッ!?)
突然の怪物の登場に私は腰を抜かした。
いない前提で動いていた。そっち方面での覚悟を決めて居なかったから余計に衝撃だった。
ガックガクに震えながら、道端の隅からその風景を眺めている。
目の前にいるのは巨大な怪物。
そして、それを静かに眺め続けている葛葉先輩の姿。
どうする。
一体どうするというのだ、葛葉彰。
『貴様の魂も、無に還して、』
「うるせぇ」
謎の大型犬の会話。
突然の罵声……そして銃声により遮断。
吹っ飛んだ。
三つの頭は一斉に吹っ飛んでしまった。たった一発の銃弾によって跡形も残らず消し飛んでしまった。
首を失った大型犬は姿勢を揺らめかせながら苦しんでいるが、葛葉は容赦なく残りの弾丸もすべて撃ち込んでいく。
消えていく。骨はおろか、毛根一つも残らず。この世に存在したという痕跡一つ残ることなくその姿が抹消されていく。
「あわわわ……」
怯えながら見学。逃げ出したいけどここは我慢だ。
……本当に良かった。
“拳銃で威嚇されたときに全力で頭を下げたことを”。
あの拳銃は間違いなく、この間見せられたものと全く同じものである。あれだけ大きなサイズの怪物であろうと瞬殺するとんでもない代物。本物の兵器だったようだ。
私は何度も過呼吸になる。
場合によっては、あの大型犬みたいに自分もなっていたと想像するだけで、安堵の感情がマッハで止まらなかった。
……どうやら、本物のようだ。
「良かったですよ、先輩……ただの中二病じゃなくて」
それがわかったところで今日は立ち去る事にしよう。そうしよう。
あまりの衝撃映像に腰が痛いがそこは耐えて、ここをおさらばする事にした。よい子は寝る時間なんだから。
「……誰だ」
重い声。
「そこに誰かいる……怪物の匂いだな」
(ひいっッ!?)
私はゾっとした。
その通り。私は吸血鬼、つまり怪物の類なのである!
(しまったァアアーー! さすがプロだぁあアアーーーッ!!)
怪物ハンターの鼻や直感は少し特殊なのか、遠くから眺めていた私の気配さえも簡単に感じ取ってしまったようだ。
「まあいい、こいつで撃ちぬけばいいだけの事……姿を現した瞬間に、首を吹っ飛ばす」
迫る。殺意をマックスにした葛葉彰が見えない怪物を前に接近してくる。
“コロサレル”。
”アノワンチャンミタイニ、ヨウシャナクコロサレチャ~ウ”。
冷や汗を滝のように流す。今までにないくらいに足が震え、復活しかけていた腰もぎっくり腰寸前にまで追いやられる。
どうするのだ、この状況。
いや、何を迷っている必要がある。敵だと勘違いされているのなら、やらなければいけない行動はただ一つしかない。
「ごめんなさい! 先輩私ですッ! こんな時間に何をしてるのかと気になったものでッ!!」
敵じゃないという事を全面アピールするだけ。
勢いよく表通りに出てきてスライディング土下座。貴方の可愛がっている生意気な後輩ですよと全力で自己紹介をする意外やることはない。
その自己紹介は、今までで間違いなく一番全身全霊だったと思われる。
決死の土下座でどうか射殺を止めてもらえるよう懇願した。
「まあ、気づいていたけど」
私が出てきたと同時。彼は殺意と拳銃を一瞬でひっこめた。
「だから、タチが悪いッ!!」
大慌てで顔を上にあげ、怪物ハンターの葛葉先輩にツッコミを入れた。
そのツッコミはいつもよりも勢いがなかったのだという。あの拳銃の破壊力を目の当たりにしたせいで、何処かヒヨってしまったようである。
「何してんだ、こんな時間に」
「そんなの決まってるじゃねーですか! 先輩の正体を探りに、」
そこから先の言葉。
出そうとした矢先……再び向けられる“別の殺意”。
「口を慎め」
しかし、その殺意。
葛葉先輩から向けられているものではない。
「アキラに何をする」
……今朝見かけた大人しめの少女。これ以上動けば首を吹っ飛ばすと言わんばかりに鋭いナイフを私の首元で構えていた。
「ご、ごめんなしゃい……」
両手を上げて謝罪する。
なんなんだ、この女子生徒は。昼間に見かけた時と違ってかなり態度が違うというか、獰猛になったというか……その恐ろしさに震えは最高潮に達する。
「……“上尾”、口を慎むのはお前」
また殺意。
「その手を引っ込めろ……じゃないと」
葛葉先輩が向けた殺意。
「消す」
それは……先程の怪物に向けていたものとは全く持って違うレベルでヤバい度合い。
そこからの発言次第では人間相手であろうと……想像するだけでも悪寒が酷い。
「も、申し訳ありません……」
上尾と呼ばれた大人しめの女子生徒が涙目で両手を上げながら謝罪する。
「ひぃい……」
それに続いて恐怖が全開に達したのか、私も上尾さんという人物と同様に震えながら姿勢を低くした。
……一体何者なのだ。葛葉彰。
私は強く誓った……“この業界に首を突っ込むのはやめよう”。
- 首 が と ぶ か ら -
好奇心は猫を殺す。私、吸血鬼だけどね!
……人生において新しい教訓を胸に刻み付けることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます