第5話「ライバルな会長さん」

 私、椎葉メリーは吸血鬼である。 

 故に日光を浴びることを毛嫌いしている。


 多少であればいい。だが、太陽からの直射を受ければ速攻で干物の出来上がり。

 それを避けるために私は廊下を歩くときも窓側を避けての移動。時間によっては歩行が制限される通路が現れるのだ。


 廊下を歩くのも奥が深いのだ。時間の計算含めて間違えてはならない。


「ちっ、今日は上の通路使えないじゃねーですか……」

 もうすぐお昼ご飯。三階にある食堂に焼きそばパンを購入に行くのにも一苦労。安全ルートの確保は大変である。


「だとしたら、この時間は日陰になっている非常階段を使うのがベスト……だけど、あの通路は先生にバレないようにというのが条件だし……この時間、誰にも見られずに非常階段に足を踏み入れるのは難しい……ぐぬぬ」


 難問だ。

 時間的にも惣菜パン争奪戦は始まっているはず。今回は残り物で我慢するしかないだろうかと私は諦めムードに入っていた。


「そんなお前に朗報でーす」

「うきゃぁッ!?」

 突然現れた救いの手はあまりにも亡霊的存在感。


「おうおぉあッ! あっぶなぁァアーーッ!?」


 いきなりの葛葉先輩の登場に私は日向に飛び込みかけた。


「ハァハァ……先輩、いきなり驚かさないでくださいよ。天国の階段踏みかけたじゃないですか……」

「良い情報と悪い情報。まずはお前に良い情報を与えよう」


 人差し指を口につけながら、葛葉先輩は最初に朗報を与える。


「非常階段前は職員室が近いから困難だと言っていたが……現在、先生たちはもれなく職員会議中。つまり、見つかる可能性は低いから今がチャンスというわけですよ。奥さん」


「マジですか!?」

 

 それは何という朗報だろうか。

 教師という最大の見張り番がいないこのチャンスを逃せば、次のチャンスは絶対に来ない。


「ありがとうございます! 先輩の情報を無駄にしませんッ!」

 私は職員室手前の非常階段を目指していった。


 待っていろ、焼きそばパン。

 食堂の看板メニューをその手に掴むため、希望の眼差しと共に廊下を駆けていく。





「ちなみに悪い情報だけど、最近あまりにも侵入者が多いために非常階段には防犯カメラがつけられたとのことでーす」

「意味ねーじゃねーですかァアアッ!!」


 勢いのままに私は近くの消火器を蹴り上げた。良い子はモノにあたらないでね。

 天国から地獄。希望も何もない絶望の闇へと墜とされた。


「うぐぐ……今日は諦めるしかないですか」

 どう足掻いてもゲームオーバー。

 日光が弱くなる時間帯まで待って、食堂の売れ残りを買いに行くことに。


「腹満たす方法くらい幾らでもあるじゃん。自動販売機でお汁粉とか」

「こんな真夏日にお汁粉とか我慢大会か何かですか」


 絶望を叩きつけた上に嫌味までセットで追いやってくる鬼畜の所業。私は片手をグーにして唸り続けるばかりである。


 日光が弱くなる瞬間まで近くの廊下で待機する。

 最悪の場合はタオルを持ってきて体を隠して移動するという不審者丸出しの行動に出る所存であった。


「……ここでもう一個、良い情報でーす」

 葛葉先輩はその場でブレザーのポケットに手を突っ込む。ここの学園の制服のポケットは結構大きめで筆箱も入るという便利ぶり。


「お前が欲しいのは”これ”ですか~?」

 そんな便利なポケットから……焼きそばパンと野菜ジュース。


「くださいっ!」

 私には最早プライドなんてない。

 餌を求める子犬の如く、先輩へと飛びついた。

 

 何というテクニシャン。 

 あげて落としてきたかと思いきや、再び上にあげる悪戯ぶり。いつもなら怒鳴りたいところだが、背に腹は代えられない。


「どうどう。食べたければ金を払え」

「言われなくとも!」

 私は胸ポケットに入れてある財布を取り出した。



「あら? 葛葉君?」

 そんな、いつも通り何気ない風景に第三者の声が。



「!?」

 その存在。突如として現れたその人物。

 私はその人影の眩しさに目が眩む。


「あぁ、生徒会長。どうも」

「もう、涼音すずねでいいわよ。私と貴方の仲なんだから」

 ブロンド髪の似合うこの容姿端麗の女子生徒。その名は“涼音美和すずねみわ”。

 この学園の生徒会長である。大事な事なので二回言うがスタイルはかなり良く、成績もスポーツもトップクラス。男性からの人気も異常に高い、学園のマドンナ的存在だ。

 

 人当たりが良いうえに、凄く後輩想い。学園新聞でこっそり行われている人気投票にて[彼女にしたい]、[姉にしたい]、[ご主人様にしたい]の三部門で連続トップを飾る強者である。


 そこら中の有象無象じゃ手の届かない高嶺の花。


「いや、一応先輩なんですし」

「変なところで律義よね。葛葉君って」

 ところがそんな太陽にも等しい存在が何故か、先輩と仲が良いのである。

 陰で人気ではあるが、それほど注目を集めない葛葉先輩と、“何故か”仲が良いのである。


「おや?」

 生徒会長がこちらを見る。


「ぐるるる……」

 そんな生徒会長を私は睨みつける。


 そう。コミュ障である私にとって、葛葉彰こそが唯一の友人なのである。それを学園のマドンナ的存在である生徒会長に奪われてたまるかと野良犬の如く敵意を向けているのだ。


 葛葉先輩は絶対に渡さない。

 それが私の必死の抵抗である。目を背けかけているけど。


「ふふっ、今日も元気そうね。葛葉君とはどう?」

 身長差からか、生徒会長はそっと姿勢を低くして私に手を振る。

「言われなくとも!」

 それに対し、反抗的な返事をぶつけた。


「お取込み中だったみたいね。話があったんだけど、後にするわ」

 それだけ言い残し、生徒会長は何かしらの資料を片手にその場から去っていく。


「グルルルル……」

 いまだに猛犬の如く、威嚇を続ける。

「……」

 先輩が何か言いたげにこちらを見る。



「お前、“生かしてもらってる”って立場であることを忘れるなよ?」

「……?」

 何故、急にその話が出てきたのか。


「あの人……俺の上司だから」


 “俺の上司”。

 上司という言い方……そこから連想できる立場は一つ。


「お前、あの人の命令次第で首が吹っ飛ぶからな」


 “怪物ハンター”の司令官的立場。


 なんという無礼。なんという迂闊。

 私は自身の失態に顔面が真っ青になっていく。


「待ってください、生徒会長様ァッ!!」

 まだ日向の道に入る寸前。手の届かない位置に行かれる前に私は生徒会長の前方に回り込み即座に土下座をする。


「こんな私めに情をかけてくれていたにも関わらず! とんだご無礼を犯してしまったことを大変申し訳なく存じ上げ……」


「まぁ、嘘だけど」


 先輩の言葉。

 その瞬間に廊下の空気が凍り付く。




「……ははっ、あっはっは」


 静かな殺気。腕を鳴らしながら、私は立ち上がる。


「んじゃ、いつもの日陰に集合な」

 逃げるように先輩は去っていく。


「待ちやがれ、コノヤロォーっ!!」

 私の怒りが有頂天。

 先輩の立場どうであろうと一発殴らせろ。怒りのままに先輩を追いかけた。



 ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼


 放課後。生徒会室。

 生徒会長の座にて資料を読み耽っている涼音の姿。


 そして部屋の中にもう一人……葛葉の姿が。


「葛葉君、彼女をいつまで監視するつもり?」


 先程と比べて少し重圧感のある態度。

 涼音は警告をするように葛葉へ問いかける。


「アイツが人を手にかけたその瞬間……俺が手を下します」

 頭を下げ、葛葉は懇願する。


「その時まで……待っていただく、約束です」


 そして、顔を上げたその瞬間の葛葉の顔は―――

 上司であるはずの涼音に対し、明確な殺意を浮かべていた。


「……全く、ワガママは筋金入りね」


 困ったように涼音は笑みを浮かべる。


「私と貴方の付き合いだからね。ちゃんと面倒見るのよ?」

「言われなくとも、」


 いつもとは違う生徒会室の空気。


「アイツは俺以外に、手出しさせません」

 

 この学園には少しばかり秘密が隠されているようだが……それは、その秘密の関係者以外が知る必要がない、知らぬが仏のウワサなのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る