第4話「バイオレンスな試練」
私、椎葉メリーは吸血鬼である。
他人の血を吸わないとやっていけない。ついでに日光が苦手なアレである。
今日も私は恥ずかしくない成績を取るために小テストに集中している。
一か月に一回はやってくる、実力を測るための小さな試練……まずい成績を取れば、補修は免れない地獄つきのアレ。
今は七月。つまり中間テスト寸前。
年に一度のの夏休み……カーテンの閉まり切った部屋にて冷房を最大出力。日の光を一切見ることなく過ごすという天国の夏休みライフを計画しているのだよ、私はね。
そんな夢がテストの成績次第では潰えてしまう。補修による夏休み登校の罰ゲームがやってくる。
ただでさえ、この夏休み前のシーズンであっても登校が地獄なのだ。それを真夏ド真ん中、しかも他の生徒は鼻をほじりながら冷房付きの自宅でくつろいでいる中、登校しなくてはならんのだ。拷問以外の何物でもない。
……日光が苦手だと口にした。
教室はガンガン光が入っているけど、それに対しては大丈夫なのかとツッコミが来そうなのでお答えします。
人間、そして全ての生き物は生き抜くためにそれぞれの順応を続けてきた。
吸血鬼も長い歳月を得て、少しくらいの日光であれば問題はなくなったようである。直射日光を受けて、やっと“肌が干からびる程度“にまで強度を上げたのである。
これぞ進化だ。
なんて、生物学的根拠を口に出来るくらいには私は一応頑丈である。だが、こう強がっても直射日光が苦手な事に変わりはないのだが。
(ようし! 終わり!)
小テスト終了。
何事もなく回答出来た。成績も悪くないはずなので、今日もこれにて試練が終了。
あとは中間テストという最後の試練を突破するだけ。日光一つ存在しない夢のようなパラダイスまでもう少しだ。
私は夢想する。
棺桶のように自身の体に布団をかけ、その中で携帯ゲームに身をゆだねる一カ月の日々。
(天国だぁ……)
幸せはすぐそこにまで迫っていた。
「はい、皆さん! 突然ですが、今月の“席替え”を始めようと思います!」
教師の声。
瞬間、私の脳裏にイナズマが走った。
「何……だと……っ!?」
前言撤回。最大の試練がもう一つ突撃乱入してきたのである。
先生から口にされたその試練の名前は……“席替え”。
なんということだ。この世界に神はいないのか。
この席替え何としてでも避けなくてはならない……。
【窓際の席】をッ!!
(なんで!? なんで、このタイミング!?)
私、椎葉メリーは激怒した。
このクラスでは生徒達の交流を深めるという名目で一カ月に一回は席替えを行う。その件に関してはコミュ障である私にとって悲痛でありながらも、まだ考慮の範囲内ではある。
(だって……だって……!!)
私は思う。
(登校日、もう十日も残ってないのに……ッ!!)
そんな短い日しか残っていないというのに、一カ月に一回というルールを律義に守る意味があるのだろうかと!!
たった十日間の交流、しかも夏休みをかけた中間テスト手前のこの時期に交流を深める余裕が生徒にあるわけないだろう!?
理解に困る。
私はとにかく悲嘆した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このクラスの席替えはくじ引きで決まる。
黒板には全員の席順。一つの席ごとに番号が書かれてある……引いた番号が次にお世話になる席になるということだ。
たった、十日の関係だがなッ!!
いよいよ、私の順番だ。
用意されたボックス。その中にあるのは私の十日間の運命。
引いてはならない番号、それは28~32の数字。
それが窓際の席を意味する5つの数字。
このクラスの生徒の数は32人。つまり、安全を確保できる確率は27/32。
贅沢を言えば、窓際の席の隣の席も避けたいため、それも含めると22/32。
廊下側は日光が入る量が直接的じゃないからギリギリセーフだ。ワガママにそちらも避けたいが、そればかりは考慮するしかない。
私の順番が回るまでに8人の生徒が引いている。6人が他の席を確保し、2人は窓際へと流される。
ここに回るまでに2人が生贄になってくれている。
……この様子では、きっと私に運が回っているはずだ。
そうだ、今日は運がいいはずだ。
テストもサクッと解けた。それ以外にもいいことは沢山ある。そうそれは……
”朝の情報番組の星座占いで、自身の星座の順位が5位だった”
悪くない数字のはずである。ギリギリのような気がするが大丈夫なはずである。
いや、それだけじゃない。
そうだ、それ以外に私に訪れた豪運ッ……。
”一日一回ガチャにて、初登場のSRキャラクターを入手した”
携帯のアプリゲーム! 一日一回、有料のガチャを回せるというイベント!
そのイベントにて私は初登場キャラクターを手に入れた!
行けるはずだ。
ここまで運が回っているのなら、引くはずがない!
私は決意のままに、ブラックボックスへと腕を突っ込む。
掴んで見せる! 楽園への切符を!
「……ッ!!」
イナズマが走る。
引いた。
「馬鹿……なっ……」
“処刑台への片道切符”を握りしめてしまった。
紙切れに書かれていた番号は虚しくも28番。窓際の一番前の席。
「ははっ、マジですかよ、神様……」
走馬燈が頭に映る。
中学校時代。少し規律に厳しい中学校には席替えという文化が存在しなかった。小学校も同様である。しかし、高校生になってから経験することになってしまった席替えという悪夢の文化。
「ファ●キン、ホット……ッ!」
過去に三回の席替えがあった。それは全て天国へのチケットを手に入れた。だが、悪運はそう連続して続かないのが現実であった。
(とほほ……仕方ない、割り切ろう……)
出てしまった以上は仕方ない。割り切るのだ。
肩をがっくり落としながら席へと戻る。
十日しかないのだしそれまで辛抱だ。むしろ、ここで不運を使ったとポジティブに行こう。
ネガティブシンキングまっしぐらの私は、なんとしてでも自分にそう言い聞かせることにした。
(……はぁ~)
だが、思った以上に憂鬱であった。
厳しいものは厳しいっすよ、神様。ネガティブクイーンの私にそんな割り切りが出来ますかって話ですよ。
肌を隠すためのタオルとかを持って行こう。とにかく肌を隠すための何かをいろいろと用意しよう。
吸血鬼であることを隠すための、試練の十日間が幕を開けようとしていた。
「すいません」
全ての席が決まった直後。
一番後ろの席の少女。大人しめな女子生徒が片手を上げる。
「私、少し目が悪いですので、28番の人と交代してもよろしいですか?」
……その言葉に振り返る。
クールな雰囲気の小柄な女子生徒。片手をあげて、救いの光を差し伸べる少女。
___”女神”や。
28番の紙切れを手に取りながら、私は快くその懇願を受け入れた。
真ん中の席。滞在続行……!!
▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲
昼休み時間。人通りの少ない渡り廊下。
先程28番の席を譲った女子生徒が、用事のために職員室へと向かっている。
その途中。少女は一人の男子生徒とすれ違う。
「……依頼通り、真ん中の席を確保。椎葉メリーにその席を譲りました」
女子生徒は、一瞬だけそう呟いた。
「約束通り、駅前のプリンをお願いしますね」
「……分かってる」
女子生徒は去っていく。
その後ろ姿に対し……“葛葉彰”はただ一言、お礼を残して立ち去った。
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