第3話「ファンタジックな生態」
私、椎葉メリーは吸血鬼である。
そんな衝撃的な事実を最近、唯一の友である先輩・葛葉彰に打ち明けた。
だがそれは、更なる地獄への入り口であった。
いや、分かっていた。こんな非日常的な事を打ち明けたら、穏やかに終わるはずもないくらいには覚悟していた。
展開に問題があったのだ。想像もしていなかった、予想外の結末が問題だったのだ。
なんと、葛葉先輩の正体は……ここ日本にて極稀に現れるという人類の脅威を駆逐して回る”怪物ハンター”だったのだ。
ここ最近、隠すのが厳しくなってきた吸血衝動。かなり大変ではあるが……何としてでも抑えることにした。そうしなければ”私の首が危この世から塵一つ残さず消滅するのである”。
吸血衝動から解放されたいが故に先輩にカミングアウトしたらこのザマ。あまりに憂鬱な出来事に私は肩を落とす。
___こうして生きているだけでも、ありがたいと思うべきなのかもしれないけど。
怪物ハンターに監視されながら生活していたという事実。
そんな衝撃的事実を背にしながらも……私は今日も吸血鬼という素性を隠しながらの生活を懸命に生きていく。
「そそくさ、そそくさぁ……」
日陰。とにかく日陰。
私は日陰に身を隠しながら登校している。住宅街の塀に這いつくばりながら歩き続けている。
夏場はハッキリ言って地獄。太陽が常に顔を出しているから。
この季節になると優雅に咲いているヒマワリがかなり憎らしく感じてしまう。吸血鬼……“日光”が若干苦手という体質。
【日光を浴びたら、肌が干からびる】という体質なのだ。
数十分以上浴びるものなら昆布のようなミイラの完成である。救いがない。
「くぅ……三日に一度台風が来るような国であればいいのに……!」
「お前ひとりのために国は滅んでくれと」
日陰を歩き、鞄で頭を隠しながら登校を続けている私を見ながら先輩は呟く。
人類は水を欲しがっている。だが、そう毎日滝のように水を与えられても溺死するだけだと呆れたように。
「怪物ハンターには分かりませんよ。日光がダメな肉体を持った私の気持ちなんて……!」
「分かるわけないじゃん」
堂々と言いやがって、このヤロウ。
太陽が苦手というこの体質のせいで、結構な行動が制限される。
まず、課外授業。外での体育の授業の参加が不可能だ。皆のようにサッカーに参加したいし、ランニングにて汗を流して減量もしたいというのに。
……なにより海。そう、海だ。
私だって水着を着て、砂浜を走り回りながら海に飛び込みたい! 夏の風物詩、最高のアウトドアを体験したいというのに、この体質のせいでいっつも水着を着ずに海の家でかき氷!!
最悪である。
生き地獄とはこのことだ。人生の何割を損してるか分かったものじゃない。
こんな人生に私は憂鬱だ。
「吸血鬼様は大変だな。南無三」
「アイス食べながら他人事みたいに言いやがって! 羨ましいなァッ、人間様めぇえッ!!」
アイスキャンディー食べながら堂々と日向の道を歩く先輩を呪ってやりたかった。
私も先輩みたいに普通の人間の体が欲しい。届かぬ願いが意味もなく虚空へ響いていく。
「……って、うわわ!?」
その叫びに反応したのか、何処かのご近所さんの飼い犬の秋田犬が私を見て吠え出した。リードに繋がれているため襲ってはこないが、これでもかと私に吠えてくるではないか。
「危なッ!? 危なァアアッ!?」
そのまま日向に追いやられそうになったが何とか持ちこたえた。ギリギリセーフ。
太陽に怯える情けない姿を晒しているが故に、犬とかそういう生物にすらも上から舐められる日々。隙を見せてはこうして動物達に攻め寄られる日常。
「がるるるるっ……!」
動物が嫌いではないのだが……私は驚かしてきた犬を相手に威嚇を始めた。
「はぁ~、太陽なんて滅びればいい」
「何でお前ひとりの為に銀河系が危機を迎えないといけない」
私は不貞腐れている。
堂々と外を歩きたいという願望を漏らしながら、ゾンビのように日陰を歩く。
「……あっ」
立ち止まる。私は顔を青くして立ち止まる。
「あっ」
先輩も気付いたのか察してしまう。
……途絶えている。
日陰の道が途絶えてしまっている。
カンカン照りの太陽に照らされた死のロードが目の前で展開されている。
その距離はおよそ十五メートル近くと中々に長い距離。
「……はっはっは! こんなの苦境のうちにも入りません!」
しかしこんな非常事態。長く吸血鬼生活をしている私には何の苦境にも入らない。
私は意気揚々としながら学校の鞄の中に手を突っ込む。
そうだ。こういう時のために吸血鬼専用お助けアイテムの一つや二つは絶対に鞄の中に入れているのだ。この状況を打破するためのアイテムを持っているからこその余裕なのだ。
「こんな時のために折り畳みの日傘が……あれ?」
出てこない。
鞄から折り畳み傘が見つかる気配がない。
「……」
私は黙って鞄から手を離す。
「傘、忘れた……」
「あ~あ」
私の焦りを見て先輩も察したようである。笑えよ。
「どうする? 今戻れば、間違いなく遅刻だぞ」
この死のロードを越えた先に学校がある。
既に登校路の十分の九。引き下がるに引き下がれないところまで来てしまった私。ここで引き返せば遅刻は間違いない。
極力は日傘を避けての登校を繰り返していた。あまり使いすぎると変に視線を集めて恥ずかしいからだ。
その上ここ最近は曇り空が続いていた。だからこそ日傘がいらなかった。それ故に表に出てしまった決定的油断。
それだけじゃない。高校一年になって、まだ三か月近くの私は日陰のないエリアの調査が完全には終わってない状態。
……終わっている。
絶望的な状況に私は窮地に立たされる。
「……行きます」
だが、私は行く。
「ああ、行きますとも! 行ってやりますよ!! やってやろうじゃねぇかッ!!」
軽く準備運動を行う。ここで戻れば遅刻は免れない。
地味に皆勤賞を狙っている私にとって遅刻は最悪の汚点。皆勤賞という就職などに最強の勲章を手に入れるために覚悟を決めた。
「よーい」
先輩が小さく呟く。
「どん」
指をピストルに見立て、口で発砲音を口にした。
「どおりゃぁーーーーッ!!」
それと同時に私は死のロードを全力疾走。肌が干からびる前に、変に目立つ傷跡が出来る前にと、“文字通り死に物狂い”で駆け抜ける。
「ごふっ……!?」
だが、現実はやはり甘くない。
五メートル走ったあたりで失速。体質によるダメージがやってくる。その瞬間に私は豪快に吐血する。
「ぐぐっ……!?」
肌が干からび始める。太陽相手に1日中干された昆布のようにパリパリにやけていく。
「まだだ……まだっ……」
十メートル地点。限界間近。
「か、っふ……」
ダウン。ゲームオーパー。
やはり無理があった。体育授業はおろか、アウトドア関係の活動をここ最近何一つとして行っていない私にとって無謀なステージだった。
「はい、終了」
最早、天国の階段を駆け上がる死者のようだった。
それを見兼ねた先輩は学園の制服のブレザーをそっと私に被せてくれた。
「かはっ、こふぁあっ……」
お礼を言おうにも、私は亡者の呻き声しか上げられなかった。
肌は日光に当たらないようブレザーで隠されている。制服のスカートから顔を出している足の部分にも葛葉本人が壁となって直射日光を遮ってくれている。感謝しかない。
「た、たすけて……」
水を求めるようにブレザーの中から私は手を伸ばす。
「学校に電話入れとくか」
干からびそうな私をお姫様抱っこで運ぶ葛葉先輩。
___今日は諸都合で遅れます。
それくらいの融通は効く学校である。葛葉は私の回復を図るために近くの路地裏へと応急処置に向かって行った。
……数秒後、私は意識を失った。
大丈夫、死んではいないから。まだ物語は続くからね?
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