本編

第2話「気になるあの人からカミングアウト」

 私、椎葉メリーは憂鬱である。

 今日の学校は休み。ファミレスにて、私と葛葉先輩はドリンクバーのみを注文して席に腰掛けている。


「ぶーーーっ……」


 机に身を伏せたまま全く動こうとしない私。


「何をそんなにいじけてるんだか」

「いじけてませーーんーーーっ!!」


 そんな私をずっと見下ろしている葛葉先輩。先輩は私のためにドリンクバーからメロンソーダを持ってきてくれましたが、今は飲む余裕がありません。



 気まずい空気が続く。”日光が出来る限りは届かない位置の席”ということもあって、薄暗い空気が漂ってしまっている。



 まるで墓場。

 私は声だけ荒げていても、体は墓場で撃ち殺されたゾンビのように全く動こうとしなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 話は先日にさかのぼる。

 真夜中の学園の屋上にて、私は衝撃のカミングアウトを先輩に告げた。


 そう、私は吸血鬼なのである。


 生まれながらに怪物の血を受け継いでいたらしく、背中の羽も牙も爪も……全て本物である。生き物の血液を取らないと人間としての生活が厳しくなるという事も全て本当だ。ここ最近になって、その体質が顕著になってきたのだ。



 耐えることが難しくなってきたここ最近。

 覚悟を決めた私は、唯一信頼できる相手……葛葉彰に全てを明かしたのだ。



 すると、どうだろうか。


 この葛葉彰という男。

 拳銃を片手に、“世界の平和を守る怪物ハンターの一人”だなんて、非現実的な設定の自己紹介を始めたのだ。


 まさかまさかと私がそれを笑ったら、無言で発砲。

 顔面に浴びたら頭蓋骨も粉々に砕け散るであろう威力の弾丸が首元を掠り、真っ赤な満月の空へと消えていったのである。


「ひぃいーーーーーッ!?!?」


 私はその恐怖から思わず涙目。


 勇気を出して真実を口にした結果……自分の首を絞めた上にピラニアだらけの池の中に身投げするというアグレシッブな事態になってしまった。



 まずい。これは非常にまずい。

 このままでは、問答無用でぶっ殺されてしまう……!!



「いや、先輩! これ冗談ですから! ほら、この牙も差し歯だし、爪もメイクだし……この羽も、先輩を驚かす為に徹夜で作ったやつなんですよ! 出来がいいでしょー!?」


 羽を見せながら私は苦し紛れの言い訳を繰り返す。


「えいっ」

「いたたたたたッ!?」


 畑のカブを引っこ抜く勢いで引っ張られる羽。れっきとした本物の羽を引き千切られそうになる私はあまりの痛みにマジで叫ぶ。


「言っておくけど、引き返せないところまで来てるからな? 理解してる?」


 言い逃れは出来ない。もう、後戻りは出来ない。

 現役の怪物ハンターさんからの処刑宣告が告げられてしまった。



(あぁ~、終わった……私の人間生活終わったァア……!)


 どのみち、勝算は少なかったことだ。

 吸血鬼であることを告げたところでろくでもない結果になるのが目に見えていたのも事実ではある。



 だけど、こんなあまりにも予想外なオチで人生が終わるなんて思いもしなかった!

 私の決死の覚悟は水の泡どころか蒸発してしまいました。



「……もう一つ言っとくけど」


 羽を引っ張りながら、先輩は口を開く。


「俺、お前が”吸血鬼って知ってたから”」


「……ええっ!?」


「まあ、これ飲んで話聞けよ」


 先輩は新品の野菜ジュースのパックを手渡して、気軽にそう告げてきた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 お互いに衝撃的なカミングアウトを終えたあの後……騒ぎを聞きつけた警備員が屋上へやってきた。私達はそれぞれが隠し持っている衝撃の事実の隠蔽のため、言いたいことは山ほどがあったが、まずは一時退散。


 詳しい話は後日、ファミレスか何処かでこっそりやろうという事に。集合時間をしっかりと守って、ここへ集まったわけである。


 そして、無言な時間が十五分ほど続いている。ドリンクには手つかずの状態であった。


「……いつからですか」


 うつぶせのまま私が口を開く。


「いつから知ってたんですか」


「……会って一年目ぐらいから」


 ドリンクを飲みながら、先輩は答える。



「どうやって知ったんですか」


「『死にそうだから血を吸わせてくださいお願いします!』……ってゾンビみたいな呻き声を上げながら、裏山の野良犬に媚を売ってるところを見てしまったから」


「うぎゃぁあ~!! 最悪だぁああーーーっ!!」


 生き物の血なら何でも大丈夫なのだ。それ故に私は裏山の野良犬から吸血衝動が起きるたびに少しずつ血を吸わせてもらっていたのである。


 ……よりによもって一番見られてほしくないところを。


「お前、いくら困ってるからと言って野良犬って……バイキンだらけの体に良くキス出来るな?」

「言わないでぇえッ!! 考えないようにしてた事を言わないでぇえーーーッ!!」


 というか皆も引かないでほしい。そうでもしなければ生き残れなかったのである。人間としてのプライドを捨て、更にはどんな黴菌を持ち歩いているかもわからない野生動物に立ち向かう覚悟を決めた私をむしろ褒めてほしい。



 ……だが正直、誰かに見られてもいいとは思えない風景ではある。


 一番見られたくないところを見られた事に落胆と驚嘆を私は交互に繰り返す。


 中学校時代。たまに吸血衝動を抑えられなくなってしまい……結果、裏山の野良犬から血を吸うという前代未聞の大博打を私は繰り返した。その結果、私は生き物の血なら何でもオーケーの体質だという事を理解した。だから、生き永らえた。



「なんで野生動物の血を吸ってるんだよ」


「通りすがりの人間から血を貰うなんて怖くてできませんよ!?」


「得体のしれない野生動物から貰う方も大概だよ」


 葛葉先輩は呆れたように私を見つめている。



「それともう一つの理由……お前、日光を明らかに避け過ぎ」


 外を歩くときは出来る限り日陰を歩く癖。そして課外授業である体育はほとんど参加しない。街中は日傘をさすという徹底ぶりまでしっかりと観察されていた。


「今も明らかに、日光から離れた席に座ってるし。着いてすぐに、ここ陣取ったし」

「うぐぐ……」


 そうだ、吸血鬼は日光が苦手なのである。

 こうして、日光が出来る限り入らない席を選んだのもそれが理由である。



「あと、お前は嘘をつくときに、その尖った歯を見せる癖がある」


「えっ!? マジですか!?」


 うつ伏せから私は起き上がり、口を押さえる。

 まさか、私はそんな迂闊な真似をしてしまっていたのか。


「ちなみに、これは嘘」


「先輩ってばさぁーーーッ!?」


 心臓が止まりそうだった。今の嘘はかなり質が悪かった。

 バックバクとした心臓を押さえつけることに今も必死であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ……その後、葛葉先輩の話も聞いた。

 彼は小さい頃から、極稀に世界各地で現れるという怪物を狩り尽くすハンターの稼業を行っており、今まで仕留めた怪物も数えきれないほど。


 昨日見せつけた拳銃も怪物狩りに使う本物の代物であり、あの拳銃で全ての怪物の首を吹っ飛ばして来たと宣言。



 ……容赦のない武勇伝に再び私は凍り付く。

 なんて、大変な人にカミングアウトしてしまったのだろうと。もしかしたら、あの日、私の首も場合によっては虚空の彼方に消え去っていたのではと。



「……やっぱり、私を殺すんですか?」


 ドリンクを片手に私は震えている。

 人間を襲うかもしれない怪物は殺す。そんな怪物ハンターは吸血鬼を許しはしないだろう。


 私は瞳を閉じて覚悟を決めていた。この首がその拳銃によって吹っ飛ばされるかもしれない慈悲無き未来を。



「……俺が殺すのは人間に害を与える怪物だけ。お前はまだ人間に害を与えていないから」


 先輩の言葉。


 私はそれに顔を上げる。



「お前が人間を襲わない限りは何もしない……ただし、襲ったら宣告通り。分かった?」


「え……あぁ、はい!?」



 まさかの命拾い。

 付き合いの長いこともあったのか……私はその温情に幾度となく頭を下げた。



 この先輩、悪戯好きだが面倒見はかなりの良いのだ。昔から、この面倒見の良さに何度もお世話になった。


 あと一度のチャンスをくれたこと……私はこれまでにない。二度とないだろうと言えるくらいの感謝をぶつけた。




「……ちなみに、もし私が人を襲ったら?」


 念のためだが聞いてみた。





「溶鉱炉に叩き落とす」


 この世に塵一つ残らない素晴らしい結末ですね、うわーい!! 容赦ないや!!


 彼が口にしたのは、生きた痕跡が一つも残らない処刑方法だった。

 付き合いの長い後輩だ。溶鉱炉の中で親指を突き立てながら、格好よく沈んでいくというドラマチックな最後を与えてやるというせめてもの慈悲なのか。



 ……溶鉱炉に叩き落としている地点で、慈悲もクソもないような気がするのは、ツッコまないことにした。

 その方が幸せだろうなと私は必死に自分へ言い聞かせた。




「それじゃ帰るぞ」


「……先輩」


 私はそっと先輩の顔を覗き込む。




「本当にいいんですか? 私を見逃して」


「……それを決めるのは俺」


 何処かいつもと違う先輩の声。


「俺が良いって言ったら……いいんだよ」


 その言葉に何かを感じながらも……私はレジへと歩いていく先輩の背中を見つめていた。

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