第33話「要求」

   第一章33話「要求」




 ハワー、アーニン、スークライトの三人が混ぜ続けてくれた荒壁土を完成した小舞の外と内に塗りたくり、一気に〝土壁の家〟は完成形に近づいた。


「上出来上出来!」


 全体像が見えてきた〝土壁の家〟を満足げに見つめるコウ。


 大急ぎで忘れていた入り口を作り、ついでに窓も作った。まだ何もはめ込んでいないので、ただ口を開けているだけだが。

 まさに職人というべきか、頭領と子分の手腕には感服する思いだ。


 屋根は、タタケの表裏おもてうらを噛み合わせて並べた三角屋根が乗っかっている。これなら雨が降ってきても、U字側のタタケが受け皿になり、雨は下へと流れていく。


「あんちゃんすげえな。オレじゃこんなのは思いつかなかった」

「いやいや、別に俺が思いついた訳じゃないっすよ」


 初めて見る形式の建築物に頭領は感心したように呟く。それに手を振って、コウは否定した。

 彼からすれば大昔の人間が発見したやり方をマネしただけであって、胸を張れるようなことではない。


「それでもだよ!」

「どぁっ?!」


 謙遜していると思ったのだろう。頭領はにこやかに笑いながらコウの背中をぶっ叩いた。

 大きな手、ゴツい指、逞しい腕による攻撃力は凄まじく、コウの背中に大きな大きな紅葉を描き出した。


「これで完成なの?」

「んや、まだ中塗りと仕上げ塗りが残ってる。それから扉と窓を取り付けたら、完成って言ってもいいかな」


 体を捻ってほぐしながら聞いてくるリアエルに、工程を思い出しながら答えた。


 小舞を掻くのも、荒壁土を塗るのも楽しそうに行なっていたリアエル。手順を覚えてしまってからの彼女は実に頼もしく、コウよりも綺麗に仕上げてみせるほど。


「じゃあ、続きは明日?」


 早く続きを、と気持ちが逸るのは察するが、コウはゆるりと首を振る。


「いや、しばらく放置だ」


 次の工程へ移るには荒壁土が乾燥していなければならない。乾燥しきる前に中塗りをしてしまっては、失敗の原因になりかねなかった。


「そう……」


 落ち込んだような沈んだ声を出すリアエル。なんとかしてあげたいが、こればかりは自然乾燥に任せる以外どうしようもない。


「荒壁土が乾燥してきたらヒビ割れてくるから、それを補修するような感覚で中塗り。それも乾いたら漆喰しっくいで仕上げ塗りだ」


 あとはたったこれだけで完成と言えるのに、乾燥を待つ時間がどうしても長くなってしまう。

 ならばそれも有効活用するまで。


「乾くまでの間、俺たちは村の復興作業に集中しよう。頭領も子分もタタケの扱いにはもう慣れただろ?」

「おう、おかげさまでな。あれは良い素材だぜ、軽いし、よくしなるし、加工しやすい。もしかしてそれを教えたくてオレらを選んだのか?」

「それもありますけど、人選はあくまでマライカさんっすよ」


 コウは『手先が器用な人間を』とオーダーしただけである。それに対する村のリーダーの判断に従ったまでのこと。結果、良いようになったのだから何も問題はない。良いこと尽くめだ。


「余ったタタケは家の補修とかに回しちゃってください。足りなかったり要望があれば俺かサラちゃんに。エースーヌに伝えて用意させるんで。それから、火で炙れば癖をつけられると思うから、余裕があったら試してみてください」

「おうよ!」


 真っ白に目立つ歯を光らせ、頭領は子分を引き連れて村の復興作業に戻っていった。

 実に頼りになる二人だ。これからはもっとお世話になることだろう。


 大きな背中と小さな背中を見送って。


「さて、俺らも乾燥するまでやれることやりますか」

「ねえ、ちょっと気になったんだけど」


 リアエルが翠緑色エメラルドグリーンの瞳に疑問の色を宿して口を開いた。


「どったん?」

「床はどうするの? 今のままだと地面むき出しだけど」


 四方は土壁で囲い、頭上はタタケを組んだ三角屋根。では足元は?

 当然気になるところだろう。

 このままでは生活空間としてはあまり褒められたものではない。


「タタケを敷き詰めても良いんだけど、せっかくだから別の方法を試してみようと思ってる。タタケじゃなく、『三和土たたき』さ」

「たたき? なんか昨日もそんなこと言ってたわね。なんなの、そのたたきって?」

「日本家屋の土間なんかによく使われてる『和製コンクリート』ってやつだな」


 土、石灰、にがりを加えた土をよく混ぜて叩き固めたものが三和土となる。

 石灰が粘土の硬化を助け、にがりが冬季の凍結を防いでくれる。おまけに蓄熱性が高く、急激な温度変化にも強い。快適な暮らしを提供してくれる万能素材なのだ。


「普通は地面を固めたり床下にやることなんだけど、にがりがすぐに手に入らなかったからね、順番が逆になっちゃったんよ」


 本当は地面に三和土を敷き詰めて基礎を作ってから、その上に小屋を建てたかったのだが、何から何まで少年の思惑通りには進まない。


「それができてれば地面も真っ平らにできたし、見栄えも良かったんだけどな。残念!」

「全然わからないわ……」


 コウの言っていることがこれっぽっちも理解できないリアエルは呆れたように呟く。そんな彼女に、コウはなおも力説する。


「三和土って便利なんだぜ? 水で洗い流してブラシで擦っても平気なんだから、綺麗好きには嬉しいだろ? 油汚れなんかも落とせるからキッチンを三和土にする家もあるらしいし、そういう意味ではラーカナさんとか喜んでくれそうだな」


 料理と言えばやはり絶品料理を次々と生み出すマライカの妻だろう。この村の家は基本板張りで、木が汚れを吸ってしまい落ちなくなる。

 三和土ならその心配もない、というわけだ。


「どうしても時間がかかっちゃうのがネックだけどな」


 乾燥を待たねばならないし、にがりだって卵の殻をお酢に漬け込んで待たねばならない。

 しかし余った時間は有効活用、だ。


「さてさてさーて、実はリッちゃんに相談があんだよ」

「なによ、改まって」


 コウがリアエルに持ちかけた相談。

 それは昨日、貝殻を砕いているときに脳裏を掠めた問題だ。


「今の今まで流されてきたけど、リッちゃんの受けた依頼を思い返してみ?」


 顎に手を添え、過去の記憶を掘り起こす天使のような美少女。

 そしてすぐに思い当たる。


「私が受けた依頼は……ゴブリンをなんとかしてほしい?」


 リアエルの鼻先にビシッと指先を突きつける。


「そうそれ! それを踏まえた上で、今の村を見てどう思う? なんとかなってると思わん?」


 突きつけた指を村全体へと滑らせる。


「……確かに」


 コウに言われ、村を見渡して納得の呟きをこぼす。


 そこには人間とゴブリンが協力し合い、村の復興に尽力している光景が広がっていた。

 人間が知恵を絞り、料理を振る舞う。腹を満たしたゴブリンが力を貸し、素材を集め、作業する。


 型にハマった良い流れが出来上がっているではないか。


「リッちゃんが受けた依頼はすでに果たしたと判断しても問題ないんじゃないか?」

「…………」


 リアエルは目を瞑り、考えている。

 コウの言うことにも一理ある。だがきっと彼女はこう考えているはずだ。


 ——この村をこのまま放っておくことはできない、と。


 リアエルはゆっくりと口を開く。


「確かにキミの言う通りだけど……」

「だけど?」

「このまま放ってはおけないわ。ニドルウルフを放置しておくのは危険だし」

「よしきた! そう言ってくれると思ってた! やっぱリッちゃん最高だぜ!」


 指をパチン☆ と鳴らし、惚れた女にさらに惚れ直す。

 が、それはそれで問題が無いわけではない。


「けどいいん?」

「なにがよ」

「最後まで面倒見るとなると、かなり長くなると見込んでおいたほうがいい。俺はいいけど、家の人とか心配するかも」


 コウも相当心配されているだろうが、まさか異世界に召喚されているとは誰も夢にも思うまい。


「確かに心配させちゃうかもね……けど連絡する手段はないし、どうしようもないわ」


 あの子怒らせたら怖いけど、とポツリとこぼすリアエルの顔には苦笑いが浮かんでいる。


 そう言えばリアエルには弟がいるらしいことも言っていたし、心配してくれる人がいるのは良いことだ。

 しかし心配させてしまうのは良いこととは言えない。


「あの子だかその子だか知んないけど、早急な解決を求められてるな」

「ええ、そうね。あまり遅いと飛んで来ちゃうかもしれないし」


 目的を新たに設定し、コウとリアエルはすぐ隣にある村長の家兼集会場へ。


「入んぞー」


 カトンナ村らしくノックもなしに無遠慮にドアを開けて上り込むコウ。そっと中を覗き込んでから、リアエルもついてくる。


 村長は窓際で柔軟体操ストレッチだかなんだかわからない謎の踊りを踊りながら出迎えてくれた。

 異世界の老人なりの健康法なのかもしれない。MPが吸われてしまいそうだ。


「小僧か。小屋作り見ておったぞ」

「そうかい。ほとんど土でできてるからあれなら燃えないぜ。作り方は頭領さんに伝授しておいた」

「ふむ。頭領の意見も聞いて、検討しよう」

「そうしてくれ。それから、精神が削られるから不思議な踊りはやめろ。リッちゃんがMP不足で加護使えなかったらどうすんだ」


 異世界的に言うところの『魔力』で加護を使っているわけではないようなので余計な心配だが、そうじゃなくても動きがキモい。


 ジジイがジジイらしからぬクネクネとした動きを見せられたら、誰でもビビる。


「ならばお主が守ってやればよかろう」

「それな!」

「『それな!』じゃないわよ! どうしていつもすーぐ話が逸れるのよ……」

「俺も村長も無駄話が好きってこっちゃな!」

「キミね、ちょっとは反省しなさいよ!」


 やんちゃなガキに手を焼かされるオカンみたいなやりとりもなんだか板についてきて、村長も「ほっほっほ」と和んだように笑う。


「それで? 今度は何用かの?」

「とぼけやがってクソジジイめ。どうせ気づいてて黙ってんだろ」

「……何の話じゃ?」

「依頼の話さ。ゴブリンをなんとかするって依頼はすでに果たした。報酬がなんなのかは知らんけど、やる事はやった。だよな?」

「……そうじゃな」

「————」


 意外にも村長からはあっさりと肯定の言葉が漏れた。もっととぼけるかと思っていただけに、少し面食らってしまった。

 コウは人差し指を立てる。


「そこでひとつ提案がある」

「ほう、言うてみい」

「ゴブリンはなんとかしたが、今度は2ドルウルフをなんとかしないと近いうち同じ結果になる」

「ふむ、道理じゃな」


 彼の懸念は村長も考えていたようで、どう対処しようか、一人で具体的な案でも考えていたのかもしれない。


「そこで! 今度は俺らが2ドルウルフをなんとかする。だから報酬の上乗せを要求する!」

「ちょっとキミ?! 放っておけないとは言ったけど、そんな事お願いしてないわ!」


 コウの宣言に、リアエルは慌てて口を挟み込んで来た。


 チッチッチ、と立てた指を振る。


「リッちゃんや、仕事をしたら見返りを求めるのが普通なんだよ。これは慈善事業ボランティアじゃないんだ、予想外イレギュラーな事態だし、危険がある以上、報酬の上乗せくらい当然だろ。村長がこの話を受けるなら、要求に応じる義務があると俺は思うね」


 コウの命を助けておきながら何も要求しなかったリアエルらしい言い分。

 その真っ直ぐすぎる信念は立派だが、それではいつか身を滅ぼす。コウがハンドルを握り、行先を多少でも操作しなければいずれ真っ逆さまに落ちてしまう。


 村長は村の頂点に立つ者として、決断しなければならない。

 ニドルウルフという脅威を、村の力だけで解決するか、追加報酬を用意する代わりにコウとリアエル、二人の力も借りるか。


 たった二人。

 されど二人。


 二人が村にもたらした恩恵は計り知れない。

 村長は冷静に考えて、重く口を開く。


「お願いしたいところじゃが、あいにく報酬を追加できるような手持ちがない」


 それもそうだろう。


 ニドルウルフによって村の大半を燃やされてしまい、村人は無事だったが手元に残った村の財産のほとんどは焼けてしまった。

 報酬が金にしろ物にしろ、村の復興のためには必要なものが多すぎる。今は少しでも手元に残しておきたいはずだ。


 だから——


「もちろん今すぐじゃなくていい。そうだな……育った作物をリッちゃんのところには格安で売ってくれ。それでどうだ?」


 苦しい今の現状を乗り越えるために、前を向いて未来の話をしよう。


 カトンナ村は無事に立ち直り、そこで潤沢に育った野菜や果物たちがリアエルの食卓に並び、親や兄弟がそれを笑顔で美味しそうに食べる。


 なんと魅力的で明るい未来じゃないか。


「リッちゃんとこ兄弟多そうだし、食費が浮くのは助かるだろ?」

「ええまぁ、それはそうだけど……え? どうして兄弟が多いって? 私話したっけ?」

「勘だよ、リッちゃん面倒見いいからさ、そうなんじゃないかなって」


 彼女に弟がいるらしい事はぼやきで知った。そのときは『弟が増えたみたい・・・・・・』と言っていたから、もっと多いんじゃないかと思っただけだ。


「で、どうする村長? 受けんの、受けないの?」


 コウの中ではとっくに結論が出ている。もちろん、リアエルにも。


「お主らになにもかも任せっきりで良いのかのう」

「いんだよ、クソジジイは黙っておんぶに抱っこされてな」


 ニッ、といたずらな笑みを浮かべてコウは歯を光らせた。


「すまんな……」

「ちげーよ。——ありがとう、だろ?」


 深く頭を下げる村長に、コウはやれやれと苦笑い。


 人生の半分も生きていない若者に頭を下げるのはいったいどんな気持ちだろうか。きっと悔しいに違いない。村長だって、自分でなんとかできるならそうしている。


 頭を上げた村長は、自慢の髭を撫でながら、軽く会釈した。


「……そうじゃな、感謝する」

「おう!」


 それでいいんだと言わんばかりに元気な返事をしてから、キョロキョロと辺りを見回すコウ。


「ところでチジオラは? 2ドルウルフのこと詳しく聞こうと思ってたんだけど」

「お主がおらんと話にならんからのう、村のどこかにおるじゃろうて」

「それもそっか。んじゃ、いい報告を楽しみに待ってな」

「儂がくたばる前に頼むぞ」

「言われなくても」


 拳を突き出して挑発的に言ってから、コウたちは村長の家を後にした。


「さて、チジオラを探そう。アイツじゃなくても2ドルウルフに詳しければ誰でもいいんだけど」


 恐らくゴブリンの中ではチジオラが一番ニドルウルフのことに精通しているだろう。


〝名前のない森〟の中で野宿をするときに少し教えてもらったが、それだけでは打倒ニドルウルフへは届かない。

 もっと一網打尽にできるような、一発逆転の発想を得るためには兎にも角にも情報だ。


「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、ってな」

「それは誰の言葉?」

「孫子!」

「誰よソンシ」


 相変わらず引用大好きなコウに苦笑するリアエル。


 そのときだった。


「大変だぁー!!」


 遠く、村の入り口の方角から鬼気迫るような大声が聞こえてきた。


「なんだ?!」

「あっちの方よ! 急ぎましょう!」

「ああ!」


 コウとリアエルは急いで村の入り口へ向かうと、そこにはすでに人だかりができている。


「どうした?! なにがあった?!」


 人だかりの中心には、ボロボロになった村人とゴブリンが膝をついて息を切らしている。


「コウさん! 大変です!」


 先に話を聞いていたマライカが、落ち着きのない村人の代わりに話を簡潔に説明してくれた。


「……サラが、ニドルウルフに連れ去られたようです」

「なんだって……?!」


 事態の深刻さに、目を見開いて驚愕するコウだった。

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