第32話「土壁の家」
第一章32話「土壁の家」
エースーヌに仕事をお願いし、次はマライカに頼みごとをするためにカトンナ村の中まで戻ってきた。
マライカは村の中央付近ですぐに見つかった。
大きな声を張り上げて村人に指示を飛ばし、傍で秘書のように待機するサラハナにゴブリンたちに対する指示を伝え、それをゴブリン語に翻訳してサラハナがゴブリンたちに指示を出す、という連携を取っていたが、いかんせんサラハナの声は小さい。
なので、それをさらにオットーに伝え、オットーが声を張り上げてゴブリン全体に指示を飛ばすという、まるで伝言ゲームのような様相を呈していた。
サラハナは非常に大人しい女の子なので、このようなやり方になってしまうのは致し方ないと言える。
コウはマライカにかくかくしかじかと用件を伝えると、
「いいですよ」
話を聞いたマライカは、開口一番にあっけなくそう言った。
当たって砕けろの精神でお願いしたこともあって、かなり身構えていたから一瞬何を言っているのか理解に時間を要した。
「え、いいのか? ほんとに?」
「ええ」
聞き間違いではないことを確認すると、首肯が返ってくる。
復興作業の邪魔になりたくないコウは、なおも確認する。
「こっちに少し人を割くってことは、そっちの作業がそのぶん遅くなるってことなんだぞ?」
「わかってます」
再度の確認にも、同じような口調で首肯が返ってくる。
どうやら本当に話が通ってしまったようだ。
「ゴブリンが手伝ってくれているおかげで、復興作業はかなりのペースで進んでいます。少しくらいならなにも問題はありません」
「そ、そっか。なら遠慮なく」
マライカに、力仕事のできるゴブリン、それから手先の器用な人間を何人か選んでもらい、コウを手伝うように指示を出した。
やってきたのは、
「なにするかよくわからんが、よろしくなあんちゃん」
どう見ても手先が器用そうには見えないゴツい男だった。言葉を選ばなければ、すでに何人か殺っていそうな厳つい顔をしている。
男の挨拶に続いて、後ろにいる子分(?)が頭を下げる。
コウも頭を下げ、挨拶を交わす。
「うっす、よろしくっす!」
「彼はこの村の頭領で、大工仕事をさせたら右に出るものはおりません」
「よしてくださいよマライカの旦那、照れちまーわ」
マライカの紹介に頬を朱に染め、鼻の頭を掻く頭領。
「このように、恥ずかしがり屋な一面もあります」
「な、なるほど……」
意外と取っ付きやすそうで少し安心した。
口の利き方に気をつけないと、ケツの穴から手を突っ込まれて奥歯をガタガタ言わされるのかと構えてしまったが、その心配はなさそうだ。
そしてゴブリンはというと、逆に華奢な奴が現れた。
ゴブリンは見た目にそぐわぬ力を持っているのは知っているが、やはりどうしても不安になってしまう。
[なあオットー、お前を疑うわけじゃないけど、ほんとに大丈夫なんだよな?]
[問題ない。ハワーはゴブリンいちの力持ちだ]
ゴブリン側の人選(?)はオットーが担当した。
この華奢なゴブリンはハワーというらしいが、いまいち信用ならないコウはハワーに歩み寄り、握手を求める。
[俺はアマノ・コウだ。よろしくなハワー。手を握り合うのが人間流の挨拶なんだぜ?]
[あらそうなのお? これでいいかしらあ?]
コウに言われた通り、差し出された手を握るハワー。
まさかのオカマ口調だった。
[ふんぬっ]
アウトドアでそこそこに鍛えられた握力を発揮して、ハワーの骨ばった手を全力で握り締める。
友達相手にやったときは大抵がすぐにギブアップするのだが。
[よろしくねん、アマノちゃん]
全く意に介さず平然としている。
どころか——
[い、いででででで?!?!]
手からミシリッと嫌な感触とともに全身に駆け抜ける激痛。
無自覚の手痛い反撃を喰らったのだった。
「じ、上出来上出来。ナイスなメンバーが揃ったんじゃないの?」
悲鳴を上げる右手を振って苦笑いを浮かべつつも、間違いなさそうな人選に満足するコウ。
「あとはサンプルを作る場所だな。どこか空きある?」
「集会場から私の家までの道はどうですか? あそこなら空いてますし、なにかと都合が良いでしょう」
確かに、雑草が生い茂っていたがあそこの道沿いなら何もない。
それに村長に何をしているのか見てもらいやすいし、マライカの家が近いということは、その妻であるラーカナの差し入れなんかも期待していいだろう。
「よし、そこで決まりだ! 早速取り掛かろうぜ!」
勢いよく拳を振り上げ、頭領、子分、ハワー、そしてリアエルはそれに続いて声を張り上げた。
***
コウの目指す『土壁の家』を作るため集められたメンバーは、コウの指示に従って各自で役目を果たす。
家を作るためにはまず、材料や道具を用意しなければならないので、手分けしてそれらをかき集めるところからだ。
力自慢のオカマゴブリン、ハワーには一番の重労働である土と砂利を集めてもらう。
手先が器用で照れ屋な大男、頭領はエースーヌのところからタタケをもらってくる。
これと言って特徴が無いのが特徴の子分にはラーカナが用意してくれているはずのお酢と卵の殻の回収。
絶世の美女ですら羨む美貌を持って生まれた、天使のような超絶美少女リアエルには、一番楽であろう藁を集めてもらう。
そして肝心のコウはというと、貝塚から集めてもらった貝殻と死闘を繰り広げていた。
「死ねぇ! おらぁ! 砕け、ちれぇぇ!!!」
窯で焼けるだけ焼いて脆くして、布に包んだ貝殻めがけ、無慈悲に振り下ろされる大きなハンマー。叩きつけられるたびに、バリバリ、ボリボリ、と貝殻が細かくなる音が聞こえてくる。
布に包んでいるのは破片が飛び散らないようにするためだ。
「どうじゃボケェ! 参ったかコラァ!」
何十回何百回と振り下ろされたハンマーにより細かく砕かれた貝殻の破片たちへ向かって口荒く吐き捨てる。
布を広げ、中身を確認。
「ぜぇ……はぁ……上出来上出来。ひとまずはこれでいいだろ。けどまだまだ足りん、もっと用意せねば」
別の布に山のように積み上がる貝殻を包めるだけ包み、再びハンマーを振り下ろす作業に戻る。
理想は粉末状だが、ハンマーで叩き割るだけでは流石に荒すぎる。石臼で引けるくらいには細かくしておかないといけない。
——そこでふと気づく。
「あれ、この村に石臼ってあったっけ……」
一度脳裏を掠めてしまうと気になって仕方がない。もし石臼が無かったら、すり鉢でゴリゴリする未来が待っている。
貝殻を砕くだけでも時間のかかる作業なのに、それに加えてゴリゴリまでやるとなっては、日が暮れてしまうどころの話ではない。
——冷静になったコウはさらにふと気づく。
「つーか、ここまでする必要はもはや無いんじゃ……?」
人間とゴブリンが協定を無事結んだ今、焦って事を進める必要はすでにない。依然として食料不足問題は残っているが、もう彼らに任せてしまっても大丈夫なはずだ。
それにリアエルが請け負った依頼は『ゴブリンをなんとかしてほしい』というもの。
当初の予定だった『ゴブリンを全滅させる』とは違った形で、ゴブリンをなんとかした。
コウが発案した『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』によってそれは成されたのだ。
ならばすでに依頼を果たしたと判断してもいいのでは?
貴重な羊皮紙を消費して、コウの脳内にあるプランを書き留めておけば、それであとは村人やゴブリンたちに任せてしまっても大丈夫なのでは?
そこまで考えて、コウの手は止まった。
停止する時間を追い払うように首を振る。
「いや、中途半端は良くねぇ! 俺が言い出した事くらい最後までやり通せよ!」
強めに自分の頬を張って、闘志が燃え上がるように赤くなる。
ヒリヒリと訴えてくる痛みを力に変えて、コウはハンマーを振り下ろす手を再開した。
「それに! 一番の! 問題が! まだ! ン残ってる!」
一撃一撃に言葉を乗せて貝殻を砕く。
——一番の問題。
人間もゴブリンも悩ませる存在が影で未だに暗躍しているではないか。
人間の村を焼き、ゴブリンと昼夜縄張り争いを繰り広げている存在。
ニドルウルフ。
まだ一度もその姿を見たことがないコイツをどうにかして初めて、人間とゴブリンに安寧が訪れる。
人間にとってもゴブリンにとってもニドルウルフは敵だと認識していい。ならばここは共同戦線を張るべき。落ち着いたら作戦会議を開かなくては。
「とにかく今は目の前にあることを片付けるか」
砕かれた貝殻を最初に砕いた貝殻と合わせ、空いた布に改めて貝殻を包むとハンマーで粉砕する。
石臼が無い可能性は捨て切れないが、無いなら無いで作ればいい。
何も手で回せる円筒状の石を用意しなければならない訳ではない。
ようは石の重みで擦り潰せればいいのだから、形にこだわらなければそこまで難しくはない。
「そう、形にこだわらなければ、な……」
リアエルが評した通り、コウは凝り性だ。自覚もある。
悔しいがここは我慢するところ。石臼に対する知識も無駄にあるだけに、彼からしたら心苦しいことだが、目を瞑らなければ先に進めなくなってしまう。
最終的にはコウは地球に帰りたいと願っている。その具体的な方法を探すためにも、ここで長いこと足止めを食らうわけにはいかない。
やる事をやったら、もっと大きな街へ。そこで可能な限り情報収集がしたいのだ。
「
貝殻を粉々に砕いて、一緒に自分の心まで砕けてしまいそうだ。
コウはその場に仰向けに倒れこんで、荒い呼吸を繰り返す。
「ゼェ……ハァ……あぁ〜しんど〜!」
情けない叫びが、カトンナ村に響き渡たった。
途中から作業を終わらせた他のメンバーがヘルプに入ってくれたものの、結局材料を集めるのにその日を費やし、作業は翌日へ持ち越された。
***
翌日。
村長の家兼集会場とマライカ宅の間にある道沿いの空き地へ材料とともにメンバーは集まった。
大工仕事をさせたら右に出る者はいないらしい頭領に、焦げ付いた廃材を再利用して四角い枠組みを作ってもらった。
この中に土などの材料を入れて混ぜ、
「つーわけで、まずはその小舞を作る! 頭領を筆頭にして手分けしよう!」
「そりゃ構わねぇけどよ、オレも初めてだからわかんねぇぞ?」
「そこはそれ、まずは俺がやり方を教えますから、頭領なら大丈夫っす! 単純作業なんで!」
困ったように頭を掻く頭領に、拳を強く握りしめ、自信満々に言う。
もちろんコウも小舞など編んだことはない。土を盛るためのただの下地なので、均等に格子状にできればそれでいいはずだ。
「どうして頭領さんには敬語なのよ?」
「俺は物作りができる人を尊敬してるからさ!」
素朴な疑問を口にするリアエルに、コウは力強く宣言する。
父親なんかはDIYでキャンプの道具入れなどを自作していた。他にも庭に置くベンチやテーブルなども作っていたし、その制作を手伝わせてもらったこともある。
なかなかに難しかったが、それ以上に楽しかった。
だからコウは物作りに励む人を尊敬の眼差しで見るようになったのだ。
「尊敬だなんてよせやい! 他の連中よりもちっとばかし神経質なだけさ」
「いやいや頭領! それが大切なんじゃないっすか! ねぇ子分さん?」
急に話を振られ、コクコクと頷く子分。
「あまり持ち上げんなよ! 背中が痒くならぁ!」
「こばはぁ?!」
照れで顔を真っ赤にして堪え切れなくなった頭領は、バッシーン! と大きな手のひらでコウの背中をぶっ叩いた。
持ち上げすぎるのもよくないという教訓だ。
「じゃ、じゃあとりあえずそんな感じでいこうと思います……」
コウは背中をさすって涙目になりながら、今度はハワーに歩み寄る。
[ハワーにはとにかく土を混ぜてもらいたい]
[混ぜるだけでいいのかしらあ?]
[ああ、混ぜるだけでいい。俺らが小舞を編んでる間ずっとだ。しかもそれを二種類、用意してもらわないといけない]
土壁には『荒壁付け』『中塗り』『仕上げ塗り』と三つの工程がある。そのうちの二つ、『荒壁付け』と『中塗り』は土がメインなので用意するのは二種類。『仕上げ塗り』は漆喰を別に作るので土は使わない。
まずは下地である小舞に盛り付ける『荒壁付け』用の土を用意するところからだ。
土と藁スサ、必要なら水を適量入れてこね続けたものが荒壁となる。
[今日はひとまず荒壁付けだ。もちろん一人じゃ厳しいと思って、助けを呼んでおいた]
[助け? あらヤダ誰かしらあ?]
[アーニンとスー君だ! パンパカパーン!]
タイミングを見計らっていたかのように隣の集会場から登場したのは、アーニンとスークライト。
[キャー! アーニンちゃんじゃないのステキ! こっちの子もカーワーイーイー!]
男の野太さで黄色い声を上げながらクネクネするハワー。
思えばアーニンは
……まさかスークライトまで守備範囲だとは思わなかったが。オカマのゴブリン恐ろしすぎる。
[落ち着けハワー、あらゆる将来のためにも! ゆっくり呼吸をして気持ちを鎮めるんだ]
[そ、そうね……。んっ、はふぅ……うンっ……んぅ]
[キモ! それ深呼吸なんだよね?! ね?!]
ハワーの怪力はとても頼りになるが、先行きが不安になってきた。
ン゛ン゛ッ! と強めに咳払いをして気を取り直す。
[てなわけで二人ともよろしくな! ハワーの手伝いをしてやってくれ]
土をこねるだけなら、子供でも楽しめるはずだ。子供といえば泥遊び。泥遊びと言えば子供ということでこの二人にオファーをしてみたところ、快く引き受けてくれた。
[我に任せておけ!]
「わかったー!」
[よし! それじゃあさっそく頼むぜ!]
ゴブリン語だったのにしれっとスークライトからも元気な返事が返ってきて、実に頼もしい限りだ。
キャイキャイ騒いで楽しそうに土をこね始めた三人。アーニンとスークライトの身が心配になるほどハワーの視線が妙に気になるが、そっちにばかり気を取られているわけにもいかない。
「ねえ、この白い粉はなに? すごーく真っ白で綺麗だけど——」
「待った!」
山のようにサラサラの粉末が盛られていて、ひとつまみしようとしていたリアエルを慌てて引き止める。
「それは貝殻を粉末状にして作った石灰だよ。リッちゃんの麗しいお肌がかぶれるかもだから、触らないほうがいい」
「わ、わかったわ」
そっと後ずさるように石灰から遠ざかる。やはり年頃の乙女なのか、身だしなみのこととなると真剣さが段違いだ。
正確にはこれに水を加えた『消石灰』が強アルカリとなり、直接触れるのは危険になる。今の段階ではまだただの粉末のはずだが、万が一ということもあるので、念のため扱いは慎重にならなくては。
「まぁ、パッと見はベビーパウダーみたいで触ってみたい気持ちもわからなくはないけど」
この粉末を集めるときも、完全には無理だが可能な限り肌に触れないようにした。今のところ、痒くなったり荒れたりはしていない。
ちなみにだが、石臼が無いかもしれない問題は大当たりで、そんな便利なものはこの村にはなかった。
だからハワーの怪力を借りて、良い感じに平らな面のある大きな岩を二つ探して用意し、サンドイッチしてから重ねた岩を力技で無理やり回すという脳筋プレー全開で粉末状にした。
「よし、じゃあ俺らは小舞を編もう。頭領、まずは太いタタケで大きな枠組みを作りましょう」
「よしきた!」
「それが壁の基礎になるんで、とりあえず小さめの小屋くらいの大きさで」
「まずは試しに作ってみるってこったな?」
「その通りっす!」
いきなり本格的なものが作れるほど〝土壁の家〟作りは簡単ではない。
土の成分は地域で変わり、それによって配分も変わってくる。
こればかりは試し試し試作を繰り返していくしかないのだ。
「おら、こんなもんかね」
頭領とその子分が神業的速度であっという間に枠組みを作り終える。この枠組みに細い方のタタケを張り巡らせるわけだ。
「小舞は指二本分くらいの間隔で編んでください。あ、頭領は指ゴツいから親指くらいで良いかもっす」
まずは細いタタケで、小舞を掻くときの指標となる『エツリ竹』を枠組みに上手くしならせてはめ込み、次に指二本分の間隔を開けてさらに並べていく。
「んで、このエツリ竹にしっかり固定できれば良いんで細かいことは気にせず自己流で、こんな感じで紐で縛ってきます」
上から下へ、右、左、と編んでいき、紐が交差するように折り返して上まで戻ってきたら緩まないようにきつく縛る。
小舞を掻くのは初めてのくせに慣れた手つきで、彼の器用さが
「と、まぁこんな感じで、これをぐるっと一周かな。ちょうど四人いるから一人一面担当で。先に終わったら終わってない人の手伝い! これで行こう! なにか質問あれば受け付けるけど」
一同を見回すが、挙がる手はない。
手本は見せた。見本もある。それだけしてくれれば、本業の頭領たちには充分だった。
「リッちゃんは平気?」
「ふふん、こう見えても編み物は得意なのよ?」
自信ありげに胸を張るリアエル。コウはアーニンとオットーを迎えに行っていて、花かんむりを作った場面を見ていない。
なので、
「それは意外だ」
素直に驚いていた。勝手な印象で、リアエルのような気の強めな女の子は不器用なイメージがコウの中にはあった。
「なんですって?」
「いや『こう見えても』って自分で言ったじゃん?!」
「フンだ」
低く凄んだ声に、コウは慌てて手と首を振ると、リアエルはそっぽを向いてしまった。
自信があるのなら、それはそれで結構。
チラチラとリアエルの様子を覗き見てご機嫌を窺いながらみんなで小舞を掻いていくと、みるみる網目状の壁に囲われた空間が出来上がっていく。
——そして。
「でっきたー!」
小舞がぐるっと一周した完成形が出来上がる。
あとはこれに荒壁付けをすればグッと〝土壁の家〟に近づく。壁が乾くのを待たなければいけないので時間はかかるが、工程だけで見ればあと少し。
コウ、リアエル、頭領、子分の四人は完成した小舞を少し距離を置いて眺める。
「なあ、あんちゃん」
「はい、なんすか?」
「これどっから入んだ?」
「あ……」
出来上がったそれは、まるで出入り口のない牢獄のようになっていた。
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