第29話「協力体制」

   第一章29話「協力体制」




 ゴブリンの住処となっている採掘跡——

 その壁一面が槍や弓などの武器に囲まれた空間で。


 コウ、リアエル、ラーカナ、サラハナ、そして父親ゴブリン——チジオラは一堂に会し、車座になって座る。


「ラーカナさんとサラちゃんのお陰でゴブリン側の問題はなんとかできそうだな」


 コウは一同を見回してからそう言った。


 ゴブリン側の主な問題は『食料不足』という話だったが、正確には『調理の知識不足』であったことが判明した。

 チジオラを筆頭に他の動けるゴブリンたちが〝名前のない森〟から食べられそうなものを片っ端からかき集めて貯蓄していたものの、そのままでは食べられず、宝の持ち腐れとなっていたのだ。


 そこに現れた救世主たるラーカナとサラハナ。彼女たちが、持ち腐れになった宝を本物へと昇華させてくれる。


 料理を担当するゴブリンに正しい調理法などを伝えればそれで問題ないはず。

 幸いにもサラハナはゴブリンの言葉を充分に喋れるようになったし、ラーカナも自慢の料理でゴブリンたちの心を鷲掴みにした。

 これについては二人に任せておけば安心だろう。


「あとは人間側の問題が残ってるか……」


 ニドルウルフの襲撃もあって、切迫した状況にあるのは人間側も同じだ。


 人間側の問題は『人手不足』で、ゴブリンに手を貸してもらうことでこれを解消してもらう作戦だったのだが、それに加えて小屋を直す材料と食料まで不足に陥ってしまった。


 タタケの伐採は許可をもらっているので、村を復興するための材料には目処が立っている。食料も、人員を補充できれば畑を耕し直すこともできるし、実りあるまでは森から調達したりゴブリンから分けてもらったりして工面できるはず。


 しかしタタケを伐採する方法、そして村までそれを運搬する方法まではまだ見通しが立っていない。

 早くしなければ村の食料が尽きてしまうので、この問題は急を要する。


[ならば、我らが同胞が力を貸そうではないか]

[いいのか?]

[借りは返すのがゴブリンの流儀だ]

[んじゃあお言葉に甘えようかな]


 チジオラの進言もあり、最低限のゴブリンを採掘跡に残し、手の空いているものは協力してくれることになった。


[で早速なんだけど、ゴブリンはタタケってどうやって伐採してるんだ?]


 太すぎる竹のようなタタケ。これを伐採して利用しようとコウは考えているのだが、太すぎて伐採方法の想像がつかない。


 現実世界の方法だと竹の伐採にはノコギリやチェーンソーを使うのが主流だが、異世界にノコギリがあるのか疑問だし、少なくともここにはない。


[どうやって? 切る以外に方法があるのか?]

[その切り方を聞いてんだよ。強いて言えば『掘る』なんて荒技も考えたけど、あまり現実的じゃないんでね]


 首をかしげるチジオラにコウも腕を組んで考える。


 雑草や野菜ならまだしも、深く根の張った植物を掘り起こす苦労は想像に難くない。ましてやあの巨体を支える根っこだ、ショベルカーでも無い限り一日かけても無理かもしれない。

 さらに言えば竹は一つの根っこから複数伸びて成長しているものだ。つまり一つを根こそぎ引っこ抜こうものなら、他の竹まで芋づる式に釣れてしまうというわけ。


[切る以外に方法がないんだから、ゴブリンは当然切ってるんだよな?]

[当たり前だ。エースーヌがこれを得意としている。連れて行くがいい]


 タタケの伐採を得意としているエースーヌというゴブリンがいるらしい。

 人間に協力するのを渋っているゴブリンでも、親玉であるチジオラの命令ならば言うことを聞いてくれるはず。


[それから我が息子たちもつけよう。キサマらと親交が最も深いのはあの子たちだからな]


 群れの中で最も偉いチジオラの息子がそばにいてくれれば、下手な真似を起こそうとするゴブリンが出てくる心配もない。

 なかなかに考えられた采配だ。さすが、ゴブリンの親玉を務めているだけはある、と言ったところか。


 あれだけニンゲンのことを嫌っていた父親ゴブリンが協力的な姿勢になってくれたおかげで、一気に『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』は動き出した。


「上出来上出来! 明るい未来が見えてきたぜ!」


 パンッ、と手のひらと拳で気合の音を打ち鳴らす。


 コウの脳内にはすでに人間とゴブリンが協力して仲良く生活している光景が見えている。

 その光景に、もう少しで手が届く。


 俄然やる気も湧いてくるというもの。


「よし、あまり時間がないからこっからは急ピッチで頼むぜ! ラーカナさんとサラちゃんは食事場でゴブリンたちに料理の仕方を教えてやってくれ」

「はいよ」

「……うん」

「俺とリッちゃんはタタケの伐採の手伝いだ。できることがあるかわからんけど、人手は多いほうがいいだろ」

「わかったわ」


 それからコウはチジオラへと向き直る。


[アーニンとオットーだけど、アーニンは俺らと、オットーはラーカナさんのほうに振り分けていいか?]


 コウはどちらでも構わないが、オットーはサラハナがいるほうに回したほうが接しやすいはずだ。楽しそうにあやとりしていたし。


[我はそれで構わない]

[よし、じゃあそんな感じで頼む! 行動開始だ!]


 各々がしっかりと頷き、方針の決まった一行はコウの指示に従って、それぞれに動き出す。


 ラーカナとサラハナは父親ゴブリンの部屋を出て食事場へ向かう。

 コウはまだ動かず、チジオラに問いかけた。


[んで? そのエーヌースってのはどこのどいつだ?]


 力を貸してくれることになったが、まだ名前しか聞いていない。


[エースーヌだ。図体はデカイが気が小さい。名前は間違えてやるなよ、気にするやつなのでな]

[あ、繊細なのね……]


 ゴブリンにも色々なやつがいるのだな、と反省。そしてやはりゴブリンの親玉なだけあって、個々の特徴もしっかりと把握している。

 そんなところにまで気が回るなんて、少し意外に思うコウだった。


[エースーヌ! いるのであろう、出てこい!!]


 チジオラが急に大声を張り上げて、耳を塞ぐのが遅れるコウとリアエル。洞窟内を反響して、その威力は5割り増しだ。


 ——ヌッ、と。


 チジオラの呼び声に応じて、入り口から顔だけを出してくるゴブリンが一匹。


 確かに図体が大きいようで、顔半分しか見えないが普通のゴブリンよりも高い位置に頭がある。

 そのまま隠れた状態で、


[ドン、呼んだ。どんな用?]

「シャレ? ねぇシャレなの?」

「うるさいわよキミ」


 ゴブリンの言葉がわからないリアエルには何を言っているのかわからなかっただろうが、コウがくだらないことに口を挟んでいることだけはわかったので、首根っこを掴んで黙らせた。


[ニンゲンがタタケを欲している。手伝ってやれ]

[ドンが言うなら。どんなことでも]

「シャレだよね? やっぱりシャレだよね?!」

「うるさいってば!」

「——あだっ?!」


 自覚のない駄洒落に謎に敏感な反応を見せるコウに、リアエルは軽いチョップをかまして黙らせた。

 頭をさすりつつ、入り口の影から出てこないエースーヌに向かって頭を下げる。


[俺はコウだ、よろしく頼む。こっちはリアエルな]

[……不本意だが]

[……ん? もしかしてお前、最初に案内してくれたやつか?]


 聞き覚えのある声音とフレーズに首をかしげる。


 コウたちが兄弟ゴブリンに森を案内してもらって辿り着いたゴブリンの住処。そこから父親ゴブリンがいるところまで案内してくれたのはゴブリンにしては体の大きいゴブリンだった。


[そうだ。命令だから、仕方なく]


 案内してくれたときは堂々としていたように記憶しているが、気が小さいというのも本当のようだ。


 にっこりと笑いつつ歩み寄り、握手を求めて手を差し出す。


[命令だけど、仲良くしてくれな!]

[…………こっちだ、ついてこい]


 結局、入り口の陰から体を出して向き合うことなく、歩き始めてしまうエースーヌ。


 行き場を無くした差し出した手は、後頭部に持っていってポリポリと頭を掻くしかなかった。


「そういやゴブリンに握手の習慣はないんだったな……」


 スークライトがアーニン相手に握手をしようとして困惑していたのをすっかり忘れていた。


「早く追いかけましょう」

「そだな、行くか!」


 リアエルと一緒に、急いでエースーヌの背中を追いかけるのだった。




   ***




 エースーヌの案内でまっすぐタタケのある出口まで進みがてら、合流したアーニンが手の空いているゴブリンに声をかけていくと、気が付けばあっという間に大所帯が出来上がっていた。


 後ろをぞろぞろとゴブリンがついてくる光景は普通に考えれば異様でも、今は非常に心強い味方だ。

 と、コウは思っているのだが。


「なんか、ちょっと怖いわね……」


 隣を歩くリアエルはそうは思っていないようだ。


 ゲームなどでしかゴブリンに馴染みのないコウはすぐに慣れても、ゴブリンに対するマイナスの感情が根深いリアエルには堪えるらしい。

 一匹二匹ならともかく、これだけ多く集まると確かに壮観ではある。


「もともとリッちゃんはこれだけの数を相手にしようとしてたんだぜ? ビビってどーすん」

「う、うるさいわね! 狭いところにわちゃわちゃしてるのはなんか……生理的に無理なの!」


 その表現だと虫か何かを連想してしまうが、当たらずとも遠からず、と言ったところか。きっと脚が多ければ多いほどリアエルの嫌悪感は跳ね上がるだろう。

 気の強い一面が目立つが、女の子らしい一面もしっかりあることが知れて、ちょっぴり嬉しく思うコウ。


 その反応を見て、リアエルは頬を膨らませた。


「……なに笑ってるのよ?」

「いや? 大量のダンゴムシを先生の机の中に入れたイタズラを思い出してね」

「うぅ、ダンゴムシ……なんか悪寒のする響きね。そのあとどうなったの?」

「脚の数だけ反省文書かされたよ」


 寒さを感じたように肩を抱き寄せるリアエルに、コウはおどけたように笑う。

 そのときは共犯者が何人かいたので反省文は分配で許してもらえた。

 何匹入れたのか今となっては覚えていないが、ダンゴムシの脚の数は7対14本。

 その罰を一人で背負っていたらと思うと、なかなかに過酷な罰だった。


「ちなみに、子供だと6対12本で、大人になると増えるんだぜ? 不思議だよなー? 子供のダンゴムシだけに厳選してれば罰が減ってたかと思うと、なんか悔しいわ」

「どうでもいい! その話はもうおしまい!」


 これ以上は聞きたくないと耳を塞いで嫌々と首を振るリアエル。

 そこまでいい反応をされるともっとこの手の話をしたくなってしまうのが男の子の性というやつで。


「ダンゴムシをバレずに何個まで他人のポケットの中に忍ばせることができるか、なんて勝負もしてたな。今考えるとバカバカしい遊びしてたなー俺」

「あーあわあーあー! キーコーエーナーイー!」


 子供っぽいリアエルのそんな仕草を瞳に焼き付けつつ、クスリと微笑んでいると、前を歩くエースーヌが振り返らず背中越しに声をかけてきた。


[お前らうるさい。そろそろつく]

[お、待ってました]

「なんて?」

「そろそろつくって」


 図体が大きくて前が見えにくいから気づくのが遅れたが、確かに外の光が洞窟の中へと入ってきている。

 ここまでのルートはコウとリアエルの二人で歩いた道と一緒だった。ほかにもルートはいくつかあるだろうが、この道が一番最短だと思われる。


 外に出て、眩しさに慣れてから深呼吸して肺の空気を新鮮なものへ入れ替える。


「んっ……ぁあ〜、やっぱ外の空気のほうが美味いなー」

「同感ね……あまり中にいると肩凝っちゃいそうだし」


 うっすらと光り輝く壁に囲まれた洞窟の中もどこか神聖な雰囲気に感じられて嫌いではなかったが、やはり外の開放感に敵うものはいない。


 目の前に広がるのは、巨大な竹が生い茂る竹林。改めて見ても、やはり大きい。

 しかしその竹を感慨深く眺めているのはコウただ一人。この世界においては、この大きさが当たり前のようだ。


[どれ切る? どれくらい切る? どんな風に切る?]

[俺が決めていいのか?]


 エースーヌはコウにいくつもの質問を重ねた。それに対し、コウは腰の引けた対応を見せる。


 あくまでもここはゴブリンの住処の一部。許可を貰ったとはいえ、好き勝手に伐採していいわけではないだろう。

 どこまで伐採しても大丈夫なのか、加減がわからないのだ。


[ニンゲン手伝えドンが言った。お前が決めろ]


 早くしろとでも言いたげな態度のエースーヌ。

 こちらものんびりしていられる時間はないので、変に遠慮している場合ではない。


 ダメならダメ、無理な無理と言ってくれることを信じて、コウは思い切って言ってみる。


[なら、この辺の全部だ。曲がってない形のいいやつで]


 材料は多いに越したことはない。何せ人が住む小屋を補強、なんなら新しく建ててしまうまで考慮に入れているのだから、足りなくなってしまっては困る。


 もちろん多ければ多いほどそれを運ぶ苦労も増すわけだが——


[いいだろう]

[マジか?!]


 あろうことかエースーヌはあっさりと頷くと、ゴブリンの群れの方へ向けて手招きをした。

 それを合図に、一匹のゴブリンが大きな曲刀を重そうにしながら持ってくる。


 受け取ったエースーヌは鞘から刀身を抜き放つと、その場で素振りを何回か披露。そこそこ鍛えているコウでも軽々と振り回すのは難しそうなものを、棒切れで遊ぶように振るっている。


 普通のゴブリンでも見た目にそぐわぬ力を持っていたから、体が大きくなればそれだけ力も増大する。


「ねぇちょっと? アレ大丈夫なのよね?」

「大丈夫だよ。別に暴れようとしてるわけじゃないから安心して」


 ゴブリンの言葉がわからないのはこの場ではリアエルだけ。リアエルからしたら急に剣を振り回し始めたように見えるからおっかなく思うのも当然か。


 曲刀の感触を確かめ終えて準備運動を済ませたエースーヌは、手近のタタケに歩み寄り、無造作に獲物を振るう。

 幅広の刀剣と豪腕が生み出す衝撃波じみた突風は地面に散らばる落ち葉を吹き散らし、中には尻餅さえつくゴブリンもいた。


「スッゲェ……」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。


 コウが呆然と呟いてから、一瞬止まった時が動き出したかのように、タタケが斜めの断面を滑って地面に落ち、ゆっくりと倒れ始める。

 倒れる方向に立っていたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ、木にしては軽く、竹にしては重々しい音を立てて横倒しになった。


[次。これ]

[ちょ、ちょっと待ったぁー!]


 平然と次のタタケを切り倒そうとしているエースーヌに向かって慌てて待ったをかけたコウ。


 エースーヌは煩わしそうに振り向き、首をかしげる。


[なんだニンゲン。言われた通りにしている]

[そうだけどそうじゃなくてだな!?]

[???]


 どうしてコウが止めに入ったのかサッパリわかっていないエースーヌはさらに反対側へ首をかしげた。

 コウは懇切丁寧に、教えてやる。


[えっとだな、次からは節の少し下をこう、水平に切ってくれ]


 タタケの表面を指でなぞり、切る箇所を指示。

 節の部分を残して切ることで強度を僅かでも上げ、倒れる際に割れて弾けるリスクを少しでも減らすためだ。


[それから、ロープかなにかを引っ掛けて倒れる方向を統一させたい。そういうのあるか?]

[知らない]

[知らないんかいっ?!]


 抑揚少なく言うエースーヌにずっこけながら突っ込むコウ。

 それを見かねたアーニンが一歩前に出る。


[ロープならあるぞ。準備させる]

[おお、さすがアーニン。頼むわ!]


 持つべきは親玉ドンの息子、アーニンだ。


 アーニンはテキパキと命令を飛ばし、他のゴブリンにロープを準備させた。

 大人が子供に命令されている形になるわけだが、文句ひとつなく当たり前のように動いている。

 この辺りも、人間とゴブリンという種族の違いを感じさせた。


[これを括り付ければよいのだな?]

[ああそうだ。上のほうに縛って、エースーヌがタタケを切ったらロープを引っ張る、ってな具合だ]

[我に任せろ]


 意気込むアーニンはロープの端を持ち、お得意の身軽さでタタケをひょいひょいと登っていく。

 コウに言われた通り、高めの位置でロープを縛り、手を振って合図を飛ばしてくる。


[できたぞー!]

[上出来上出来! んじゃあアーニンが降りてきたら切ってくれ!]

[承知]


 ゆっくりと頷いたエースーヌは、するすると降りてくるアーニンを見届けてから、先と同じように曲刀を振るう。

 狙いも正しく、節のほんの少し下を水平に薙ぎ払い、いとも容易く両断してみせた。


[よっしゃ、お前ら引っ張れー!]


 コウの号令に合わせ、多くのゴブリンたちが一斉に掴んだロープを引っ張った。


 力の加えられたタタケはガザガザと葉を擦らせて鳴らしながら、その巨体をドスンと横たわらせる。


「おっしゃ完璧! この調子でどんどんいくか!」


 倒れていくタタケの成り行きを見守って、うまくいったことにガッツポーズ。


「これ、私いらないんじゃないかしら……」


 呆然と佇むリアエルが、ポツリと呟いたのだった。

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