第28話「もう友達だろ?」

   第一章28話「もう友達だろ?」




 タタケの竹林から、もと来た道を戻っている最中で。


[さあ、コレを食べるのだ]

[安心しろ、とても旨い]

[お、アーニンとオットーじゃん!]


 偶然にも兄弟ゴブリンと遭遇。それから先ほどは姿を見かけなかった弱ったゴブリンたちもいた。

 どうやら先ほどはコウたちの気配でも感じ取って姿を隠していたらしい。


 しかし兄弟ゴブリンが手に持っているもの——木の器によそわれたスープの香りに誘われて、次々と出てきていた。

 その漂う良い匂いはコウたちの鼻をもくすぐって。


「もう出来たのか、美味そうな匂いだ。さすがラーカナさん」


 いつでもどこでも絶品料理を生み出す驚異の手腕には感服せざるを得ない。

 その絶品が確約されたスープをひとくちでも口に含めば、たちまちラーカナ料理の虜に落ちる。


 喉元を過ぎれば、自分の手で口に含む気力すらなかったゴブリンが、器を奪うように掻っ攫い、直接口に流し込む。


[食料庫近くの食事場で追加をどんどん作ってもらっている]

[もっと欲しければそこへ向かうがいい]


 あっという間に空になった器を受け取り指示を出す。

 兄弟ゴブリンの言葉を聞いた痩せたゴブリンたちは頷いて、地面に張り付いていた腰を上げ、フラフラと言われた地点へ向かって歩き出した。


 まるで生きた亡霊だが、頼りない足取りでも生きるための一歩。体は軽くとも、その意味は重い。


 コウの声が届いていた兄弟ゴブリンは用を済ませると、こちらへ向かって歩いてくる。


[コウよ、なぜこのようなところにいる]

[ここは複雑だ。死ぬぞ]

[ご忠告どうも、帰り道はわかってるよ。この先にあるタタケを視察に行ってたんだ]


 背後を親指で指してアーニンの疑問に答えた。


 コウの確かめたいことはひとまず済んだので、それよりもラーカナたちの手伝いのほうが大切だ。

 しかし、兄弟ゴブリンが言っていた『日課』とやらの大変さも想像に難くない。


 効率を考えてコウは提案する。


[俺らも手伝うぜ。人手は多いほうがいいだろ?]


 手を差し出すコウを見つめてから、ゆるゆると首を振るアーニン。


[気持ちはありがたいが、貴様らからの施しを同胞が受けるとは思えない]


 人間を敵視しているゴブリンは未だ多い。ゴブリン同士ならともかく、人間からではまず拒絶されてしまうだろう。


[あー、それもそうか……さっきも姿すら見せてくれなかったしな。わかった、大人しくラーカナさんのほうの手伝いに行くことにするよ]

[そうしろ。あちらも手が足りないだろうからな]

[あいあい。んじゃまた後でな]


 軽い調子で手を振ってその場を後にする。


「いいの?」

「ん、なにが?」


 兄弟ゴブリンを置いて早々に歩き出したコウに向かって、リアエルは意外そうに言う。


「キミなら『手伝うぜ!』とか言いそうなものなのに」

「もちろん言ったさ。けど断られた。ラーカナさんのほうを手伝ってやれって」


 首をすくめて先のやり取りを掻い摘んで教える。

 リアエルも、コウという男がどんな人間かよくわかってきたようだ。


「どこにいるの?」

「食料庫近くの食事場って言ってたな」

「じゃあそれはどこよ?」

「わからんが、さっきのゴブリンについていけば大丈夫だろ。まだ追いつけるはず」


 フラフラとした足取りでゆっくりと歩いていたゴブリンたち。迷いなく進んでいたので場所はわかっているだろうし、あの速度ならすぐにでも背中を捉えられる。


 ——と。


「ほら追いつい——っておい?!」


 見えてきた小さな背中を指さした次の瞬間、音もなくパタリと倒れてしまった。

 コウは慌てて駆け寄り、抱き起す。


 お腹以外の体の隅々までが痩せ細り、魂の質量すら失ってしまったかと錯覚するほどに、腕にかかる重さは……軽かった。


[大丈夫か?! って、大丈夫なわけないよな。怪我はしてなさそうだけど……]


 目につく範囲で、怪我は見当たらない。これだけ手足が細くなろうと、受け身を取ろうとする防衛本能は健在のようだ。


 ゴブリンは口もきけないほどに弱っているのか、短く浅い呼吸を繰り返すのみで、返事はない。長いこと喋らなかったから喉が完全に固まってしまっているのかもしれない。


 ただ、力なく抵抗しようとしていることは、窪んだ瞳のギラつく眼光からわかった。

 しかし、そんなものに付き合っていられるほどの余裕はない。


[お前は嫌かもしれんが、死にたくなければ我慢しろよ。背負——うのは腹が邪魔になりそうだな]


 ぷっくりと出っ張った腹が背負うのに邪魔になる。こういったものをあまり圧迫するのには抵抗があるので、コウは別の手段に出た。


「リッちゃん! ちょっと俺の荷物持っててくれ!」

「え、ええ!」


 愛用のショルダーバッグを放り投げてリアエルに渡し、コウはゴブリンをお姫様抱っこで持ち上げる。


[お前軽いな。もっと肉食って筋肉つけろ筋肉。あ、腹は痩せろな]


 真剣な表情で軽口を叩きつつ、足早にもと来た道を戻る。


 進行方向を同じくするゴブリンを次々と抜き去り、目指すはラーカナとサラハナがいる食事場。

 このままゴブリンの流れに沿っていけばたどり着けるはず。


「お、こっちか?」


 やがて、つい先ほど嗅いだばかりの良い匂いが漂い始めてきた。これは目的地に近づいてきている証しだ。

 その確たる証拠に——


「さあ、たーんとお食べんさい!」


 元気一杯なラーカナの独特な口調が洞窟内を反響して耳に届く。

 匂いと声とゴブリンの流れを頼りに場所を判断し、狭い通路を進んでいくと、父親ゴブリンのところよりもさらに広大な空間が広がった。


 どうやらここが、食事場と呼ばれる場所らしい。確かに、ゴブリンの身長に合わせた机のような石が点在している。

 その空間の一番奥。ゴブリンの長い行列ができる先頭に、ラーカナとサラハナはいた。


[……どうぞ]


 大きな鍋をかき回し、器によそって覚えたゴブリン語と一緒に手渡すサラハナ。ラーカナはその隣で食材を高速で切り刻み、もう一つの鍋を作っている。

 二つの鍋をローテーションして作る作戦らしい。


 コウは近くの壁際にゴブリンをそっと座らせ、鍋に群がるゴブリンを迂回してラーカナとサラハナの元へ。


「ラーカナさん、サラちゃん!」

「あんたかい! 良いところに来た、ちょっと手伝っておくれな!」


 プロの料理人もびっくりの手際で動き回りながら、ラーカナは叫んだ。


 どこからどう見ても忙しいラーカナは猫の手も借りたい思いだろう。

 気持ちはわかるが、先にやらなければならないことがある。


「もちろんだ! けどその前にやばいゴブリンが一人いるんだ、優先的に食わせてやってもいいか?!」

「あたしゃ構わないよ。幸いにも食材は結構余裕あったしね!」

「そいつは重畳。つーわけでサラちゃん、一人分頼む!」

「……はい」


 話を聞いていたサラハナはすでに器にスープをよそい、差し出していた。できる女の娘はやはり育ちが違う。


 受け取ったコウはそそくさと戻り、ぐったりとしているゴブリンのそばでしゃがむと、そっとスープを口元へ寄せる。


[人間からは嫌かもしれないけど、食ってくれ。頼む]


 ゴブリンはコウを睨みつけるように眉間にシワを寄せていたが、口元に寄せられたスープの香りが怒りを和らげ、空腹感を凌駕した飢餓感を呼び覚ます。


 ほんの一滴、液体が舌の上を通過するだけで、ゴブリンの背筋に稲妻が走ったようにシャンとして、スープをゴクゴクと一気に飲み干していく。


[具も入ってるからちゃんと噛んで欲しかったんだけど……元気になったか?]

[……れ、いは、いわん、ぞ]


 カラカラに乾いてくっついた喉がスープを飲んだことによって広がり、辛うじて喋れるようになる。


 喋ることを思い出したような言葉でも、出てくるのは恨み節。


[今はそれでいいさ。お代わりいるか? これ以上横入りはしたくないから代わりに並んできてやるよ]


 純粋な心配からの提案を、ゴブリンはゆるゆると首を振って拒否した。


 そのままでは存分に動けないほどに満身創痍のくせに。


[ニンゲンの、ヂカラは、借りん]

[けど——]

[われにがまうな! いげ!]


 血を吐くような気迫でコウを押し退け、生まれたての子鹿のように足を震わせながら、鍋に群がるゴブリンの一部と化す。


「我に構うな、行け、か……」


 ——まるで『もう大丈夫だから他の連中を助けてやってくれ』と、そう言っているようじゃないか。


「ちょっとキミ?! どこ行くのよ?!」


 何も言わずに食事場から出て行こうとするコウの背中に、リアエルは慌てて呼びかける。


「他にも困ってるゴブリンがいるかもしれないから探してくる! リッちゃんはラーカナさんを手伝ってやってくれ!」


 慌ただしく伝えたコウは、頭をぶつけたりしないように気を付けつつ、可能な限りの速度で駆け出す。


 ラーカナとサラハナから詳しい話を聞きたいし、父親ゴブリンには問い質したいことがある。しかしそれは目の前の困っているゴブリンたちを助けてからだ。




 コウは、洞窟の中を縦横無尽に駆け回り、何匹もの倒れているゴブリンたちを食事場に担ぎ込んでいくのだった。




   ***




 怒涛のように過ぎ去っていく時間は、それだけその時その時を必死に頑張り、懸命に打ち込んで、無我夢中であった証拠と言える。

 時間を確認する余裕すらなく、目の前の事柄に忙殺されてようやっと落ち着いてきたとき、気が付けばかなりの時間が経過していた。


 食事場にはこの洞窟に暮らす全てのゴブリンが集まったのではと思ってしまうほどに、ゴブリン密度が高い。それでもそのほとんどは手足の痩せ細ったゴブリンで、健康的なゴブリンはあまり見当たらない。


 この場にいるゴブリンは皆満足してくれたのか、お腹をさすりながら幸せそうな表情で思い思いに過ごしている。


 とっくに二つの大きな鍋は空っぽ。今のラーカナに追加を作るような体力は残されておらず、グッタリとしていた。

 それでも、やりきったような清々しさを感じさせる。


 一息吐いているラーカナに、コウは歩み寄る。


「ラーカナさん、お疲れっす」

「ホントさね。サラとリアエルさんが手伝ってくれなかったらどうなっていたことやら」


 そうなったら、きっと地獄のような忙しさは未だに続いていたことだろう。

 そうならなかったのも、優秀なサラハナとリアエルの助力があったから。


「サラちゃん、リッちゃんもお疲れさま。ゆっくり休んでてくれ」

「……うん」

「そうさせてもらうわ……」


 疲労感が滲み出ている二人に労いの言葉をかけ、コウは残っている仕事を片付けに行く。


 三人と比べ、コウにはまだ余力がある。

 目指す先は、父親ゴブリンのもと。


 脳内マップを頼りに細長い道を歩き、広い空間に出る。

 その中央に座するのは、父親ゴブリンだ。こんな状況でも堂々と踏ん反り返れるとは、肝が座ったゴブリンだ。

 二人きりになったコウは、未だに誰にも見せたことのない、切れるような鋭い眼光を向けている。


 その瞳の奥には、静かに燃え盛る怒りの炎が渦巻いていた。


[……よう]

[キサマかニンゲン。なんのようだ]


 怒りを隠そうともしないコウの挨拶に、ゴブリンも負けじと応じた。


[お前、なんて名前なんだ?]

[……ふん、わざわざそんなことを聞きにきたのか?]

[いいから教えろ]

[……チジオラだ]


 有無を言わせぬコウの圧力に、チジオラと名乗った父親ゴブリンは嘆息した。

 しばし無言の睨み合いが続き、先に口を開いたのはコウ。


[チジオラ、今ここでなにが起こってるのかわかってるよな]

親玉ドンである我が知らぬわけがあるまい]


 何をわかり切ったことを、とでも言いたそうに、平然と父親ゴブリンは言う。

 しかしその言葉は今のコウにとっては神経を逆撫でするだけ。


[ならこんなところで暇してないで動けや。テメーが言ったんだぞ『同胞と静かに暮らしたい』って。その同胞が苦しんでんのに、なに呑気に傍観してやがんだテメーは?! 『静かになった同胞と暮らしたい』って意味じゃねーだろ?!]


 張り上げた大声は石の空間を反響し、父親ゴブリンの長い耳を四方八方から責め立てる。

 それでも、父親ゴブリンは涼しい顔をしていた。


[ああなってしまった以上、助ける手段はない。息子たちはかいがいしく世話を焼いているようだが、もう長くはない。ゴブリンにとって施しを受けることは死にも等しい屈辱なのだ]

[は?]


 冷静でいたつもりのコウも、この発言には堪忍袋の尾がブチ切れた。

 力強く歩み寄り、父親ゴブリンの胸ぐらを掴み上げる。


 怒りに我を忘れたコウは腕力だけで父親ゴブリンを引っ張り上げ、足が宙に浮く。


 超至近距離で目を睨み付け、


[それ本気で言ってんのか? なぁおい。テメーはここの親玉だろーがよ、なに諦めてんだ? 助かると信じて諦めてないアーニンとオットーのほうがよっぽどテメーより親玉できてんよ!!]


 コウは見ていた。兄弟ゴブリンが何度も何度も食事場を往復し、動けないゴブリンの元へスープを届ける姿を。生きる気力を失いかけている同胞に勇気を奮い立たせる言葉を投げかけていたのを。


 きっと今も、スープを食べそびれているゴブリンがいないか確認しに洞窟内を練り歩いているはずだ。


[なのになんでテメーはこんなところで一人油売ってんの? 今のテメーに親玉ドンを名乗る資格なんざねーよ]


 誰よりも偉い立場のゴブリンが——一番に動くべき存在が何もしない現状に、どうしても納得がいかない。


 低く唸るような主張に、父親ゴブリンは真っ直ぐコウの視線を受け止める。

 受け止めてなお、父親ゴブリンの態度は変わらない。


[言いたいことはそれだけか]

[ああ、それだけだ。『言いたいこと』はな!]


 コウは父親ゴブリンのことを片手で持ち上げたまま、無理やり移動する。


 言葉で父親ゴブリンの心を動かすことができないのならば、実際に目で見てもらう他ない。


[これを見ても同じことが言えるなら、俺はテメーのことを心底見損なうぜ]


 連れ込んだ先は食事場。

 今にも死んでしまいそうなゴブリンたちがひしめき合っている空間だ。


 だがそれも、ついさっきまでの話。今は誰もが満足そうな表情で休んでいる。

 コウと父親ゴブリンが食事場に入ってきたことに気づき、視線が集まる。


[つまらないプライドでこれだけの数を見殺しにしようとしてたんだぞ。テメーの掲げた理想についてくる奴は、ここにはもういないんだよ]


 ゴブリンだろうがニンゲンだろうが施しを受けるくらいなら死を選ぶ。そんな馬鹿げた考えを持っているなら今頃とっくに全滅している。


[この中のほとんどが、アーニンとオットーが今まで必死に繋ぎ止めてくれていた命なんだぜ? それを粗末にするってのかよ?]

[…………]


 自他共に認めるほどの親バカ相手に息子の名前を出されてはぐうの音も出ないのか、父親ゴブリンは黙りこくったまま。


 流石に痛いところを突かれたようだ。

 しばらく高い視点から食事場の光景を眺めていた父親ゴブリンは小さく呟く。


[……離せ]

[んだって?]

[離せと言った。いつまで我を持ち上げているつもりだ]

[テメーがこの光景を目に焼き付けるまでだ]

[ならもう充分だ。離せ]


 コウは一瞬その言葉を疑うが、これ以上持ち上げ続けていても効果は薄いと踏み、言われた通り手を離す。


 それほどに、父親ゴブリンの言葉は落ち着いていた。いや——落ち込んでいた。


「っふー……やれやれ」


 腕を回してコリをほぐす。


 いくら軽いとはいえ、成人したゴブリン一匹を片手で持ち続けるのは流石に辛かった。

 解放された父親ゴブリンはそっと近くの仲間に歩み寄る。気づいたゴブリンは身を起こそうとするが、それを手で制した。


親玉ドン……すまぬ]

[そのままでいい。——なぜだ? 教えてくれ。なぜキサマはゴブリンとしての誇りを捨てた]

[捨てたわけではない。それ以上に、我は生きて親玉ドンのために尽くしたかったのだ]


 それからぐったりとしまま、首だけを周囲へ巡らせる。


[我だけではない。ここに集まった者は皆、同じ気持ちだ]


 聞いていたゴブリンたちは一斉に頷く。


 ゴブリンの親玉に選ばれるくらいに、父親ゴブリンは仲間に信頼されている。何をどうやってここまでの信頼を勝ち取ってきたのかコウには想像もつかないが、固い絆で結ばれていることは傍目にもよくわかった。


[いい仲間に恵まれてるじゃん。これでも見殺しにするつもりかよ?]

[死して楽になるより、生きて苦汁を舐めるか……物好きな者共め……]


 言葉は呆れていても、音には優しさが、瞳には慈愛が満ちていた。


 痩せ細ったゴブリンは、力なく、しかし意志だけは強く込めて、一言一言を紡ぐ。


[我らは知っている。親玉ドンが自らをかえりみずに食料をかき集めていることを。我らはそれに報いたいのだ。報いずに死ぬほうが……辛いのだ]


 コウは疑問に感じた。


 ——自らを顧みずに?


 父親ゴブリンはなぜあの場を動かなかった? どうして片手で軽々と持ち上げられた? 思ったより食料に余裕があった理由は?


「まさかお前……」


 動かなかったのではなく、動けなかったのでは? 自分の分の食料を仲間の分へ回していたから。

 だから動けなかったし、軽かった。


 自分の手で助けなかったのは、ゴブリンとしてのプライドがどうしても邪魔をするから、息子たちに託した?


「でも、じゃあなんで食料に余裕があるのに栄養失調のやつが多いんだ?」

「調理しないと食べられないものばかりだったからさね」


 コウの独り言に答えたのは、疲労からわずかに回復したラーカナだった。


「それもサラハナが図鑑で蓄えた知識がなかったら使い物にならないどころか毒になるものばかり。毒抜きの方法とか、調理法や手順を間違えたら、きっと最悪の結果になってたさね。その代わり、手順を守ってしっかり調理すれば栄養満点の絶品料理に早変わりさね!」


 どうやらラーカナとサラハナを連れてきたことは大正解だったようだ。この二人のコンビネーションがなかったら、指を咥えて弱っているゴブリンをただ見ていることしかできなかっただろう。


「そうだったのか……」


 そうと知らなかったとはいえ、父親ゴブリンにはさんざん酷いことを言ってしまった。


 コウは父親ゴブリンに向かって頭を下げた。


[なんか、悪かったな]

[謝るな。キサマが言ったことは事実である。愚かなのは我のほうだったようだ]


 父親ゴブリンはコウの正面に立ち、しかと見上げる。


[治るのか。我が同胞たちは]

[治る。このまま栄養満点の食事を続けていけばな]


 それ以外に、治す方法はない。栄養満点の食事を与えられないままでは、父親ゴブリンが言ったようにもう助からなかった。


 だが今は違う。

 ラーカナとサラハナがもたらしてくれた恵みがある。


[ならば頼むニンゲン——いやコウよ。我らが同胞を助けてやってくれ!]

[おう、任せろっつーの! チジオラの頼みとあらば、断れねーよな!]


 コウは自信満々に胸を叩く。


[名前で呼び合ったら、もう友達だろ? 断る理由なんてねーぜ!]


 人間とゴブリンの相入れなかった他種族の間に、確かな絆が生まれた瞬間だった。

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