第27話「積み重ね」
第一章27話「積み重ね」
ラーカナとサラハナの二人は、兄弟ゴブリンのアーニンとオットーの案内のもと、料理を作りにいった。
父親ゴブリンと会う道すがらに見た光景。
極度の栄養失調による腹水が目立つゴブリンたちを、少しでも救ってやるために。
そんな中で、コウとリアエルは別行動を取っていた。
二人は父親ゴブリンがいた空間から出て少し離れた人気の少ない地点にいる。
父親ゴブリンに言われた通り、洞窟内の案内は期待できない。時間も人手もないし、なにより兄弟ゴブリン以外のゴブリンからはまだ信用を勝ち取れていない。これはラーカナの絶品料理で一気に鷲掴みにできる算段だから時間の問題だろう。
今のところは遠巻きに様子を見られるか、邪険にされるかのどちらかに反応は割れている。
なのでゴブリンの協力は得ずに、村の復興に必要な材料——タタケがある場所までたどり着かなくてはいけない。
先ほどやって来たばかりの、この複雑で入り組んだ洞窟の中を、誰の手も借りずに、だ。
「そこで、リッちゃんの【風
「キミ、私の加護を便利に使いすぎじゃない?」
「実際便利なわけだし、リッちゃんにしかできないことなんだ、頼むよ〜」
両手を腰に当てて呆れるリアエルに、コウは手を合わせて低頭の姿勢。
はぁ〜……と長いため息のあと、
「仕方ないわね。で? 今度はなにをさせようっていうのかしら?」
「道案内をして欲しいんだ」
「できるわけないでしょ?!」
コウの無茶振りに付き合いきれないリアエル。
昨日今日どころか今さっき来たばかりなのに。
父親ゴブリンのところまでまっすぐに通されたから、リアエルに道案内など務まるわけもない。
それはもちろん、コウも同じ。採掘跡の構造など把握していないから、迷子になるのがオチだ。
ここのマップでもあれば話は別だが、ゴブリンがそういったものをちゃんと保管しているとは思えないので、力技で行くしかない。
「いや、リッちゃんなら——きっとできる!」
「その謎の自信はどこから湧いてくるわけ?」
「愛かな」
「その辺の石ころのほうが価値がありそうね」
「辛辣?!」
久々に聞いた気がするリアエルの毒舌に心が引き裂かれそうになるが、そこもやはり愛の力で堪える。
「もちろん根拠はある。それが風にまつわることだからリッちゃんにお願いするんだ」
「ふーん。言ってみなさい?」
「父親ゴブリンと話しててわかったんだけど、この洞窟は反対側に貫通してる。つまり風の通り道があるってことだ」
「要するに、私に風の流れを読めってこと?」
「さっすがリッちゃん! 指先湿らせて風向き調べるより、風のスペシャリストにお願いしたほうが確実で手っ取り早いだろ?」
察しのいいリアエルに指を鳴らして賞賛する。風の加護を賜り、風を自在に操れるリアエルなら可能なはずだ。
「それに今の指きたねぇから舐めたくない」
「キミねぇ……」
言わなくてもいい本音がポロリしてリアエルに呆れられてしまうが、舐めたくないものは舐めたくない。
なんでもかんでもペロペロするのは犬か名探偵くらいでいい。
「さあリッちゃん! やってみようぜ!」
「はいはい……」
肩を落としながらも、リアエルは精神を集中させ、【風繰りの加護】を展開。
洞窟内をわずかに流れる風の向きを読み取る。
「ゴメン、息しないでもらえる?」
「いくらリッちゃんの頼みでもそれは死んじゃうからね?! ……そんなに口臭気になる? 確かに歯ぁ磨けてないけども……」
においのことは案外デリケートな問題である。
たとえ家族が相手でも「臭い」とは言いにくいものだが、コウの見当違いの心配に、リアエルは首を振る。
「そうじゃなくて! これ、思ってた以上に繊細な作業だわ。息するだけで乱れちゃう。動いてもダメ」
「オッケー、善処する……」
なるべく長くリアエルに集中してもらうためには息を止め、動きを止め、余計な風の流れを起こさないようにしなければならないようだ。
ゆっくり大きく肺に空気を溜め、準備できたと親指を立ててリアエルに伝える。
ちなみに普通の人が息止めをしたら平均2分前後。ギネス記録は22分という人外並みの記録を打ち立てている。
コウはそこそこ肺活量には自信があるので、いかに落ち着いて心拍数を抑えられるかが勝負のカギだ。
……勝負ではないが。
リアエルは目を瞑り、再び集中力を高めて【風繰りの加護】を発動。
そのまま無音の状態が続き、平均の2分を過ぎたころ、ようやく目を開ける。
「わかったわ。あっちからこっちへ流れてる」
「どばぁ〜……! ゼェ……ハァ……あーしんど!」
いちおう趣味でハーモニカをやっている身としては、もっと余裕を持って息を止められると思っていたのに、意外と辛かった。
ここが洞窟の中だからか、少し酸素が薄いとかあるのかもしれない、と自分の都合のいいように捉らえて自尊心を守るコウ。
静かに佇むリアエルの姿にドギマギしていたことも多分に含まれていたりするが。
「あっちからこっち……ってことは、あっちが出口だな」
リアエルが教えてくれた風の流れに逆らうように歩き出す。リアエルはそれについて行きつつ、首を傾げた。
「出口を目指してどうするの?」
「あ、そういや説明してなかったっけか。リッちゃんは『タタケ』って知ってる?」
「知ってるわよ。主に弓に使われている素材よね。キミがさっきゴブリンのところで騒いでたし」
「そう。んで、焼けた小屋の補修とかにそのタタケとやらを使わせてもらう。木を切るのはダメだけど、タタケならいいって許可をもらった」
「そんな話になってたの。じゃあそれを取りに行くってことね?」
「まぁ最終的にはそうする。けど、今は様子を見に行くだけに止めておく」
「どうして?」
「ラーカナさんとサラちゃんのこともあるからな。タタケってのが俺の想像するものと違う可能性だってあるし、洞窟を探検したいという冒険心も
とにかくなんでもいいから理由をつけて歩き回りたいだけのコウであった。
もちろんそれも本音だが、ただ単に歩き回りたいだけではない。洞窟の構造を把握したり、道行くゴブリンと会話ができそうであれば情報収集だってしておきたい。
あわよくばマップが手に入れば万々歳だし、無くても歩き回って脳内マップを埋めておくことは重要だ。
もしかしたらゴブリンたちも知らない隠し通路なんてものを発見してしまうかもしれないし。
などと調子に乗っていると、リアエルは翠玉の瞳に不安の光を宿す。
「頼むから、迷子になるのだけはやめてよね? 私、道覚えられないわよ?」
「俺がバッチリ覚えておくから、そこは任せておいて」
コウの無駄知識の次に胸を張って自慢できるのが方向感覚の良さだ。
地図を一目見れば現在地はすぐ把握できるし、地形を把握している状態で、目隠しをしたまま回転バットをやっても、調子が良ければ障害物にぶつからずに歩ける。なのでスイカ割りは今のところ百発百中の大記録を絶賛更新中。
都会でお店を探すときなどに大いに役立った才能だ。友人に利用されることもしばしばあり、おかげでかなり鍛えられてしまった。
まさかこんな形で役に立つ日が来るとは思っていなかったから、両親と友人には感謝しておこう。
と、コウの足が止まった。
「分かれ道……」
洞窟が三股に分かれている地点に到着。大中小とそれぞれ道の大きさが違っている。
「わかってた、やっぱあるよなー分かれ道。どれを行こうか悩むじゃないの。……奇跡的な心の短歌」
「ものすごく口から漏れてるけど」
たまたま成立した出来の悪い短歌に自分でも驚きつつ、顎に手を添えてコウは真剣に悩む。
「さてさてさーて? リッちゃんどれにする?」
「私が選んでいいの?」
「ああ。適当でもいいし、加護を使ってもいい。出口に向かうのが理想だけど、寄り道も楽しめてこその冒険さ」
心に刻まれたじいちゃんに教わった言葉を反芻し、
リアエルは大して悩むこともなく、
「じゃあこっち」
と大きな道の方を指差した。
「その心は?」
「歩きやすそうだから」
「なっとくー」
頭を抑えて納得した。コウにも天井に頭をぶつけた痛い記憶が鮮明に残っている。それどころか未だにジンジンと痛みを訴えてくるのだから、安全面を考慮して大きな道を選ぶのは正しい選択だろう。
リアエルの決断に従って左手の大きな道へ曲がり、進行を再開。
「これも当然だけど、道が広くなるとちょっと暗くなるな」
今まで歩いてきた道と比べれば歩きやすさは格段に良くなったが、代わりに光量が落ちた。空間が広くなれば必要な光量も増えるのは自明の理だ。
それでも目が慣れてしまえばなんとかなるレベルの話だ。どうしても暗いとなれば、スマホのライトがある。
あまりバッテリーの無駄遣いはしたくないからここは温存したいところ。
少し進むと、またコウの足が止まった。
「分かれ道、一つじゃないのはわかってた。それでもこれは、多過ぎるでしょ。心の短歌」
「だからダダ漏れだってば」
今度は狙ってみても出来の悪い短歌にリアエルが律儀に突っ込んでくれてから、腕を組む。
「で、どうするの? また適当に選ぶ?」
「んー、この先もこの調子だと踏むと、適当に選ぶのはあまり得策じゃないかもなぁ」
四つ股に分かれた穴がそれぞれ口を広げたまま二人を待ち構えている。
選択肢を選ぶ回数が多いのと、選択肢そのものの数が多いのとでは、後者の方が圧倒的に困る。悩んでしまうからだ。
「ここは素直に目的を果たしておくべきかな。目に届く範囲でなにかありそうだったら寄り道しよう。『冒険者は冒険しちゃダメ』ってエイナさんも言ってたし」
「誰よエイナさん。それじゃ冒険者の定義がボロボロじゃないの」
確かに、冒険者から冒険を取ったらただの人だが、そういうことを言いたいのではなく、『危険を冒すようなことをしてはいけない』ということに少しシャレを効かせたに過ぎない。
「つーわけでリッちゃん、また頼む」
「はいはい」
手をヒラヒラとさせて適当な返事のリアエル。
コウは大きく息を吸って肺に酸素を溜め込み、リアエルは目を閉じて精神集中。
今度は2分もしないうちに目を開けた。
「わかったわ、この穴から流れてきてる」
「ぶはぁ……今度は早かったね」
「少しづつ慣れてきたのかしらね」
着実にリアエルの【風繰りの加護】のレベルが上がりつつある。この調子で行けばわざわざ息を止めず、歩きながらでも同じことができるようになるかもしれない。
二人は、風が流れてきている右から二番目の穴を選択し、先へ急ぐ。
それから数度、同じようなことを繰り返して奥へ進んでいく。
不思議なことにゴブリンとは出会わないまま、遠くからうっすらと光の点が見えてきた。
「あれ出口じゃね?!」
「うそ、本当に行けちゃった……」
風の流れに逆らうように道を選んできただけで出口まで行けたことが信じられないのか、リアエルは光の点を見つめたまま口を開けた。
そのまま光を目指し、歩みを進める。鼻をくすぐる外の香りに、自然と二人の足は早まった。
「まぶし……」
長いこと洞窟の中にいたので外の明るさに目がくらむ。手で日差しを作って数秒、目が明るさに慣れてきたとき、コウは自分の目を疑った。
目の前に広がっていたのは間違いなく竹林。今や見慣れた〝名前のない森〟ではなく、まったく別の環境になっている。
そして——
「デカ……」
現実世界でも見覚えのある竹林の景色だが、明らかに縮尺を間違えていた。
コウが知っている竹の4、5倍は大きい。天を貫くような緑色の竿が自重でしなり、横へ軽くしなだれかかっている。
ゆっくりと歩み寄り、試しにそっと触れてみる。
「竹……だな」
手触りはやはり竹。ノックをしてみると、空洞なのは確かだが肉厚なのが音と感触で伝わってくる。
「確かめに来といてよかった。まさかこんなにデカイとは思わなかったぜ……かぐや姫の引きこもり生活も安泰だな」
普通の竹を切るつもりで挑んでいたら、失敗していたかもしれない。明らかにコレは特別な装備が必要になってくる。
「あら、キミ知らなかったの? って、記憶喪失なんだっけ」
「あ、そう言えばそうだった」
「なんでキミがそれを言うかな」
「いやほら、喪失した記憶が一部分だと自覚も薄いんだよきっと」
「もっともらしいこと言ってるけど、つまりバカってことでしょ」
「なんかさっきから辛辣じゃない?! そんなリッちゃんも好きだけどな!」
何を言われてもとにかくめげない男だった。
「しかし参ったな……こう大きいと、いろいろ大変そうだ」
コウは困った顔して後頭部を掻く。
普通のノコギリでは刃渡りが足りない。空洞だから足りなくてもなんとかなるが、時間が掛かってしまうだろう。
何より大きいということはそれだけ重いということ。しなっている竹を切るとき、重さで縦に裂けるように割れて弾けることがある。
大きければ大きいほどこの危険性は馬鹿にできない。
「そもそもノコギリなんてこの世界にあんのか? 目立てとか上目とか加工できねぇだろたぶん」
『目立て』とはV字型にギザギザを付けること。『上目』はそのギザギザに第三の刃を付けること。
現代でもほとんどが機械で生産されているのに、この世界の人間がそれを実現できるとは思えなかった。
「となると
かぐや姫のおじいさんが鉈で竹をぶった切る映像がフラッシュバックするが、この太さの竹を一刀両断なんてできるわけもなし。
「くそー、光明が見えたと思ったんだが……あのゴブリンは協力してくれっかなー? そういやまだ名前聞いてなかったわ」
父親ゴブリンの名前を聞きそびれていたことを今さらながら思い出す。それは戻ったら尋ねるとして、ひとまずは用事も済んだ。
ならばラーカナたちの手伝いに赴くために、もと来た道を戻らねば。
「しゃーねぇ、今できることはなんもない! 戻ってラーカナさんたちを手伝おうかリッちゃん」
「無駄足ってこと? せっかくここまで来たのに」
あっさりと諦めてしまうコウの潔さに不服なのか、リアエルはご立腹の様子。
彼女からしたら、加護を何度も使わせれてようやくたどり着いた出口なのに、あっさりと踵を返されてはたまらないだろう。
コウはチッチッと指を振る。
「無駄足ってこたないよ。少なくとも俺にとっては実に有益な時間でござった。リッちゃんと二人きりだったし?」
立てた指を二本に増やして、ニカッと笑う。
コウの言う通り、収穫はあった。
タタケが無駄にデカくて現状では手が出せないということ。タタケに至るまでの道のりは覚えたし、リアエルと二人きりの時間を過ごせた。
冷めない恋心を抱く少年からしたら、ご褒美なくらいだ。
「それに、今は様子を見に行くだけって言ったっしょ?」
「そうだけど……こっちからしたら散々よ。おかげでどんどん加護の扱いが上手くなってるような気がするわ」
「いやぁ、それほどでも」
「本気で言ってる?」
目は笑っていても、口が笑っていなかった。
「……この埋め合わせは、必ず……」
「よろしい」
リアエルは満足げに腰に手を当てて頷く。
どんどんリアエルに対して貸しが出来ていくコウ。
命を助けてくれた恩返しから始まったはずの同行も、ついにはここまで恩が積み重なってしまった。
いつになったら、完済できるのやら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます