第26話「虹色の架け橋」

   第一章26話「虹色の架け橋」




[座れ]

「座れってさ。で、これからコイツと大事な話をするからそのままでちょっと待っててな」

「ええ」

「はいよ」

「……わかった」


 リアエル、ラーカナ、サラハナは思い思いに返事をした。


 ゴブリンの親玉ドンである、兄弟ゴブリンの父親の前まで通された一行は、緊張の面持ちで腰を下ろす。

 接し慣れた兄弟ゴブリン——アーニンとオットーがそばにいなかったら、緊張感は割増だったろう。


 ぞろぞろと後ろをついてきていたゴブリンたちは、ここまでは入ってこられないのか、いつの間にかいなくなっていた。


 父親ゴブリンは顔ぶれを一瞥してから、口火を切る。


[あいにく、キサマらニンゲンに振る舞うものはなにもない]

[それは最初から期待してないから大丈夫だ。ちなみに人間じゃなくゴブリンだったらなにが出るんだ?]

[誇り高き戦いを]

[オーケーオーケー〝親善試合〟ね]


 闘志が高まりつつある父親ゴブリンを都合のいい解釈でなだめてから、コウはさっそく本題へ入る。


[俺の提案は覚えてくれてるよな?]

[キサマが我らとニンゲンの問題を解決する、か?]

[そうだ。そのために二人の手を借りてここまで足を運ばせてもらった]


 住処まで案内してくれたアーニンとオットーに目配せでお礼を伝える。


 正直、父親ゴブリンのことだから気が変わっていてもおかしくないと心のどこかで覚悟を決めていたのだが、その心配はなさそうだ。

 アーニンとオットーを無事に連れ帰って来たことで信用を勝ち取り、少なからず良い影響を与えているのだろうと、希望的観測くらいは抱いてもいいだろう。


 まず手始めに、こちら側の報告を。


[人間側との話は折り合いがついた。俺の提案に乗ってくれるってよ]

[ほお。ではこれで我らが住処もこれ以上荒らされることはなく、飢えることもないのだな]


 人間が森の伐採を続け、ゴブリンやその他の生き物の住処を奪っている。

 それは同時にゴブリンたちの食料をも奪っていることに繋がり、それをやめさせるのが父親ゴブリンとの約束——いや、契約だ。


 契約とは、お互いにメリットがあって初めて成り立つ。


[そうだけど、交換条件だってことをお忘れなく]

[チッ……我らの力を貸せば良いのだろう? みなながら納得してくれた]


 あからさまに舌打ちしてから、父親ゴブリンは腕を組んで唸る。


 渋々……トップの命令ならば仕方がない、と受け入れざるを得なかった、ということだろうか。

 それでも、しっかり話を通してくれていたことにコウは内心で感謝した。


[その言い方だと戦いになりそうだから訂正しておくけど、正確には〝手〟を貸して欲しいんだよ]


 どこか物騒な思考の抜けない父親ゴブリンの言葉に苦笑する。


 ゴブリンに食料を提供するには、畑仕事を行える者がどうしても必要だ。今の村は人手もそうだが、平均年齢が高く今後のことも考えると若さも欲しい。

 そうして手伝ってもらって生産した何割かをゴブリンへの報酬として分け与えることで、お互いに潤いをもたらす策が、コウの考えた『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』である。


 の、だが——何もかも思い通りにいくほど異世界は甘くなくて。


[んで、物は相談なんだが……話だけでも聞いてくれるか?]


 コウの前置きに嫌な予感を感じたのか、父親ゴブリンはしかめっ面。しかし何も言ってこないので勝手に肯定と解釈し、口を開く。


[実は昨日、2ドルウルフの襲撃を受けて村が焼けたんだ]

[フン、我の知ったことか。弱いからそうなるのだ]


 ざまあみろ、とでも言いたげに若干嬉しそうな父親ゴブリン。しかしこれは双方にとって痛手だということを父親ゴブリンはわかっていない。


[あんたらにも無関係の話じゃない。村が焼けたままじゃ食料の生産がままならないんだよ]


 焼けてしまった中で一番の被害は食料。これではゴブリンとの契約を果たすのは難しいどころか無理だ。

 自業自得と言ってしまえばそれまでだが、たった四文字の言葉で諦められるほど簡単な問題じゃない。


[焼けちまった小屋を直したりするのにどうしても木材が必要なんだ。必要最低限に留めるから、その分だけ木を切るのを許してくれないか?]

[ダメだ]


 コウの必死のお願いに、取りつく島もなく即答が返ってきた。


[それでは話が違うぞニンゲン。これ以上我らが住処を荒らすことは許さん]

[そこをなんとか——]

[ダメだ!]


 頑なに首を振る父親ゴブリン。

 いくら頼み込んだところで考えを曲げないのは容易に想像できた。


 となると頼みの綱はアーニンとオットーなのだが……


 チラリと目線を配ると、静かに首を振られた。


[父ちゃんは約束を守った]

[だからニンゲンも約束を守れ]

[いやぁ……まぁ、そうなんだけども……!]


 心にグサリとくる正論にコウは唸り声を上げるしかない。


 ここで起死回生の一手がなければ、この話はなかったことになる。そしてゴブリンの助力を得られず、村は滅びる。


 ゴブリンからしたらそれでも良いかもしれないが、ゴブリンも遠い未来に餓死は免れないだろう。

 共倒れする未来が近いか遠いかの違いだ。

 何か、手を考えなければ。


「なんか……なんかないか……?」


 コウの脳みそが高速回転を始め、打開策を探り始める。

 周りから得られる情報はないかと、視線を巡らせた。


 ひときわ広い空間に、ゴブリン三体と人間四人。壁や地面はほのかに光り、灯りの代わりを務めている。

 枯葉を寄せ集めたような寝床と、そこそこ大きな平らな石。そこで何か作業でもするのだろう。

 壁には見覚えのある弓とナイフが立てかけられ、予備なのか用途によって使い分けているのか、それがたくさん置いてある。


 ここで、とある違和感が脳裏を掠めた。

 何かを見逃している。何かに気づいていない。

 それは——なんだ?


「ゆみ……弓だ!」


 目の奥が弾けるような思いに、コウは一縷の望みをかけて、ゴブリンに問い掛ける。


[おい! あの弓はどうやって作ったんだ?!]


 突然の大声に、話し相手のゴブリンはおろか後ろで黙って成り行きを見守っている三人も驚いていた。


[なにを急に。弓などニンゲンも使っておろうが。珍しくもない]

[いいから答えろ!]


 真剣なコウの表情に気圧され、父親ゴブリンは怪訝に思いながらも教えてくれる。


[タタケを我らなりに手を加えて作った。ニンゲンのものを奪っても大きくて扱えんからな]

[たたけ……少し見させてもらってもいいか?]

[妙な動きをしたら殺すからな]

[そうしてくれ]


 自分の命など価値がないとなげうつように言って立ち上がり、手近の弓を手に取る。


 弦の張られていない弓はサラサラとした手触りで、等間隔に節のような凸がある。大きさも相まってか非常に軽く、よくしなり、頑丈だ。


「やっぱり……たたけ、ってのは『竹』のことっぽいな」

「ちょっとキミ、どうしたの?」

「いや、こっちの話だ。もうちょっと待っててくれ」


 いきなり弓を調べ出したコウに、リアエルは心配そうに聞いた。


 コウが通訳する余裕はないのでゴブリンの言葉が飛び交い、リアエルたちは状況が読めていない。

 それについては申し訳ないと思いつつ、弓を元の位置に戻し、自分も元の位置に腰を下ろす。


[木を切るのがダメなら、タタケはどうだ?]

[……どういうことだ?]

[どうもこうもない、そのままの意味だ。木を切るのを許してくれないなら、タタケを切らせてくれないか?]


 現実世界において、『竹』は木に分類されるか草に分類されるかで意見が割れている。どちらかといえば木に分類されることが多いようだが、厳密に木であるとも言い切れない。


 ならば、木とは言い切れないタタケとやらは切ってもいいはず。


 コウの考えが読めないのか、父親ゴブリンはしばし惚けていたが、腕を組み、首を縦に振る。


[タタケであれば、構わない。アレは生命力が強すぎる。武器にする以外に用途があるとは思えんがな]

[洞窟で暮らしてるあんたらにはわからんだろうさ、タタケの素晴らしさってやつはな!]


 一筋の光明を見出したコウは、掴んだチャンスを放さないように握りこぶしを作り、喜びに口角を釣り上げた。


[ちなみにそのタタケってのはどこにあんだ? 森の中には生えてなかったよな?]


 少なくとも〝名前のない森〟の中ではそれらしき物は一度も目にしていない。


[我らが住処を境目に群生している]

[なるほど、つまり反対側か。ってことはこの洞窟、貫通してんな?]

[案内などせぬぞ。キサマらで勝手にやれ。我らにそのような時間などないのだ]

[おいおいそりゃないぜ。普通案内くらいしてくれるだろ。常識だぞ?]


 広い家などに初めてお邪魔したら、家の関係者が軽く案内してくれるのは定番イベントだろう、とコウは主張しているわけだが、異世界のゴブリン相手にそのような定番が通じるわけもない。


 人間の話を聞いてくれても、本格的に手を貸すほど信用し切れてはいない、のだろう。

 特に人間に対し強い敵愾心をもつ大人のゴブリンならなおさらだ。


[アーニンとオットーは? 案内してくれないか?]


 大人が駄目なら子供を、と思ったが、


[すまぬコウ。我らもやらねばならぬことがある]

[許せコウ。欠かせない日課なのだ]


 二人してフラれてしまう。

 ならば、と速攻で切り替えて、コウは両手を強く叩いた。


[んじゃあタタケのことは後回しでいいし、いったん置いておこう!]


 今優先すべきことは他にある。危険を承知でラーカナを連れてきたその理由を忘れてはいけない。


[人間のことをもっと知ってもらおうと思って、今日はゲストを連れてきたんだ]

[げすと? とはなんだ]

[特別スゴイ人ってことさ]


 後ろでおっかなびっくり控えているラーカナに手招きで隣に来てもらう。サラハナも一緒にくっついて来たが、おまけということで目を瞑ろう。


[この人はラーカナさん。アーニンとオットーはわかると思うが、あの美味しいお弁当の中身を作った張本人だ]

[なんだとっ?!]

[あの旨いやつかっ?!]


 ラーカナの紹介に想像以上の食いつきを見せる兄弟ゴブリン。息子たちの驚きように、父親ゴブリンも何事かと目を剥く。


[なぜそれを早く言わなかった!]

[隠すとは卑怯だぞ!]

[えぇ?! 言ったほうがよかったん?!]


 想像以上どころではない。天地がひっくり返ってから一周回ってひっくり返ったままなくらいの驚きように、コウも戸惑いを隠せない。


 よほどラーカナのお弁当がお気に召したらしい。


[い、いったいどうしたのだ息子たちよ]

[父ちゃん聞いてくれ!]

[あのニンゲンが作る食い物が旨いのだ! すごく! とても!]


 割とクールな弟でさえこの興奮。ラーカナの手料理はいったいどれだけの胃袋を掴めば気が済むのだろうか。

 コウもラーカナの料理の虜なので、兄弟ゴブリンがこれほど盛り上がってくれるのは自分のことのように嬉しい。


 親にオモチャをねだる子供のように父親ゴブリンの体を揺すり、舌と記憶に刻まれた経験を力説する。


[食べたことある味のはずなのに全然違うのだ!]

[噛んだときの匂いの広がりというか……複数の味が混ざり合ってスゴイのだ父ちゃん!]

[お、落ち着くのだ息子たちよ!]


 父親ゴブリンは目を輝かせる兄弟ゴブリンを必死になだめる。


 相手が誰でも虜になってしまう、まさに魔性の料理。やはりマライカ一家はいろいろと規格外の血筋が揃っているようだ。


「ちょ、ちょっと? いったい何がどうなってるんさね?」

「ラーカナさんが作ったお弁当をあの二人も食べたんだよ。で、すごく美味しかったんだって興奮気味に報告してる感じ」

「あたしにゃそうは見えないさね……」


 ラーカナの目には、大きいゴブリンにけたたましく言い詰める小さなゴブリン、としか見えないようだ。


「けど——」


 そんな光景を垣間見て、ラーカナは鼻の頭をかいて照れた風にはにかむ。


「——あたしの料理を『美味しい』って言ってくれるのはやっぱり嬉しいもんさね」


 種族の壁を超えて伝わるものはいろいろある。コウなら言葉を、ラーカナなら味を伝えられる。


 伝えられるものがあるならば、仲良くなることなど容易いものだ。


「これからラーカナさんにはたくさん作ってもらうつもりだから、たくさんの『美味しい』が聞けると思うぜ」

「あたしに任せな。腕がなるってもんさね!」


 袖をまくり、絶品の数々を生み出す腕を晒して気合のガッツポーズ。

 そのためにラーカナには村から必要になりそうなものは持って来てもらっている。


 あとは場所やら火やら材料やらを借りられればすぐにでも始められる。

 まだ続いている兄弟ゴブリンの要領を得ない報告はこの辺りにして、実際に味わってもらったほうが早い。


 父親ゴブリンが本気で困り始めているのでそろそろ助け舟を出さねば。


[お三方や、俺がこの人を連れて来ただけだと思ってんのか?]


 渾身のドヤ顔を決めて割り込む。


 コウの発言に兄弟ゴブリンの表情が華やぐ。凶悪な人相でも、見慣れてしまえば可愛いものだった。


[コウよ! まさか……]

[またあれが食べられるとでも?]


 まるで信じられない言葉を耳にしたような反応がたまらなく小気味良い。

 コウは親指を立てて歯を光らせる。


[おうよ、そのまさかだぜ! そのためにいろいろと用意してもらいたいんだが、行けるか?]

[構わない!]

[なにを用意すればいい?]


 前のめりに協力してくれる姿勢を示してくれる兄弟ゴブリン。

 指を三本立て、ゆっくりと確実に伝える。


[料理をする場所、火、食材だ]

[それならば揃っている。案内する]


 早まって腰を上げるアーニンとオットーに手のひらを向けて待ったをかけた。


[それはありがたいけど、お前ら日課とやらはいいのか?]


 その日課があるから洞窟の案内は後回しになったというのに、やけにあっさりと承諾する兄弟ゴブリン。


[動けない仲間に食べさせるのが日課だ]

[きっと喜ぶ]

[……なーる。それならありがたく手を貸してもらおうかね]


 兄弟ゴブリンの日課の重さに一瞬言葉が詰まってしまったが、事情はわかった。利害が一致しているなら、是非とも協力してもらおうじゃないか。


 アーニンとオットーが一緒なら、コウも安心できる。

 次いで、ラーカナにしがみ付いているサラハナに視線を向ける。


「サラちゃん、ゴブリンの言葉、どんな具合だ?」


 コウの問いに、無表情ながらコクリと頷きが返ってきた。


「……だいぶ」

「上出来上出来! こっちも任せて大丈夫そうだな」


 さすがは天才少女サラハナ。じっと黙ってコウとゴブリンのやりとりに耳を傾けていただけあって、実に頼もしい返事が返ってきた。


[アーニン、オットー。ラーカナさんとサラちゃんのこと任せたぞ]

[任された]

[任せよ]

「サラちゃん、通訳よろしくな。ママを手伝ってやってくれ」

「……うん」

「ラーカナさん、言うまでもないと思うけど、最高の料理よろしくな!」

「それは言うまでもないことさね!」


 面々に言葉を投げかけて士気を上げていくコウ。


 ここはゴブリンの総本山で、人間の立場から考えたら敵地のど真ん中もど真ん中だ。

 そんな中に女子供を置いて行くのはわずかな心配もあるが、コウはそれ以上に信じている。


 ここにいる人たちを。そしてゴブリンたちを。


「んで、リッちゃんは俺と来てくれ」

「わかったけど、なにをするの?」

「ラーカナさんとサラちゃんがゴブリンの問題に立ち向かってくれてんだ、俺らは人間側の問題をなんとかしなくちゃならんだろ?」

「具体的に」

「村をなんとかする方法は思いついたんだけど、ゴブリン側も自分のことで手一杯みたいなんだ。だからこっちはこっちで勝手に動かせてもらう」


 父親ゴブリンが言っていた[我らには時間がない]という発言も、兄弟ゴブリンの日課のことを考えれば想像がつかないわけでもない。


 動ける者が動けない者を看病し、日々の食料を調達し、ニドルウルフのことも警戒しなければならない。

 悠長に構えてはいられないだろう。


「だから、リッちゃんの加護を借りて、ちょいとばかし手順を省略する!」


 両陣営とも残されている時間は少ない。特に人間側の食料が尽きるのは目と鼻の先まで迫っている。

 それまでに、本格的にゴブリンとの協定を結ばなければ。


「俺が、人間とゴブリンを繋ぐ、虹色の架け橋になってやる!」


 天の野原をアーチ状に貫く奇跡の現象のように、天野あまのこうは世界を導けるのだろうか——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る