第24話「悔しくねぇのかよ」
第一章24話「悔しくねぇのかよ」
誰もが予期していなかった声に、村人たちは呆気にとられていた。
「むらがなくなるのはいや! しんじゃうのはもっとダメー!」
「……パパ、いやな思いするくらいもんだいないって言った。みんなもうなずいた」
スークライトとサラハナが、大人たちのお固い悩みに一撃をぶちかましてくれる。
小さくて、弱々しくて、でもとても強力な一撃。
スークライトとサラハナの援護があれば、百人力だ。
「スー君、ゴブリンと遊ぶの楽しかったか?」
「たのしかったー!」
両手を振り上げて、満面の笑みを浮かべるスークライト。この笑顔には誰もが元気をもらうだろう。
「サラちゃん、ゴブリン怖かったか?」
「……ううん、こわくなかった」
小さく首を振るサラハナはハッキリと否定した。
誰よりもおとなしく、真面目な女の子の言葉には真実が宿る。この言葉を疑うものは誰もいないだろう。
「ありがとな」
右手でスークライトの頭を、左手でサラハナの頭を撫でてやる。
非常に心強い二人が味方になってくれて、コウは無敵になったような気がした。
「小さな子供がこう言ってんのに、大人のあんたらはダンマリか。村と村のみんなを守ろうとしてんのは俺らだけか。情けないとは思わねぇのかよ! 昨日今日やってきたよそ者にこんだけ言われて、あんたら悔しくねぇのかよ?!」
集会場にこだまするコウの憤激は、村人たちの心を激しく揺さぶる。
村に突然やってきた、何処の馬の骨ともわからない少年に、ここまで言われて黙っていられる人間は、この村にはいなかった。
「……乗りましょう、その秘策に」
一番に声をあげたのは、マライカ。
ゴブリンの話題に誰よりも強く拒否反応を示した男が真っ先にコウの作戦に賛同したのだ。
「アンタ、本当に大丈夫なのかい?」
マライカの事情はこの村で過ごしている者であれば誰でも知っている。それでもラーカナの心配に、村のリーダーは「問題ないさ」と気丈に振る舞う。
「大丈夫……と言えるほど心の整理はできていないけど、合理的に考えれば他に取れる選択肢はない。ここはアマノさんの秘策に乗るしかないんだ」
それに……、とマライカは薄く微笑んで言葉を紡ぐ。
「子供たちの期待を裏切るようでは——親失格だろう?」
「アンタ……そう、そうさね! アタシらの大切な子供の言葉を信じないで、なにが親さね!」
自分に強く言い聞かせるように、ラーカナは握りこぶしを作る。
二人の覚悟は、固まったようだ。
リーダーとして、マライカは村人たちへと向き直り、声を張り上げる。
「みなさん! 村は燃え、食料は無く、時間は限られています! もう後には引けない状況なんです! 進みましょう。困難に見舞われたときいつもそうしてきたように、みんなで!」
ある者は頷き、ある者は声を上げ、マライカの覚悟を見届けた。
村に暮らす人々で力を合わせ、無理難題を克服する。この村ではいつもそうしてきた。
火災に見舞われたとき、誰も諦めなかった。
幸せの空間を必死に守ろうとした。
そして結果的には守れたのだ。ならば次は守り続けなければならない。
マライカは、真剣な表情でコウに向き直る。
「アマノさん、村の意向は固まりました。教えてください。秘策を」
マライカの覚悟を、村の団結をこの目で確かに見たコウは、口の幅を広げた。
「上出来上出来」
ゴブリンの件で一番の難関であったマライカ自らが村をまとめてくれた。色々あったが、流れが来ている。
勝利の女神の追い風が。
このビックウィンドには乗るしかない!
「よっしゃ! 俄然やる気出てきたぜ!」
コウは今一度、一段高いところから集会場を見回す。
村人たちの表情は先ほどまでとは全然違う。
疲れ切って憔悴し、諦めたような顔をしていたのに。
今は未来へ向けて力強く踏み出そうとしている。
「じゃあこれから秘策を説明する! 質問は随時受け付けるから、よくわかんなかったりしたら気にせずバンバン聞いてくれ! うおー、なんか俺、急に先生になった気分!」
「はいせんせい! おトイレ!」
「先生はおトイレじゃありません! 行ってらっしゃい!」
スークライトのお陰で先生感が増し増しで、しかも子供らしい空気の読めなさに、集会場に満ちていた緊張感は一気に霧散してしまった。
これはこれで、コウ的にはやりやすかったりするのだが。
スークライトは宣言通りトイレに向かい、サラハナもそれに付き添って出て行った。
そして、コウの秘策『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』の説明が始まる。
ンンッ、と軽く咳払いして喉の調子を整えてから。
「中には疑問に思ったやつがいると思うから先に補足させてくれ。俺はさっき、『ゴブリンは話せばわかるやつ』って言ったな。でも知っての通り、ゴブリンと人間じゃ言語が違う」
「それは私も疑問に思っていました。まさかアマノさんはゴブリンの言葉がわかるのですか?」
「そのまさか、ってやつだな。どうやら俺にはそういう加護があるらしい」
マライカの確認に対し、肯定する。
これはコウの【誰とでも会話が成り立つ加護】ありきの作戦だ。コウでなければ思い付きもしなかっただろう。
「そうだ、俺からも一つ聞きたいことがある。スー君とサラちゃんのことだ」
スークライトは元気にトイレに向かい、サラハナはそれに付き添って今この場にはいない。これはこのタイミングでなければ聞けない。
念のため、というやつだ。
マライカとラーカナには心当たりがあるのか、それだけの言葉で表情をほんの僅かに強張らせた。
「スー君の身体能力とサラちゃんの頭脳は、はっきり言って人間の域を超えてる。どうしたらあんなことになるんだ?」
スークライトは鬼ごっこのとき、すばしっこいゴブリン以上の速さを持って野原を駆け回り、村の火事のときだって大の大人を担いで平然としていた。
サラハナも少し会話を聞いただけでゴブリン語を理解し、それだけに留まらず会話を成立させるまでに至った。
これは明らかに異常だ。
ファンタジーにあり得ないはあり得ないと言った手前、そういうものかと納得しようとしたが、やはりそれは難しく、気になって仕方がなかった。
「……あの子たち、歌を歌っていませんでしたか?」
「歌? ああ、アルギトスの賛歌ってやつか? 楽しそうに歌ってたよ。それが?」
マライカの言いたいことがいまいち伝わらず、首をかしげるコウ。
行きも帰りも歌っていたし、なんだったらコウも一緒になって歌っていたからよく覚えている。
「——勇者アルギトスは、私のご先祖様に当たる人物なのです」
「ご先祖……ってマジか?! ってことはマライカさんも?」
「はい、一応は」
衝撃の告白にコウは素直に驚き、マライカは苦笑いを浮かべながら頬をかく。
「代々受け継がれてきた血も薄まり、もはや途絶えたとばかりに思っていたのですが……」
「……先祖返りってやつか。ホントにあんだな、そんなことって」
遠い先祖が名だたる歴戦の勇者で、スークライトとサラハナはその血が色濃く現れた。だから身体能力と頭脳がズバ抜けてしまった、と。
どうやらそういうことらしい。
「運命の糸とは、数奇なものですよ」
「へぇ? やけに実感こもってんな」
神妙に言うマライカの呟きには『実感』なんて生温い、つい今しがた見てきたような『事実』を思わせる。
それほどに、質量を感じさせるような発言で。
「ええ。なんといってもラーカナのご先祖様が姫ですから」
「……うん? 姫?」
確かアルギトスの賛歌にも姫的な歌詞が含まれていたような……。
傍で聞き耳を立てていたリアエルがハッとしたような顔でマライカに詰め寄る。もう恥ずかしさからは立ち直ったらしい。
「それって、勇者アルギトスが救いに行ったっていう、あの姫のことかしら?」
「は、はい、その姫で間違いありません。当時『200年に一人の天才』と呼ばれるほどの頭脳を持っていたとか」
「なーる。勇者なのに頭脳明晰とかちょっと変だなって思ってたけど、そっちは奥さんのほうから受け継いだってことね」
早口でまくし立てるようにリアエルが聞くと、肯定が返ってくる。
納得したようにコウは手を打ち、そして思った。
「なにそれ最強じゃん!」
つくづく主人公適性の高い子供だ。あと何年かしたらスークライトが主人公でサラハナがヒロインの物語が始まってもなんらおかしくはないだろう。
ここに来て他人が『俺TUEEEEE系』の可能性を秘めている事実に、ほんの少しの嫉妬心を抱いてしまったが、広大無辺の心の広さで紳士的な対応を——
「羨ましいなちきしょう!」
——するにはまだまだ人生経験が足りないようだった。
「このことはあの子たちにはまだ言っていません。黙っていてもらえませんか?」
「オーケーオーケー、なにがどうなるかわからんからな。二人がいないタイミングで聞いといてよかったぜ」
「……なんのはなし?」
「きかせてきかせてー!」
「どばぁっ?! いつの間に?!」
気がつけばすぐそばにスークライトとサラハナが立っていて、いつトイレから戻ってきたのかさっぱりわからなかった。恐らくここにいる誰もが今の今まで気づかなかっただろう。
コウはしゃがみこんで視線の高さを合わせ、二人の頭の上に手のひらを乗せる。
「二人にはこれからどうしてもらおうかって、相談してたんだよ」
当たり障りのない言い訳で、勘の鋭いサラハナの眼光から逃れる。
それに、どうせこれからする話だから嘘はついていない。
「……わたしたちもおてつだいできるの? していいの?」
恐る恐る、上目遣いでこちらの様子を伺うようにサラハナは聞いてきた。
自分は何もできない非力な女の子であると、サラハナは自分の実力を理解している。
普段はおとなしくて、聡明で、無表情で、何を考えているのかわかり辛くても、みんなの役に立ちたいと思っていたのだ。
そして、そのときがきた。
コウはニッカリと笑ってみせた。
「ああ、もちろんだ。スー君とサラちゃんにしかできないことがたっくさんある! だから俺たちを助けると思って、手伝ってくれるか?」
「……うん!」
「てつだうー!」
元気よく返事をしてくれた頼もしい味方に、ポンポンと頭を撫でてから立ち上がる。
「つっても、こればっかりは俺の判断で勝手に決めるわけにはいかない。——ラーカナさんとサラちゃん、二人でどうするか決めてほしいことがある」
名前を挙げられた二人は予想外だったのか、面食らったような顔だ。
「……なにをするって言うんさね?」
「俺はゴブリンのところへ交渉に向かうだろ? リッちゃんにはその護衛をお願いするだろ? んで、二人にはそれについてきて欲しいんだよ」
「なっ……?! 正気ですか?! 女子供を森へ連れて行くと?!」
何の気なしにやることを指折り数えて教えると、コウの無茶なお願いに難色の色を示したのはマライカ。
それも当然だろう、自分の妻と娘を危険と言われている場所にわざわざ向かわせるなんて正気の沙汰とは思えない。
だがコウは、至って冷静だし、もちろん正気だ。
「言ったろ、交渉に行くって。交渉には交渉材料が必要なんだ」
やはり頭の固いマライカの説得には骨が折れそうだ。
「アマノさん……貴方まさか——」
「おっと、生贄だとか変な誤解はしないでくれよ? 全力で安全には考慮するし、本人の意思を尊重したいと思ってる」
よからぬことを想像してまた怒りの逆鱗に触れられても困るので、先手を打つ。
「アンタ、大丈夫だよ。——続けておくれ」
言い聞かせるように囁いたラーカナ。
愛する者の言葉はどこまでも浸透していき、わかりやすくマライカの怒りのボルテージは下がっていった。
ラーカナのナイスフォローが光る。無駄にしないように、コウは早口に続けた。
「今日遊んだゴブリンたちは、ラーカナさんのお弁当を美味しそうに食べてた。『こんな旨いもの食べたことない』ってな。それはつまり、ラーカナさんの料理の腕や知識はゴブリン相手には貴重な交渉材料になるってわけだ」
コウの勝手なイメージだが、ゴブリンは料理らしい料理はしない。せいぜいが火を通す、くらいのはずだ。煮込んだり、味を付けたりといった概念は無いに等しいと睨んでいる。
そこに一石を投じれば、揺らぐものはあるはず。誰だって美味しいものを食べたいに決まっているのだから。
ひとまず納得してくれたマライカは、娘の瞳を見つめてから、次の質問に。
「では、サラを連れて行く理由は?」
「将来のための布石ってとこだな」
「布石、ですか?」
あのときの驚愕は忘れない。そしてこれを利用しない手は無いと思った。
「俺もガチで驚いたんだが、サラちゃんはあっという間にゴブリンの言葉を理解したんだよ。これからゴブリンに協力を願おうってんなら、通訳できる人は一人でも多いほうがいいだろ?」
「つまり、サラをゴブリンのそばに居させることで、もっと言葉を覚えさせよう、ということですか」
「ま、そんな感じだ」
察しのいいマライカのお陰で詳しい説明の手間は省けそうだ。
女子供を連れて行くほうが警戒されないという意味でもちょうどいい人選なわけだが、ちょっと怖いのでそれは言うまい。
「そういう理由で、ラーカナさんとサラちゃんにはついてきてもらいたい。言うまでもなく危険だから、どうするかはそっちが決めてくれ」
「もし、断ったら?」
「俺とリッちゃんの二人だけで森デート確定だな。交渉材料については——ま、なんとかなんだろ」
コウだって多少であれば料理はできるし、知識で村に貢献したように、ゴブリン相手にも現実世界の知識は有用かもしれない。
それをエサに交渉すればいい。
「マライカさんは引き続き村の復興を頼む。みんなの指揮を取ってくれ。この村で一番人望があんのはあんたみたいだかんな。——スー君はパパのお手伝いだ」
「わかりました」
「わかったー!」
立場が上の人物に指示を出しておけば、あとは良いようにやってくれるはず。マライカならば、信じて任せられる男だと判断した。
「よし、腹は決まったな。やれることはぜーんぶやってやろうぜ!」
「「「「おー!!!」」」」
コウの一声で、村は一丸となった。
***
翌日。
自分の家で過ごせる者は自分の家で、それが難しかったり危険だったりした者は集会場で寝泊まりした。
コウとリアエルは、引き続き被害の少なかったマライカ家の一室でお世話になった。
相変わらずベッドの件で一悶着あったが、リアエルの大事を取るという理由でゴリ押し、半ば強制的にリアエルをベッドで寝かせることに成功。
ほぼ真空状態の中で加護を使用し続けた反動は決して小さくはないだろう。
まだまだリアエルの【風
「ふぅ……し。んじゃ、行きますか!」
「ええ」
「よろしく頼むさね」
「……よろしく、です」
コウ、リアエル、ラーカナ、サラハナの四人は、ゴブリンに助力を求めるため〝名前のない森〟へ向かって歩き出すのだった。
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