第23話「説得」

   第一章23話「説得」




 火事の原因を早々に突き止めたコウは、これを村長に報告すると、村長はすぐさま何かを決断し、村人を集会場へと集めた。


 いずれにせよすでに辺りは真っ暗で、これ以上作業を続けるのは困難であったため、彼らを休ませてやる意図もあっての判断だろう。


 集会場の一段高い床に立ち、村長は軽く咳払いをしてから口を開く。


「皆の者、よくぞここまでやってくれた。今日のところはこれで終わりにして、しっかりと体を休めてくれて構わない」


 老人とは思えぬほど通る声が集会場に響き、人々に届く。

 その言葉に村人は耳を傾けた。


「そして、未だ余裕のあるものはそのまま耳を傾けて聞いてほしい。今回の火事の原因じゃが——ニドルウルフの仕業であることが判明した」


 村長の口から発せられる報告に、村人は騒めき立つ。


 なぜならば、ニドルウルフは誰もその姿を見たことがない、ある意味伝説のように語られているモンスターなのだから。


「ニドルウルフ、ですか? 村長、それは本当なんですか?」


 村人を代表し、とても信じられないといったような表情で手を挙げたのはマライカ。


 この村で一番責任感が強く真面目な男で、ゴブリンの警備隊リーダーを務めている。

 村長の言葉でなかったら、まず間違いなく疑っていただろう。

 しかし長年信頼を積み重ねてきた村長の言葉であればこそ、信頼に値する。


「ワシもにわかには信じ難いのじゃが……小僧が言うにはそうらしい」

「小僧……?」

「あ、俺のことっす」

「アマノさん?」


 手を挙げて村長の隣にしゃしゃり出てきたのは黒髪の少年、アマノ・コウ。

 ようやく自分の出番がやってきたと、コウはやる気に満ちていた。


「これからこの小僧が話をする。ワシの言葉と思ってしっかりと聞いとくれ。老いぼれには大声を出し続けるのはちと辛いのでのう。では、後は頼んだ」


 そう言い残して村長は段を降りた。

 コウは自分に注目が集まるのを待ってから、得てきた情報を堂々と報告する。


「あーどもども。後はこの俺、アマノ・コウが引き継がせてきただきます。俺の調査によれば、火事の原因は2ドルウルフでまず間違いない」

「アマノさん、証拠はあるのですか?」


 マライカが村人の代表として一歩前に出て、当然の疑問をぶつける。


 いきなりニドルウルフの名前を出されても、そう簡単に信じられるものではないだろう。誰もが納得できるような証拠を提示されなければ、無条件で納得することはできない。

 もちろん、そんなそこはコウもわかっている。百も承知だ。


「ヌッフッフ……そうくると思って、バッチリ準備してきたぜベイベー!」


 指をパチンッ☆ と鳴らし、下手クソなウインクも飛ばしてドヤ顔を決めるコウ。

 マライカは飛んできた☆マークを困った笑顔で受け流して、首をかしげる。


「べ、べいべー?」

「ああ、気にしないでください……」


 控えめに手を挙げて、申し訳なさそうにリアエル。


 あまり他人とは関わりたくない彼女は部屋の隅で気配を殺していた。真っ白なローブを羽織る姿は目立つので無駄な努力だが。


 リアエルに言われて「そ、そうですか……」と硬い表情で受け取り、コウに続きを促す。


「まずはコイツを見てほしい」


 コウは脇に抱えていた物を村人によく見えるように掲げてみせる。


「それは……木の板、ですか?」

「ザッツライ! その通り。正確には小屋の壁に使われてる板材だな。転がってるのをちょいと拝借させてもらった」


 そして木の板の表面を指差す。


「コイツの表面に黒い爪痕があるの、見えるか?」

「はい……それがニドルウルフの爪痕だと?」

「ああ。この村にこんな爪痕を残せる動物はいない。だな?」

「……ええ、確かに」


 コウの確認に、マライカはしかと頷く。


「そして俺とリッちゃんは〝名前のない森〟の中でこれと同じものを目撃してる」


 コウがリアエルの名前を出すと、話に耳を傾けていた村人の視線がリアエルへと集まった。その視線を受けて「本当よ」と頷くと、誰もが彼女の肯定を素直に受け取る。


「森には様々な動物が生息しているが……こんな爪痕を残せるのは話によれば2ドルウルフだけって、そういうことだ」

「それはわかりました、にわかには信じられませんが……。ではニドルウルフが火事の原因というのは?」


 マライカは第二の疑問をぶつける。ただの爪痕で火災が発生するなど普通に考えればあり得ないからだ。

 もちろん、ちゃんと解答は用意されている。


「この爪痕がなんで黒いかわかるか?」

「いえ……焦げではないのですか?」


 業火の中にあった小屋の板材なのだから、黒く焦げてしまったのだろうと考えるのも当然の帰結といえる。

 しかし、答えは違う。


「この黒いのは——火薬だ」

「火薬……爆弾などに使われているという、アレですか」

「そう、そのアレだ。この村は火薬とは無縁だからいまいちピンとこないかもだけど、そんな人のためにちょいと実演してみせよう」


 そしてコウはメタルマッチとモーラナイフ、それから前もって準備していた消火用の水を用意する。


「火薬ってのは可燃性のクソ高い粉末のことだと思ってくれ。そこに火種が飛ぶと——」


 バヂヂヂヂッッ、とメタルマッチから大量の火花が飛び散り、爪痕に付着した火薬に引火、あっという間に炎上する。

 天井に届かんとする火の勢いは凄まじく、見上げる村人はあっけに取られていた。


「ほいっと」


 すぐに消火用の水をぶっかけて鎮火し、村長には水浸しにしてしまったことを軽く謝る。


「ちょっと火花が散ったくらいでコレだ。松の木みたいによく燃えるタイプの木だったのもよくなかったな」


 焦げ付いた板を片付け、今一度村人の反応を窺う。

 誰もが声を上げることすら忘れたかのように、呆然としている。


 コウはそれに構わずに続けた。


「俺の故郷からしたらあり得ないことだが、ここがなんでもアリアリのファンタジー世界であることを考えれば、『あり得ない』ってのは言いっこなしだ。なら、考えられるのはこれしかない。——2ドルウルフは火薬を使うモンスターだってことだ」


 状況証拠から、そう推察せざるを得ない。


 現実世界でも毒を持つ動物や昆虫はたくさんいるし、蜘蛛の糸など未だ神秘のベールに包まれたものだってある。

 ならば、例えば火薬を体内で生成する器官を持つ動物がいたっておかしくはないだろう。それを否定することはできないはずだ。


 ここは異世界、常識に囚われていては見えるものも見えてこない。

 あり得ないと鼻で笑ってしまうようなことでも、人が想像できる可能性は全てにおいて無視できない。


 それこそが、ファンタジーなのだから。


「さて!」


 固まった雰囲気をぶち壊すように、コウは両手を打ち鳴らす。その音で我に返った村人は、コウの言葉に集中する。


「こっからが本題だぜ? 火事の原因は突き止めたし、納得もしてもらえたと思う。じゃあこれからどうするか、今後どうなるのかって話になるよな?」


 コウの発言に、村人は黙って頷いた。

 この村の最終的な決定権は村長にある。ゆえに村長の判断で村人の運命が決まるのだから、そんな大切なこと、気にならないはずがない。


 コウは人差し指を立てる。


「まず、今後どうなるのかって話からしよう。さっき村長も言ってたけど、これは村長の代弁だと思って聞いてくれ」


 すでに村長の許可は取ってある。今のコウの立場はある意味、村長に一番近いわけだ。少しお世話になっただけで大出世である。


「知ってるやつは知ってると思うが、火事で食料事情が面倒なことになった。持ってもあと3日分の食料しか残ってない」


 その情報を初めて耳にしたものは絶望に息を呑み、聞いていたものは固唾を呑んで見守る。

 指を3本立て、聞き間違いなどではないことをしっかりと認識させる。


「たった3日でこの状況を打破しなきゃならんわけだが、俺に取っておきの秘策がある。ホントはもっと時間をかけるつもりだったんだけど、そんな悠長なことを言ってらんなくなった」

「その、秘策とはなんですか?!」


 マライカの必死な声が集会場に響く。


 食料事情は誰もが同じ条件だが、マライカのところにはスークライトとサラハナというまだ小さい子供がいる。こんなところで将来有望な未来の蕾を枯らしてしまうのは本意ではないだろう。


 もちろん、それはコウだって同じ気持ちだ。

 その未来の蕾に、この村の未来を救う手助けをしてもらおうじゃないか。


「まず最初に謝っておく。みんなには嫌な思いをさせると思うから、マジでゴメン」

「嫌な思いをするくらいで済むなら問題ありません! 教えてください、その秘策を!」

「今の言葉に嘘はないな?」

「当然です!」

「他のみんなも同じ気持ちってことでいいんだな?!」


 奥まで視線を巡らせて、村人たちがしっかりと頷く光景を目に焼き付ける。


「村長、これは村人の総意を得たと判断してもらえるよな?」

「……うむ。しかとこの目で見届けた」


 村長のお許しも下りた。

 予定とはだいぶ違ったが、これにて本格始動だ。


 ——作戦名『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』の開始である。


「ってわけで、マライカさん——いや、まずはラーカナさんのほうがいいかな。これを見てほしい」


 ポケットから取り出したのはスマホ。

 村人たちはそれが何かわからず怪訝な表情を浮かべる。名指しされたラーカナはより濃い。


「ア、アタシかい??」

「そ。これはスマホっていう、えっと……遺物イービル? だ。制限はあるけどいろいろできる便利アイテムで、あー、詳しい説明ははしょらせてくれ」


 言いつつスマホを操作して、マライカの妻、ラーカナの元へ歩み寄る。


「今日、俺と、リッちゃんと、スー君と、サラちゃんの四人で外へ遊びに行っただろ? そのときの光景がこれに映し出されるから、見てほしい」


 写真アプリから動画データを選択し、画面をラーカナに見せるようにして再生開始。

 画面にはどアップでコウが映っていた。


「板の中にもう一人アンタがいるじゃないかい?!」

「いや、これリアルタイムじゃなくて動画だから——って言ってもわかんないか。過去の光景だよ。数時間前のな」


 ラーカナの反応で気になった村人たちが周りに集まり始め、覗き込み、背伸びをし、首を伸ばして画面を見つめる視線が増える。


 そしてブレにブレてから、ようやく映像が安定した。


〝うし、これでよしっと。もう始まってるから、さっき説明した通り、あとは俺じゃなくてスー君とかサラちゃんとかのほうに向けててくれ〟

〝わ、わかったわ〟


 映ってはいないが、リアエルの頷く声が聞こえてくる。


 そう。実はスマホの撮影機能を駆使して、リアエルにあのときの鬼ごっこを撮影してもらっていたのだ。

 どこかへ走っていくコウの背中を追いかけるように画面が移動。


〝こ、これでいいのよね? 遺物イービルってとっても貴重だから壊さないようにしないと……〟


 緊張なのか若干声が震えているリアエルの独り言もバッチリ拾っていた。


「……リッちゃんや、あまり喋っちゃダメって言っといたよね?」

「言わないで……! こうなるって知らなかったんだもんっ! ——私ってあんな声だったんだぁ……」


 恥ずかしそうに手で顔を隠すリアエル。フードも被っているから防御は完璧だ。

 恥ずかしがるリッちゃんも可愛いなぁと、相変わらずの邪な思考をしていると、スークライトとサラハナも画面内に映ってくる。


「スー、サラ?!」

「新鮮な反応をどうも。こっからが重要だぜ」


 自分の子供が小さな板の中で動いている奇妙な光景に、現実の子供二人を確認してからラーカナは食い入るように画面を見つめる。


〝さて、仕切り直したところで、みんなで遊ぼうぜ!〟

〝おー!〟

〝……おー〟


 元気よく拳を振り上げる三人。

 そこからさらに、画面内に入ってくる二人の人影が。


「ゴ、ゴブリン……?!」


 顔を真っ青にして目を見開き、口を押さえて驚愕を隠し切れないラーカナ。


 ゴブリンは人間の敵、というのが共通認識だ。そんな存在がこんなに近くに、それも我が子のすぐそばで、いったい何をしているのかと肝を冷やす思いだろう。


 ニドルウルフのことですら飲み込むのに苦労していたのに、いきなりこんな映像、さすがに信じられないか。

 しかしこれは紛れも無い事実である。


 映像では鬼ごっこの鬼を決めるためジャンケンをし、そのままスークライトとアーニンはジャンケン合戦の始まり。サラハナとオットーはあやとりで時間を潰し始めた。

 映像はリアエルが鬼ごっこに参戦するまで続いているが、ひとまずここまでで充分だ。


 人間とゴブリンが仲良くしている。それを見せつけることができればいいのだから。


「どうでしたか、ラーカナさん——へぶっ?!」

「アンタは人の子にあんな危険なことさせてたのかいっ!」


 完全に油断していたところに、ラーカナの強烈な平手打ちがコウを襲った。独楽こまのようにぐるりと一回転し、尻餅をつく。


 ブン殴られるのは覚悟していたつもりでも、実際に喰らうと——想像よりもずっとずっと痛かった。


 頬が、ではない。

 心が、だ。


 我が子を思うラーカナの叱咤は、コウの心にグサリと突き刺さった。


 ——それでも、こうするしかなかった。これが叶えば、全てがうまくいくからだ。


 ジンジンと痛みを訴える頬を押さえながら、コウはゆっくりと立ち上がる。


「だから最初に言ったっしょ。嫌な思いをさせるって」


 コウはスマホを操作し、画面を見せつける。


「でも、この顔を見ろ。スー君もサラちゃんも楽しそうに笑ってるだろ? ほら見ろよ、ゴブリンだってこんなに笑ってんだ。ここには、この時間には、楽しい時間が満ちていた! それが伝わってこないのかよ?!」


 コウの感情論による反撃に、ラーカナは息を詰めた。


「みんな聞いてくれ! ゴブリンは確かに人間の敵かもしれないが、話せばわかるやつだった! この映像が何よりの証拠だ! だから、協力してもらおう、ゴブリンに!」


 集会場に漂うのは、重苦しい沈黙だった。

 まだ届かない。届いていない。

 コウは諦めずに続ける。


「応援は期待できないんだろ? 避難もできないんだろ? 人手が足りないんだろ? だったらゴブリンに助けを求めるしかないじゃん! それが村を救う唯一の方法だろ?!」


 村人たちは下を向き、表情を硬くしている。葛藤している。

 自分の中で、人間とゴブリンの確執と戦っているのだ。


「ゴブリンは2ドルウルフのことも俺たち以上に知ってた。火事の原因が2ドルウルフなら、もう一度やってくる可能性は高い。そのときゴブリンが味方だったら心強いと思わないか?!」


 コウの加護があればそれができる。逆に言えばコウがいなければそんな選択肢は存在すらしなかった。

 このタイミングで、コウが村を訪ねてきたのがそもそもの奇跡。このチャンスを生かさなければ、この村は近い未来に消滅する。


「村が無くなってもいいのかよ。全員死んでもいいのかよ……?!」


 ここまでなのか。

 ここまで、人間とゴブリンは相容れない存在だったのか。




「それはダメー!」

「……うん、ダメ」




 沈黙の空間を引き裂いたのは、二人の幼い声だった。

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