第20話「鬼ごっこ・2」
第一章20話「鬼ごっこ・その2」
隙を突かれてあっけなくアーニンにタッチされてしまったコウ。よって鬼はアーニンからコウへと移った。
油断してしまったのが原因だが、鬼ごっこは単純な体力勝負にあらず。
頭を使うことによって、無駄な体力を消耗することなくタッチすることもできる。
それが鬼ごっこというものだ。
手首足首を回し、軽くストレッチ。
「さて、中立にいる俺からすれば、次はスー君かサラちゃんに鬼になってもらわねば」
公平を期すため、なるべく満遍なく鬼役をやってもらいたい。最初がゴブリンサイドだったから、今度は人間サイド代表の番だろう。
兄ゴブリンのアーニンは自慢の逃げ足を発揮してさっさと遠くへ移動してしまった。あれに追い付くのはまず無理と思っていい。
そういう意味では、コウは人間サイドを狙うしか選択肢はない。
「えっと……? お、いたいた」
手で日差しを作り遠くを見渡すと、こちらを見ているスークライトを発見。近くにはサラハナの姿もある。兄妹らしく一緒に逃げているのかもしれない。
とにかく近づかなくては始まらない。どちらを狙うか少し悩み、二兎を追う者は一兎をも得ずということで、コウはスークライトに向かって軽く駆け出す。
狙われていることを自覚したスークライトは、サラハナと別れてコウから遠ざかるように同じ速度で移動を始めた。
元気の有り余っているスークライト相手に体力勝負では敵わないかもしれないが、足の速さならまず子供には負けない。
なぜ簡単そうなサラハナを狙わなかったのかといえば、単純明快。
そのままの理由で、簡単そうだからだ。
言ってしまえば今回のメンバーの中で一番弱いのが女の子のサラハナと言える。サラハナが鬼になってしまったら、誰も捕まえられない可能性が考えられるため、後回しにしたのだ。
「こっちだよーおにいちゃんー!」
余裕があり過ぎるのか、大きく手を振って自分の存在をアピールしてくるスークライト。
挑発とも言うが、コウは軽く受け流して、ペースを維持したまま接近を続ける。
余裕綽々なのはコウの方だ。
——スークライトは自分が追い詰められていることに、まだ気づいていないのだから。
走りつつ、チラリと後ろを振り返るコウ。
リアエルの姿はかなり小さくなってきていて、大声を張り上げないと声が届かないほどの距離。サラハナやアーニン、オットーも姿は確認できるがそこそこに遠い。
「この辺が限界だな」
一人呟くと、スークライトを追いかける足を止めてしまう。スークライトもそれに気づき、足を止めた。
「スー君やー! ルール覚えてるかーい?!」
両手を口元に添えてメガホン代わりにして、スークライトに呼びかける。
「おぼえてるー!」
やまびこのように返ってくる素直な返事。
「ならわかるよなー?! それ以上行くと、負けになっちゃうかもよー?」
コウの注意勧告によくわからないとスークライトは首を傾げた。
「リッちゃんの姿が確認できる距離が範囲って言ったよなー?! そろそろ怪しいぜー?!」
「あーっ?!」
コウに言われてようやく気づき、スークライトは驚きの声を上げた。
だだっ広い草原だが、どこまでも平坦に続いているわけではない。少し丘になっていて、上り下りがある。
つまり、リアエルの姿が丘の陰に隠れようとしていたのだ。それ以上離れてしまうとリアエルの姿は完全に丘の陰に隠れてしまい、スークライトの場外で負けになってしまう。
この展開へ誘導するため、スークライトとリアエルを結ぶ一直線上に常に立ち続け、ちゃっかり見えづらくして気づかれないようにしていたのだ。
子供が相手だろうが、姑息な手段を使うことも厭わない、嫌な大人だった。
「さあどうする?! 横に逃げても俺が横に移動するだけだぜ?!」
とっさの動きに反応できるように低めに構えながらジリジリと距離を詰めていく。
これ以上離れることはできない。横に逃げても平行線ならば、スークライトに残された選択肢はひとつ。
——真っ向勝負。
「やっぱ——なっ?!」
コウに向かって駆け出す構えを取ったスークライト。
狙い通りに動いてくれたことに不敵な笑みを浮かべるコウだったが、一瞬にしてそれは驚愕に変わる。
ほんの一回瞬きをしただけの、隙とも言えないような隙に、低く構えて開いた脚の間をスライディングでくぐり抜けていったのだ。
子供が相手だからと、無自覚に油断があったとしても、完全に虚をつかれた。
「ゴブリン並みだぞあれ?!」
どう考えても人間の子供が出せる速度ではない。考えすらしなかった展開に、構えていたにも関わらずとっさに動けなかった。
サラハナといいスークライトといい、この世界には規格外の子供が多過ぎやしないか。
「——って言ってる場合じゃねぇ!」
スークライトがゴブリン並みの脚を持っているのなら、もう勝ち目は薄い。同じ手に何度も引っかかるほど馬鹿じゃないのはわかっている。
ここは一か八かの賭けしかない。
コウはその場に片膝を立てる。
「アイッター?! スー君、足をくじいた! 手を貸してくれ!」
普通に最悪の手段だった……。
「いいよー!」
(いいんかい?!)
そしていい子だった……。
まさか速攻で、しかも了承が返ってくるとは思っていなかったので危うく声に出そうになった。
イエスマン過ぎて将来が心配になると言ったが、いよいよ現実味を帯びてきた。
素直でとてもいい子という評価ではあるが、もっと人を疑うことを覚えてもらわねばなるまい。
スークライトの将来のために、痛む良心に鞭打って心を鬼にする。
「だいじょうぶおにいちゃん?」
「あ、ああ……大丈夫、ありがとうスー君。——はいタッチ」
形だけスークライトの手を借りて立ち上がり、肩を叩くように手のひらを押し付ける。
「これでスー君鬼な!」
騙された——そんな風に驚いたり、少しくらい顔を歪めるかと思っていたが、違った。
「わかった! おにいちゃんは足痛いから休んでていいよー!」
子供らしい微妙な日本語で許されて、満面の笑みを浮かべるスークライトは騙し討ちを騙し討ちとすら思わないままに、走り去ってしまった。
「…………」
そんな小さくて優しい背中を見送って——
「この世界の主人公は、もしかして俺じゃなくてスー君なのでは」
スークライトの主人公適性が異様に高いように思えてきて、
「——って言ってる場合じゃねぇんだってば!」
コウからスークライトへ鬼が移ったから、誰かに鬼役が移動するまでコウは鬼にならない。そういうルールだ。
ならばしばらくは気兼ねなく、安全にこの鬼ごっこを傍観することができる。
今回の鬼ごっこで大切なのは人間代表の兄妹と、ゴブリン代表の兄弟を仲良くさせ、距離を縮めること。
普通に楽しんでどうする。なるべく事の成り行きは自分の目で見ておきたい。
コウは駆け足でリアエルの元へ向かう。
鬼ごっこの範囲はリアエルの姿が確認できる距離に設定してある。逆に言えば、リアエルの位置からなら全員の姿が確認できるという事だ。
成り行きを見守っているリアエルの背後から声をかける。
「リーッちゃん。調子はどうだい?」
「開いた口が塞がらないって感じね」
こちらは見ないで、鬼役を務めるスークライトを眺めながらリアエルは
彼女の言っていることがイマイチわからなくて眉根を寄せていると、その答えはすぐにわかった。
「まてまてー!」
[我がそう簡単に捕まると思うなっ!]
スークライトと、兄弟ゴブリンの弟——オットーがデッドヒートを繰り広げていた。
足の速さはほぼ互角……いやスークライトの方がやや速いか。しかし伸ばされる手を巧みに躱し、方向やスピードをその都度変えて鬼を翻弄している。簡単にはタッチされない。
「どっちもなかなかやるなぁ。けどこの勝負はスー君の勝ちかな」
腕を組んで冷静な分析。
「どうして?」
「障害物のない原っぱで足の速いやつから逃げ切るのは至難の技だよ。もしフィールドが森だったらオットーの方に軍配が上がったかもだけど」
乱雑に立ち並ぶ木々はもれなくゴブリンの味方をすることだろう。何しろ生まれた瞬間から森の中で暮らしているのだから。彼らのホームで戦うのは、アリ地獄に自ら突っ込んで行くようなものだ。
[ハッ!]
「おっとっとー?! まだまだー!」
突如急旋回したオットーは、小柄な体型を生かしてスークライトの脇をすり抜けていく。激突を避けるためスークライトは体をずらしつつ腕を伸ばすも、わずかに届かず。
完全に不意を突かれた形となった。
それでも追いかけることを諦めず、満面の笑みを浮かべながら追走。
[しつこいぞニンゲン!]
「まてまてー!」
スークライトは実に楽しそうに追いかけているし、オットーは真に迫る必死さだ。
この二人を人間とモンスターと捉えるならば、普通は立場が逆な気がするが、それはそれ、これはこれ。
あくまで遊びなので問題なし。
制限時間も残りわずかに迫ってきた。このままだとスークライトの負け。攻め切ってオットーに鬼が移ればオットーの負けが確定か。
「たーっち!」
[グガァァァァァ! やられた! なんなのだこのニンゲンは!?]
とうとう背後から迫る純粋な笑顔の毒牙にかかりタッチされてしまったオットーは、その場に仰向きで倒れ込みながら天に向かって憤慨する。
そう言いたくなる気持ちもわかる。息を切らしているオットーと違い、元気の塊であるスークライトはピンピンしていた。
まさに体力オバケ。
[だが、まだ終わってなどいない!]
息を整えたオットーは身軽に立ち上がり、大きな瞳で周囲を見渡してからすぐに駆け出した。
「おっ、そうきたか」
オットーの狙いを理解したコウ。
全速力で走る先には、サラハナがいた。残り時間があまりない今、負けを回避するにはそれしかない。
狙われているとわかる前から駆け出していたサラハナだが、スークライトと違い足の速さは年相応のものだった。半数以上が異様な速さなので足が滑っているように見えてくるが、あれが普通。
慣れとは恐ろしいものだ。
「つまるところ、スー君が肉体派で、サラちゃんが頭脳派ってとこか」
随分と極端にステ振りしたものだと場違いなことを考えながら成り行きを見守る。
「てかサラちゃんこっち来てね?」
「来てるわね」
両者とも全速力でコウとリアエルの方へ走って来ている。
「ターゲットを俺になすりつけるつもりか!」
スークライトからオットーに鬼が移ったので、コウはすでに鬼になる権利が戻ってきている。
サラハナの意図に気づき慌てて踵を返そうとしたら、
[タッチだ!]
「きゃ!」
サラハナの足がもつれ、おまけにタッチされた勢いでヘッドスライディングをするように転んでしまう。原っぱで土も柔らかいので大きな怪我はしていないはずだが……。
サラハナは動かなかった。
「ねえ。ちょっとまずいんじゃないの?」
「俺もそんな気がしてきた」
リアエルとコウが心配の眼差しで成り行きを見守っていると、サラハナはお腹を抑えるようにうずくまる。
「サラちゃん!」
もしかすると打ち所が悪かったのかもしれない。
コウだって野球の試合でヘッドスライディングを見るたびに「あれぜってぇ腹とか胸とかいてぇだろ」と思っていた。
それは練習を積み重ねているから安全にできる芸当であって、小さな子供に受け身を期待する方が間違っていたのだ。
「サラちゃん、大丈夫か?!」
マライカさんとラーカナさんから預かった大切な子供だ、もし大怪我をさせてしまったら合わせる顔がない。
すぐに駆け寄り、軽い体を抱き起こして様子を確かめる。
草と土で汚れてはいるが、見たところ外傷はない。
だが、お腹を抑えて痛そうにしている。
助けを求めるようにコウへと手を伸ばして——
「……たっち」
「……えっ」
コウが鬼になった。
まさか……。
「……スーのお返し」
「やられたぁ?!」
してやったりなサラハナに一本取られてしまった。
サラハナはコウの騙し討ちでスークライトが鬼になったところを近くで見ていた。卑怯な手で鬼になったスークライトの敵討ちをしたわけだ。
人を疑うことを覚えたほうがいいと心配しておきながら、自分も騙されてしまうとは、我ながら情けない。
いや、ここはサラハナの演技力に賞賛を贈るべきか。
いずれにせよ、
「まずい! このままじゃ負け——」
る、と言い切る前に、リアエルに持たせたスマホから軽快な音楽が奏でられる。
「きゃっ。お、音鳴ったわよー! ——ホント、どうなってるのこれ……?」
鬼ごっこの制限時間、10分が経過した合図。
未知の技術にリアエルが不思議がる。
「えーっと、てことは……?」
わかり切っている勝負の結果を未だに信じられなくて首をかしげるコウに、サラハナは現実を突きつけてやる。
「……おにいちゃんの負け」
「だぁぁぁぁあ! 言い出しっぺの法則!」
頭を抱えて、『最初に言いだした奴がなぜか負ける』という謎のジンクスを盛大に呪う。
ともあれ、記念すべき最初の鬼ごっこの結果は、コウの負けであっけなく終わりを迎えた。
コウもやった手をマネされて負けたのだから、悔しさも
「こんな終わり認められるか! もう一回だもう一回! 今度はリッちゃんもやるぞ!」
「わ、私も?!」
「もう範囲は大体わかったよな? 同じルールでもう一回やるぞ! 俺が勝つまでやるぞ!」
「負けず嫌いにも程があるでしょう?! 大人気ないわよ!?」
「あっさりと負けを認めるようなつまらん大人にはなりたくない!」
「どんな理屈よ!?」
頬を膨らませてそっぽを向くコウに、リアエルは呆れる他ない。
「もう一回やりたい人てー上げて! はーい!」
「はーい!」
「…………はい」
[次は完勝してやる]
[ニンゲンなんぞに一度も捕まるわけにはいくまい]
コウの掛け声に、全員が手を挙げる。
「はい、満場一致で可決! 荷物は置いてリッちゃんもやるぞ!」
「エエ……」
無理やり参加させられて、微妙な吐息が漏れるリアエルだったが、このあと三回に渡って繰り広げられる鬼ごっこでは、リアエル含め大盛り上がり。
そしてなんの因果か、コウが勝つことは一度もなかったのだった……。
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