第18話「意外な才能」

   第一章18話「意外な才能」




[んじゃ、もっかい行くぞ?]

[来い。次こそは我が勝つ!]

[いや勝ち負けとかはないんだけど……まぁいいか、やる気になってるみたいだし。行くぜ、せーのっ——せっせっせ〜のよいよいよい!]


 色とりどりの花が咲き乱れる美しい野原で、人間とゴブリンの真剣勝負が始まった。

 リズムに乗せて軽快にお互いの手を打ち鳴らし、ときに肘を触り、ときに互いの腕を組んで、一周したら徐々にテンポアップしていく。


 黒髪に茶色い瞳、いたずらな笑みが似合う少年——アマノ・コウはゴブリンの子供相手に、幼少期になぜか流行った名前のわからないお遊戯『せっせっせ〜のよいよいよい』で遊んでいた。


 本当はスークライトとサラハナとこうして遊んでもらう予定だったのだが、リアエルと何があったのか、ゴブリンを迎えに行っている間に三人してお昼寝に興じていた。

 あまりにも気持ちよさそうに眠っているものだから起こすのもはばかられて、仕方がないから少し離れた位置でこうして先に遊びをゴブリン相手に教えているのだった。


[はいミスったー]

[グヌゥ……?!]

[兄貴、今のはここからこうであろう。ここから、こう。次は我が行く]


 手順を間違えた兄弟ゴブリンの兄、アーニンは悔しそうに地団駄を踏み、冷静な弟のオットーとバトンタッチ。


 本当は他にも指相撲とか腕相撲とか鬼ごっことか、道具が無くてもできる遊びをたくさん教えたいのに、なぜか一つのことに躍起になって全然次に進めない。


(ま、これはこれで楽しそうにしてるからいいんだけど)


 手順はバッチリ覚えたらしい弟が兄に手ほどきをしている光景を眺めてウンウンと頷く。


 楽しそうというよりは、単に人間相手に遊ばれていることが悔しいだけのように見える訳だが、コウの目には楽しそうに写っているらしい。

 腰に手を当て、あーだこーだとやり取りしている兄弟を眺めていると、現実世界でのことを思い出してしまう。


 弟と妹相手に似たようなことをやっていたし、自分だって両親に相手をしてもらった。

 この光景を見ていると、人間だろうがゴブリンだろうが、やっぱり根本的なところは変わらないのだと確信が持てる。

『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』は必ず上手くいくと、自信がつく。


 リアエルと打ち解けられたスークライトとサラハナであれば、初対面で、しかも相手がゴブリンであろうがなんだろうが、きっと怖がらずに仲良くしてくれるはずだ。


「んぅ……はれ? 私寝ちゃっへた……?」


 兄弟ゴブリンのガヤがうるさかったのか、スヤスヤと愛らしい顔をして眠っていたリアエルが目を覚ました。


 すぐさま気づいたコウは人差し指を口に当て、「シー」と小さく息を吐き出す。寝顔が可愛いからしきりにチラ見していたおかげですぐに気づけたことは内緒だ。


「んぅ?」


 眉根を寄せたリアエルはとりあえず身を起こそうとすると、両肩に重さを感じた。視線を下げてみると、そこには子供の小さな頭が二つ乗っかっている。

 リアエルの肩を枕代わりにしてスークライトとサラハナが寝息を立てていたのだ。


 コウは足音を殺して忍び寄り、小声で、


(おはようリッちゃん。待たせちゃってゴメンね)


 両手を合わせて謝るコウ。


(もうしばらくそうしてても構わなから)


 眠っている人を起こすのは基本的に罪悪感のようなものを感じてしまうものだ。例外として寝坊助な父親を起こして来いと母親に頼まれたときは遠慮なく叩き起こせる不思議。


 リアエルからはコクコクと小さな頷きが返ってきた。


 眠っている二人のために、もう少し横になっていると受け取り、オッケーサインを出してコウはゴブリンの元へと戻る。

 と、兄弟ゴブリンは腕を組んでコウのことを待ち構えていた。反省会は終わったようだ。


[予習復習は済んだか?]

[完璧だ。兄貴の仇は討つ!]

[やってしまえ弟よ!]


 随分とやる気になっている兄弟ゴブリン。


 仇と言われてしまったからには、中途半端なことはできない。コウの中で変な悪役スイッチが入る。


 口角を釣り上げ、小さなゴブリンを思っくそ見下す。


[お前らのような雑魚がこの俺に勝てるかな……! いざ!]

[[せっせっせ〜のよいよいよい!]]


 コウと弟ゴブリンのオットーは両手を繋いで声を合わせる。自分で勝ち負けはないとか言っていたのに、そんなことはすっかりお空の彼方だ。


 なんだかんだでコウも勝ち負けにはこだわるタイプであった。

 このお遊戯の伝道師として、会得したばかりの小童こわっぱなんぞに負けるわけにはいかない。


[フハハハハ!! この俺のスピードについて来れるかな?!]

[くっ……?! は、速いっ?!]


 問答無用で猛烈に速度を上げていくコウ。オットーはそれに必死に喰らいつくだけで精一杯だった。もはやコウに振り回されていると言っても過言ではない。


[負けるな弟よ! 蹴散らすのだ!]


 すぐ隣で同じ動きをしてイメージトレーニングしながらアーニンが応援してくる。それでもちょいちょいミスっているのは黙っていよう。


 歯を食いしばり、人間からすればもともと怖い表情のゴブリンがさらに強面になり、いよいよ襲いかかってくるのではないかと誰もが身構えるであろうなか、怖いものを知らない人間の少年、コウは魔王さながらに高笑いしながら対面する。


[ははははハハハハハ!!! ヌルいヌルい! この程度かゴブリンの少年よっ!]

[グヌゥぅぅぁ?!?!]

[負けるなオットー! こんなニンゲンに負けてはならん!]


 謎に盛り上がってきた三人。


 流石にここまで出来るとは思っていなかったコウに、だんだんと焦りの色が見え始める。それどころか、オットーのスピードと正確性は止まることを知らずに現在進行形で伸びてきている。


[バカな……っ?! この闘いの中で、成長しているというのか?! いったいどこにそんな力が眠っていると言うのだっ?!]

[ココロの中だ!]

[心……だと?!]


 オットーがクソ恥ずかしくなるようなセリフを本気で言うものだから、コウは狼狽ろうばいを隠し切れない。


[ゴブリンの誇り、兄貴の応援、父ちゃんと母ちゃんから受け継いだ熱い血潮! 全てがココロに集まって、無限の力を生み出してくれるのだ!]

[そんなもの……そんなものにこの俺がぁぁぁぁ?!?!]


 とうとう魔王アマノ・コウと成り果てた人間の少年は、迫真の演技の末、ゴブリンの少年に敗北を喫する。


 人間でもゴブリンでも、この手のノリには一度は憧れる。なんだかんだで悪役も悪くないものだと、コウの意外な才能を垣間見た瞬間であったことを、ここに記しておく。


[やったぞ兄貴! とうとうコウを倒した! 我らの勝利だ!]

[必ずやってくれると信じていたぞ! さすが我が弟だ!]


 やいのやいのと飛び回って喜んでいる二人。普通の人間が見たら「なんの儀式だ」と戦々恐々とするような光景に、コウは満足げに微笑んだ。


 スークライトやサラハナと比べて物覚えが良いとは言えないが、森の中で育ち、培われてきた俊敏性はやはり馬鹿にならない。

 わざと負けてやったとはいえ、ほぼ本気だった後半のスピードについて来れていた。もっと慣れてくれば手順を意識することなく手が動くようになり、コウなど足元にも及ばなくなる。


[次こそは我が勝つ! 弟に勝てて、兄貴が勝てない道理はない!]

[その意気や良し! 何度でもかかってくるがいい! ——と、言いたいとこなんだが……]


 意気揚々と挑みかかってくるアーニンの相手をしてやりたいのは山々でも、本来の目的はそこにない。


 コウが挑戦を中断させた理由はもちろん、


「かふ……」

「〜〜〜〜ぅ」


 眠っていた二人、スークライトとサラハナが目を覚ましたからだ。

 スークライトの方は人目も憚らず大きな口を開けてあくびをし、サラハナの方はまさに猫のように身体を伸ばす。


[二人が起きたから、お前らのことを紹介させてくれ。そのために連れてきたんだからな]


『せっせっせ〜のよいよいよい』が必要以上に盛り上がったがゆえに二人を起こしてしまった可能性は大いにあるどころかそれが原因だろうが、盛り上がってしまったものはしょうがないし、起きてしまったものはしょうがない。


 コウはまだ眠そうな二人に歩み寄り、腰を落とす。


「二人ともおはよう。よく眠れたか?」

「ねむれたー」

「……うん」


 二人揃って目をこすりながら首肯。

 よく眠れたのなら体力のほうもバッチリだろう。これは期待が持てそうだ。


「……やっぱりその子たちを連れてきたのね」


 ようやく身を起こせるようになったリアエルが、コウの背後に隠れるようにして立つ緑色の肌をした人影を見て呟く。もちろんゴブリンがいることは声でわかってはいた。


 その表情は苦虫を噛み潰したような表情で。


「まだ苦手なん?」

「……そうね。もう平気だけど、やっぱり好きにはなれなそう」

「そか。生理的に無理とか? DNAレベルの話なのかもなぁ……こりゃ手強いわ」


 あっさりとした反応でリアエルの嫌悪感を受け入れ、許容する。


 嫌いな食べ物を無理やり食べさせたところで、より嫌いになるだけ。時間をかけてゆっくりと、精一杯に回り道をすればきっと嫌いなものでも好きになれる。

 そう信じて、地道にやっていくしかない。


「つーわけでスー君サラちゃん、遅くなったけど友達連れてきた。紹介させてくれ!」


 言われた二人はコウの後ろに立っている兄弟ゴブリンにようやく気が付くと、慌てたようにリアエルの背後へと隠れてしまう。


「ありゃりゃ?」

「ちょ、ちょっと……?!」


 リアエルの背中では隠れ切れるものではないが、左右の肩からそっとこちらを覗き込んでくる。

 まさか好奇心旺盛で人懐っこそうなスークライトまでも隠れてしまうとは。


「ってお前らもかいっ」


 兄弟ゴブリンもコウの背後に隠れ、左右からそっと相手の様子を窺う。


 微妙な空気が流れるなか、一番に動いたのは当事者であるコウ。この場を用意したのは他ならぬ彼なのだから、責任を持って進行しなければいけない。

 やったことはないが、なんだか合コンの幹事をしているような気分だった。


 自らの背後にいる兄弟ゴブリンの背を押して前に立たせ、


「こっちの大きいほうがアーニンで、小さいほうがオットー」


 ゴブリンを見るのは初めてなのか、二人は興味津々に目を輝かせている。怖がっているわけではなさそうなので、その点は安心した。


 しかし相手のことを慎重に見定めようとしているのは、コウが初めて集会場に行ったときと同様だ。

 スークライトとサラハナの二人に兄弟ゴブリンを紹介し、今度はゴブリンの言葉で二人を紹介する。


[で、そっちの男の子がスークライトで、女の子がサラハナ。てか、お前ら人間の見分けってつくん?]

おのこ女子おなごかの見分けくらいはつく]

[上出来上出来]


 古臭い言い回しに突っ込もうかとも思ったが、ひとまず良しとする。

 スークライトがリアエルの服を引っ張り、


「おにいちゃんなんて言ってるのー?」

「え? ええと……二人のことを紹介してるのよ。……多分」


 リアエルにも、コウとゴブリンが何を喋っているのか聞き取ることはできないので自信はなさげ。


 それでも話の流れから見当をつけることはできる。

 ゴブリンの言葉でも、不思議とスークライトとサラハナの名前を言っていることは聞き取れた。


 コウが普段と同じように接している様子を見て大丈夫そうと判断してくれたのか、スークライトがリアエルの背から前に出て、アーニンと対面する。


(思った通り、スー君は気になることにはどんどん突っ込んでいくな!)


 これといった根拠はないが、コウの経験から言わせてもらえばこの四人はほぼほぼ同い年。


 一度噛み合えば、仲良くなるなど刹那ほどもかからない——はず。

 コウがこのくらいの年齢のときは公園で遊んでいた名前も知らない同年代の子供とすぐ仲良くなったものだ。

 面と向かい合った人間の少年とゴブリンの少年。

 運命の瞬間は、どのような結果になるのか。


 先手は人間の少年。右手を差し出して握手の構えだ。


「スークライト! よろしくー!」


 満点の笑顔で改めて自己紹介をするスークライト。両親の教育がしっかりと行き届いていて、将来のために教育方法を伝授してもらおうかと画策しておく。


[…………]


 おーっと?! しかしその手を見つめたままゴブリンは動かない。一体どうしたと言うのか?!


 戸惑っているのか動きのないアーニンに、スークライトは純粋な眼を向けたまま首をかしげる。

 コウは長く尖った耳に口を寄せ、囁く。


[『握手』って言って、人間流の挨拶だよ。相手の手を握り返すんだ]

[アクシュ……変わった習慣だ。これでよいのか?]


 コウの指示通り、アーニンはスークライトの手をそっと握る。

 パッと華やいだ120点満点の笑顔が弾けるスークライト。


「よろしくねー!」

[よろしくってさ]

[よろしく……? だ]


 慣れない人間流の挨拶にアーニンは戸惑うが、傍若無人なコウという先人のお陰で人馴れしたからか、ファーストコンタクトはまずまずといったところ。

 誰とでも分け隔てなく接することができるのはやはり美点だ。クラスにいたら絶対にモテるタイプ。もしろ幼稚園の頃からすでにモテモテになっていそう。


 そんな想像をしたからだろうか。刺さるような鋭い視線を感じて見やると、リアエルの背後からサラハナが座ったような目でガン見していた。


 スークライトを取り合う複数の女子。それを黒いオーラを発して影から睨むサラハナ。

 そんなヤンデレじみた光景が脳裏をよぎり、コウは固い生唾を飲み下す。

 スークライトとアーニンのやり取りを観察して、危険はないと判断してもらえたのか、とうとうサラハナがその一歩を踏み出した。


 目指した先は、スークライトの元ではなく——オットーの眼前。

 スークライトと同じように手を差し出すと、


[……よろしく]

[よろしくってさ]

[う、ウム]


 固く手を結んだ。


 どこかぎこちなさのような、あるいは気恥ずかしさのような、如何いかんともし難い気持ちと戦っているのか、オットーの動きは油の抜けたロボットのようだ。

 対するサラハナは堂々としたものである。ゴブリン以上に表情から気持ちを読み取りにくい女の子なので、もしかしたら内心ではドキドキしているのかもしれないが。


 ロボットといえば——


「どったのリッちゃん? そんな可愛い顔して」


 薄紅に染まったぷるぷるの唇を丸く開けて、翠緑色エメラルドグリーンの瞳を見開いたまま機能停止していた。

 ときおり瞼をパチクリさせているのでギリ起動しているようだが、唖然としていることは明白。


 震える唇を動かすと、天上のハープのような清らかな音色はチューニングが狂ったかのようにバラバラな調子で。


「さっき……なんて、言ったの……?」

「え? 可愛い顔して?」

「そうじゃないわ! サラハナちゃんよ!」

「あー……いや、普通に『よろしく』って言ってたでしょ」


 リアエルの鬼気迫ったような様子に、ふざけるのはやめにして真面目に答えた。


 しかし、当然何を言い出すのかと思えばそんなわかりきったことを聞くなんて、リアエルは未だに寝ぼけているらしい。


 サラハナまでゴブリンに挨拶をしたのがそれほどに意外なことだったのだろうか。あのマライカ夫妻の教育が行き届いているのだ、スークライトができるなら、サラハナだって同じようにできるのは当たり前だろう。


「じゃあなに? さっきの短いやり取りだけで、学習したっていうの……?!」

「リッちゃん落ち着いて。どゆこと?」


 コウには加護の能力ちからで全てが日本語に聞こえてしまうから気がつかなかった。




 サラハナが、ゴブリンの言葉で挨拶をしていたことに。

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