第16話「未来の勇者、外へ」
第一章16話「未来の勇者、外へ」
この村のためになる提案を村長に提出し、コウとリアエルの二人は、ラーカナとの約束通りマライカ家にお邪魔していた。
もちろん、マライカの妻——ラーカナの絶品料理で空腹を満たし、午後からも元気いっぱいに動けるように、だ。
村長の家からも近いので早速伺ってみると、マライカ一家はすでに勢揃いしていて、コウとリアエルのことをわざわざ待ってくれていた。
昨日のゴブリンの話でマライカの機嫌を損ねていただけに、快く出迎えてくれたことを少し意外に思いつつ、まだチャンスは残されていると安心もできた。
そして昼食をご馳走になり——
「ごちそうさまでした」
と、両手を合わせて感謝を示したのはコウ一人だけ。この異世界に「いただきます」や「ごちそうさまでした」の文化はないようで少々物悲しさを覚えるが、そういうものだと理解はしているからコウは何も言わない。
食べ終わった食器の片付けを手伝いつつ、満腹になって気分は上々。朝から動きっぱなしで疲弊した体には最高のご褒美であった。
リアエルも加護を使いまくった所為か、肉体の疲労はないと言っていたが昨日よりも食欲は旺盛だった。
多少なりとも、この空間に慣れてきたと見てもいいだろう。
「いやー、相変わらずの絶品料理、感服いたしました!」
コウは絶妙なバランス感覚で何段にも積み重ねた食器を危なげなく台所に運ぶ。
「あっはっは! 嬉しいこと言ってくれるじゃないか! そう言ってくれると、作り甲斐があるってもんさね!」
いつものように快活に笑い、コウのよいしょにご機嫌なラーカナ。
コウからタワーのようになった食器をこれまた絶妙なバランスで受け取る様子はまるで雑技団だ。
「マライカさんも、この味に慣れちゃったからって感想言わないのは失礼っすよ!」
どこ目線なのかと突っ込まずにはいられない発言だが、頭にクソがつくほど真面目なマライカは一理あるとコウの軽口を真剣に受け止め、
「……仰る通りですね。ラーカナ、いつも美味しい料理をありがとう。君のおかげで毎日頑張れているよ」
「あんた……」
主人の丁寧かつ気持ちのこもった感謝の言葉に、ラーカナは感極まった様子だ。
熱っぽい視線を交わし合い——
「はーいごちそうさまでーす」
このままだと時間が掛かりそうだと判断し、コウが割って入った。
ピンク色に染まった二人だけの世界が展開され、さすがのコウも呆れて口を挟む気にもなれない。夫婦喧嘩は犬も食わないなんて言うが、仲良し過ぎてもそれはそれで近寄り難し。
「それはそうと——」
胸もお腹もいっぱいになったところで、もう一つの約束を果たすときがやってきた。
むしろ、こちらが本命だ。
「スー君サラちゃん! 一緒に遊ぼうぜ!」
「あそぶー!」
「……スーと一緒なら」
はしゃぐコウと、それに同調するように嬉しそうなのは犬のように人懐っこく元気な少年——スークライト。借りてきた猫のようにおとなしい少女——サラハナも、クールながら拒否しないあたり、顔に出ないだけで内心では嬉しがっているに違いない。
マライカ夫妻の子供、スークライトとサラハナとの約束。
昨日の夜に、明日——つまり今日も一緒に遊ぼうという約束をして、子供はおねんねの時間になったのだった。
「ぃよーし、なんかテンション上がってきた! ヒャッホーウ!」
元気いっぱいに返事をしてくれたものだから、コウも調子が上がってきて力一杯に拳を振り上げる。
「その元気はどこから湧いてくるわけ……」
ラーカナから洗い終わったお皿を受け取り、清潔な布で水気を拭いながら呆れ気味の嘆息を漏らしたのはリアエルだ。
この一家ならフードを取っても問題ないと思うのだが、頑なにフードは深くかぶったまま。なぜフードを取らないのかと追求してこないあたりは、マライカ一家の懐の深さを感じさせる。
それに甘える形となった。
「子供は元気が一番さね」
「……なるほど」
微笑ましくじゃれ合う子供二人とコウ。大きな子供がいたものだと、言い得て妙なラーカナの言葉にリアエルは思わず納得すらしてしまった。
「おららららららー!!」
コウは腕にぶら下がってくるスークライトとサラハナを、自身を中心にしてメリーゴーランドのようにグルグルと回り回る。
回って回って回って回って——
「おえー」
「もう! 調子に乗るからそうなるのよ!」
回っている最中は平気だったのだが、腕に限界が来て二人を下ろしたとき、反動がきてへたり込んだ。
せわしなく瞳が左右に動いていて、これは間違いなく目を回している証拠。
「点じゃなく線で景色を見れば目を回さないって聞いたんだけどムリダワコレーおえー」
フィギュアスケート選手のインタビューではそのように答えていたし、何度もバラエティー番組のゲストで回されていたから間違いないはず。
「やっぱ知ってるからってできるとは限らんわ……」
世の中の不条理をその身をもって体験したコウは、テーブルの脚を借りて無理やりに立ち上がり、
「高速逆回転でプラマイゼロ作戦!」
ギュルンと片足を軸にその場で逆方向にスピンして酔いを中和しようという思惑。
「おうえー」
「悪化してるじゃないのよ!」
四つん這いになってみっともない声を上げるコウに、リアエルはコップ一杯の水を用意してくれる。
「あんがとリッちゃん。好きです付き合ってく——」
「ムリ」
「相変わらず手厳しい!」
水を飲み干したコウはサラッと告白してあっけなく跳ね除けられる。
「だいじょうぶー?」
「…………」
心配そうな瞳でスークライトが気遣ってくれる。何も言っていないが、サラハナも視線に乗せて心配を寄せていた。果たして目を回したことへの心配なのか、フラれたことへの心配なのか定かではないが、問題はない。
「おう、心配ご無用だぜ! ホントは全然目ぇ回ってないから!」
「そんなことだろうと思ったわよ!」
流石に「おえー」ではわざとらし過ぎたようで、バレバレだった。
(そうとわかっていながらお水を用意してくれるリッちゃんマジ天使!)
言葉に出して褒め称えたいところだが、天使はNGワードなので心の中で大絶賛。
今回はしっかりと自制できたので褒めてあげたい。よくやった自分。
お得意の自画自賛を浴びたら、中腰になって視線をスークライトとサラハナに合わせる。
「ところで、二人はいつもなにして遊んでんの?」
現実世界であれば家にも外にも遊び道具はわんさかある。
では異世界だとどうだろうか。昨日の夜に遊んだ限りでは、お馬さんごっこや先ほどのメリーゴーランドのように、大きな体を生かした遊びしかしていない。
マライカは警備の指揮を任されているし、ラーカナも畑仕事で出突っ張り。コウたちがこの村に来るまでは二人きりで過ごしていたことになる。
「勇者ごっことか!」
「お姫様ごっことか」
「なるほどなるほど、ごっこ遊び中心か。ま、そうなるよな」
ゲームも無ければ公園も無い異世界で、子供ができる遊びと言ったらそれくらいだろう。コウも妹がいるからわかるが、小さい女の子がいると大抵おままごとには付き合わされる。
お父さん役や夫役、そのままお兄ちゃん役などはまだわかるが、酷いときは兼ね役で近所のおばちゃん役なんかもやらされた。ついでにペット役も。
そうやって大人の真似をして子供は成長していくものだから、おままごとに付き合うのもやぶさかではない。
が、せっかくこの場には遊びのスペシャリストがいるのだ。この機会を生かさない手はないだろう。
「いつも家で遊んでんの?」
雑草抜きや水やりの最中、マライカ同様に外で姿を見かけることはなかった。つまり家でずっと過ごしていた可能性が高い。
「パパがお外はあぶないって」
「ママもいってた」
「その年で言いつけ守るとか偉すぎなんですけど!」
かつての自分を省みて、あの頃は自分勝手な行動ばかり取っていたなぁと感慨に耽る。コウの両親も寛大すぎて、好きなことを好きなだけやらせてくれたから、感謝はしている。
そのおかげで、良い意味でも悪い意味でも自由奔放な少年が育ったが。
(しかし、外は危ないときたか)
恐らくゴブリンのことを言っているのだろう。子供にはのびのび育って欲しいから余計な心配はさせたくなくて、未だに詳しいことは話していないと見た。
とはいえ、初めてこの村に来たときに開いていた集会には出席していたから、知ってはいるはずだ。なんの話をしていたのかよくわかっていないだけで。
(どうにかせねば)
家の中ではコウの作戦が実行できない。なんとしても子供二人を外へ連れ出さなければ。
「マライカさん。俺とリッちゃんが付いてるんで、外で遊んじゃダメですかね?」
テーブルでコーヒーらしき黒い飲み物をゆっくりと飲んで一息ついていたマライカに、コウはストレートで直談判を決行。
「外で、ですか?」
言われたマライカは渋い顔を浮かべた。決してコーヒーが苦かったわけではない。
大切に育てている可愛い我が子をみすみす危険に晒すようなことは、親としてしたくないと思うのは当然のこと。
「家の中でさっきみたいに遊んだら怪我させちゃうかもだし、物を壊しちゃうかもだし、世話んなってるからそんな迷惑は掛けたくないんすよ」
コウはさらに追撃をかける。真面目なマライカならば、理詰めすれば折れるはずと踏んでの発言。それも一理あると納得してくれれば、こっちのものだ。
顎に手を当て、しばし悩んだマライカは首を横に振った。
「そうしてあげたいのは山々ですが、外の方が危険が多い。子供達と遊んでくれるのはありがたいですが、それはダメです」
やっぱりそう来たか、と内心で
家よりも外の方が危険がたくさんあるのはわかっていた。それはゴブリンに限らず、例えば木の根に足を取られて転んだり、尖った石に手をついてしまったら被害は増すばかり。
他にも毒ヘビを踏んづけたり毒キノコに触れてしまったり、挙げようと思えば枚挙に
しかし真面目なことは美徳だが、真面目すぎて頭が硬くなりがちなのは頂けない。
ここで引くわけにはいかないコウは、なおも食い下がる。
「サラちゃんはともかく、スー君のことは?」
「スー、ですか?」
子供の名前を出してきた意図が読めないマライカは、眉根を寄せて首をかしげる。
なに、簡単な話だ。
「だって遊び盛りの男の子だぜ? 俺がスー君くらいの頃は、裸足で野っ原駆け回ってたくさん傷作ってた。マライカさんは違うん?」
こんな何もない田舎村に、家の中で閉じこもっていて何が楽しいのか。
子供は常に新しい刺激を求めている。ごっこ遊びの題材に勇者を選択するくらいには、外の世界に憧れを抱いているはずだ。
「家の中に引きこもってる勇者なんて、勇者とは呼べない。子供がなにを求めているのか、親ならわかるでしょ? マライカさんなら……わかるでしょ?」
真面目だからこそ、相手の気持ちになって、目線になって、物事を考えることができるはず。昨日の
付き合いの短いよそ者のリアエル相手にそれができたのだ。長年一緒にいる我が子相手にそれができなくて何が親か。
コウとマライカの間に流れる真剣な雰囲気に、スークライトとサラハナはどうすればいいかわからず、戸惑いの視線を交互に向けていた。
「——私も」
先に口を開いたのは、マライカだった。
「勇者に憧れて木の棒片手に走り回ったものです。手のひらに棘が刺さっても気にせずにね」
張り詰めた雰囲気を払拭し、マライカは折れてくれた。
「じゃあ……?」
「ええ。スーとサラのこと、よろしくお願いします」
弛緩した空気を感じて探るように確認すると、マライカから頷きが返ってくる。
「よっし!」
ガッツポーズを取ってコウは表情を明るくする。
「聞いたか二人とも? お外で遊んでいいってよ!」
話の流れを掴めていなかった子供二人は、コウが言った言葉の意味をようやく理解し、無邪気な瞳がパッと華やぐ。サラハナは変わらずの無表情だったが、頬がわずかに赤らんでいて、わかりにくい喜びを示していた。
「ほら、パパにお礼は?」
「パパありがとー!」
「……ありがとう」
素直なスークライトはまさに子犬のように父親の胸に飛び込んでいき、遅れてサラハナも空いているところへキュッと抱きつく。
飲みかけのコーヒーをかばってもろに頭突きを喰らったマライカは「うぶ」と呻きながらも、どこか嬉しそうだった。
子と親の微笑ましい戯れ合いをしばし続けている間に、
「そういうことだからリッちゃん! 悪いけど頼む!」
両手を合わせ、事後確認になってしまった謝罪も兼ねてチラリと様子を確認。
とっくに洗い物の手伝いは終わっていたリアエルは腰に手を当て、膨れっ面になっていた。
外で遊ぶためにはリアエルも一緒というのが条件にある。彼女の加護の
「…………」
頑なに沈黙を守るリアエルはどこからどう見ても怒っていらっしゃる。おこだ。プンプンだ。
今度はこちらが折れて譲歩しなければ、この話は空中分裂してしまう。
「な、なんでもするから!」
ゆえに、早々に折れたコウは禁断の言葉を口にするしかなかった。
「ん? 今なんでもって言った?」
「い、言いました」
「なら許してあげる」
最終手段の「なんでもするから」をこんなところで使うことになるとは。
そして知らずに正しい返答を返してくるあたり、リアエルにはその道の素質があるのかもしれなかった。
話がまとまりかけたそのとき。
「ちと待ちんさい!」
ずっと沈黙を守っていたラーカナから待ったがかかる。
しまった、とコウの体は固まった。
そう。親は一人ではない。二人揃って親なのだから、もう一人説得せねばならない大きな壁、ラーカナという存在を忘れていた。
カッと目を見開いたラーカナは、包みを差し出してこう言った。
「お弁当持ってお行き!」
「あざっす!」
そういうことになった。
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