第14話「一宿一飯の恩」

   第一章14話「一宿一飯の恩」




 窓から差し込むうららかな光が柔らかく瞼にかかり、天使のように見目麗しい美少女——リアエルは眠りから目覚める。


 宝石のようなエメラルドグリーンの瞳とプラチナブロンドの長い髪に、透き通るような穢れなき白磁の肌、整った目鼻立ちは見る者の視線を否応無く釘付けにする。

 髪も寝癖で乱れている上に眠気まなこでは天使の威厳も品格もあったものではないが、それさえも吹き散らすような魔性の魅力を秘めていた。


「ん……もう朝……? んぅ〜〜〜、はふぅ」


 思い切り伸びをして寝起きの身体をほぐす。


 昨日はあれだけ歩き回って、眠った時間もそこそこ遅かったから多少の疲れが残っていてもしょうがないと覚悟を決めていたのだが、調子は悪くなさそうだった。それどころか快調なくらいである。


「…………」


 未だに寝ぼけた頭のまま、わずかな違和感に視線を周囲へ巡らせた。


 リアエルが使っているベッドがあり、机の上には几帳面に畳まれた毛布。

 たったそれだけの部屋で、いつもの教会の自室ではない。


「……そっか、泊めてもらったんだっけ」


 ゴブリンをなんとかしてくれという依頼を受け、遠路はるばるやってきたカトンナ村で、暖かい料理と柔らかな笑顔で迎えてくれた夫婦のお宅にお邪魔しているのだったと、ようやく事の顛末が沈んだ思考から浮上してくる。


「あぅー……」


 気の抜けた息が喉から溢れる。


 寝起きは、どちらかと言えば悪いほう。毎日毎日同居人に起こしてもらわなければ昼まで寝てしまうことはざらにある。

 起きられないわけではないが、起こされないといつまでも眠りこけてしまう困った体質だった。


 ——ぃよいしょー!


 陽の光の眩しさに目を細め、そのまま瞼がくっ付いて二度寝しそうになったとき、外から元気な掛け声が耳に届いた。

 その声がきっかけで落ちかけていた意識は覚醒を辿り、混濁とした思考は徐々に澄み渡ってくる。


「え。っていうか、なんで朝……?」


 クリアになってきた記憶を振り返り、キョトンとした。


 確か昨夜、加護とベッドの使用権についての話をした。

 誰と? ——〝名前のない森〟で出会った謎の少年と。

 どんな内容だった? ——聞こえてくる声は〝風の噂〟ではないか、そしてベッドは90分間隔で交互に使用する。そんな内容だった。

 今はいつだ? ——朝。もしかすると昼?

 ではその少年はどこ? ——さっきの声には聞き覚えがある。つまり外。


「ま、まさか……」


 ゆっくりと、回らない頭を回転させて現状を何度も見返す。


 部屋の隅で横になっていた少年の姿は見当たらず、彼が使っていた毛布は机の上に置いてある。

 約束通りなら90分後に起こしてくれるはずだったのに、陽の光に起こされた。


 ——と、いうことは。


「だ……騙されたぁぁ〜〜っ!?」


 少年のしてやったりな顔が脳裏に浮かんできて、リアエルの叫びは一人寂しく木霊するのだった。




   ***




「お? リッちゃん起きたかな?」


 雑草抜きの手を休めて、頬を汚して汗を拭いながらまるで他人事のようにつぶやくコウ。


 天上のハープのように清らかな声を聞き間違えるはずもないので十中八九、命を救ってくれた超絶美少女リアエルで合っているだろう。あんな怒鳴り声は初めて聞いたが。


「よく眠れたっぽいな。上出来上出来!」


 大きな声を上げられるくらいには体力も回復したと、良いように解釈してウンウンと頷く。あえてアラームをセットしないでリアエルをベッドに寝かせる作戦大成功である。


「どうしたんさね?」

「眠り姫がお目覚めになられたんですよ」


 絶え間なく動いていたコウの手が止まったことに気がついて、マライカの妻であるラーカナが首をかしげ、冗談交じりにコウは答えた。


「眠り姫ぇ? あっはっは! そいつぁいいさね! 迎えに行っておやり」


 快活に笑い、ラーカナはコウを送り出そうとしてくれたのだが——


「ちょっとキミ! どういうことよ!?」


 それよりも早く家から出てきたリアエルは頬を膨らませ、ズンズンと力強い足取りでこちらへ歩いてくる。


 肌も髪も服も綺麗だったので身だしなみには気を使うタイプかと思っていたが、愛用の白いローブはヨレヨレで、起きてすぐに慌てて出てきたことが窺える。

 それでもフードはしっかりと深く被っていて、ガードは相変わらず硬い。


 プリプリ怒っているリッちゃんも可愛いな、などと考えて、好きな子にいたずらしたくなる男子の気持ちが今更ながらわかってきたコウであった。


「おはようリッちゃん。よく眠れたん?」

「おはよ。お・か・げ・さ・ま・で・ね!」


 コウの皮肉めいた挨拶に、棘の感じられる挨拶が返ってきた。


 昨日と比べれば声に張りもあるし、体調はすっかり良くなったようだ。その代わり機嫌が悪くなってしまったようだが。

 あとでしっかりとご機嫌取りはするとして、良いタイミングでやってきてくれた。


「ちょうどよかった。リッちゃんに一つお願いがあんだ。いいかな?」


 両手を合わせておねだりポーズ。


 チラリと様子を窺ってみると、やれやれと困った様子を見せながらも、諦めたように息を吐いた。


「……それはいいけど、キミなにやってるの?」


 ヨレヨレのローブをビシッと正し、フードを深くかぶり直すリアエル。


 汗をかき、頬を土で汚したなりのコウを見ただけでは、何をやっているかなどわからないだろう。


「一宿一飯の恩を返してるんだよ。それをちょっと手伝って欲しんだ」


 と言っても、たいしたことはしていない。家の周りや畑の周りなど、とにかく目に付く雑草を片っ端から取り除いているだけ。

 それだけでも大助かりさね! とラーカナは快活に笑いながら褒めてくれて、久々に嬉しさを味わったコウだった。だからというわけではないが、もっと喜んで欲しいし、少しでも村の役に立てたらと思う。


 そこで、リアエルの持つ【風りの加護】が役に立つ。


「……そういうことなら」

「さっすがリッちゃん! 話わっかるぅ!」


 指をパチン☆ と鳴らしてうっぜぇリアクションをするコウ。


 彼のお願いを聞くのはしゃくなようだが、一宿一飯の恩ということならリアエルにもある。


 渋々といった体で了承した彼女は、腰に手を当てて話を聞く態勢になってくれる。


「で? なにをすればいいのかしら?」

「雨を降らせて欲しいんだ!」

「ハァ!?」


 コウはその言葉を待ってましたとばかりに目を輝かせて、リアエルから珍しく素っ頓狂な声が上がる。


 それもそうだろう。リアエルが持つ【風繰りの加護】は風を操る能力であって、天候を操るものではない。


「キミね、私をなんだと思ってるのよ?」

「そんなの天——」

「てん?」

「——気を操れるんじゃナカッタッケ?」


 苦し紛れの方向修正は修正し切れていなかった。忘れかけていたが、リアエルに『天使』は禁句。


「もう一度説明が必要かしら? また記憶喪失とか?」


 記憶喪失をして残った記憶すら喪失してしまったら一体どんな記憶が残るのか。果たしてその人がその人であると証明できるのだろうか。

 興味は尽きないが、そもそもコウは記憶を失ってなどいないので検証のしようもない。


「いや、ごめん大丈夫。【風繰りの加護】だろ、ちゃんと覚えてるって」


 コウはリアエルの鋭い眼光に気圧されながら、それを誤魔化すように空を指差す。

 そこには青空のキャンバスにシミが浮かんだような、黒いモヤが漂っている。


「あそこの雨雲を持ってきて欲しいんだけど」


【風繰りの加護】で空に浮かんでいる雨雲をここまで引き寄せて、面倒な水やりを省こうと考えたのだ。


 昨日の集会場でも確認した通り、この村は基本的にお年寄りが多い。そのくせ畑の面積は大きいものだから水を与えることすら一苦労。現実世界のようにスプリンクラーなどの便利道具は存在しない以上、手作業が必須となる。


 その辛すぎる作業を、リアエルの加護を上手く使えれば省略できたのだが——


「残念だけど、あの距離じゃ私の加護は届かないわ」

「そうなん? やっぱ射程距離とかあんのか……」

「単純に、私の実力不足ね。もっと練習なりすればそのうち可能になるわ、きっと」

「そういうもん?」

「そういうものよ」


 つまり加護にも熟練度レベルのようなものがあるのかと、相変わらずのゲーム脳で解釈する。

 異世界モノに限らず、全く同じ能力を持つ人が現れることはあまりないから比較するのは難しいだろうが、個人差のようなものがあり、修練を積めば向上の余地がある、と。


 また一つ加護について少し詳しくなったところで、リアエルの加護は届かないとわかった。


「うん、やっぱりダメね。届かないわ」

「いちおう試してくれるあたり、リッちゃんてマジ——」


 天使、と言おうとして飲み込んで、


「やっさしい!」


 ギリギリのところで方向修正。今度はうまくいったし、リアエルのご機嫌も取っておかないといけない。


「べ、別に……役に立たないんじゃ、意味ないわよ」


 まんざらでもないようにそっぽを向くリアエル。


「んや、まだ役に立たないと決まったわけじゃないぜ?」

「え?」


 チッチッチッと指を振り、リアエルの目が丸くなる。


 そう。


 空に浮かんだ雨雲を引き寄せることができないとわかっただけで、畑に水を与える方法なら他にもある。


「雨雲を持ってこれんのなら、作っちゃえばいいじゃない!」


 天を指差し、どこぞのアントワネットのようなことを言って、リアエルの混乱はさらに加速する。


「作るって……そんなことできるわけないじゃない」


 リアエルの加護は風を操るものであって以下略。


 まるでわかっていないコウの発言に、本当にまた記憶をどこかに落っことして来たんじゃないかと疑ったリアエル。


 もちろん、そんなことはなく。


「リッちゃんや、曇ってどうやってできるか知ってるかい?」

「え? そんなの考えたことも……」

「ならちょうど良い。ちょっとだけお勉強ターイム!」


 いつまでも道のど真ん中で立ち話をしているわけにもいかないので、手伝いの途中だがラーカナに許可をもらって、少し抜けさせてもらい道の脇へと移動する。

 そして適当な木の枝を拾い、地面に描きながら、


「噛み砕いて説明すっと、曇ってのは空気中の水分の集まりなんだ。だからあれは気体に思われがちだけど実は液体。空気が冷やされると空気中の水分が凝結されるんよ。夏に冷たい飲み物を注いだコップに水滴が付くのは凝結それが理由だな。んで、標高が100メートル上がるごとに0.6度気温が下がるから、空の高いところで空気が冷やされて水分が凝結される。それが雲の正体。その水分同士がくっ付いて大きくなって降ってくるのが雨ってこった」

「ちょちょ、ちょっと待って?!」

「ありゃ、むずかった? わかりやすく説明できたと思うんだけど」


 ここは異世界であり地球ではないからコウの知っている知識がそのまま生かせるかはまだ未知数。

 しかし体感した限りではなんら地球と変わりない。空に浮かんでいる雲も見慣れたものだから、物理法則が大きく違っているようなことはないと判断したからこそ、雨を降らそうと思い付いたわけで。


 コウの見当違いの言葉に、リアエルは首を振る。


「説明はわかりやすかったけど、そうじゃなくて! どうしてキミがそんなこと知ってるのよ?」

「どうしてって、俺の故郷じゃこれくらいは義務教育中に習うけど。もしかして学校って存在してないん?」


 コウが知るファンタジーには学校が登場するものとしないものがある。しないものはそもそも語られてすらいないので、その存在すら怪しかった。


「学校はあるわ。裕福な人しか通えないけど……」

「なーる。そういう感じな」


 ファンタジーの世界にはありがちな設定だ。地球では当たり前の知識や知恵や技術でも、ファンタジーでは重宝される。インターネットで誰でも簡単に気になったことが調べられる現代と違い、ファンタジーは誰かに教わらなくては知ることができない。

 つまりそれらには非常に高い価値が付いているわけで、ゆえに富裕層しか学校には通えない。


 ファンタジーの学校ではどんな授業が行われているのか興味は尽きないが、今はそれは置いといて。


「ちなみに山の天気が変わりやすいのは、斜面に沿って空気が登って標高が上がって冷やされて雲になるって感じな。雨がなかなか降ってこないのは、下から吹き上げる上昇気流が原因だし、空気が上に行っちゃうから気圧が下がって頭痛が起きるし——」

「だからどうしてキミがそこまで知ってるの?!」

「リッちゃんや……俺の二つ名、知ってるかい?」

「知るわけないでしょ」


 ニヒルな顔で木の棒をリアエルに差し向け、かっこつけるコウに至極当たり前の返答。

 コウは最大限のドヤ顔を決めて名乗る。


「——『歩く無駄知識』だ!!」

「あー、なんか納得」


 リアエルの中で、ストンと飲み込めるほどピッタリな二つ名だった。


「転校した先でも全く同じ二つ名付けられたときは『あ、もうそういう運命なんだな』って諦めたね!」


 父親の仕事の都合での引越しを機に転校し、知っている人は誰もいない中でまたしても同じ二つ名。どうしてこうなったと思いつつも、割と気に入っていたりするのだが。


 ともかく! と強引に話を引き戻し、最初の話題へ。


「リッちゃんの【風繰りの加護】があれば雨を降らせることだってできるかもしれんって、わかってもらえたかな?」

「私が風を上へ上へ押し上げれば良いってこと?」

「ザッツライ! 理解が早くて助かるね!」


 正直もっと説明に難航するかと覚悟していたが、地面に描かれた絵も手伝って、思っていたよりもリアエルの飲み込みは早かった。


「リッちゃんの加護は使いかた次第でかなり応用が利くからな、羨ましいよ!」


 真空状態を作り出せればカマイタチなんかもできる(かもしれない)し、助けてくれたときは宙に浮かぶだけだっだが、将来的には自由に空を飛ぶことだって夢じゃない。〝風の噂〟で情報収集をすることだってできる。

 冒険のパーティーに一人は欲しい万能タイプだ。


 対してコウの加護は言葉が通じるようになるだけ。応用もクソもあったものではない。


「じゃあリッちゃん、早速頼む!」

「まぁ、やるだけやってみるけど……」


 リアエルは天に向かって両手を掲げ、意識を集中させる。


「『オラに元気を分けてくれ!』とか言いそう」

「ちょっと黙ってて」

「アッ、ハイ」


 調子に乗るコウを黙らせると、風の流れが変わり、周囲の空気がリアエルの元へ渦を巻くように集まってはるか上空へと押し上げられていく。

 砂埃も、コウが地道に集めた雑草も巻き込んで、まさに小さな竜巻のようだった。


「これ、いつまで続ければいいの?!」

「わからん! けどもうやめたほうがいいっぽい!」

「なんでっ!?」

「周りの被害が予想以上!」


 唸る風でよく聞こえず、お互いに声を張り合う。

 農作業中の人の麦わら帽子が風に攫われ、足腰の弱い人は尻餅をつき、作りの弱い家は外側から壁を剥ぎ取られていく。


「ストップストップ! エマージェンシー! 緊急停止!!」


 コウの制止がかかり、リアエルは【風繰りの加護】を解除する。巻き上げられたアレコレが空から地上へ落ちてきて、麦わら帽子は奇跡的に元の持ち主の頭へと帰還した。


 唐突に訪れた静寂に誰もが惚ける中で、二人は怒鳴り合っていた。


「もっと上のほうで風を起こせるでしょ?! 俺を助けてくれたときみたいにさ!」

「私を起点にしたほうが威力が増すのよ! 空まで届かせるためには勢いが大切でしょう?!」

「危うく俺まで勢いよく飛ばされるところだったんですけど?!」

「キミの提案なんだからそれくらい想定しておいて!」

「想定外の切り返しに顎が外れそうだよ!」

「まぁまぁ二人とも、少し落ち着きな」


 見かねたラーカナが二人の間に入って仲裁してくれる。


「二人とも村のためにいろいろしてくれようとしてるんだろ? その気持ちだけで充分さね」


 肩に手を置き、二人の顔を確認してにっこりと笑うラーカナ。


 だがコウの諦めの悪さは折り紙つきだ。ここまできたら何がなんでも畑に水を与えて村人の助けになってやるとムキになる。


「しょうがない。こうなったら最終手段だ!」

「まだなにかあるの?」

「ある。リッちゃんこっち」


 手招きしながら歩き出し、リアエルをとある場所へと案内する。


 そこには透き通るような透明度の高い小川が流れていた。村人はここから水を汲み、畑に水を与えたり生活に使ったりしているらしい。


「この川の水を畑の方向に吹っ飛ばして水を撒く!」

「急に強引になったわね……」

「言ったっしょ、最終手段って。俺も嫌なんだよこんな無理やりなやりかた」


 しかし雲を発生させて雨を降らせる、なんて方法よりはよっぽど確実性のあるやりかたでもある。むしろまず真っ先に思い付くのがこの方法だと思うのだが、可能性があるのならいろいろと試したがるのが、コウという少年の本質であった。


「問題は、手前はいいとして奥の畑まで届くかってことなんだよな……」


 村の脇を流れるように位置する小川なので、均等に水を撒くことが難しい。せめて村を両断するように流れていたらもう少し簡単だった。


「それなら、こうすればいいでしょ!」


 リアエルが両手を挙げ、叩きつけるように振り下ろす。


 すると川が爆発したように天高く水飛沫が上がり、しかしその水飛沫は一滴たりとも大地を濡らすことはなかった。

 巻き上げた水を【風繰りの加護】で一つに集め、宙に浮かべたのだ。その大きさは目算で直径約4メートルにも及ぶ。


 透き通る球体を見上げて茫然自失気味にコウは呟く。


「リッちゃんや」

「なによ」

「ざっと計算すると30トンオーバーなんだけど」


 球の体積は『4×π×半径×半径×半径÷3』で求めることができる。仮に円周率を3とすると、解は32となり、水は1立方メートルで約1トンになるので、リアエルは32トンの重さの水を持ち上げていることになる。


「それが?」

「こんだけパワーあれば簡単に空飛べるんじゃね?」

「人相手だと加減が難しいのよ。グシャグシャになりたいなら試してみてもいいわよ」

「助けてくれたときも命の危機だったんだ俺……」


 リアエルがスカイダイビングから助けてくれたときは周りへの影響はほとんど無かった。さっきの竜巻といい今回といい、出力を上げると影響が出始めてしまうのは、やはり熟練度の低さゆえか。


 人一人くらいの重さなら周りに影響を出すことなく風を起こせるようだが、風の力だけで空を飛ぶのはコウが考えているほど容易ではない。

 飛んでいる間は常に加護を発動し続けないといけないし、舵取りはあくまでも重心移動。自分自身ならともかく誰かを空に飛ばそうと思ったら、一糸乱れぬコンビネーションが求められる。


 スカイダイビングでコウが助かったのは、たまたま上手くいったに過ぎない。

【風繰りの加護】で空を飛ぶには課題が山積みであった。


「まぁいいや! その水を使って畑に水を撒こう!」


 思考を切り替え、改めて一宿一飯の恩を返すために行動を開始する。

 まずは近いところから。


 リアエルは加護の行使に集中してもらい、コウが目的の畑へと案内する。

 道すがら村人が大口開けて水球を見上げていたのは、なかなかに痛快だった。


 念のため村人には離れてもらい、一発目の準備が整う。


「一気に降らせると作物が折れたりするかもだから雨降らせるみたいに少しずつな。いけそう?」

「やってみる」


 空を見上げたままわずかに頷き、リアエルは掲げていた両腕の片方を振り下ろす。


 すると球体を維持していた水の形が崩れ、器が割れたかのように水が零れ落ちてくる。


「よいしょ!」


 可愛らしい掛け声とともに下ろした右腕を振り上げると、溢れた水が弾けて細かい飛沫となり天高く舞い上がる。

 飛び散った水が畑のみに降りかかるように右手をせわしなく動かして風を操るリアエル。


「左手で水球の維持に努めて、右手で別の風を操ってるんか」

「ご明察よ。まだまだ未熟だからこうしないと難しいけど、いずれは手なんか使わなくてよくなるはずよ」

「へぇ、そりゃすげぇ」


 コウの要望通り、雨が降るようにポツポツと畑に水が降り注ぎ、畑の土はしっとりと水気を帯びていく。葉につく水滴は陽の光を浴びてキラキラと輝き、水を得た喜びに歓喜しているようだった。


 空には美しい虹がかかり、見上げる誰もがその美しさにため息をこぼしたのだった。

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