第13話「埋められない溝」

   第一章13話「埋められない溝」




「子供たちは?」

「もう寝たよ」


 夫のマライカが聞くと、その妻ラーカナは肩をほぐすように回しながら答えた。


 夕餉ゆうげの食卓に並んだ数々の絶品たちを綺麗に平らげ、子供二人の遊びに付き合ってヘトヘトになってから、ようやく落ち着いた時間がやってきた。

 もちろん遊びにはコウも付き合った。お馬さんごっこをしたり、肩車をしてやったり、そのままグルグル回ってやったり、紐を用意してもらってあやとりなんかも教えた。


 お陰で犬のように元気な少年——スークライトと、借りてきた猫のようにおとなしい少女——サラハナとはかなり仲良くなれた。


 ちなみに、白いローブのフードをかぶった天使のような美少女——リアエルは完全に傍観を決め込んでいた。

 時間も時間なので、「明日また遊んでやる」と約束を交わしてから遊びは切り上げ、ラーカナが子供二人を寝かしつけて戻ってきて、今現在となる。


「アマノさん、遊びに付き合っていただいてありがとうございます。お客様なのに」

「いえいえ、慣れてますし、普通に楽しかったんで!」


 マライカが申し訳なさそうに頭を下げ、それに清々しい笑顔でコウは親指を立てた。

 コウには弟と妹がいる。散々遊びには付き合ってやった経験があるので、その経験が役に立った。


 ただ——


(あいつら元気にしてっかね……)


 自分の弟と妹を重ねて見てしまい、ホームシックになって心配になってしまうとわかっていたから頭から排除して考えないようにしていたのに、腹の底からモヤモヤと湧き上がってくる寂寥せきりょう感の処理に難儀していた。


(元の世界に帰る方法は必ず探すとして——)


 一度異世界へ来てしまったら簡単には帰れないのが異世界モノだ。

 しかし元の世界で死んだ覚えはないし、姿形も変わっていないから、確実に帰れない『転生モノ』ではなく『召喚モノ』のはず。ならばまだ希望は残されている。


 どうやって異世界こちらへ来たのかも記憶が定かではないので、これまた難儀しそうだが。


(——とにかく今は目の前のことに集中だ!)


 腰を据えて帰る方法を探すためにも、まずはこちらの世界で生きていける土台を作る必要がある。できることとできないことを見極めて、この世界の理を知り、順応に努めなければ。


 決意も新たに、コウは夫婦に真剣な眼差しを向ける。


「お二人にお話があります。良いですか?」

「そんなにかしこまらないでください、普段通りでお願いします。——もちろん構いませんよ」


 急に丁寧な物言いになったコウの言葉に苦笑いを浮かべながら、マライカは頷いた。


「んじゃ遠慮なく。リッちゃんもいいかな?」

「……ええ」


 窓辺で物憂げな表情のまま月明かりを見上げていたリアエルにも声をかけて、今一度食卓を囲む。食事もないし、子供もいないが。


 軽く咳払いをして喉の調子を整えてから、


「じゃあ単刀直入に。変なこと聞くけど、二人はゴブリンについてどう思ってる?」


 大人が相手でも本当に遠慮なくタメ口なコウ。


 彼の漠然とした質問に夫婦はお互いを見合い、首をかしげる。


「それはまた唐突だこって。どう思っとるもなにも、ゴブリンはゴブリンさね」


 コウの言いたいことがいまいち理解できないラーカナ。


 ——ゴブリンはゴブリン。


 まるでそれが当たり前の共通認識であるかのように、平然と言う。

 要するに、ゴブリンはただのモンスターだと。


 そうだろう。そうだろうとも。わかってはいた。この世界に来てゴブリンと触れ合うまではコウも同じことを思っていた。

 きっと、この村にいる人全員がそう言う。いや、この村だけじゃない。人間であれば誰もが口を揃えてそう言うはずだ。


「だろうね」


 ——ただ一人、目の前にいる少年、アマノ・コウを除いては。


「村長から村の現状は聞いた。ただでさえ人手が足りんのに人員を割いてまでゴブリンのことを警戒してるって」

「はい。私はその指揮を村長から任されています」

「責任重大じゃないっすか!」


 コウの確認に、マライカは首肯する。おまけに驚きの事実まで明かされて、大げさでもなく仰け反った。


 この村の主な収入源は農作物。それを荒らされたとあっては村の存続にも関わってくる問題だ。だからこそ一人一人に多大な負担がかかってでも守らなければならない。

 作物を育て、面倒を見つつもゴブリンに荒らされないために警備を強化する。こんなブラック企業じみた体制など長続きするわけがない。

 それゆえに、この村の大人たちは皆、疲弊していたのだ。


「私の采配で、場合によっては全てが無駄になってしまいますから、重圧に押し潰されそうですよ」


 小さく「ははは」と笑うマライカだが、声には元気が感じられない。集会場に集まっていた人のほぼ全員に見られた、覇気のなさが浮き彫りになってきた。

 きっと、さっきまでは子供に余計な心配をさせまいと、強がっていたのだろう。


 子供は妙なところで鋭い一面を見せるから油断ならない。コウも下の兄弟がいるからその気持ちはわからなくもない。

 だからこそ、助けてあげたいと強く思う。


 テーブルの上に真剣な表情で手を組む。


「マライカさん、例えばその重圧を無くせるとしたら?」


 ここからが本題だ。これが『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』を決行するための最初の一歩になる。


「それは……とても魅力的ですね」


 マライカはコウの質問の意図を計りかねるも、ひとまず言葉通りに受け取った。

 例え話とわかっていても、そんなことはあり得ないと鼻で笑い飛ばしたくなる気持ちだろう。

 だがコウには、この例え話を現実のものにできるかもしれない秘策がある。元の世界ではあり得ない、この世界ならではの方法。


 加護の能力ちからならば。


「俺に協力してくれれば、その重圧から解放できるかもしれない。それだけじゃなくて、この村の人たちみんなを救えるかも」


 まさに夢のような話に、マライカは疑いの気持ちがありつつも身を乗り出す。


「それは……本当ですか?」

「可能性はある」


 縋るようなマライカに、コウは力強く頷いた。


「ただそのためには、村の人たちみんなに協力してもらわなきゃダメなんだ」


 作戦を実行するためには村人全員の総意が必要。それが村長から出された条件だ。

 コウがやろうとしていることは、誰か一人でも反対意見があれば不和を生む。その不和は小さいものであったとしても、時とともに肥大化し、歪になり、やがて崩壊する。

 そうならないためには、みんなで同じ方向を見て足並みを揃えなければならない。でなければ、最悪争いに発展しどちらかが滅びるなんてことも考え得る。


「やるやらない、できるできないはいったん置いといて、話だけでも聞いてみないか?」


 やり手セールスマンの謳い文句のように流暢な言葉はマライカの興味を引くには十二分の魅力があった。そこにリアエルの援護射撃も加われば、グッと話は通りやすくなる。


 マライカは、


「お願いします」


 悩むような時間はなく、すぐに答えを出した。


 なりふり構っていられないのか、よほどこの村の現状は辛いところにあるらしい。

 少し見ただけなのでまだなんとも言えないが、コウの第一印象としてはそこまで思い詰めるような状態にあるとは思えなかったのだが……。

 そこは翌日、村人たちとの触れ合いついでに自らの目で見て回ることにして。


 チラリと、隣の椅子に座るリアエルに視線を送る。


「————」


 連携口撃のためのアイコンタクトを図ろうとしただけだったのだが、相変わらず俯いたままフードを目深にかぶっていて視線に気づいてくれない。


 膝の上に置いてある小さな手は、真っ白になるほど強く握り込まれていて。


「リッちゃん? ……リッちゃん!」

「——! なに?」


 声をかけても反応がなく、肩に手を置いてようやくリアエルが気づいてくれた。まるでついさっきまで悪夢でも見ていたかのように、翠玉の瞳は揺れている。


「どうしたん? 疲れてんのはわかるけど、もうちょっとだけ辛抱してくれ。俺だけの言葉じゃ弱いんだ。まぁその……どうしてもって言うなら俺は別に、明日に回しても——」

「平気よ」


 急いだほうがいいのは確かだが、急いては事を仕損じると言う。リアエルの体調を気遣って提案しようとしたが、それ以上の強い言葉で遮られた。

 コウの心配など無用だと言い放ち、現実に引き戻されたリアエルは夫婦と向き合う。


「恐らくこれから彼が言うことは荒唐無稽に聞こえるでしょう。覚悟して聞いてください」

(なんかハードル上がってない?!)


 リアエルの援護射撃を期待していたのに、まさかのFFフレンドリーファイアだった。

 心の中でヒット宣言しつつ、緊張の色が見え隠れする夫婦に、落ち着いて話し始める。


「俺が考えてる作戦はこうです。まずゴブリンと仲良くなって——」

「は?! ちょ、ちょっと待ってください!」


 リアエルが言った通りの荒唐無稽な発言がいの一番に飛び出して、マライカは思わず席を立つほどに慌てて待ったをかけた。


「ゴブリンと仲良くなる?! バカ言わないでくださいよ! いや、バカなんてものじゃない。無理だ!」


 穏やかだったマライカのまるで怒鳴るような声に、流石のコウも面食らった。


 リアエルはこの反応が来ることをあらかじめ予想していたのか、わずかに眉を動かすだけ。


「あなた達はゴブリンをよく知らないからそんなことが言える! 昔からこの村は被害が絶えないのですよ?! 今さらなにをしたって無駄なんですよ!」

「ちょっとアンタ、落ち着きなって。子供たちが起きちまうよ」


 ラーカナが息を荒げる夫をなだめ、服を引っ張って椅子に座らせた。


 愛する妻の言葉に落ち着きは取り戻したものの、マライカの瞳にはギラギラとした輝きが宿っていた。

 まるで、憎しみの炎のような、黒い煌めきが。


「この人の親兄弟は、ゴブリンにやられてるんさ。悪く思わんどいてくれね」


 ささくれ立った夫に変わり、ラーカナが頭を下げる。

 ——ゴブリンに、家族を殺されてしまった?


「いえ、こちらこそ……なんかすんませんでした。知らなかったとは言え」


 話しやすい雰囲気の人だからと安心し切っていた。


 人間とゴブリンの間にある確執は強大で強固。温厚そうなマライカの気が荒立つほどだ、ゴブリンにはマイナスの感情しか持ち合わせていないのかもしれない。

 葬り去りたい過去の出来事をわざわざ掘り返すような真似は、できればしたくはない。


 落ち着きを取り戻したマライカは、さざめき揺れる水面のような感情の中で、口を開いた。


「この村でゴブリンの話をするときは慎重にしたほうがいいでしょう。みんなただでさえ気が立っているから」

「……気をつけます」


 注告は素直に受け取って頭を下げ、胸に刻んでおくコウ。


 それはそれとして、完全に舐めていた。

 人間とゴブリンの間にある溝がここまでとは。この村の人間は特に深い傷を負っているようだ。ゴブリンの住処がすぐ近くにあるのだから当然と言えば当然なのだが……。


(村長があっさり受け取りすぎたから、油断したな……)


 これも人生経験のなせる技か。


 村長に話したときは拍子抜けするほどにすんなりと受け取ってくれたから他の村人もこの調子でいけると踏んだが、それが間違いだった。

 とりわけマライカはゴブリンの警戒チームの指揮を取っている。誰よりもゴブリンには敏感になっていてもおかしくはない。


(誰よりも敏感だからこそ、指揮を任されたのか)


 つくづくあの村長の手腕を評価せねばなるまい。人を見る目は確かなようだ。

 その村長が作戦を実行するための条件として提示してきたのだ、村人たちの説得には相当骨の折れる思いをすることだろう。


 ——だとしても。

 ——だからこそ。


 この少年は馬鹿を貫き通すのだ。


(つまり、マライカさんの説得がうまくいけば、残りはドミノ倒しみたいにうまくいくってことだろ!)


 いつでもどこでも前を見て、倒れるときでさえ前向きな少年の生き様は、きっと辛く苦しいものになる。

 それでも大好きなもののためならば、たとえ命だって賭けてもいい。


 そのために少年は——


「うん、今日はこの辺にしときますわ」


 あっさりと、逃げることを選択した。

 もちろん、戦略的撤退という前向きな逃げだ。


「ちょっとキミ?! そんな簡単に引いていいの?」

「いんだよ。マライカさんの機嫌も損ねちゃったし、出直そう。それに俺は、ラスボスは充分にレベルを上げてから挑むタイプなんだ」

「はい?」


 コウの言っていることがいまいち理解できないリアエルは首をかしげる。


 彼は準備不足だと判断した。だから準備をするためにいったん引く。

 それだけだ。


「そんなわけで、奥さんの美しい顔を見られなくなるのは残念だけど、今日のところはこれでおいとまさせていただきますぜ」


 わざとらしくゴマをすって、リアエルと共に席を立つ。


「ちと待ちんさい!」


 ラーカナが真剣な表情で席を立つ二人を呼び止める。さすがにわざとらし過ぎたかと一瞬肝を冷やしたが、


「…………泊まってきんさい!」

「あざっす!」


 狙い通りの一言が機嫌良さそうに飛び出してきて、これに速攻で頭を下げて、一宿一飯の恩を受けることにしたのだった。




   ***




「わざとじゃない。わざとじゃないんだ。それだけはわかってほしい」

「壁に向かってなに言ってるのよ……?」


 打ちっ放しの木の板でできた壁に額を擦り付けて、念仏を唱えるようにコウが呟くと、見かねたリアエルが冷めた視線で一歩引く。


 ラーカナに案内された部屋は、六畳ほどの小さな一室。誰も使っていないのかボロいベッドと机が置いてあるだけの簡素な部屋だった。天井の隅には同居人の蜘蛛がせっせと巣を張るような埃っぽい部屋に、年頃の男女が二人っきり。


 落ち着いて考えれば男子的には願ったり叶ったりな状況だが、願ってもない願いが急に叶っても戸惑うだけ。

 いくらなんでも天使のように可愛らしい美少女と同じ部屋で寝泊まりするのは、罪の意識が波のように押し寄せてくる。その波に流されないように、自分を御せるのか……不安しかない。


「俺は廊下で横になればいいんだ!」


 部屋を提供してくれたマライカ夫妻には申し訳ないが、ここは自分の心を守るために辞退させてもらおう。


「ダメよ。廊下じゃ邪魔になるし、せっかくの好意を無駄にするの?」

「それを言われると弱い……」


 他人からの好意はありがたく受け取るようにしている。下手に断るほうが失礼だとわかっているからだが、今回は状況が状況だ。

 とにかく、折衷案を見つけなければならない。


「リッちゃんはベッドを使うとして……俺は隅っこで蜘蛛と添い寝かな」

「キミがベッド使いなさい。私が床よ。慣れてるから」

「いやいやいやいや?! それで『オッケー☆』なんて言ったら俺がぶん殴られるわ!」

「誰によ?」

「読者とか視聴者とか、いろんな人に!」


 何を憂慮しているのかさっぱりわからない発言にリアエルはまたも首をかしげる。


 そんな仕草でさえ可愛く見えてしまうのだから、恋のフィルターを通して見る景色は厄介だ。


「リッちゃんベッド、俺床! これだけは絶対に譲れない!」

「逆でしょ! キミベッド、私床よ!」

「俺からの好意は無駄にしてもいいってか?!」

「こっちのセリフ! せっかく私が気を遣ってあげたのに無駄にするの?!」


 ガルルル……とお互いに睨み合う二人だったが、諦めたように息を吐き、口を開いたのはコウのほうだった。


「リッちゃんさ……」

「なによ?」

「なんかあった?」

「……なんか、って?」


 急に態度が変わって、やりにくさを感じながらも、リアエルは心当たりがないように視線を宙に彷徨わせた。


「マライカさんたちと話す前、窓辺で外見てたとき、なんか深刻そうだったから」

「……私のこと見過ぎ。変態」

「目が離せないんだからしょうがないっしょ」

「ばか」


 変態と言われたことは全く気にせず、むしろご褒美くらいに思いながら、ずっと気になっていたことをようやく聞けた。

 それに、話しているときも時折ボーッとしていて、心ここに在らずなタイミングもチラホラとあった。目ざといコウが見逃すはずもない。


 見抜かれたリアエルは、諦めて語り出す。


「私の加護、覚えてる?」

「えっと、【風繰りの加護】だっけ? それが?」

「多分その加護の能力ちからだと思うんだけど、たまに声が聞こえてくるの」

「ふーん?」


 コウの記憶が確かならば、リアエルが賜った【風繰りの加護】は、その名の通り風を操る能力だったはずだ。決して耳が良くなるとか、思考を読むようなものではない。


 それにリアエル本人にもよくわかっていないような言い方だ。


「聞こえてくるって、どんな?」


 この世界の最大の特徴でもある加護の話題。これは今後のためにも、少しで良いから聞けるだけ聞いておきたい。


「すごく遠くからうっすらと響いてくる……みたいな感じ。誰かの話し声……だと思う」


 リアエルが珍しく自信がなさそうに話している。彼女自身ももどかしく思っているはずだ。

 どう言えばいいのか整理するように額を突いて、言葉を探すリアエル。それを後押しするようにコウは彼女の言葉に耳を傾ける。


「んでんで?」

「『大丈夫なのか』とか『期待はずれだ』とか聞こえてきて。きっと私のことよ。依頼を終えずに戻ってきたから……」

「あー、把握」


 リアエルのいまいち要領を得ない説明でも、現実世界で知識だけは積み上げてきたコウはあっさりと察する。


「もしかしたらそれ、〝風の噂〟ってやつかもな」

「風の噂?」

「聞いたことない? こっちの世界じゃ言わないんかな……? 俺の故郷にある言葉で、どこからともなくやってきた噂を耳にすることなんだけど」


 似たような言葉に『虫の知らせ』などがあるが、どうもこの世界の加護は言葉との親和性が高いらしい。それを踏まえて考えれば恐らく〝風の噂〟で合っているだろう。


「たまに聞こえてくる声は、その〝風の噂〟ってこと……?」

「かもな」


 コウの説明を咀嚼し、吸収するリアエル。


 彼女の中にあったひとつの疑問が解決したように感じられて、ほんの少しだが、表情が晴れやかになったように思う。

 無意識のうちに加護の力で増強されて、ただの噂話が風に乗ってリアエルの耳にまで届いてしまう。

 その内容が自分のことな上に良いものではないから落ち込んでいた、と。

 リアエルの元気がなかったのには、そういう理由があったらしい。


「ま、異世界こっちには来たばっかだし、わからんけど!」


 もともとこちらの世界に暮らしているリアエルですら自信がない加護のことだ、新参者であるコウの話など、どこまで信用できるものか。

 それでも納得できる部分が大きかったのか、リアエルはコウが語った可能性に満足した様子だった。


「それじゃあ話を戻しましょう」

「なんだっけ?」

「キミが急に話を逸らしたんだから覚えてなさいよ! ベッドの話!」

「おお、そうだった」


 プンスカ怒るリアエルを尻目に、すっかり忘れていたと手を打つコウ。


「で、私思い付いたんだけど、野宿したときみたいに交互に使うっていうのはどう?」


 スマホのアラーム機能を利用して、きっかり90分刻みでベッドの利用権を交換する。


「なるほど! それならフェアだな!」


 ひとつのベッドを二人で同時に使うのは論外。そしてお互いに使用権を譲り合っているのなら、間違いなくコレが平和的な解決案。


「じゃあ時間も時間だし、野宿のときは俺が最初に眠らせてもらったから、次はリッちゃんがお先にどうぞ」


 今度は先にどっちがベッドを使うかで言い争いにならないように、適当な言い訳で先手を打つ。


 少し迷うような素振りを見せたが、納得してもらえたようだ。


「…………なにもしないでよ?」

「心外だな?! 野宿のときもなにもしなかったっしょ?」


 あのときはゴブリンもいたし。

 とは、言わないが。


「さ、もう寝よう。いつまでも話してたいけど、迷惑かかりそうだし」

「そうね」


 ポケットからスマホを取り出し、操作して戻す。


「んじゃおやすみ」

「おやすみなさい」


 リアエルはベッドに、コウはできるだけ離れた位置の床で横になって借りた毛布をかぶる。


「…………」

「…………」


 ほんの少しの気まずい沈黙があって。


「この明かり……どうやって消すん?」

「はぁ……」


 謎物体の明かりの消し方に戸惑ったのだった。




 そして、90分後……。

 アラームは起動しなかった。

 もちろん、わざとセットしなかった。

 二人ともそのまま起きることなくぐっすりと眠り、静かな夜が明けていく……。

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