第12話「暖かな家庭」
第一章12話「暖かな家庭」
ゴブリンには食料が足らず、人間には人手が足りない。だったらゴブリンには食料を報酬として差し出し、代わりに足りない人手を補って貰えばいいじゃない。
ざっくりと言えば、『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』の概要はそのようにまとめられる。
そうすればお互いにWin-Winではないか、と地球からやってきた少年は考える。
言うは易し、行うは難しなんて言葉もあって、一言で簡単にまとめてもそれがいかに難しいかは、流石の少年でも想像はついた。
何せ人間とゴブリンはいわゆる敵同士。切っても切れぬ因縁がある——らしい。
かたや食料を奪い、かたや住処を奪い、ときには命すら奪って争ってきた。
そんな両陣営の深すぎる溝に架け橋を渡すべく、少年——アマノ・コウは奔走する。
ゴブリンのために。人間のために。
そして何よりも、心優しき少女——リアエルのために。
***
「なーんか、あっけなかったな……」
この村の中で一番の大きさを誇る家を見上げながら、ポツリと呟く。
正直村長と言い争いになることも覚悟していただけに、説得が割とあっさり終わったことは拍子抜けだった。
兄弟ゴブリンを待たせているから時間がたっぷりあるとは言い難いので、事がすんなりと運ぶことは喜ばしいのだが、これはこれで物足りなさを感じてしまう。
特に気合を入れていたこともあり、終わってしまえばこんなものかと、肩透かしを味わったような気分だ。
話がわかりすぎるのも考えものか。
「ま、いいように話が進んでんだ。うだうだ考えてねーで次行くか!」
村長の家兼集会場を後にし、すぐ右手に向かって歩き始めるコウ。
いつの間にか空は赤黒く染まり、夜の帳が下りようとしていた。
「……次って?」
後をついてくる見目麗しい美少女——リアエルが首を傾げながら隣に並ぶ。
村長と話しているときも結局フードを取らなかったし、今も深くかぶっていて表情は見えないが、声から察するに疲れが出ている。
リアエルからすれば今回の遠征は予期せぬ出来事がたくさんあったはずだ。特にコウを拾ってからは苦労が絶えなかったことだろう。
どのような感覚なのか未だにわからないが【風
リアエルの質問に、コウはとびっきりの笑顔で答える。
「そんなの決まってるっしょ! お誘いを頂いたんだから行かなきゃ!」
「まさか、さっきの夫婦のところに本当に行くつもりなの?」
「え? そうだけど? え?」
その場しのぎで適当に答えていたと思われていたのか、リアエルは驚きでエメラルドグリーンの瞳を揺らす。
行くことはとっくに決定事項だとコウは思っていたので、彼女の反応を見て目を丸くした。
てっきりリアエルも承知の上と思っていたのだが。
村長と話をする前、集会が終わって解散になった後、子供二人の両親と思われる夫婦に声をかけられ、
だったら話も済んだので夫婦の元へ向かうのが筋というものだろう。嘘、いくない。
「きっと俺たちが来ると思ってなにか準備してると思うよ? それを無駄にすんのはもったいないっしょ」
「それは……そうかもだけど……」
コウの言い分に納得するも、リアエルは悩み、二の足を踏んでいる。
彼女は躊躇している。人の輪に入ることに。
いや、恐れている。人の輪に入っていいのかと。
「なにを気にしてんのか知んないけど」
リアエルの正面に回り、腰に手を当てて自信満々にコウは言い切った。
「ここの人たちは優しいよ。間違いなく」
「……どうしてキミにそんなことがわかるのよ?」
「あんな美味いトマト作ってんだ、優しいに決まってる」
コウの謎理論が炸裂して、ちっとも説明にはなっていない。いないのに、どうしてかコウの口から飛び出した言葉には不思議な説得力が宿る。
「それに、リッちゃんお疲れだろ? 少し休ませてもらおうぜ」
夫婦の家にお邪魔させてもらうのはこれが一番の理由だ。
何もできない少年を森の中で拾って、気を張りながらずっと歩き続けて、人間の宿敵であるゴブリンと共に野宿までして。
心も体も疲れるのは当たり前だ。
それに、村長から『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』を決行する許可を得るには、村人の総意が必要だと言われた。ならば手始めにあの夫婦から行ってみようではないか、というのがコウの考えだ。ゴブリンに対する意識調査も今後のために必須であるし。
「でも……私なんかがお邪魔して迷惑じゃないかしら……?」
「でももヘチマもメンマもない! ほら行くぜ!」
「ちょ、ちょっと?!」
いつまでもウジウジと悩んでいるのは性に合わないコウはリアエルの手を掴み、強引に引っ張る。
「これはリッちゃんが決めたことでもあるんだぜ? 無駄な血を流さずに依頼をやり遂げたいんだろ? そのために必要なことは片っ端からやらんと後悔するぜ」
打てる手は打っておく。必要ならやっておく。念には念を込めておく。出来ることを出来るうちにやって何が悪いというのだ。
——コウは異世界に来てすぐに後悔した。
あのときにああしておけば良かった、こうしておけば良かったなんて、もう思いたくはない。
「後悔先に立たずってやつ。ここまできて今さら尻込みされちゃ困る。『止まるんじゃねぇぞ……』ってオルガも言ってたし」
「…………誰よオルガ」
「よし、調子出てきたな。上出来上出来!」
いつまでも俯いている少女は「やれやれ」とでも言いたげに苦笑を浮かべて、いつものフレーズで突っ込んでくれる。
満足げに頷いたコウは名残惜しくもリアエルの手を離す。この少女は強い。決して折れない図太い芯が一本通っていると信じている。
それに、例の夫婦の家はもう目の前だ。村長の家兼集会場より小さいが、道すがら見てきた小屋よりは家と呼べるくらいには大きかった。
手にリアエルの熱を感じながら、ドアをノックする。
「どもどもー! ご相伴に預かりにきましたー! 残飯処理でもいいですよー!」
厚かましい挨拶を放り込んで少し待つと、やがて軋む音を立てながらドアが開く。
「いらっしゃい!」
想像よりも下の位置から顔を覗かせたのは、あの子供だった。どこか犬っぽい、元気そうな少年のほうが出迎えてくれる。
よくよく見てみれば、その後ろの陰には猫っぽい少女のほうも控えている。
「にもつあずかるー!」
「お、そうか? じゃあお願いしようかな」
しっかり教育されていて元気に両手を差し出してくる少年に、コウはショルダーバッグを手渡した。胸に抱えるようにして「こっち!」と案内してくれる。
内装は打ちっ放しの板で仕切るように何部屋か設けられていて、現実世界の家と比べてしまうと粗悪な作りだが、家としての機能は充分に全うしているといえた。村長の家にもあった不思議な物体がそこかしこに取り付けられ、通路を明るく照らしてくれているし、雨風も問題ないだろう。
少年に続き、コウは奥へ。
「…………」
「————」
少女のほうは丸い目でリアエルをジッと見つめ、見つめられているリアエルは表情を硬くした。
しかし少女は何も言わずに踵を返して歩き出す。と、すぐにまた振り向いた。
「……こっち」
「え、ええ」
遅れて歩き出したリアエルはリビングへと通される。入り口をくぐるとすぐに、満面の笑顔といい匂いが出迎えてくれた。
「待ってたよ二人とも! もうすぐ出来るからちっと待ちんさいね」
「こちらに座ってくれ」
独特の口調で言いながら奥さんがキッチンに立って鍋をかき回し、夫のほうは柔らかい笑みを浮かべて椅子を引いてくれた。
至れり尽くせりなおもてなしに、こういう経験があまりないコウは恐縮する思いだ。どんな対応をするのが正解なのかよくわからなくなってくる。
コウは感謝の気持ちを伝えるために、ヘコヘコと悪徳商売の下っ端のように頭を下げた。
「これはどうも。なにからなにまですんませんね」
「いやいや、気にしないでくれたまえ。この村にはお客さんなんか滅多に来ないから、それだけでも盛り上がるのさ」
そういう夫はどこか嬉しそうで——よそ者が訪ねてくる、たったそれだけでもイベントとなり得るのは田舎あるあると言える。
「うん?」
ふと視線を感じて窓の外を見ると、黒い影がサッと隠れた。
「ああ、すまないね。村の者が気になって覗きにきたみたいだ」
「なーる」
夫の弁解に納得の手を打つ。
噂が広まるのがクソ早いのも田舎あるあるか。夫婦に夕餉のお誘いを受けたときはすでに全員外へ出た後だったはずだし、村長との話が終わるタイミングなんて知りようがなかったはずだが。
「田舎の
聞いたことのない造語を生み出しつつ、コウとリアエルは引いてくれた椅子に腰かけた。
「気になるようなら帰ってくれるように話をつけてくるが」
「俺は別に。リッちゃんは?」
「わ、私は……私も、別に」
窓の外からこちらを覗いてくるのは現実世界ではあまりないことなので落ち着かないといえば落ち着かないが、この村では割と当たり前のことなのだろう。郷にいれば郷に従えと言うし、ご主人の裁量に任せることにした。
「ふむ。では、話をつけて来よう」
身を小さくするようなリアエルの反応を見て判断し、夫は玄関から外へと出て行った。
人の機微に敏感な、できた夫だった。
子供の二人、少年のほうはえっちらおっちらと食器を出したり配膳を手伝い、少女は無言ながらも母親のサポートをしている。そんな様子を眺めて、コウはウンウンと頷いた。
「働き者ですな。感心感心」
「あたしらにゃ出来すぎた子達ですよ」
「いやいや、ご両親の教育がしっかりしてるから」
「またまたあ」
「いやいやー」
などと
話をつけてきた夫もすぐに戻ってきて、席がいっぱいになる。
この村で採れた野菜や果物をふんだんに使ったメニューが並び、ど真ん中には大きな鍋にたっぷりトロトロホワイトシチューが鎮座し、ホクホク湯気とともに空腹を刺激するいい香りが立ち昇る。
端から端まで皿で埋められたテーブルに、コウは垂れそうになるヨダレを拭って目を輝かせた。
「おお、美味そう!」
「妻が作る料理は絶品ですよ」
「たーんと食べんさい。口に合えばいいけど」
夫の絶賛に照れ笑いを浮かべながら、奥さんはてんこ盛りに取り分けてくれた。
目の前に広がるバイキングさながらの色とりどりな光景に、コウの腹はとうとう限界を迎える。
——ぐぅぅぅぁぅぅ。
「あっはっは! いい音だ! さあ召し上がれ!」
盛大な腹の虫の大合唱に奥さんは軽く爆笑して見せてから、待ちに待った夕餉の始まりだ。
両手を合わせて——
「いただきます!」
と言ったのはコウだけだが、これはやはり文化の違いだろう。日本ですら給食のときに「いただきます」と言わない学校があると噂で聞いたこともあるし、別段気にならなかったが、
「おいしいね!」
「当たり前さね! どんどんお食べよ!」
奥さんと少年のやりとりに、異世界特有の呪文じみたお祈りはないのかと少しガッカリしてしまったコウであった。
それはさておき、
「いやマジで美味いんですけど!」
見た目や香りからすでに美味しいことは確定だったが、まさかここまでとは。
空腹は最高のスパイスと言うが、それを抜きにしても夫の言う通りこれは『絶品』だった。
瑞々しいシャキシャキ野菜に自家製のあっさりとしたドレッシングが見事にマッチしているし、ふかふかもふもふのパンも甘くて最高の舌触りだ。極め付けはテーブルのど真ん中に鎮座ましますお鍋のホワイトシチュー。
赤く光る謎の不思議物体の上に置かれたお鍋は常にグツグツと煮えたぎり、ベストな状態に保たれている。
コウはこの謎物体を『電気のいらないIH的なモノ』と解釈して、奥さんが取り分けてくれたシチューを早速一口。
「おっふほふ……んまっ!」
しっかりと味が染みている野菜たちに、舌で転がすだけでホロホロと
コウの母親も料理は上手いほうだったが、はっきり言ってこちらのほうが一枚も二枚も上手だ。腕の違いだろうか、それとも素材の違いだろうか。
「ご主人……いい嫁さん捕まえましたな」
丸聞こえなひそひそ声で夫にやかましいことをコウが呟くと、夫は困り顔と恥ずかしさを混ぜたような表情を浮かべて頬をかく。
「いや、捕まってしまったんですよ」
「なんと?! では奥さんのほうから?!」
「そうさね! この料理でガッチリ胃袋を掴んでやったのさ!」
勝ち誇るように胸を張る奥さん。
やはり人間である以上美味しい食べ物の前には抗えない。それほどの魅力ある料理を奥さんは振舞ってくれているということか。
「…………」
そんな料理を前にして、スプーンを持ったまま動かない者が一人いた。
「リッちゃん?」
「全然食べとらんね。口に合わんかったかい?」
コウが心配そうに声をかけ、奥さんも先ほどから気になっていたのか自信満々な態度は鳴りを潜めてしまった。
「い、いえ! とても美味しいです。とても……」
ぼーっとしていたのか思い出したように慌てて取り繕うリアエル。
口ではそう言うが、それでも彼女の手はやはり動かない。
「なにか、気になることでも?」
今度は夫が首を傾げて問う。
それでも、リアエルは首を振った。
「いえ、なんでもないんです。——うん、とても美味しいです」
ようやく、ひとすくいのシチューを口へ運び、味の感想が聞けた。
奥さんはホッと息をついて安心し、夫も食事の時間を大切にしたいのか「それならいいんですが」と引き下がった。
横目でリアエルの様子を見ながらコウは、
(なんでもない感じじゃないんだよなぁ……)
良くも悪くも性根が真っ直ぐなリアエルは、嘘や隠し事が苦手なのだろう。この場にいる全員にバレバレだった。
それをいま聞き出そうとするほどコウは空気の読めない男ではない。後で、落ち着いたときにでも聞き出すとしよう。
「おくちについてるよスー。とってあげる」
「ありがとうサラ!」
……おままごとのような微笑ましい光景を見せてくれている子供二人はわからないが。
そう言えば聞いてなかった名前が飛び出してきたので、ちょうどいいとコウが二人に質問した。
「スー君と、サラちゃんって言うのかな?」
「スークライトだよ!」
「……サラハナ」
「それでスーとサラか。いい名前だな!」
グッとサムズアップして白い歯を見せるコウ。
歯に果物の皮がくっ付いていて、全く決まっていなかったことは誰も言わない。
「そういや自己紹介まだでしたよね。俺はアマノ・コウって言います。記憶喪失(ということになってる)の無一文で、命まで無くしそうなところをリッちゃん——じゃなくて、リアエルに助けてもらったんです」
一部は小声かつ早口で自己紹介。
「そうだったのですか……わたしはマライカ。で、妻のラーカナです」
「よろしく頼むよ」
「マライカさんに、ラーカナさん。スークライト君と、サラハナちゃん。おし、覚えた!」
馴染みのない響きばかりだが、そこはお得意のゲーム漫画アニメで培った順応力でカバーするとして、問題の記憶力は、覚えようと思えば割と覚えられるのでなんとかなるだろう。
某なんとかモンスターの名前を忘れてしまうのは、覚えようという努力が薄いからだった。
一瞬リアエルの名乗りを待ったコウだが、リアエルはすでに一度この村に立ち寄っている。村の人々もリアエルの名前を知っているようだったし、今更名乗る必要はないことに思い至る。
どうもなるべく口を開きたくないようだし、ここは触れないのがベストな判断。
「さて、軽く自己紹介も済んだことだし、お互いのことはおいおい知っていくとして、今はとにかく頂こうじゃないの!」
空元気で声を上げ、バクバクと料理にかぶりつくコウ。
リアエルは静かに、自らが話題に上がらぬよう、ひっそりと食べはじめる。思い詰めたような顔を隠すため——頑なにフードは取らぬままに。
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