第11話「農村〝カトンナ村〟」

   第一章11話「農村〝カトンナ村〟」




「ここが例の村か……」


〝名前のない森〟を出てしばし歩くと、広大な畑を有する土地が見えてきた。


 勝手に畑に入るわけにはいかないので遠目から見ることしかできないが、作物は『A』の形に組まれた支柱に絡みつくように成長し、真っ赤な果実をたわわに実らせている。

 それが端から端まで、何列にも渡って続いていて、豊作であることは一目瞭然。


 しかし一部だけ荒らされて破壊された跡がある部分も発見した。どうやらあそこでゴブリンが暴れて畑を荒らしたようだ。


 緑の陰に第一村人がいないか目を凝らしつつその畑を横切っていくと、小さな集落が姿を表す。


 そこには簡易な骨組みに木の板を貼り合わせたような、家と言うよりは小屋に近い見た目をしたそれが、何十軒か建っていた。


「想像以上になにもないと言うか……これで荒れてたら廃村にしか見えん」


 未だに誰とも遭遇していないので、いわゆる『ゴーストビレッジ』なのではないかという疑いがますます濃くなっていくコウ。


「なぁリッちゃん、ホントにここで合ってんだよな?」

「ええ」

「……一仕事終えて、みんな家にこもってんのか?」


 初めて出会った頃のように、白いローブのフードを深くかぶって表情の見えないリアエルが頷く。


 隣を歩く彼女は疲れているのか返事に覇気が感じられなかったが、もう少しでゆっくりと休むことができる。そのためにも早く村長のところへと向かいたいところ。


 それとも、元気がない理由は他にあるのだろうか。フードの陰に隠れて、その真意を窺うことはできない。


 リアエルの歩調に合わせて歩きつつ、目的地の確認。


「村長の家は一番奥の大きい家だったっけ」

「そうよ。留守にしていることはないと思うから、行けば会えるはずよ」


 こんな人気の感じられない農村の村長なのだから、きっとヨボヨボの爺さんだ。

 ならば大抵は自分の家で過ごしているだろう。あちこち歩き回られたら、現実世界だと夢遊病とか診断されてもおかしくない。


「ゲームでも特定の場所の重要人物はその場所から動かないのが鉄則だしな」


 お陰で探し回る手間が省けるというものだ。この世界はゲームではないので当てはまるものではないが。


 ぺちゃくちゃと適当なことを話しながら歩いていると、目的地らしき建物が見えてきた。


「おっ、もしかしてあれ?」


 コウが指差す先には、話に聞いた通り、他の家とは比べ物にならないほどの大きさの家が建っていた。具体的には二階があるだけだが、この村では二階があるだけ豪華なのかもしれない。


 とはいえ基本的な作りは他の家と一緒で、簡素な骨組みに板張りだ。


「家というか、なんか集会場みたいな印象だな」

「鋭いわね。それも兼ねてるわ」

「やったねい!」


 珍しくリアエルに褒められてご満悦のコウだが、目的の場所が見えたということはこれからが本番である。


 彼らがこれからやろうとしていることは、まず簡単に受け入れられるものではない。説得するには骨の折れる思いをするだろう。

 それでも、コウはリアエルのためなら骨の一本や二本くれてやる、くらいの気持ちはある。


 あくまで気持ちだけだが。


 覚悟も新たに、頬を張って気を引き締める。


「うしっ、いっちょやってみっか!」


 どこぞの戦闘民族のようなことを言うが、これから行うのは話し合いであって、殴って蹴っての戦いではない。


 先程から妙におとなしいリアエルはコウの背後に隠れるようにして立ち、気配を消している。

 真っ白なローブは目立つのでそんなことをしても隠れ切れるものではないが、コウは気にせずドアをノックした。


 依頼を終えずに戻ってきたことに負い目を感じているのだろう。

 何から何までコウのせいなのでリアエルが気にする必要はないのだが、責任感の強さはこういうときは裏目にでる。


 そんな人に「気にするな」と言ったところであまり効果がないのは経験則から知っているので、むやみに慰めるようなことは言わない。


「ごめんくださーい。誰かいますかー?」

「——はいはいはいはい、どちら様かな?」


 もっと時間がかかるかと思っていたら案外すぐにドアが開き、顔を覗かせたのは白くて長い立派なヒゲを蓄えた老人だった。


「おお、ザ・村長って感じ」

「ほっほっほ、確かに儂がここの村長じゃが、何用かな?」


 挨拶も無しな開口一番の言葉に、村長は愉快そうに笑って自慢のヒゲを撫で付ける。


 長年の人生経験を滲ませる余裕の態度に、コウの期待は高まった。

 この人ならしっかりと話を聞いて、冷静な判断を下してくれそうだ。


「おや、そちらのお方はリアエル殿ではありませんか! 戻ってきたということは依頼は——」

「あっ、いえ、その……」


 気配を消してコウの背後に隠れていたリアエルも早々に見つかり、細い目を輝かせる村長に対し、身を小さくして申し訳なさそうにリアエルは手を振った。


 ゴブリンをなんとかするという依頼はまだ終わっていない。

 コウが半ば強引に、かつ勝手に引き継いだ依頼の話をするためにここまで来たのだから、この場はコウが話すべき。


 まごついているリアエルに代わり、コウが間に入る。


「それなんだけど、実はまだなんだ」

「まだ……?」


 彼の言葉に、何を言っているのかよくわからないと首をかしげる村長。


「そう、まだ。記憶喪失ということになっている俺をリッちゃんが助けてくれて、ここまで連れて来てくれたんだ」

「なんと! 〝名前のない森〟で記憶喪失に?」


 本当に正式名称が〝名前のない森〟なんだなと思いつつ、コウは頷く。


「そういうことみたい」

「ふむ……なるほど、事情は大方理解しました。立ち話もなんですから、どうぞ中へ」


 やはり人生長く生きていると飲み込みも早いのか、とりあえずといった体ではあるものの、招き入れてくれた。


「あ、土足でいいのか。お邪魔しまーす」


 家の中はいきなり床になっていて、つい癖で靴を脱ごうとしていたが、ここは日本ではない。そのような文化もないので、そのまま上がらせてもらう。


 日本から出たことがないので海外旅行に来ているみたいだと地味にテンションが上がりつつ、突然変わった中の雰囲気の違いにコウは息を飲んだ。


 一階はただただ広い空間になっていて、幾人もの村人がそれぞれ好きな場所に立っていた。村に人気がなかったのは、ここに集まっているからだったのだ。

 村の人気の無さから、相当数——恐らくほとんどの村人が集まっているのではなかろうか。


 数多くの刺さるような視線がコウたちに集まり、なんとも居心地の悪い空間だった。一度来たことのあるリアエルはともかく、コウは完全に余所者なので当然と言えば当然か。


「すまんのう、今集会を開いているところでして、人が多いですが気にしないでくだされ」

「オッケー! 気にしないの得意だから、気にしないで!」


 村長が申し訳なさそうに言うと、コウは白い歯を見せてサムズアップ。


 空気を読んで、あえて空気を読まないことができてしまうのが、彼の神経の図太いところだった。


「さてっと……」


 軽くおどけて見せたところで、周囲に視線を巡らせて人を確認する。


 話に聞いていた通り、老人の割合が圧倒的に多い。腰が曲がっている人は意外と少なく、健康的に過ごしている証拠だろう。畑ではなく田んぼであったら、また違っただろうが。


 それはそれとして、どうにも顔色の優れない人が多いように見受けられた。具合が悪いというよりは、疲労や気疲れのような覇気の無さが滲み出ているといった様子。


 リアエルの話によれば、田舎の人らしく皆優しくてお節介焼きの集まり、というのがコウのイメージだったのだが、どうもそのような雰囲気ではなさそうだ。


(ホントに子供もいるな……)


 小学校に上がりたてくらいの、恐らく六歳前後と思われる子供が二人、興味津々に目を輝かせてコウとリアエルを見ていた。


 こちらは大人たちと違ってすこぶる元気そう。


 片方は無邪気さをそのまま人の形にしたかのような、今にも子犬みたいに元気に飛びかかってじゃれて来そうな少年。


 もう片方は少年とは逆で、理知的でおとなしく、こちらを観察するような眼差しは動物で例えるなら、人馴れしているが気位の高い猫のような少女か。


(元気と大人しいは王道の組み合わせだな! 末永く仲良くしろよ!)


 どんな目線で少年少女を見ているのだと言われたら、オタク目線と言わざるを得ない感想だが、誰も同意してくれないこと請け合いなので心に留めるだけにしておく。


 もしゲロったら異世界だろうとお巡りさんのお世話になりそうな案件だった。


「もう集会も終わりますので、少々お待ちくだされ」

「あいよ、腰折っちゃって悪かったな」

「ジジイですがまだまだ体は動きますぞ」

「話の腰な?! ……頼もしい爺さんだよまったく」

「ほっほっほ」


 えっちらおっちらと準備体操のような動きで若い者には負けないアピールが凄い。

 なかなかに機敏な動きで、誇張でもなんでもないのだから驚きだ。


 それから村長は部屋の奥へ歩いて行き、一段高くなっている床を登ると咳払いをひとつ。よく通る声で、滑舌も良く、集会を締め括る。


「では、仕事の分担は先ほど割り振った通りで頼む。去年より人手は減っておるがありがたいことに今年は豊作じゃ。皆の頑張りのお陰でもある。借りれる手は猫の手でも借りて、もう一踏ん張りしようではありませんか! では、解散!」


 と、村長が解散を宣言した瞬間、張り詰めた空気は弾け飛び、ぞろぞろと村人がコウとリアエルの周りを取り囲んであっという間に身動きが取れなくなってしまった。


「リアエルさん、ゴブリンはどうなりましたか?!」「見ない顔だね坊や、ちょっとこれ食べてみてくれんかね?」「おねえさんどうしてお帽子かぶってるのー?」「違うよあれは『ふーど』って言うんだよ。……でおにいさんはだれ?」


 四方八方からとめどなく飛んでくる質問の嵐に、「あ、えと——」とタジタジになってしまうリアエル。


 単に先ほどまで開かれていた集会は真面目な時間だから皆真剣になっていただけだったようだ。


 リアエルと同じ状況にいながら、コウは、


「おっとっと、その話はまた後でするから」「お、美味い! 見た目も味もトマトっぽいな」「可愛すぎて目がくらんじゃうからだよ」「俺はアマノ・コウって言うんだ、よろしくな」


 驚いたことに全ての人に対応して次々に捌いていくという離れ業を披露してみせた。10人の話を同時に聞いた逸話を持つ聖徳太子の豊聡耳とよとみみに負けずとも劣らない。


「これこれ皆の者! お客さんが困っているではないか!」

「いやいや、歓迎されてるって感じがして、俺はこっちのほうが好きですぜ!」


 村長のほうこそ困った顔をして村人を叱るが、コウは白い歯を見せてニッカリと笑う。


 しかし、本心からそう思っているのは間違いないが、ずっとこのままでは困ってしまうことも確か。

 村人たちとの触れ合いはまた後で、時間が出来たらするとして、今は取り急ぎ済ませてしまいたい要件がある。


 それにリアエルの顔にも疲れが見える。男として、早いとこ休ませてやりたかった。


「村長、色々と話したいことがあるんだ。時間、貰ってもいいかな?」

「こんな老いぼれとの時間でよろしければ、いくらでもお付き合い致しましょう」

「そいつは光栄だ。貴重な時間だから大切にしないとな」

「これはこれは。お手柔らかに頼みますぞ」


 白い立派なヒゲを撫でつけながら「ほっほっほ」と笑う村長に、食えない爺さんだと思いながらも、どこかやりやすさのようなものも感じていて、お互いに似たような人種であることを理解した。


 ようは一言多いのであった。


 似た者同士の軽い挨拶を交わして、


「さあさあ皆の者! 息苦しくなるから早う帰んなさい」


 しっしっ、と野次馬を追い払うと、村人は素直に従って次々と退室していく。


 その中で、全体で見れば若い夫婦が立ち止まる。あの子供二人が後ろについているところを見るに、親子らしい。


「これ、あげるから後で食べんさい」

「なんだったらウチに来なさい。ご馳走しよう」

「マジですか?! 話が済んだら伺いますわー!」


 去り際に先ほどのトマトのような果実を持たされ、夕餉ゆうげのお誘いまで頂いた。

 異世界こちらに来てからまだまともな物を食していないコウにとっては実にありがたい申し出だった。


 隣の家がそうだから遠慮なく来なさいとまで言ってくれて、やっぱりリアエルから聞いた通り、コウの持つ田舎の人たちの印象そのままだった。


 正直怖いくらいに優しすぎる。


「泊めてもらったら、寝てる間に生き血とか啜られるんじゃなかろうか……」

「ほっほっほ、吸血鬼の存在は確認されとるから、もしかするかもしれませんな」

「まっさかー」


 老人の冗談に、ひとしきりお互いに怪しい笑いを浮かべ合ってから「さて」と仕切り直す村長。


「どうやら長くなりそうじゃし、腰を落ち着けて話そうではありませんか。どうぞこちらへ」


 村長の後についていき、二階へ案内されたコウとリアエル。


 二階は一階と違い、生活感に溢れていた。テーブルがあって、キッチンがあって、ベッドがあって、明かりがある。


 始まりが野宿だったから文明がどれほどのものかまだ測りかねているが、この世界の人々はそこそこ快適な生活を営んでいるようだ。

 特に驚いたのは明かりとキッチン。よくわからない物体が眩しく光って室内を照らしているし、これまたよくわからない物体が炎のように赤く発光し、鍋に溜められた水を沸かしている。


「もっと原始的な暮らししてるかと思ったけど、思ったより進んでんな」

「ちょっとなに言ってるの! 失礼でしょ!」

「いたっ?! ごめんて!」


 明かりも調理も火を使うとばかり思い込んでいたコウは、異世界らしい幻想的な光景に素直な感想が溢れ、リアエルの肘による一撃で黙らされた。


 失礼と言うのなら、リアエルもそうだろう。人前でフードを取らないのは失礼に当たらないのだろうか? と思うコウだが、彼が何も言わないのはまだ異世界の常識を理解し切れていないからだ。


「ほっほっほ、記憶を失っておるのじゃろう? なら仕方あるまいて」


 そんな様子を見ながらお茶を用意してくれている村長は、にっこりと微笑んだ。


「どうぞ、かけてくだされ」

「んじゃ遠慮なく」

「キミはもっと遠慮しなさい!」

「あべしっ」


 二の腕あたりをバシンと叩かれて、そういえばクラスメイトの女子にもよくこんな感じで叩かれてたな、などと現実世界のことを思い出す。


 手加減を知らなかった女子たちと比べれば、リアエルの一撃はとても優しい。というか、一応スキンシップに含まれるから好きな子に叩かれるのは痛くても嬉しいものだ。


 席に座るコウに「まったく……」と呆れたように言いながら隣の椅子に腰掛けるリアエル。


「仲がよろしいのですな。元々はどんな関係で?」


 暖かいお茶を二人に差し出し、対面に座りながら村長はリアエルに聞いた。


 二人のやり取りを見て、どうやら以前からの仲間か友達かと思われたのか——いずれにせよ勘違いしているらしい。


「赤の他人です」

「未来のフィアンセ——それは流石にひどくない?!」


 氷のように冷たく突き放すリアエルに、コウは心外だと自分のことは棚に上げて驚いた。


 一応協力して〝名前のない森〟で一晩過ごしたし、ゴブリン相手に共闘もした。せめて知人とか、知り合いとか、それくらいの信頼は築いてきたと思っていたのだが。


 たったの一日ではそこまでには至らないらしい。


「まぁ、とりあえず彼女は俺の命の恩人で、昔からの付き合いとかではないよ。残念ながら」

「左様でしたか」

「キミと昔から知り合ってたら身が持たないわ」


 誰彼構わず突っ込んでいって打ち解けることのできるコウだが、見方を変えればそれはただのありがた迷惑ともとれる。他人の接近を嫌がる人も中にはいるものだ。


 むしろコウのようにあけすけな態度を取る人のほうが珍しい。


「うん、美味しい。結構なお手前で」


 不思議な何かで沸かされたお茶を頂いて唇と喉を潤す。緑茶のような味わいだった。


「さてっと、んじゃあ早速本題に入ろうか」

「その前にひとついいかしら」

「……どぞ」


 前のめりに話を始めようとしたら、横から待ったがかかり完全に勢いを殺されたが、フードから覗くリアエルの真剣な目に圧されてコウは大人しく引き下がった。


「まずは非礼をお詫びさせてください。フードを取らないこと。それから依頼を終えずに戻ってきたこと」

「フードの件は最初にも言いましたが構いません。事情は人それぞれですからな」


 村長の言う『最初』とは〝名前のない森〟に入る前、依頼の話を詳しく聞いたときのことだろう。


 やっぱり人前でフードを取らないのは失礼なのか、と冷静に分析していると、横からリアエルが手でコウのことを示す。


「依頼がまだなのは、彼の件です。詳しくは、彼から説明があります」

「ほお」


 村長が興味深そうに頷くのを見届けてから、リアエルは「じゃあ、あとはよろしく」と話のバトンを渡された。


「それじゃあ気を取り直して話させてもらおうかな——名付けて『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』の話を!」




   ***




「……儂にはとても、そんなことができるとは思えんのじゃが」


 コウの立案した『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』の概要を村長に説明し、返ってきた一言目はそれだった。


 まあそんな反応になるだろうというのも、薄々はわかっていた。物分かりのいい爺さんでも、流石に受け入れ難いのか難色を浮かべている村長に、横からリアエルの援護射撃が入る。


「難しいとは思いますが、彼の加護があれば不可能ではないと思います」

「彼の加護とは?」

「ゴブリンと会話ができる加護です。この目で見たので間違いないかと」

「なんと、そのような加護が」


 リアエルの証言に、細い目を大きく広げて驚きの声を上げる村長。


 正直な話、『ゴブリンと会話ができる加護』はいくらなんでもピンポイントすぎる能力なので、もう少し幅があるとありがたいのだが、今は他に確かめようもないので口は挟まなかった。


「もしその話が本当で、上手くいくのならやってもいいんじゃが——」

「本当かじいさん!」

「が! 上手くいく保証がないし、なにより村人の総意なくして決定は下せん」


 前向きに検討してくれそうな物言いにコウは好色を示して声を上げるが、それ以上の声でピシャリと止められる。


 村の長という責任ある立場にいるのだから、判断が慎重になるのも頷ける。ましてや相手は長年に渡って争ってきたゴブリンだ。そう易々と何処の馬の骨とも知れない余所者が持ってきた提案を受け入れられるほど、人間とゴブリンの溝は浅くない。


 コウはこの世界に来たばかりで何も知らないので、その点においては、コウの見立てが甘かったと言える。


 だが、一度首を振られたくらいで諦める男ではない。


 それがアマノ・コウだ。


「じゃあ上手くいく保証があって、村人の総意があればいいんだな?」


 村長の発言を前向きに捻じ曲げてなぞる彼の発言に、さすがの先達もこれには眉根を潜めた。


 壁にぶち当たり、困った顔をするどころか好奇の表情を浮かべるとは。


 ——果たして彼の瞳の奥底に眠っているのは、光か闇か。


 この村一番の人生経験を誇る村長の観察眼をもってしても、それは見透かせなかった。


「その条件が満たせれば、『ゴブリンと仲良くなっちゃおう大作戦』を実行してもいいと受け取るぜ?」

「…………わかった、よかろう」

「うしっ、上出来上出来!」


 コウの正体不明な圧力に押し切られる形で条件を飲んだ村長。深く息を吐く老人を前に、コウは机の下で強くガッツポーズを作った。


「その様子じゃと、なにか策がありそうじゃな」

「わかっちゃうかい? 勘のいいじじいは好きだぜ!」

「儂も生きのいいガキは好きじゃよ」


 お互いに悪い笑みを浮かべ合っている二人を横目に、リアエルは額を抑えてため息をひとつこぼしたのだった。

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