第5話「茨の道」
第一章5話「茨の道」
リアエルが驚愕に目を見開いている中で、コウは暴れるゴブリンを押さえつけるのに必死であり、彼女が驚いていること、そしてなぜ驚いているのか、全くもって気づいていなかった。
冷静に物事を考えられる状況でもないので当然と言えば当然か。
[頼むから俺の話を——]
[どけ! 放せぇ!]
[わからず屋だなぁアンタは!]
人間よりも大きく尖った耳を持っているのだ。耳の大きさがそのまま聴覚の良さに繋がっているわけではないだろうが、話を聞かないにもほどがある。
何か手を打たねば、どちらかが力尽きるまで押し問答が続く。
力尽きるのはどちらが先かなど、異世界の亜人種と現代の都会っ子と置き換えれば、考えるまでもない。
コウはインドア、アウトドア、どちらの趣味も嗜んでいるがどちらかと言えばアウトドア派である。人並みの体力は持ち合わせているが、それでも自然の中でたくましく育ってきたゴブリンには到底かなわない。
背中を膝で押さえつけて両腕を背面へ回し、全体重をかけて両手を拘束できるマウントポジションを取れなかったら、もっと早くに跳ね除けられていた。
(早く来い……早く出て来い……いるんだろ?!)
わずかな可能性ではあるが、コウにはなんとかなるかもしれないビジョンが浮かんでいた。それは一人では到底無理なものだが、必要なメンツが揃いさえすれば、状況を変えることができる。
一見すれば悪くても、好転するチャンスが。
[父ちゃんを放せ!]
[父ちゃんから離れろ!]
子供の声が聞こえてきて、次の瞬間に届いてきたのは狙い違わぬ弓矢であった。
コウの肩、脇腹へ真っ直ぐに飛ぶ二本の矢はしかし、〝矢除けの
「あっぶねぇー!」
〝矢除けの風守〟が発動したことを風の流れから肌で感じ、その直後、矢の軌道に沿ってかまいたちのように服がパックリと裂けていった。【風
あとでリアエルには超感謝を捧げるとして、
[お前たち?! なぜ出てきたんだ!]
(来た! 待ってたぜ!)
コウは内心で状況が変わったことを確信する。
恐怖に抗うように声を震わせながらも、小さなゴブリンよりもさらに小さな個体のゴブリンが二体、弓矢を構えて姿を現した。
子供まで弓矢を装備していたのは完全に想定外だったが、矢を射てこないのは父親ゴブリンに当たることを懸念してか、はたまた〝矢除けの風守〟のことを知っているからか。
どちらにせよ、これで役者は揃った。
「ゴブリン?! さっきの親子だったのね!?」
「待ってリッちゃん! 動かないで!」
またしても死角から現れて、子供ゴブリンにまで不覚を取ったリアエルは、その手に薄刃の投げナイフを構えるが「頼む!」とコウがそれを制す。
敵がいても攻撃はしないでほしいと言われ、それに了承していたことを思い出したリアエルは、歯噛みしながらも動きを止める。
せめてすぐに投げナイフを飛ばせるように構えたままにしておく。
ゴブリンを押さえつけ無防備なコウ。そのコウを狙う子供ゴブリン二人。その子供ゴブリン二人が動いたら即座に反撃できる準備は整っているリアエル。
三すくみのこう着状態が出来上がる。
だが、これでいい。
コウはリアエルから言われたことを
〝矢除けの風守。しばらくは風が矢の軌道を逸らしてくれるわ〟
〝ある程度距離がないと機能しないから気をつけてね〟
(……さっきの距離で掠めたんだ、より近い距離のいま矢を放たれたら、当たる……!)
〝矢除けの風守〟により致命傷は避けられるかもしれないが、まず当たりはするだろうというコウの読み。常に最悪の状況を想定しておくことは必要だ。
そんな恐怖心に打ち勝ちながら、事を進めねばならない。
子供ゴブリンが現れたことは父親ゴブリンにとっても想定外だったのか、抵抗が弱まった。コウはニヒルに笑いながら、現れた子供ゴブリンに視線を送る。
[父ちゃんを解放して欲しいのか? 俺の言うことを聞いてくれたら、父ちゃんは放してやる]
[……本当か?]
[ああ。誓って約束する]
[それ以上父ちゃんに手を出したら何があっても攻撃するからな!]
[いいぜ。父ちゃんが無事かどうかはお前ら次第だけどな]
子供ゴブリンの片方——少し大きいので恐らく兄——が、コウの言葉の真意を確認し、それに深く頷くことで交渉は成立。
このやり取りでわかったことは、少なからず向こうは恐怖を感じて慎重になっているということ。恐怖に関してはお互い様だが、こちらが優勢であることは確実。
怒りに我を忘れている父親ゴブリンよりよっぽど冷静に話を聞いてくれる。
[俺からの要求は二つ。まずお前らの父ちゃんを落ち着かせる。それから俺の話を聞いてほしい、だ。見ての通りお前らの父ちゃんはかなり頭に血が上ってるんでね。このまま解放するわけにはいかないんだ]
人間の言葉は耳に入らなくとも、自分の息子の言葉であれば聞き入れるはずだ。少なくとも聞く耳くらいは持ってくれるはずである。
種族が違うので子供ゴブリンの表情を読み取ることは難しいが、鋭い眼光には不安からかどこか懐疑的な色が窺える。やはり他種族の言葉では信用に足らないか。
いや、信用できないことはわかっている。だからこそ誠実な態度を取ることで信用を勝ち取らなければならない場面なのだ。
[お前たち! ニンゲンの言うことなど聞くな! 早くその矢を放つんだ!]
[でも……!]
[早く!!]
父親に激しい口調で命令されるが、子供ゴブリンは迷っている。戸惑っている。
父親の言うことは守りたい。しかしそれでは父親は無事では済まないだろう。父親を助けるためにはニンゲンの言う通り、説得して落ち着かせなければならないが、約束通り解放してくれる保証などどこにもない。
しばし悩んだ末、子供ゴブリンは構えていた弓をゆっくりと下ろした。
コウも胸を撫で下ろす思いだ。
もしここで矢を射ていたら、結果はどうあれナイフを構えたリアエルが大暴れして、最悪の結末に終わっていたかもしれない。
言葉が伝わらないリアエルからすれば子供ゴブリンが揃って弓を下ろしたのは、目を疑うような光景に映ったことだろう。
[お前たち……]
父親ゴブリンは目に見えて戦意が失せていく子供ゴブリンを見て、戦うことを放棄したことに落胆したのか、それとも助けてくれようとしていることに感動したのか、わずかな吐息を漏らすばかり。
[アンタの息子のほうがよっぽど話がわかるみたいだな]
後頭部に向かって煽るようにコウが言うと、父親ゴブリンは口角を釣り上げた。
[我の息子だからな]
[ここに来て親バカ発揮しないでもらえます?]
誇らしげに言っても地面に押さえつけられていては格好もつかないだろうに。他にも言いたいことはあるが、それは些細な問題である。そんなことよりも、
[念のため、弓矢は遠ざけさせてもらうからな]
人質(ゴブリン質?)を使って相手の武装を解除するのは基本中の基本でとても大切なことだ。
「リッちゃん、風で弓矢の回収ってできる?」
「えっ? で、できるわ」
キョトンとしていたリアエルだが、コウに名前を呼ばれてハッとしたように頷く。
「さっすがリッちゃん。お願いしてもいいかな?」
「え、ええ……」
不用意にリアエルをゴブリンに近づかせるのはリスクが高いが、ここはしっかりと異世界設定に順応して特別な力を利用することで解決。
【風繰りの加護】で子供ゴブリンの足元に転がっている弓矢と、父親ゴブリンが持っていた弓矢を浮かし、リアエルの足元に移動した。
軽いとはいえ物を動かすほどの風が発生しているはずなのに、それを全く感じさせないのだから不思議だ。
[さて。じゃあ頼むぜお二人さん]
見るからにゴブリンの抵抗力が弱まったが、それに安心して力を緩めるような、詰めの甘いことはしない。自分の命がかかっていることに手を抜くような真似ができるはずもない。
だがこのチャンスを見逃すのももったいないので、念のためにコッソリと先手を打っておく。
[父ちゃん……]
なんと声をかけて落ち着かせればいいのか、子供ゴブリン(兄)は言いあぐねている。
[そのニンゲンは大丈夫じゃないかな]
あとを引き継ぐように口を開いたのは子供ゴブリン(弟)であった。
[髪の長いニンゲンも攻撃してこないし、嘘を言っているようには聞こえない]
やけに堂々とした物言いに当の本人であるコウも「へえ」と呟きを漏らしてしまうほどには、驚きを隠せなかった。
投げナイフを構えたまま警戒を続けているリアエルも話に上がったものの、置いてけぼりをくらって彼女だけノーリアクション。
[うむ、我もそう思う]
弟の力強い言葉に頷くゴブリン兄。
[アーニン……]
[だから落ち着いて、ニンゲンの話を聞いてやってほしい]
警戒する動物をあやすように、ゴブリン弟は訴えかける。
[オットー……]
どうやら、話は狙い通りのところで落ち着きそうだ。
息子二人に説得される父親などあまり見たいものではなかったが、致し方あるまい。
苦虫を噛み潰すように渋面を作りながらも、父親ゴブリンは諦めたように長い長いため息をこぼす。
[…………わかった。お前たちがそう言うなら、そうしよう]
父親ゴブリンの体から力が抜けていくのがわかって、ひとまずは一段落したが、油断はならない。
ゴブリンはズル賢い種族であるとリアエルから聞いたのをしっかりと覚えている。気を抜いた瞬間を狙って何かを仕掛けてこないとも限らない。用心しておくに越したことはないのだ。
[頭は冷えたか?]
[息子のお陰でな]
[じゃあ俺の話を聞いてくれるな?]
[不本意ではあるがな]
言葉からは燃え上がるような殺意は消え去り、確かに落ち着きを取り戻しているように感じる。
これならば、放しても大丈夫そうだとコウは判断する。
「リッちゃん」
「どうしたの? また新たなゴブリンとか?!」
「じゃなくて。落ち着いたみたいだから、もう
声をかけられたリアエルは未だに警戒心が高く、投げナイフを構えたまま周囲に気を配っているので、もうその必要はないと伝えたのだが、構えを解く素振りはない。
「…………」
「それに、リッちゃんがそんなだと余計に刺激しちゃうしさ」
彼の言葉が信じられないのか、三体のゴブリンをエメラルドグリーンの双眸で交互に確認するリアエルに、コウは「ね?」と駄目押しする。
彼女は戸惑いながらも、構えを解き、投げナイフをそっと懐にしまう。モンスターを前にして、武装を解除するなど本来はありえない出来事だが、少年の言葉には不思議な説得力があった。
「本当に、キミって何者なの……?」
口の中だけで溢れた言葉は、森のざわめきに攫われて消えた。
[約束通り、お前らの父ちゃんは解放する。——次の要求は覚えてるな?]
[話を聞けばいいのだろう?]
[その通り]
足元から『早くどけよ』と言わんばかりのオーラを感じさせる父親ゴブリン。
もちろん約束は守るし、いい加減拘束し続けるのも疲れた。これ以上長引いたら、いよいよ力負けするところだった。
込め続けていた力を抜いて手を放すと、飛び退るようにあっという間に子供ゴブリンを背に守るような形で合流する。
父親ゴブリンは抜刀するように手を腰に構え、凶悪に笑う。まるでこの時を待っていたかのように、猛々しく吠える。
[バカめ! ニンゲンの言うことなど聞くか!]
言いながら腰から何かを抜き放つ動き。コウに従ったフリをして、拘束から逃れて一矢報いようとしたのだろうが、
[……むっ]
緑色のその手には、何も握られてなどいなかった。まさか逃げる際に落としたかとキョロキョロ周囲を確認するが、お目当ての物は見つからない。
[こいつをお探しかな?]
やっぱり先手を打っておいて正解だった、さっすが俺! と心の中で自画自賛するコウ。
ゴブリンにひけらかすようにプラプラと見せつけたのは、刃物だった。現実世界で言うところのコンバットナイフのようなゴツゴツとした大型のナイフ。体の小さなゴブリンからしたらさらに大きく感じるだろう。
腰に装備してあったので、コッソリと拝借しておいたのだ。
今度ばかりは、表情を読み取ることが難しいゴブリンでも『してやられた』と悔しがっているのがよくわかる。ズル賢いという話であったが、コウの方が一枚上手だったらしい。
親子ゴブリンはコウたちが奪った武器で襲いかかってくるんじゃないかと身構えているようだが、先にも言った通り彼に戦う意思はない。リアエルはわからないが、律儀にも攻撃を我慢してくれているので大丈夫だろう。
コウは足元に奪ったナイフを突き刺し、戦う意思はないことを改めて表明する。
[言っただろ? 戦うつもりはない。落ち着いて、話を聞いてほしいんだ]
真摯に訴えかければ、種族は違えど通じ合うことはできるはず。
[………………]
父親ゴブリンはコウの考えていることが理解できないのか、決断しかねている。
それもそうだろう。本来、人間とゴブリンは水と油のように相容れない存在。長年戦い続けている宿敵のようなもの。コウはその関係をぶち壊そうとしていた。
父親ゴブリンの背を後押ししたのは、ゴブリン兄弟。
[父ちゃん、約束は守るのが男なんだろ?]
[あぐっ]
[誇り高き戦士の誓いは大切なんでしょ?]
[うぐっ?!]
まさか息子二人にそこまで言われるとは思っていなかったのか、
都会っ子育ちのコウにはあまり馴染みはないが、いわゆる民族や部族は、規律や掟、歴史などを遵守する傾向にある。
異世界の広大な森に暮らすゴブリンもまた例外ではないのか、それに当てはめて考えれば多少は親近感も湧くというものだ。
[………………ええいわかった! ニンゲンの要求に応じようではないか!]
しばらく葛藤の余韻があったが、父親ゴブリンの中にあるプライドと息子の頼みを天秤にかけ、息子の頼みが勝った。安いプライドというよりは、息子の存在がデカすぎただけだが。
[それで、話とはなんなのだ?]
[まぁまぁ、立ち話もなんだからどこか腰を落ち着けられるところがあるといいんだけど、心当たりある? 俺ってばこのへん詳しくなくて]
さっさと済ませてしまおうという魂胆が見え見えな父親ゴブリンに、そうは行くかと長期戦の構えを見せるコウ。
それに、流石に疲れてしまったので小休止を挟みたいというのもある。
主導権をコウに握られて不満な父親ゴブリンは何か策を弄そうと思考を巡らせるが、まだまだ子供な兄弟ゴブリンが素直に口を開いてしまった。
[あそこは?]
[うむ、あそこがいい]
[ほうほう、あそこってのはどこだ?]
頷き合う兄弟にコウは食い付いた。
これは父親ゴブリンを説得するよりも、兄弟ゴブリンを丸め込んで外堀から埋めていく方が早そうだな、とメインターゲットを変更する。
まだまだ子供な兄弟ゴブリンはコウの質問に素直に答えてくれた。
[森が開けていて小川があるところだ]
[いつもあそこでいろいろと練習している]
小川があるところ……と考えるが、心当たりはひとつしかない。この親子ゴブリンと初遭遇したところだ。
確かにあそこならば近くに倒木もあり、そこに腰を落ち着けることもできるだろう。ゴブリンが起こした焚き火の跡が残っているので、最悪そこで一泊することだってできる。
決まりだ。少々戻ることにはなるが、住処から離れることはお互いにとっても悪い話じゃない。
人間とゴブリンが敵対関係にあるのなら、人間と一緒にいるところは見られたくないだろうし、こちらもこれ以上危険が増えるようなことは避けたい。
[じゃあそこに行こう。案内頼めるか?]
[わかった]
ゴブリン兄が頷くと、率先して先導してくれる。
最後まで父親ゴブリンは不満げな雰囲気を全力で放っていたが、コウにしてやられたし子供の前なので、大人気ない姿は見せられないのか、終始黙っていた。
「じゃあリッちゃん、話もまとまったことだし行こうか」
「え? ど、どこに?」
プラチナブロンドの長い髪を揺らして、怯えたように体を強張らせているリアエル。
真面目そうな少女だが、話を聞いていなかったとはちょっと意外だった。
「ゴブリンたちが焚き火をしてたところに戻るんだよ。そこで詳しく話を聞く。できればリッちゃんからも詳しい話を聞きたいんだ。勝手に決めちゃって悪いんだけどいいよな?」
「は……いいわけないでしょ!? 私は依頼を果たしに来たんだから!」
コウの勝手な判断に、唾を飛ばすようにリアエルは怒鳴った。
——ゴブリンを一匹残らずやっつける。
そんな依頼を受けてこの地にやって来たリアエルだが、どうも茨の道に進もうとしている節があるので、正さなくてはいけないと、正義感丸出しのコウは魅力的で悪魔的な囁きをこぼす。
「その依頼が簡単に解決するかもしれなくても?」
「簡単にって……そんなのありえない。一匹の力は弱くても、数が多いんだもの。だから複数をまとめて相手にできる私が選ばれたのよ」
少女の心にガツンと効く一言を放った手応えは感じたが、なかなかに頑固だ。
風を操る【風繰りの加護】は不可視であるし、複数の敵を相手にするにはもってこいの
しかし、その考え方は根本的に間違っているのだ。
「そうじゃない。もっと楽で、安全で、簡単——かどうかはまだわからんけど、それを確かめるためにもゴブリンと話をしたいんだ」
コウは首を横に振り頑ななリアエルを説得するように言い聞かせる。
彼の予想が確かなものならば、平和的な、いわゆる『Win-Win』な解決策がある。
この世界にとってのゴブリンがどれほど脅威的な存在として認知されているのか知らないが、一寸の虫にも五分の魂という。
話が通じる相手を一方的な理由で虐殺するなど、人間性を疑う行為だ。
だから、彼は話を聞きたいのだ。双方の立場から。
それでも彼女は、頑なに首を振る。
「無理よ。だって私——」
その後に続けられた言葉は、コウにとって衝撃的なものだった。
「——キミと違ってゴブリンがなんて言ってるのか、ちっともわからないもの」
「な、え……?」
耳を疑ったコウは絶句した。
だって、これだけハッキリと喋っているじゃないか。どういうわけか日本語だが、それを言ったらリアエルだって日本語で喋っているのはおかしいじゃないか。
そう、おかしいのだ。
「ゴブリンがなんて言ってるかわからないって……普通に喋ってるじゃないか」
「いいえ、私にはそうは聞こえない。むしろおかしいのはキミのほうよ」
「お、俺?」
リアエルはコウを指差し、エメラルドグリーンの瞳で射抜く。
出会った頃は優しく、穏やかな光を灯していた彼女の瞳には未知のものを見る不安と恐怖が揺れていた。
それでも、未知のものに立ち向かう勇気を持った少女は、目の前で起こっている信じ切れない現実を正確に伝えた。
「私にはゴブリンが『ギャアギャア』言っているようにしか聞こえない。そしてキミも同じように『ギャアギャア』と言ってる」
「は? そ、そんなわけ……」
いや待て。
待て待て待て。
ちょっと待ってくれ。
リアエルの声を聞いたとき。そしてゴブリンの声を聞いたとき、何が起きた?
映画の吹き替えのように音声が重なって聞こえていたし、激しい頭痛があったじゃないか。もしかして、あれが元々の言語なんじゃないのか?
どうしてもっと早く疑問に思わなかったんだ。
日本語を喋れるのは日本人だからだ。じゃあリアエルやゴブリンは日本人なのか? そんな馬鹿な話があってたまるか。
「まさか——」
コウはひとつの答えにたどり着く。
「——そういう
どうやら彼が異世界に来て得た能力は、【誰とでも会話ができる加護】ということらしかった。
[おいニンゲン!]
[あ、ああ! すぐ行く!]
ゴブリン兄に急かされて、慌てて返事をする。
今の返事も、周りからしたらゴブリン語に聞こえているのだろうか。
とにかく今はこんなところで立ち話をしている場合ではない。
ここは強引にでも、話を進めなくては。
落ちている弓矢と刺したナイフを回収し、
「とにかくついて来てくれ。必ず俺が君の力になってみせるから」
「ちょ、ちょっと?!」
細くて白い、まるで花の茎のように簡単に手折れてしまいそうな腕を掴んで、ゴブリンの案内に従う。
こんな可憐な少女の手を、血で汚してなるものか。
そんな覚悟を胸に、彼もまた、茨の道を歩もうとしていたのだった……。
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