第180話 成功体験こそ実は失敗の元
少し個人的な話を書こう。
私は今『特例子会社』という種類の会社に勤めている。
この会社は私の様な障碍者のための会社であり、法に則り、規模に関わらず雇う人数が決められている。
主に作業系が多いが在庫整理などもあり普通の会社の事務系はほぼない。
無論、我々の様な障害者だけではなく、その上に指導などに当たるスタッフがいる。
大方のメンバー(我々のこと)はスタッフと良好な関係にいる。
だが、ごく一部なのだがうまくかみ合わない障碍者がいることは事実だ。
いつもふらふらしていたり、自分の興味が無いものは一切応じない、立場が悪くなると逃げ腰になる……
昨今程、『心の病』が注目され、金科玉条的にもてはやされた時代はないだろう。
高度化し過ぎた情報化社会、不安な未来、個々が守られ過ぎて孤独化する育児……
その中で『心の病』という目に見えない障害は実に分かりやすい目印になった。
ただ、それが拡大解釈され過ぎてお互いが不幸になる事例を私は見てきた。
テレビなどで『障碍者に配慮しろ』と声高に言うが、それ(配慮=「加配」と言われる)がどういう風に、どうやるかのやり取りをちゃんと会社、本人、支援機関、病院などが手配しないとみんな不幸になる。
会社は『仕事をやる場所』である。
ところが障碍者本人や支援機関、親の中には困ったことにそれを理解していない。
具体的に言うのなら『加配はされて当然である』という認識でいる人が実は多い。
『お金は沸いて出てくるもので、自分はそのお金で友達が欲しがっていたゲームを毎月プレゼントしていた』という障碍者もいたのも事実だ。
障碍者に求められてるものを医師は『病気を自覚した上で会社や他人と同コミュニケーションや切り替えをするか?』と言っていた。
医師や支援者は情報をくれる。
その情報を障碍者は自分のことを見つめなおし会社に相談する。
実は私も、これが出来たのはつい最近のことだ。
私は『障碍者だからこそ健常者以上の完璧を求めなければ価値はない』と思い込んでいた。
だから、できない他の障碍者が自分の足を引っ張ると思っていた。
でも、それを『誰も理解してくれない』
そこで、自分の心や精神状態を改めて観察しなおした。
ここで役に立ったのが読書や物を書く習慣である。
少しずつ、私は過去の傷を視た。
ようやく、『今と過去は違う』ということが自覚できた。
障碍者の中には自分の病などをどうしていいか分からずに成長した人が多い。
本人としても他の人と同じようにしたいけどどうしていいか分からないみたいだ。
なぜ勝手に動くのか?
不遜な態度を取るのは何故だろう?
それを言葉にできない。
自分の意志を言葉にできないのは、きっかけが無いからで、そのきっかけは、実は失敗にあると思う。
私の子供の頃は、幸いにして手加減一切なし(「いや、していますよ」と本人たちなら言いそう)の大人たちや本がたくさんあった。
だから、一時期、知恵熱が出るぐらい物事を考えた。
自分の障害が分かった時、「文系が得意分野だから小説などが上手いんですね」と言われ半笑いした。
今だって私は他人との意思疎通すら下手なのに……
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