第144話 夢の続きは現実の始まり
発達障害。
この障害をどれぐらいの人が、どれだけ理解しているか?
そもそも、その治し方すら確立されていない。
外科のように骨折のように見て分かるものでもなく、内科のように検便やバリウムを飲めば分かるものでもない。
一応、一部ではあるがDNAを調べることで発見できるとは時々見かけるが、その検証はまだのようだ。
私も発達障害を持っている人間だが、他人に説明するのは、特に偏見や間違った認識を持っている人には苦労する。
私自身、勉強はしているがどれほどの理解力があるかは分からない。
よく『発達障害』ということで言われなき誹謗中傷、差別、いじめにあい不登校や離職勧告を受ける人がニュースになることがある。
もちろん、全く救いの手がないわけではない。
本人、保護者、親などへの公的機関の支援、ボランティアなどの再就職支援など支える仕組みはゆっくりだけど出来つつある。
そこで、問われるのは発達障害を患った本人、家族や学校の姿勢だ。
いくら支援の手があっても本人や家族がそれを否定すれば公的援助もボランティアも意味をなさない。
もちろん、本人や家族の気持ちもほんの少しわかる。
少しだけど。
昔も今も言葉は違えども自分とは違う存在を認めること自体が人にはできない。
だから、黙る。
私の最悪だった子供時代は、理解されることすら否定した。
親も頑ななまでに「普通の子」として扱った。
結果、私はPTSD(心理的外傷)というとんでもなく重い荷物を背負うことになる。
本人もまたやる気に満ち溢れ、「普通の人間」として当たり前の自由や権利が使えると思っている。
でも、障碍者手帳を持つということは健常者から想像するよりずっと厳しいものだ。
正直、金がかかる。
時間だって結構取られる。
公共サービスで割安になるというがJRなどはOKでも、地方のバスでは使えないこともある。
また、私は本当に運よく大手企業の『特例子会社』に滑り込んだ。
これが本当に「作業所」になれば給料はもらえて数千円程度で一人暮らしなどどころか、何もできないのが実情だ。
さらに始末が悪いことがある。
昨今の歪んだ平等思想や成功体験で誰も頼んでいないのに「自分こそ世界を変える救世主」と思い込む障碍者や勉強だけしか取り柄のない馬鹿が最近多くなった。
もちろん、その周囲の大人たちだってなる可能性はあるし、そういう事例もある。
そして、犯罪者になる。
私が知っているだけでも、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教から元総理大臣の銃殺などある。
本来、文芸や映画などは体験できないことを疑似体験することのできるものだった。
テレビゲームもまた、そうだった。
それがいつしか、ただ読者や視聴者、ゲーマーの快楽道具になってしまった。
発達障害自体は実はほぼ無毒だ。
問題は、その些細なことを周囲が必要以上に責めたり逆に甘やかすことで引き起こされる。
このことを多くの人に知って欲しい。
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