第136話 学歴と偏差値と芸能界という不可思議な世界
世間では学歴が高いほど社会では有利になるという。
世で言う『学歴社会』というものだ。
例えば、東京大学や慶應義塾大学、京都大学、筑波大学、明治大学……
こういう大学は「おお」と言わせる力がある。
私の好きな作家である柴田錬三郎は慶應義塾大学の志那(中国)文学専攻をしていた。
ただ、本人曰く
「自分は大学に行くのが嫌だったけど『塾』は脇の堂って意味だから行ってみた」みたいなことを書いている。
(なお、これに対しての反発が相当あった模様)
加えて、戦争をしていたので倍率が二倍だったそうだ。
対照的なのが同じく好きな作家の池波正太郎。
彼の最終学歴は小学校。
十三歳、今でいう中学校一年生から実社会で働いていた。
親のお店のお手伝いではない。
一人の社会人として働いていた。
「それが普通だったから」
と本人は普通だった。
しかし、令和の今。
学歴社会は続いている。
その中で芸能界も、高学歴の芸人は珍しくない。
ただ、その芸が果たして面白いかははなはだ疑問ではある。
その芸能の中でも歌舞伎などは昔は閉じられた世界で「梨園」と呼ばれるほど世間と隔絶した世界とも聞いている。
以前書いたかもしれないが、私は子役が苦手である。
いくら子役を褒めても時間が過ぎれば第二次成長期が始まり、心身ともに変化する。
声変わり、初潮から始まる生理、親との葛藤……
そして、例外があるとしてもやがては消えてゆく。
盛りがあれば下りがある。
逆もある。
果たして純粋培養がいいのか?
それとも、多少なり世間の荒波にもまれたほうがいいのかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます