第36話 知っていることと知らないことの話
元知事だったタレント弁護士(なんでも『タレント』とつける風潮が個人的にいや)が「人生に三角関数なんて知る必要がない」と言って物議をかもしている。
私の感想。
「確かに知らなくてもいい。でも、知っているほうが人生が豊かになる」
ただし、こう付け加える。
「知識は人生を豊かにする。でも、同時に制約や見栄を張ることがある」
例えば「コーヒーを飲んだ」だけだと読者には、その風景は浮かばない。
それを
『喫茶店に入った俺はコーヒーを注文し一息ついた』
だと読者は「ああ、喫茶店」だと分る。
『俺は仕事帰りに職場近くの喫茶店に入りマスターにいつものコーヒーを注文した』
こうすると読者に分かりやすい。
かつ、『俺』がコーヒーにこだわりがあったらこんな風になる。
『マスターがいれるフルシティーローストの苦い香りが一瞬だけ嫌な仕事のことを忘れさせてくれる』
当たり前の話だが、小説にはいろいろな職業や性格の人物が出てくる。
伝え聞いた格言(なのか?)だが「その人物の職業を書くのなら現実の同じ職業の人と同等に話せる知識を持て」という。
実際問題、私の小説には医者もいて(次々作ぐらいに出る予定。目下資料を集めている)調べることは山のようにある。
「天才外科医がいて手術して難病の患者を治しました」
なんて面白くない。
調べるのは骨が折れることだ。
ただし、欲しい知識だけなんて都合よくいかない。
調べれば調べるほど『知らなくてはいけない知識』が増えていく。
もちろん、それは本文で使えない。
しかし、物語の矛盾を生まないためには必要な作業だと思う。
ここで私の好きな俳優(声優)の話をしよう。
『広川太一郎』という人をご存じだろうか?
吹替やナレーションの功績(なのかな?)のある人で三十代より上の人には名前は知らなくても声を聞いたら「あ、あの人」と分かる人がいるかもしれない。
もう、鬼籍に入って大分過ぎたが生前、こんなことを言っていた。
「自分たちはアニメなどで簡単に『ワープ』なんて言う。だけど、調べてみたら光は一秒で地球を七周半する。その光が一年かかるのが一光年。調べていけばいくほど簡単に『ワープ』なんて言えない」
で、ここから、マイナスのことを書く。
知識や経験が増えるのは(今の場合、知識だけの頭でっかちになりがちだけど。自戒を込めて)悪くない。
ただ、それで自分を過大広告して「超大作」「知識人」などと自称するのは正直、滑稽だし「恥知らず」と言いたい。
先の広川氏ではないけど、本当に知識や見識があるのなら必要以外のことは黙っている。
メッキは剥がれるのが早い。
沈黙こそ金なのだ。
そして、本当に必要なら口を開く。
本当はそれで充分なのかもしれない。
でも、人は他人の目が怖い。
だから、メッキを張りたがる。
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