新たな可能性

「なるほど。彼女が高校を辞めた日に、あんたはその子に会ってたわけかい」


 思い出話を聞き終えた老婆が、頷きながら俺に言った。


「はい。まさかそれが最後になるとは思ってなかったですけど」


「でもどうするつもりだい?その日に彼女は高校を辞めてるんだろう。あんたにできることが何かあるって言うのかい?」


 老婆が次々と繰り出してくるそんな質問に、俺は自分の考えをまとめながら答え続けた。


「これまでは少し慎重すぎたかもしれません。次はもっと強引に行きます」


「具体的にはどうするのさ」


「彼女を直接施設に連れて行こうと思います。学校に行かなくてもいいなら、父親の影響も受けなくていいかもしれません」


「けどそれじゃあ、結局その子は学校を辞めるだろう。そうなったらあんたの初恋は実らないんじゃないか?」


「この際、俺の恋愛成就とかはどうだっていい。何よりも父親から引き離して、彼女を少しでも虐待から遠ざけること。もっと自信を持ってもらうことが重要です。もしそうなれば、その後の彼女の近くに俺はいなくてもいい」


「なるほどねえ」


 老婆がそう呟いた。その時の表情は、まるで悪巧みをしているかのように、怪しい笑みを浮かべているように見えた。だが、何も言ってこなかったため、俺は彼女への思いを老婆に語り続けた。


「思い返せば、彼女は自分が何がしたいとか、何になりたいとかを、俺にほとんど話してくれなかった。周りや父親の目を気にして、自分がしたいことよりも周りが求めることばかりを考えてた。俺が好きになったあいつには、もっと自分のために生きて欲しい。過去の彼女を見て改めてそう思ったんです」


「ふーん」


 老婆はまたもやニヤニヤしながら、不服そうに返事をした。


「文句でもありますか?」


 老婆が何か言いたげな態度を続けながら何も言わないため、俺は自分から尋ねた。すると老婆は怪しく笑って答えたのだ。


「ヒッヒ。いいや、文句なんてない。菩薩様みたいに素晴らしい心がけだね。それが本音であればだけれど」


 老婆は煽るようにそう言い放った。だが今の俺はもう子供ではない。その言葉にも大人らしく冷静に答えた。


「本当ですよ。彼女が自分の意思で行動できれば、父親への恐怖心とかからもいずれ自分で離れられる思う。それなら、たとえ高校に行かなかったとしても、好きな人生を自分の足で歩めるかもしれません」


「本当かい?本当に彼女との恋が実らなくても構わないのかい?」


 老婆は疑うように再び聞いてきた。老婆のその怪しげな雰囲気に負けそうになった俺は、地面の方を向きながら答えた。


「はい、構いません。それで彼女が少しでも幸せになれるのなら」


「こっちを見な!私の目を見て言えるかい?」


 老婆は年季が入った威圧感を漂わせ、俺を睨みつけた。

 俺はそんな雰囲気の老婆の目を見ながら、平然と嘘をつけるほど強い人間じゃない。俺は取って食われるのではないかという恐怖を感じながら、心の奥底にある弱気な本心まで正直に告げた。


「そ、そりゃもちろん、僕の初恋ですからね。恋愛も上手くいくにこしたことはないですよ。でもそれが最優先ではないってことです」


「ヒッヒッヒ。正直な子だねぇ。そういうところ、私は好きだよ」


 ビビっている俺の言葉を聞いた老婆は、楽しそうに笑いながら続けた。


「でも、ミイラ取りがミイラになろうとしてないかい?」


「どういう意味ですか?」


「彼女に自分のために生きて欲しいと言うあんたが、自分のことを蔑ろにしてどうするんだい?まずはあんたが自分のために生きな。彼女を何とかするのはそれからだ」


「言われてみればそうですね」


 老婆に言われて初めて気づいた事だった。俺は自分がやろうとしていない事を、彼女にやらせようとしていたのかもしれない。

 彼女と父親の距離を離して、なおかつ、俺の希望も叶える方法。そう考えると、俺の頭の中には、いくつかの手段が思い浮かんだ。俺はそのことを感謝の言葉とともに、老婆に伝えた。


「ありがとうございます。全てが上手くいく方法を思いついたかもしれません」


「そうかい?良かったよ。私から言わせれば、恋愛ってのは共同作業の集大成さ。どちらも楽しもうとしなければ、上手くいかないもんだよ」


 まだ言い足りなかったのか、老婆は親切にも俺の恋愛への助言をさらに付け加えた。


「でも意外でした。最初は、あなたは商売のためだけに僕の話を聞いているとばかり思ってました。正直まともなアドバイスは期待してなかったですけど、ちゃんと聞いてくれて助かりました」


 俺がアドバイスへの感想を率直に伝えると、老婆は不満そうな口ぶりで、言葉を返してきた。


「失礼なことを言うね。私だってこう見えても人の親だよ。若い子が苦しんでいるのを黙って見てるなんてことはしないさ」


「はい。ありがとうございます」


 俺は再度老婆にお礼を言うと、慣れた手つきで薬の代金を用意した。


「頂いたアドバイスを参考にして頑張って来ます」


 そう言いながら老婆に金を渡すと、老婆は薬を一粒手渡しながら俺に言ったのだ。


「あぁ、頑張りなよ。でも肝に命じておきな。私が簡単に売るのは、これが最後だからね」


「はい。行ってきます」


 そう答えて、俺は再び十年前の世界へと旅立った。

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