回想 彼女との最後の日

 あれは確か、夏休みの中盤の日だったと思う。


 部活終わりの俺は、体育館の鍵を返すために職員室に向かっていた。すると、校舎の来客用入り口の前、そこで一人ベンチに座っている彼女を見かけたのだ。

 以前家に招待された日以来、俺は彼女と普通に話せていなかった。そのため、話しかけるのを一瞬躊躇したが、通りかかる時に目が合ってしまったため、意を決して俺から彼女に声をかけた。


「久しぶり。どうしたんだ?確か部活に入ってなかっただろ?」


「はい。ちょっと用事があって来てるんです」


 彼女はぎこちない笑顔を浮かべて答えた。


「そうか」


 俺が短い相槌を打つと、彼女との間に数秒の沈黙が流れた。


「それにしても、今日も暑いな」


「そうですね」


 俺は当たり障りのないことを話そうとしたが、彼女も短い返事で答えて会話が終わってしまった。その後もいくつな話しやすい話題を出したが、彼女はずっと俯いたまま、うわの空な相槌を打つばかりだった。


「……」


 また俺たちの間に無音の時が訪れた。

 何を話していいのやら分からなかったのだ。怒らせるようなことはしてないはず。ということは、やはり彼女の家に行ったあの日のことが原因なのか。謝った方がいいのか、だとしたら何と言えばいいのだろうか。

 一人で黙ってそんな事を考えていると、彼女の方から軽く頭を下げて、謝ってきた。


「あの、この間はごめんなさい。私が変なこと言ったせいで、何だか変な感じになっちゃって」


 申し訳なさそうに言った彼女を見て、俺も慌てて彼女に謝った。


「別にいいよ。俺の方こそ避けててごめん。あんなことがあった後で、何話していいか分からなかった」


「もしまた会えたら、前みたいに普通に私と話してくれますか?」


 まるで今生の別れのように、深刻な顔でそう聞いてきた彼女が少しおかしくて、俺はつい笑ってしまった。


「ハハ、もちろんだ。と言うか、夏休みが明けたら教室で嫌でも会うだろ?休み明けテストもあるし、来年や再来年になれば大学受験もある。これからも一緒に頑張ろう」


 彼女がその後、学校を辞めるとは夢にも思っていない俺は気軽にそう答えた。

 今思うと、無神経だったようにも思う。しかし彼女とは同じ高校に通って、一学期まで同じクラスで過ごしていたのだ。これからも卒業するまで、同じように通い続けるのだと思うのが当然だろう。


「そうですね。ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 彼女はささやかな笑顔で答えた。


「それじゃあ、俺はもう行くよ」


「はい、お疲れ様です」


 そんな会話をしてから、俺は彼女と別れ校舎に入った。そしてその直後、俺は見覚えのない大男とすれ違ったのだ。半袖Tシャツにジーパン姿のその男は、校舎から出ると彼女に一言声をかけて、彼女と共に駐車場の方に行った。

 きっとあの人が彼女の父親なのだろう。彼女のことを何も知らなかった当時の俺は、それだけを考えて特に何もせずに、職員室に行った。



 今思えば、あの日に彼女は学校を辞めたのかもしれない。そうではないにしろ、俺が彼女に会ったのはあの日が最後だ。

 振り返れば、やれる事はいくらでもあったはず。彼女を虐待から救うためにできる事はあった。


 たとえ同じ時間を歩めなくても、彼女には自信を持って前を向いて欲しい。そのために俺は、再び過去に向かおうと思うのだ。

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