隣街の骨董屋はいつも、その店の娘が番をしている。そこへ私はよくガラクタを買いに行く。本当のところ、ガラクタなんてどうでもいい。私は娘に逢いに行っているのだ。

 ペンキのはげた扉を開けると、店の奥からいらっしゃいと密やかな声がする。ふらふらとそちらへ歩くと、カウンターに座った娘と目が合う。今日は何をお求めで? 娘は私を見つめると、無邪気に尋ねてくる。決まってすぐに目をそらすと、軽く会釈をする。あの眼はいけない。思うに彼女の美しさは、あの眼のせいだ。

 瞳はぬばたまのようなぽつんとした黒さだ。それが潤んで、ペンダントライトの古びた灯りを艶やかに映している。よく見れば虹彩はやや鳶色がかっていて優美なグラデーションを描いていた。翳を帯びた瞼、睫毛は長く目尻は儚げに流れる。間違いない。私が娘にどうしようもなく惹かれるのは、この眼のせいだ。

 薄暗い店内を私は歩き、棚に並べられている品々を物色する。ほとんどは通う内に見慣れた物だ。買っていく客が少ないのか、物が入れ替わることはあまりない。ほとんどの品が薄っすらほこりを被り、ひっそりと息をひそめている。そんなガラクタ達を一つ一つ眺めては、今日買うものを私は探す。私の場合、希少だとか値打ちがあるとかではなく気に入ったものを。言うならば、目が合った物を買うことにしている。

 破れかけのランプシェード、何故か常に回っている羅針盤、聖書を模した細密画、右前足のない猫の剥製。意味の無いガラクタの間に視線を迷わせている時、ふと私はゴシック調の古書の隣のものと目が合った。本当に目が合ったのだ。なぜならそれは眼玉だったからだ。

 棚の眼はピンポン玉より少し小さく、ころんとしていた。瞳の色は黒で、やや青みがかった白眼には細かい血管が浮かんでいる。ぎょっとしたが、よく見れば光の反射の仕方が妙だった。粘膜の反射ではない。

 手に取ってみて、私は思わず笑ってしまった。なんてことはない。ガラスでできた義眼だ。最近はアンティークとしての義眼を蒐集する輩もいると聞く。その時ふと、あの娘の眼もこうやって取り出せたら、どんなに素敵だろうと思った。そんなものがあったら、私は毎日それを眺めて暮らすだろうに。

 私は義眼をカウンターへ持っていく。これも何かの縁であろう。娘ほどではないが、この義眼だって美しい。これを娘の眼と思って、家で飾っておこう。

 私に気がついた娘は義眼を受け取ると、ちらと眺めて値段を言った。子どものこづかいのような値段だった。それを支払うと、娘は義眼を綿詰めされた小さな箱に入れて渡した。箱の中から義眼は私を見つめていた。

「良い買い物をされましたね」

 娘が唐突に話しかけてくる。突然のことで驚いた私は、はあ、と曖昧な返事をした。

「この義眼はただ美しいだけじゃない、美しい女を思わせます。美しい女からそっと盗んできた眼が、持ち主を物語るような、そんな風情がありませんか」

 娘は私をじっと見た。貴方は何か、物足りないという目をしていますね。そう言うと、娘は無邪気に笑ってみせる。その瞳には、私の姿が映っている。

「……実は、貴女の眼が欲しいのです」

 ぽつりとつぶやくと、ちょっと驚いたように娘は眼を見開いた。私は思わずその姿に見入ってしまう。

「冗談で言っているとお思いでしょう。しかし本当なのです。本当に貴女の眼が欲しいのです。その吸い込まれるような瞳をいつまでも眺めていたいのです」

「嬉しいですが、困りますね。私の眼はこの義眼のように取り外せないのですから」

「わかっています。だからこうして、貴女の店に通い詰めているのです。しかし見れば見るほど、貴女の眼が欲しくなってしまうのです」

 娘はしばらく考えたように目を閉じていた。私が焦れていると、やがて娘はゆっくり目を開けた。その瞳にはなぜか、悪戯な光が灯っている。

「わかりました。お譲りすることはできませんが、お望みとあればこの眼、いくらでも見ても構いません」

 ささ、遠慮することはありません。娘はカウンターから身を乗り出し、驚く私に近づく。迷ったが、娘の眼に魅せられて私も顔を近づけてみる。見れば見るほど、本当に美しい眼である。潤む眼球には私の姿が映っている。球の形に歪む私の姿は、娘の瞳の奥底に吸い込まれるようである。なにやら恍惚とした気分に私は陥った。いつまでもこうして眺めていたい。今、私の意識は全て娘の眼に向けられている。この瞳に映る世界は、さぞ美しいだろうと思う。そう思わせるくらい、娘の眼は澄んでいる。だんだん、私は眼を見ているのか、眼の世界を見ているのかよく分からなくなってくる。眼と世界と、私の意識はどっちにあるのか。分からない。私はどこだろうか。次に瞬きをしたら、いったい何が見えるのだろうか。


 気がつくと私は、娘の眼の中にいた。眼の中は美しく、その瞳に映る世界も美しい。私はただ、その景色を眺めるだけだ。どうやらあの娘はとんでもない化物だったらしい。しかしまあ、これもいい。娘の眼の中は居心地がよく、このままここで朽ち果てても構わないと思えた。

 ただ一つ残念なのは、娘の眼を外から見ることができなくなってしまったことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る