第33話 計画の全貌

「へ!?」


 鉈がナルネアをすり抜けました。見れば、ナルネアの姿がゆれています。ブレスレットが魔法を放つとナルネアの姿が掻き消えました。


『蜃気楼だ』


 ブレスレットの魔石の一つがそう言いました。


『圧縮した空気で光を屈折させてる。見た目と違う場所にいるよ』


 幻影があった場所の向こうにナルネアがいました。距離を取られています。スリングショットを構えたとき、私は背後から体当たりを受けました。不意を突かれた私は地面に押さえつけられます。


「ナルネア、俺が押さえているうちに瘴石を撒け」


 私を組み伏せたのはツモアでした。油断しました。戦闘力がないからと、完全に無警戒でした。


「この距離では魔法は撃てまい。それに鑑定させてもらったが、強いのは装備であってお前自身は強くない。押さえつければ俺でも動きを封じられる」


 ナルネアが瘴石の元へ向かいました。土魔石が地面から杭を生やして攻撃しますが、空中に逃げられ当たりません。空中に仕掛けてあった空気の機雷は水魔法で撃ち落とされました。ナルネアを止められません。


「放してください! この街の人たちを無理やり魔人化させて、許されると思っているのですか!」

「俺は許す許されるでこんなことをしているわけではない。それにお前は誤解しているようだ。無理やり魔人にするなんてことはしない。人々は自らの意思で魔人になる」

「どういうことですか! このっ!」


 私はもがきますが、拘束を抜け出せません。魔石たちがツモアを攻撃しようとしますが、私に密着しているため手が出せずにいます。


「いくら瘴石が多量の瘴気を含んでいても、粉末程度では魔人化するには足りない」

「ではなぜこんなことを!」

「だが蝕腫病になるには十分だ」

「なぜ蝕腫病が出てくるのですか。関係ないでしょう」


 ナルネアが暴風魔法のために魔力を編み始めました。大規模な魔法術式が形成されていきます。早く止めないと!


「それは、蝕腫病が不完全な魔人化によって発症するからだ」

「!!?」


 不完全な……、魔人化!?


「通常、魔人化するときは全身の細胞が一新される。濃い瘴気によって細胞が一斉に突然変異することによってな。だが稀に、少量の瘴気が狭い範囲に集中することで一部の細胞のみが魔人化することがある。そしてその細胞は徐々に増殖していき体は拒絶反応を引き起こす。これが蝕腫病の正体だ」


 ツモアの口から衝撃の事実が述べられました。私はようやくツモアの計画を理解しました。


「人々を蝕腫病にして、特効薬を配るつもりですか。キャッシュさんたちのように」

「言っただろう。自らの意思で魔人になると」


 ツモアの目的は、人間が魔人を受け入れる世界にすること。そのために彼は、人間に自ら選択させることにしたのです。


「特効薬を飲むかどうかは本人次第だがな。最初は拒んでも、闘病生活を続ければ受け入れるだろう。あれは、辛いからな」

「あなたが辛くさせるのでしょうが!」


 ナルネアが遂に魔法を発動してしまいました。もうなりふり構っていられません。


『やってください』


 私が指示を出した瞬間、ツモアを爆風が襲いました。一緒にいる私も巻き添えを食らいました。自爆覚悟でブレスレットに攻撃させたのです。私はダメージを追いつつもツモアの拘束を抜け出しました。ツモアは倒れて動けません。


 私はスリングショットを撃ちました。弾は土魔石。生み出された岩が魔石を覆い人の頭ほどになりました。魔法の制御で無防備なナルネアに直撃します。


「ぐふっ、無駄よ」


 血を吐きながらもナルネアは魔法を発動し続けます。竜巻が発生し、瘴石が空へと舞い上がっていきます。そして私たちの頭上に、ヨハン全域に広がってしまいました。


「私達の、勝ちよ」


 ナルネアはそう言うと地面に落ちそのまま倒れました。見るとMPが空になっていました。魔力を使い切って気絶したようです。



「まだです!」


 私はブレスレットを外しました。紐をちぎり、数珠つなぎになっていた風魔石たちをばらします。私はスリングショットで風魔石たちを空へと打ち上げました。


『いくよー!』『任せろ』『うぇーい!』


 魔石たちは風魔法で軌道を変え、ヨハンに散らばりました。舞い降りてくる瘴石を風で集めます。



 もし私一人が風魔法を使えたとしても、街全域をカバーできなかったでしょう。私のスキルがなければ数をそろえられませんでした。


 もしブレスレットの魔石が別の属性だったら、何もできずに終わっていたでしょう。ランクの高い魔石は高価なので、風しか用意できませんでした。


 私は幸運に恵まれました。そのおかげで、瘴石がヨハンに舞い落ちることはありませんでした。





「まさか、ここまで来て失敗するとはな」


 ツモアが目を覚ましたようです。仰向けに倒れたまま上空を見上げていました。


「ええ、あなたの負けです」


 ツモアがゆっくりと息を吐きました。そして何かを取り出し一気に飲み込みました。


「計画は失敗したが、俺はまだ負けてはいない」


 ツモアが立ち上がりました。突如全身から瘴気が噴き出し、体がみるみる変質していきます。肌が黒くなり、体が膨張します。


「なっ!?」


 しまった。飲み込んだのはおそらく瘴石です。ツモアが魔人化していきます。


「あの魔石を破壊すればまだ逆転できる。だが俺は力がないからな、主犯が人間であることも計画の内だったが仕方ない」


 魔人化が進み、背や肩に角が生えます。四肢はうろこ状のもので覆われました。髪は逆立ち、目が光ります。


「あ……、アア、Ahhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!」


 魔人となったツモアは、空に向けて咆哮をあげました。

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