第8話 お友達ですか?
能登の記憶は正しく、あの道に黒猫はいなかった。
その事実を確認したはいいが、近道で遠回りをしたのは不味かった。猫にぶつからないよう慎重に進んで行く間に、電車の出発時刻がぎりぎりまで迫っていた。能登はしぶしぶ――懲りずに階段近くの車両に乗り込んだ。自分の心を偽るのは難しい。
ここに乗車するのも3日目だ。
能登はもはや定位置となりつつあるつり革に掴まり、彼女のことを考えた。
未練がましいと思いつつも、気になっていたのは確かだ。減るものでもないし、今日も確認しよう。今日も彼女が手を振らなければ、その時こそ忘れればいいと誓う。能登は自分の言葉をどこまで信用していいのか判らなくなった。
能登がマンションを見上げると、昨日と同じタイミングで扉が開く。
スーツ姿の彼女が顔を出し、玄関に鍵をかける。彼女が振りかえり、視線をこちらに移した。能登は目が合ったと思い、慌てて顔を下げた。能登に彼女を直視する勇気など無かった。
車両の扉が閉まり、電車がホームから離れていく。
能登が思い切ってマンションを見上げると、彼女は手を振っていた。
「お友達ですか?」
背後から声をかけられ、能登は死ぬほど驚いた。
能登が振りかえると、そこには初老の女性が立っており、優しい笑みで能登を見つめていた。
「彼女はあなたに手を振っていたんですね。毎日、気になっていたんですよ」
初老の女性が物腰柔らかく言ったので、能登も反射的に笑って場を濁す。
初老の女性は、彼女が手を振っている相手を私だと勘違いしたようだった。傍目から見て、私はそこまで動揺していたのだろうか。
「これからも仲良くしなさいね」
「はぁ」
間違いを訂正するのも億劫だが、このまま初老の女性を騙すのも悪い。
能登は乗換駅までの間、居心地悪く車内で過ごした。
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