第5話 思い出した理由が分かった
能登は改札を抜け、階段に最も近い車両に乗り、つり革を掴む。
否が応にも、昨日の出来事が思い出された。顔見知りでもない相手に対し、一方が手を振るのはどんな状況だろう。それは奇妙な光景で、そこに意味を問われても理解することはできなかった。
雨の伝う車窓からマンションを見上げていると、昨日と同じタイミングで同じ扉が開いた。
期待したかと聞かれれば、返答に困る。
ただ、能登は女子高生を見つめる運転手のように、下品なことはしなかったはずだ。
昨日と同じ部屋なのだから当然だけれど、扉から出てきたのは昨日の彼女だった。昨日と同じスーツ姿で、こちらに背を向けて鍵をかけている。
しかし、彼女は鍵をかけ終えると、手を振るどころか振り向きもせずに通路を歩いて行ってしまった。
能登は1人で取り残された気分になり、昨日のできごとが見間違いだったのかと困惑する。でも、改めて考えてみれば、昨日が不自然なだけで、今日こそ自然な展開だ。
今日は彼女がこちらを見ていないので、昨日よりも無遠慮に彼女の顔を窺ってしまった。そして、先ほど望月のことを思い出した理由が分かった。
彼女は望月に似ている。
望月がコンプレックスだと語っていた、気の強そうな顎のラインなんてそっくりだ。
だが、それが何だといえば何でもなかった。自分と関係のない女性を見つめることは、社会的に変態染みた行動である。そして、私はそれを行っているにすぎない。
能登は彼女のことを意識しないよう、心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます