第5話 思い出した理由が分かった

 能登は改札を抜け、階段に最も近い車両に乗り、つり革を掴む。


 否が応にも、昨日の出来事が思い出された。顔見知りでもない相手に対し、一方が手を振るのはどんな状況だろう。それは奇妙な光景で、そこに意味を問われても理解することはできなかった。


 雨の伝う車窓からマンションを見上げていると、昨日と同じタイミングで同じ扉が開いた。


 期待したかと聞かれれば、返答に困る。


 ただ、能登は女子高生を見つめる運転手のように、下品なことはしなかったはずだ。


 昨日と同じ部屋なのだから当然だけれど、扉から出てきたのは昨日の彼女だった。昨日と同じスーツ姿で、こちらに背を向けて鍵をかけている。


 しかし、彼女は鍵をかけ終えると、手を振るどころか振り向きもせずに通路を歩いて行ってしまった。


 能登は1人で取り残された気分になり、昨日のできごとが見間違いだったのかと困惑する。でも、改めて考えてみれば、昨日が不自然なだけで、今日こそ自然な展開だ。


 今日は彼女がこちらを見ていないので、昨日よりも無遠慮に彼女の顔を窺ってしまった。そして、先ほど望月のことを思い出した理由が分かった。


 彼女は望月に似ている。


 望月がコンプレックスだと語っていた、気の強そうな顎のラインなんてそっくりだ。


 だが、それが何だといえば何でもなかった。自分と関係のない女性を見つめることは、社会的に変態染みた行動である。そして、私はそれを行っているにすぎない。


 能登は彼女のことを意識しないよう、心に誓った。

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