第3話 チョコレート事件
当時、能登には家族ぐるみで付き合っていた女の子がいた。
名前は望月美菜。能登と望月は幼稚園からの幼馴染で、小学生の頃は自分の部屋を行き来するほどの仲だった。しかし、能登と望月は俗にいう彼氏彼女の関係ではなかった。家が隣で同級生。今思えば、それだけの関係だったのだろう。
望月は能登よりも頭が良くて運動もでき、男子にも女子にも分け隔てない性格で、おまけに顔が整っていた。自分が好きだった相手だからこそ望月の短所が見えてないのかも知れない。しかし、当時の能登にとっての望月は、短所とは無縁の人間だった。
望月の短所を強いて言うなら、それは謝ることができない所だ。望月は気が強くプライドが高かった。それ故に謝ることが下手で、自分が折れるということを知らなかった。
中学3年生、卒業も間近となった2月上旬。大半の生徒が進学を決めており、卒業を待つだけの期間。その頃合いを見計らったかのように、バレンタインは訪れる。卒業すれば会えないという所がキーポイントで、告白をして付き合う最後のチャンスであり、玉砕してぎこちない関係になったとしても2カ月と待たずに相手と別れる事ができる。最後のバレンタインに、教室は沸いていた。
望月はそれに便乗したのだ。
卒業を控えた望月にとって、それは自然なことだ。そして、バレンタインは能登にとっても望月との関係を親密にするチャンスだった。
能登が自分に言い訳をするなら、望月とは家が隣同士であったために、卒業後も顔を合わせる可能性が高いということだ。告白に失敗したら顔が合わせづらいという言い訳と、卒業後にも告白のチャンスが控えているという言い訳の2つがあった。結果的に言えば、能登が告白するチャンスは、これが最後だったが。
チョコレート事件の全容はこうだ。
望月が能登に、チョコを一緒に作らないかと誘った。
これだけでは説明不足だろうが、全容はまさにそれだけだ。能登は料理が得意だったので、望月が能登とチョコを作ろうと提案すること自体は不自然ではない。だが、それは望月視点の話だ。チョコを渡す相手とチョコを作るというのは不自然極まりない話で、望月の言葉は暗に〝私は能登にチョコを渡す気は無い〟ということを意味していた。
能登は望月からチョコを渡して欲しかった。
だからこそ、なおさら望月から〝チョコを貰いたい〟とは言えなかった。
能登が想いを口に出さずにいる間に、二人には言い難い溝が生まれた。どこかで相手のことを気遣っているような余所余所しい関係。
能登が歩み寄れば、二人の関係は壊れなかったかも知れない。
望月から歩み寄ることなど有り得ないと理解していたのに、能登は望月が自分のことをどこまで大切にしているだろうと図ったのだ。
中学を卒業して1年以上経ったある日、望月は親の転勤で引っ越した。
最後に別れの挨拶だけはしたものの、お互いにぎくしゃくしたことを覚えている。
能登の持論だが、人が長年付き合う条件に〝相手との接したい距離が同じ〟という事があると思う。相手と自分の心地よい距離が同じであれば、人は長く付き合える。そうでないから、人は相手に不満を持つ。
能登はチョコレート事件から、それを学んだ。
当時、友人だった牧本は「女心の分からねぇ奴だな」と、能登の所業を一喝した。「そんなゴミみてぇなプライドは捨てちまえ」とも言われた。ただ、牧本に対しても能登は真意を伝えていない。もし、能登が誰かに真意を伝えていたのなら、結果は変わっていたのだろうか。
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