第2話 今日は、気分が乗らない日
翌日は雨だった。
能登は市バスの助手席に座ると、窓に伝う雨の滴を眺めた。
満谷市は有名な観光スポットとは縁がないが、総合病院や総合球技場、大型デパートがあり、郊外住民のバス利用率は高い。郊外住民に含まれる能登自身も、雨天の通勤にはバスを利用していた。それは能登だけではなく、車内には会社員の姿が目立つ。
能登は立たずに済んだものの、バスの助手席に座るはめになった。
助手席は追突された時の死亡率が最も高い。能登は助手席に座っているにも関わらず、自分が不吉なことを考えたものだと感心する。そして、今日があの日だという事に気付いた。
今日は、気分が乗らない日なのだろう。
雨のせいではない。能登には、気分が乗らない日が、3か月に1日ほどの周期で訪れる。
能登はそれを気分の問題だとは考えていなかった。しかし、能登はそれを示す語彙を他に思い付かなかったため、仕方なくそう呼んでいる。気分の乗らない日が訪れると、それは能登が1日を終える――床に入って意識が溶ける――まで続く。逆に言えば、1日を乗り切れば綺麗さっぱり治るわけだ。しかし、早く終われと考えるほど1日は長くなる。能登はその気だるさを疎ましく思うが、今までに解決方法を見つけることはできなかった。
外見的症状はないが、異様に心の疲弊を感じる日。
施しようのない疲弊感は、まるで砂漠の真ん中で迷っている間に、財布を落としたような気分だ。財布を拾う確立は絶望的だが、それよりも砂漠の真ん中で迷っていることの方が絶望的だ。
憂鬱な気持ちが溜息となって零れる。
能登の溜息に気付いた運転手が、あからさまに顔を顰めた。
しかし、今の能登にとって、運転手の悪態など愚痴の材料でしかない。さきほど舐めるように女子高生を見つめていたのはどこのどいつだ。能登は心の中で毒づく。
能登は眠るように目を閉じるが、憂鬱な時には憂鬱なことしか思い出せなかった。
能登はチョコレート事件について思い出していた。
命名したのは自分のくせに、その大層な名前を思い出して自嘲気味に笑う。事件といっても違法性はまったくない。元々、事件と呼べるできごとではないのだろう。
それは、能登の初恋に終わりを告げた日のことだ。
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