第24話

「新しいバイト決まったよ」

 愛川家からアパートに戻ると開口一番にそういわれた。


「喫茶店で週三で入ってくれって。ちょうど募集をかけてたところだったんだって」


 どこか興奮ぎみな彼女にえらいえらいと頭を撫でると複雑そうな顔をされた。


「もう。子供じゃないんだから」

「俺にとっては変わらないよ」


 その言葉に千春はへの字に口を曲げる。どうやら不服のようだ。


「安心してよ。今日は人がいない間に練習させてもらったけど完璧だったって」


 さらに胸を張る彼女が可愛らしくて頬が緩む。優しい眼差しを向けると千春は照れてこほんと咳払いをする。


「それよりお母さんとの話し合いはどうなったの? 」

「一応理解してくれた。今度お前の元カレにあってくる」

「その言い方やめて……」


 しゅんとした顔でそういわれるとかわいそうになり謝る。


「ごめん。俺の兄のことなのにね。それであいつと一緒に謝ることになるけど大丈夫? 」

「わかった。これでちゃんと謝ることができるからありがとう」


 どこか覚悟を持った表情でうなずかれる。


「私がしたことは許されることじゃない。だけどそれから逃げてた弱い自分はもっと嫌い。だから謝らなきゃ」

「そうだな」


 思ったより彼女は傷ついていなかった。それが意外で亮は彼女の頭にぽんぽんと手を置く。


「もう。髪型が乱れるから」

「ははっすまん」


 怒ったようにいって胸をぽかぽかと叩かれる。意外といたいが黙っていることにする。


 付き合う前の親しいそれと近いものを思いだし胸が暖かくなる。確かに辛いこともあって彼女の元を去ったことに後悔があったが今はこの生活を得ることができて心のそこからよかったと思う。


 ひねくれた自分に神様がくれたプレゼント。自分なんかが受け取っていいのかと戸惑うこともあるが今は一緒に彼女と前を進みたい。


「じゃあ今日は俺が夕飯担当な」

「ありがとう」


 記憶が戻った彼女は好き嫌いが多い。普段は黙っているからわからないが人の目につかないように野菜や食事を残していることもあった。それをめざとく見つける自分も自分だが彼女も彼女だ。


 それをおかしく思いながら彼女のすきな料理を作る。今日はシンプルなカレーだ。

 肉は贅沢はできないのでチキンカレーだ。


「今日は疲れただろう。明日に備えて休んで。片付けも俺がするから」

「疲れているのはお互いさまだよ。だから亮も無理しないで」


 気遣わしげな視線を向けられる。どうやら自分でも自覚はなかったが彼女の母とあって気疲れしたのだろう。嫌われていたはずの彼女の母に受け入れられるとは思っていなかったからこちらもかなり気を使った。その疲労が出てしまったのか。


「いや、確かに緊張したけどもう大丈夫だから」

「お母さん、無茶なこと言ってなかった? 」


 先日の一件があり千春も気がかりだったのだろう。だが彼女の母の方から歩み寄ってくれた。それが成功への一歩だと思えば苦労は吹き飛びそうだ。


「一緒に謝ってくれるってさ。だから安心して」

「そうよかった……」


 自分が完全に嫌われていたわけではないらしいと理解したのかほっとしたような顔つきだった。


「千春も明日からは立派なバイト戦士なんだから休んで休んで」

「その言い方……」


 ちょっとあきれたような顔でそう呟かれたが細かいところは気にしたら負けだ。


 亮自身明日はバイトが休みなので兄とアポをとって帰りに会う予定だ。


 二人きりになると確実に険悪な関係になるので千春の母にも同席してもらう予定だ。


 それでも直接会って兄と喧嘩にならなければいいが。


 心配事はあったがそれでも一歩ずつ進んでいることには変わりない。千春に心配をかけないように彼女のためになることがしたい。


 そうやって料理を始めるはいいが後ろから千春に抱き締められる。


「どうした? 」

「うーん。なんとなく」


 おそらくなにか不安があるのだろうが直接口にしたくないようだ。


「亮はさ、すごいよね。こうして私が困っているとこ助けてくれる」

「うーん。そうか? 」


 自分ではしたくてしてることなので彼女が引け目に思うことはないはずだと思うが。


「俺はさ、もう逃げたくないって思うようになったのは君のお陰だよ」

「お陰ってそんな誉められるようなことしてないから」


 珍しい。少し卑屈になっている彼女を見るのは。


「どうした? 今日は珍しく暗いな」

「暗いって。他に言い方ないの? 」


 子供っぽく頬を膨らませる姿が可愛らしいが本人は自覚がないようだ。


「もう。私ってなにもやってないなあって思っちゃったの」

「君だってバイトをはじめただろう」


 少しでも稼ごうとしてくれる姿勢はありがたいしその気持ちも嬉しい。


「このまま任せきりで本当にいいのかなって思い始めたの」

「いいんだよ。頼ることも大事だぞ」


 彼女の腕を握り優しく撫でる。すると彼女が手を差し出す。


 指を絡めいわゆる恋人繋ぎをする。


「俺は君に頼られたいの」

「ありがとう」


 そうやって微笑みかけると彼女は納得したようだ。


「さあカレーを作るから奥で休んで」

「やっぱり手伝う」


 唇を尖らせてぽつりとそう呟く彼女が愛しい。


「じゃあ野菜と鶏肉を切ってるから作る方やって」

「わかった」


 そして二人で時間はかかったがチキンカレーを作った。


 彼女は気に入っているのか何杯もおかわりをしていた。あの身体のどこに入るのだろうと思ったが口にはしなかった。おそらく女性に失礼と怒られてしまうだろうから。


「それ以上食べると太るぞ」

「もうそういうところはデリカシーないんだから」


 彼女の機嫌も戻ったらしく亮はほっと息をついた。


 そしてスマホで連絡をとる。


 その相手は因縁のある兄の彰だった。

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