第23話
まずは事態を整理することにした。亮と千春がしなければならないことは二つあった。
ひとつは事故の被害者への謝罪とそして二つ目は千春の家族との和解だった。
その上は被害者の事は千春の両親にお伺いをたてないとわからない。だから今真剣に策を練っているのであった。
「なあ千春、何かアイデアはないか? 」
「うーん。考えてはいるけどねえ」
思案気な顔でこちらを見やる姿は今は落ち着いていて動揺していた頃の彼女には思えない。
「ねえそれよりカード止められちゃったから私バイトしようかと思って」
「バイト? 」
確かに金はないよりあった方がいい。だがお嬢様な彼女にそれができるのかいささか不安であった。
「むう。今私にできないと言いたそうな顔してた」
「してないしてない」
必死に否定すると彼女はにっこり微笑む。
「実は履歴書用意していたんだよね。ずっと前から親や亮に頼りきりじゃ申し訳なかったから」
すると彼女は自身ありげに一枚のバイト用の履歴書をヒラヒラさせる。
「わかったけど。どこでバイトするんだ」
「喫茶店。この間飯田さんと行ったところ」
あの喫茶店ならマスターもいい人そうだったし問題ないだろう。
「よしわかった。俺が交渉しているあいだ千春はがんばってバイトしてくれ」
仕事をしている方が何かと張り合いが出るだろう。
「それだけじゃなくてさ、今亮はコンビニで働きづめでしょ。だから少しでも楽してほしくて」
本音を言うと嬉しかった。彼女が自分を気遣ってくれるなんて。
そして自分もすべてが終わったら就職を考えようと改めて思うのだ。
もし彼女との将来を考えるのならばいつまでも不安定な仕事には就いていられない。
これからはもっと真面目に自分と彼女のことを考えないといけないのだ。
彼女がバイトすることで自分も新たな生活への一歩を踏み切る決意ができるようになった。
「喫茶店一人で行けるか? 」
「もう子供だと思ってるの? 」
唇を尖らせる姿は可愛らしい。だからコツンと額をぶつける。
「思ってないよ。俺が送りたかっただけ」
「もう。過保護だなあ」
そうやって嬉しそうに笑う姿に安心した。記憶を取り戻し母と再会した彼女は弱々しかったがようやく覚悟を決めてまっすぐ前を見据えはじめた。
「じゃあいってらっしゃい」
「いってきます」
そうやって出掛ける際に玄関で軽くキスをする。
「……亮、最近甘くなったね」
「そう? 」
むしろされた方が照れているという状態に亮は笑った。
自分では自覚はなかったが確かにスキンシップは増えていた。
彼女がバイトの面接にいくあいだ何をしよう。とりあえず千春の実家にアポをとって向かおう。
***
「お邪魔します」
電話した先では嫌な顔をされたが千春について話がしたいというと渋々だが会うのを許可してくれた。
彼女の家は門まである豪邸で中に入るのは初めてだった。
彼女が家に来ることはあっても自分から彼女の家にいくことはなかったから。
「それでうちの千春なしでやってきたあなたと何を話せばいいのかしら」
どこか不機嫌そうな声でそういう千春の母は亮を見下ろした。
こちらは広いソファーに座っていて少し居心地が悪い。
「それは僕の兄の起こした事件についてです」
「それについてはもう解決した話だわ」
千春の言うとおり示談で話が終わったことになっているのだろう。
「僕自身兄の件については申し訳なく思っています。千春の記憶が戻った今だからこそチャンスではないかと思っているのです」
「それで何かしたいの」
「被害者の方にお詫び申し上げたいのです」
意を決して亮はそう宣言する。それが亮と千春二人の思いだ。
「お詫びね……」
そのことを離すと千春の母も何か考えたようだった。
「私たちが事件のことで支払った額ではあの人も納得していないようだったから」
そうすれば被害者の男性も怒りが治まるのではないかとうなずいた。
こんなに簡単にことが運んでいいのかと思ったが事件に対して真摯に向き合っていると伝えると亮の印象は変わったようだ。
「私も千春の事が絡むと冷静でいられなくなってしまうところがあるから」
それは母としての役割を担っているからとかそういう理由でもなさそうだった。
「この間はごめんなさいね」
珍しく殊勝な態度で謝罪された。なんだか意外だった。
「私、あなたのご家族の事軽蔑していたわ。でも家族は選べないからね」
それは同情なのか。それとも諦めなのか。
「僕も兄の彰に頭下げさせますから」
事件を起こした張本人を引っ張ってこなければこの事件は解決しない、そう思ったからだ。
「飯田さんの娘さんもあなたのことをフォローしてくれているみたい。私最初から思い込みであなたのことを判断してたわ。悪いことをしたわね」
どうやら飯田がとりなしてくれたようだ。感謝してもしきれない。やはり自分一人でどうこうできる問題ではなかったとようやく理解する。
亮は今まで自分一人で生きてきたと思っていたがそうではなかったのだと改めて実感した。
「わかったわ。被害者の方と連絡をとれるよう弁護士の先生に相談しておくわ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるとそんなことしなくていいと伝えられる。
「私勝手に変な想像していてあなたがとんでもなく嫌な人間だと思っていた。でも実際に会ってみるとそうではなくて真面目な人だってわかったから」
だから千春の事をよろしくと言われた。
千春を入れて話をしない方がかえって母親も落ちついてよかったのかもしれない。それには飯田の口添えが確かにあったことを心のなかで感謝するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます