第17話
いよいよ検査の日がやってきた。
その日は前日までバイト三昧だったので疲れは残っていたが問題はなかった。
千春も心配そうな顔つきでこちらの様子をうかがっている。
「そんな心配しなくても大丈夫だって。先生も念のためって言っていただろう」
「でも……」
どこかそわそわしていて落ち着きがない。
「それとも久しぶりに地元に戻ってきたから緊張しているのか?」
「それはそうだけど」
どこか歯切れの悪い口調だった。なにか気がかりでもあるのか周囲をキョロキョロと見渡している。
亮はというと久しぶりに地元に戻ってきて変化のなさに驚いていた。離れていてわずか二年。変わるものもあれば変わらないものもある。
そのなかでこの病院は名前だけは聞いたことがあった。通院するのははじめてだったが。
「まあ検査受けたらそのあと一回先生の話聞いて終わりだと思うぞ」
「もう楽観的だなあ」
確かに具合は悪かったがそこまでひどいものだとは思わなかったのだ。
こういうのは主観で動くのは不味いのかもしれないが。
「ほらもう時間だ」
受付を済ませて待合室で待っていると自分の名が呼ばれる。
「清水さん、清水亮さん」
いよいよ検査かと思うとやや緊張してくる。千春のことを言えた義理ではないなと一人ごちて検査室に向かった。
「清水さん今日はひとりでお越しですか」
「いえ彼女と一緒に来ました」
千春を彼女と呼んでいいのかわからなかったがそういうと技師はにっこりと笑った。
「それはよかった。たまに一人で抱え込んで家族にも黙っていてほしいという患者さんもいるそうですからね」
病院にも色々な事情を抱えた人たちがいるようだ。
「じゃあ始めますから楽にしていてくださいね」
MRIの機械はこうなっているのかと感心しながら技師の指示に従う。
技師は別の部屋で機械を動かしているので一人残されるといささか不安になる。
だが心配している時間もほどなくして終わる。
「はい。お疲れさまでした。今日は彼女さんと一緒に帰ってくださいね」
千春のことを彼女と呼ばれると少しくすぐったかったが悪い気はしない。
改めて自分達が恋人どうしになったことを実感した。
今までの友達以上恋人未満の関係から一歩踏み出せた。
それが嬉しかった。
「ただいま千春」
「検査お疲れさま」
病院の自販機で売られていたペットボトルの清涼飲料水を手渡される。
夏のほてった身体に水分はありがたい。
一口飲むと爽やかなレモンの香りがする。
「ありがとうな。助かった」
感謝の言葉を口にすると彼女ははにかんだ笑顔を向ける。
「千春……」
「どうしたの?」
本人はキョトンとしている。亮が彼女の笑顔を眩しく感じ思わず頬を緩める。
「いや、なんでもないよ。ここで待ってて。会計済ませてくるから」
そうして急ぎ足で歩き始める。
やはり誰かがそばにいてくれると心強いと感じたのだった。
***
会計を済ませ戻ってくると医者とおぼしき人間が千春と談笑していた。
知り合いだろうか。
だとしたら間に入るのも悪い気がした。
「久しぶり愛川さん。最近来ないからどうしてるのかなってみんなで心配してたよ」
清潔感のある若い男性の医師が親しげに彼女に話している。
「あはは。先生ありがとう」
年齢が近いからなのか楽しげだ。
医師の方からも重い話をしているわけではなさそうだ。
「でも元気そうでよかった。今日は診察に来たわけではないみたいだしね」
「ええそうです。今日は付き添いです」
「もしかして友達?」
「うーん友達なのかな?」
頬を赤らめ首をかしげる千春だった。
「その様子だと大事な人みたいだね」
「はい……。そうです」
男性の医師がにっこりと笑う。
「よかった。本当のことをいうとね。愛川さんのお母様から連絡が来て愛川さんが来ていないか聞かれたんだよ。だからなにかあったか心配してね。元気そうでよかった」
どうやら詳しいことは医師も聞いていなかったらしい。
ただ千春の母親が心配していただけだということらしい。
「今度診察するときはそのこともしっかり聞かせてもらうからね」
彼は千春に微笑むとその場を去っていった。
どうやら昼休憩の途中で会ったということらしい。
「亮っ」
話を聞かれていたのに気づき千春はどこか気まずそうな顔をした。
「さっきのは聞かなかったことにして……」
「さっきってどの辺りから?」
そういうと彼女は困ったようにこちらを見上げる。
「それはその……。私が先生としゃべっている辺り」
もじもじとごまかそうとする姿がおかしくて亮は小さく笑う。
「もうなんで笑うの?」
「ごめん。ちょっとかわいいなって思ったから」
それを聞くと彼女の耳が真っ赤になっていた。
「急にのろけるの禁止です」
「悪い悪い」
千春は唇を噛み締めて亮に尋ねる。
「それより気にならなかったの?先生と話している内容とか」
「それは君から話してもらうまで聞かないことに決めてるから」
本当のことは気になっていたが本人に記憶がないのと事情をうまく説明できないのとで聞くのは後々にしようと思っていた。
何より彼女に隠れて探るのは性にあわない。
「ありがとう」
彼女は微笑む。今までのどこか気遣わしげな笑顔ではなく。まっすぐにこちらを見据えて。
「今日はさ。デートしよう」
改めてそういうと少し気恥ずかしかったが千春は嬉しそうにこちらを見る。
「そうだね。亮」
そしてそっと手に触れる。
これは手を繋ぎたいということだ。
亮の方もゆっくりと相手の手を握る。
恋人繋ぎはまだ恥ずかしいので普通に組み合わせる感じだ。
「久しぶりに地元に戻ってきたからあそこに行くか」
「あそこって?」
「いつも通っていた公園だよ」
小学校の頃一緒に遊んだ公園。そこで思い出を振りかえるのもいい。
「そうだね。そこなら知り合いもよらなそうだし大丈夫かな」
そうか。彼女は記憶を失って友人たちを避けていた。
それが孤独を深める結果にならなければいいが。
「お母さんも私の事見つけられないはずだし」
どこか自信があるのか彼女は深くうなずいた。
「よし、行こう」
そして二人で昔の記憶をたどりに行くのだった。
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