第12話
その日は早く来た。
兄の彰は一応定職に就いているらしく平日に電話がかかってくることはなかった。
だが週末になるとしつこく連絡してくるのだ。
亮は千春に電話には無視しろと伝えておいた。
それを彼女は律儀に守っているらしく何度も鳴るスマホを困ったように見ていた。
そしてついに業を煮やした兄はアパートの前までやってきた。
「おい亮、おまえが千春と一緒にいるってことはわかってるんだぞ」
ドアをガンガン叩く姿はもはやチンピラのようだった。
ここで騒がれると近所の人に迷惑になるのでチェーンロックをかけたドアをすぐに開ける。
「うるさいよ。近所迷惑だ」
「人の女をとっておいてその言いぐさとはさすが俺の弟だな」
「千春はモノじゃない。そんな言い方はよせ」
「はっ。お前がそれをいうか」
彰はおかしそうに笑う。それがどこか化け物じみていて恐怖がよみがえる。
大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。
亮だってかつての弱い自分じゃない。
今は二十歳を超えた大人なのだ。
「ここで話すと迷惑がかかる。近くの喫茶店で話そう」
「まずは千春に話があるんだ」
「彼女には会わせられない。あんたが何をしでかすか分からないからな」
煽るつもりはないが正直に自分の考えを伝える。
こういう相手には怯えない方がいい。
「お前と一緒に暮らしているのは知っているんだ。だから千春を出せ」
全くもって話にならない。
このままだと埒が明かないと思ったのだろう。彰はドアに手をかけて無理矢理こじ開けようとする。
「なかにいるんだろう。隠そうとしたって無駄だ」
やはり乱暴なのは昔と変わらないらしい。ため息が出そうだった。
「やっぱりあんたとは分かりあえないんだな」
「お互い理解しあおうとしていないだけだろ」
男はふんと鼻を鳴らす。
「それより千春だ。お前が邪魔するならただじゃおかないぞ」
「俺だってただで済ませる気はない」
懐にICレコーダーを隠し彰と会話を続ける。
ただの恋愛のいざこざだけではない問題を感じた。
「お前に会うのも久しぶりだな。相変わらずその生意気な顔は変わらないな」
彰はそんな亮の態度に悪態をつきじろりと観察する。
なんだか居心地が悪い。
は虫類のような顔立ちの男はなにかを考えたらしくニッと笑う。
「千春がここにいないわけないだろう」
そして携帯を鳴らす。
当然彼女は部屋の奥にいるため着信音が鳴り響く。
「それみたことか」
彰は千春がいるのを確信したらしく扉を掴む手に力が入る。
チェーンロックにしていてよかったな、と亮は内心思う。
彰の思惑は単純だ。ここで千春を引きずり出して自分の場所へと連れ帰る。
だがそうするわけにはいかない。ここは亮が食い下がるところだ。
「これ以上騒がれたくなかったら彼女を出すんだ」
「いやだと意ったら?」
「そのことについては考えていないからな」
男は低く笑った。その姿にはどこか凄味があって彼が日頃ろくなことをしていないということがわかる。
「いつもぴーぴー泣いていた弱虫なお前にしては頑張っているな」
「……うるさい」
挑発されているのがわかったがこのまま扉を開けるわけにはいかなかった。
これはわざとやっているはずだから。
「俺は昔の俺じゃない」
「さてどうだかな」
このまま喧嘩にもつれ込むかと思った矢先だった。
後ろに千春の姿があった。
「ほらいるじゃないか」
「……っ。千春何を考えているんだ」
彰はニタリと笑みを浮かべ足を扉に挟む。
このままチェーンロックごと開けようと考えているらしい。
亮のアパートはボロいが男の目論み通りにならないと信じたい。
「あなたの目的は私でしょ」
千春はどこか緊張した面持ちではっきりとそういう。
「亮にこれ以上ひどいことをしないで」
「はっ。お互い庇いあって美しい関係だな」
どこか蔑むようにそう吐き捨てる。
「お前らはいつもそうだったな。俺をのけ者にして二人でつるんで。あげく同棲か」
「それの何が悪い」
亮が言い返すと彰はきっとこちらをにらんでくる。
「亮、お前は千春をモノにしたいみたいだが先にとったのは俺だぞ」
「その言い方はやめろ」
二人が言い合っているのを千春は不安そうな顔で見つめる。
「二人ともやめて」
「私のために喧嘩しないでってか。でもやっぱりそうだろ。千春」
そんな彼女の気持ちを嘲笑うかのように彰は指摘する。
「俺たちは一年間付き合っていた。お前もまんざらじゃなさそうだったぞ」
それをどうしてここまで拒むのか。彼はそう言いたいらしい。
「だからやめろって」
亮が制止するのを振りきって彰は話続ける。
「俺は付き合っていた女に会うだけだ。それをいちいち警戒されたらたまったもんじゃない」
そして視線で千春を捉える。
「なあお前逃げるんじゃないぞ」
蛇のような目で見つめられると彼女はびくりと体を震わせる。
「千春、君はここで待っているんだ。わかったな」
怯える千春を巻き込むわけにはいかない。
そう思ったが。
意を決したように彼女が呟く。
「待って。私も行く」
後ろから彼女の声がする。どういうことだろう。
疑問に思っていると彼女はチェーンロックをはずす。
「これなら問題ないでしょう」
「わかってるならそれでいいさ」
彰はニヤリと笑って千春の肩を掴む。
それを振り払って間に亮が入る。
「じゃあ二人とも行くぞ」
そして歩き出す。
これから兄とどう立ち向かうのか亮は必死に考えるのだった。
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