第8話
手を繋いで一緒に買い物をする。
それは気恥ずかしいが子供の頃に戻ったようで懐かしい気持ちだった。
千春は大体の買い物を済ませフードコートでアイスを買う。
スプーンでカップの中のアイスをすくい口へと運ぶ。
「ふー暑かったね。極楽極楽」
能天気に延びをする彼女に亮は笑った。
「君の買い物もこれで終わったしそろそろ帰るか」
「ええまだ見たいよ」
亮と彼女の間には大量の買い物袋があった。
女性の買い物は長いのが世の常だ。
「俺も明日はバイトあるしこのまま買い物ってのもな」
「ケチ」
実際はアイスクリームは亮の奢りだった。
というのも彼女はカードとわずかな現金しか持っていなかったから。
「……俺にそれをいうか?」
「ふふーん。私は譲りませんからね」
ここまで来て負けてしまいそうになる自分の弱さにため息が出そうだった。
「しかたないな。じゃああと一時間だけ」
「ありがとう。じゃあそんな亮にご褒美」
千春はアイスを亮の口許に運ぶ。
「おいちょっと人が見てるって」
「気にしない気にしない」
あーんとスプーンを向けられると亮はおとなしく口を開ける。
すると冷たく甘いバニラの味が口一杯に広がる。
「……結構美味しいな」
「でしょう?」
自分が買ったわけでもないのに得意気になる千春がおかしかった。
思えば彼女はそういう娘だった。
天真爛漫で人のことを考えずにまっすぐ飛んでいく。
それが危なっかしくて目を離せないのだ。
でもそれが彼女の魅力でもあった。
「じゃあ亮も納得してくれたし買い物続行っ」
「おいおい待ってくれ」
大量の荷物を抱えながら彼女の向かう方へと急ぐ。
「あはは。亮ってば慌てん坊だなあ」
「君が急かすからだよ」
笑いながら亮の腕を引く。こうしていると彼女が記憶を失っているのは嘘のようだった。
前と全然変わらない。亮のことも忘れているというけれど一緒にいればいつかは思い出してくれるだろう。そんな楽観的な展望を持っていた。
そのままコスメコーナーに連れていかれる。
男と化粧など一番縁のない場所なので当然手持ちぶさたになる。
「お客様、いかがなさいましたか」
「いや連れの買い物を待っているだけです」
わざわざ声をかけなくていいのに店員は千春の方に目をやり話を続ける。
「今日は彼女さんとお買い物ですか、いいですね」
「あははそうですね」
本当はそんなものではないが否定するのもかえってややこしくなりそうなので肯定しておいた。
「彼女さんにプレゼントはいかがですか」
「そうですね」
今彼女が買い物をしている最中なのでその必要はない。
亮はこれ以上いるとなにか買わされそうで怖いのでその場を離れる。
基本的にびびりなのだ。
「じゃあ俺はちょっとお手洗いに行ってきます」
千春が会計を済ませるまで近くのベンチで時間を潰すことにした。
『ちょっとベンチで休んでる』
スマホでそう連絡だけすると荷物をまとめてぐったりとその場に座り込む。
「疲れたなあ」
ここまで買い物をするとは思わなかった。
しばらくスマホをいじりながら千春が戻ってくるのを待つ。
「あれ?清水くん久しぶり」
突然後ろから女性の声がする。振りかえるとそこには中学の同級生の飯田がいた。
彼女は真面目な学級委員だった。
だからクラスでも地味な方な亮についても気をかけていた。
「ああ久しぶり飯田さん」
本当なら昔の知り合いなど会いたくはないが一応礼儀として挨拶はする。
地元を逃げるように離れた亮としては気まずいのだ。
「本当に久しぶりね。今はどうしてる?私は地元の大学に入ったんだけど……って千春から聞いてなかった?」
「ああ彼女は……」
今は記憶をなくしているとは言えないので適当にごまかす。
まさかここに来て知り合いと出会うとは思わなかったので動揺する。
「亮、ここにいたの。勝手にいなくなるなんてひどいよお」
まずい。ごまかそうとしたら当の本人がやってきてしまった。
「あれ二人で買い物?」
「そうそう」
亮はわざと誤解させてその場を離れようとする。
だが千春はきょとんと不思議そうな顔をする。
「亮、知り合い?」
その言葉に飯田が驚いた顔をする。
「ちょっと……私たち同じクラスだったじゃん」
「ああごめんごめん」
亮が謝り千春を飯田から遠ざけようとする。
「飯田さん、こいつ寝ぼけていて」
「もしかしてあの噂って本当なの?千春が事故に遭って今学校休んでるって」
やめてくれ。これ以上千春を追い詰めるようなことをしないでくれ。
亮は心のなかでそう呟く。
「千春、前に付き合っていた人とはどうなったの?」
飯田はさらに問い詰める。
「前に付き合っていた人?」
「あんまりいいうわさは聞かなかったけどその人が事故を起こしたんでしょ。見たところひどい怪我にはならなくてよかったけど」
亮にとっても初耳のことだった。
「ちょっとまって。今千春は事故に遭ってちょっと混乱しているからあまり深いことは聞かないでほしい」
それだけいうと飯田は二人をじっと見てなにかを言おうとして口をつぐむ。
「ごめん。心配して変なこと言っちゃって……。元気そうでよかった」
じゃあねと軽く手をふりその場を去っていく。
「ああじゃあな」
この先また出会うかどうかもわからないが亮としても千春のことを考えるとあまり動揺させたくない。
いや一番は自分が動揺したくないからだったかもしれない。
気まずい空気が流れたまま残された二人は黙りこむのだった。
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