第7話

 週末になり近所のショッピングモールに向かった。

 休日なので人がごった返していて必然的に身を寄せあうことになる。


「千春、君の買い物だけど俺の財布もそんなに入ってないからな」

「大丈夫だよ。これあるし」


 まるで水戸黄門の印籠のごとくカードを見せつける千春。

 まったくこの余裕はどこからくるんだ。


「とにかくはぐれたら連絡すぐにとるんだぞ」


 亮はスマホをとりだしアドレスの確認をする。

 先日の一件以来すぐに連絡がとれた方がいいとのことで彼女の連絡先を登録したのだ。


 記憶を失っているせいなのか機械音痴なのかはわからなかったが彼女はスマホを亮にそのまま手渡してきたときは度肝を抜かれた。


 いくら信頼しているとはいえもとは赤の他人。そう簡単にスマホを明け渡してはいけないと説教をいれそうになった。


 そうしたら亮なら大丈夫、という言葉が返ってきた。


 信頼されているのかただ単に面倒なのか。

 亮はなるべく彼女のスマホの中身を見ないようにしてIDを登録する。


 しかし不思議なことに登録されているものは少なくごく少数の身近な人間のみだった。

 友人の名前も数件あるだけだった。


 新しく登録し直したのだろうか。


 推察しても仕方がないので話を切り上げる。


「じゃあ買い物いこう」


 地図を確認して婦人服が多い階に向かった。

 一緒にいるのはいいのだが女性ばかりなのでいささか居心地が悪い。


「じゃあ俺はこの辺りで待っているから」

「ちょっと一緒に見ようよ」


 買い物に付き合うと長くなるとわかっているので別の場所で待っていようとしたが彼女に引きずられる。


「ねえねえこれはどう?」

「いいんじゃないか」


 フリルのついた可愛らしいデザインのトップスだった。


「でもちょっと可愛すぎかな?」


 今度は大人っぽい黒のレースがついたカットソーを見せてくる。

「いいんじゃないか」


 どちらかといえば可愛らしい方が好みだったが両方とも彼女に似合っている。

 まあ男服を着ているよりは遥かにいいので亮は適当に付き合っていた。


「もう。亮はいい加減すぎ」


 頬を膨らませてむくれる姿はまるで子供で少しおかしかった。


「悪い悪い。俺は前のやつの方が好みだな」

「へえ。亮はこういうのが好きなんだ」


 彼女は頬を赤くしてうつむく。


「でもやっぱり子供っぽすぎない?」

「今さらだろ」


 甘口のカレーが好きだったり今までの言動だったりが子供っぽいので今さら取り繕ってもな、と笑うと彼女は悔しそうな顔をする。


「うー。亮の意地悪」


「決まったなら早く買いなさい」

「でも黒って年上に見えるはずだから大人の色気が出るかも」


 今になってもだもだしている。背伸びをしても彼女は彼女なのだから似合う方を選べばいいのに。

「君は色気より食い気だろ」

「ひどいなあ」


 もっとむくれてしまった。亮はそれがおかしくて小さく笑う。


「あっ。今ちょっとバカにしたでしょう」

「してないしてない」


 適当に手をヒラヒラさせるとそれが余計彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。


「もういいもん。私はこっちの黒でいくから」


 意地になって大人っぽい方を選ぶ。その行動があまりにも子供なので後々着なくなるのではないかと心配になる。


「買ったらちゃんと着るんだぞ」

「言われなくてもわかってます」


 彼女はレジに向かい支払いをカードで済ませる。


「じゃあ次はあっち」

「ちょっと待ってくれ」


 休日なので混んだ店内で案の定はぐれそうになる。


「ん」


 彼女が手を差し出す。


「どうしたんだ?」


「はぐれちゃうから手繋ごう」


 千春は自然に亮の手のひらを自分のものと合わせる。

 いわゆる恋人繋ぎというやつだ。


 周囲の目が気になり亮は気が気でなかった。


 そして彼女の柔らかい手の感触に体温が上昇する。

 恥ずかしい。


 まるで恋人同士みたいだ。

 一緒に暮らして一緒に買い物をして。


 実質同棲したカップルのやることだ。


 それが違うのは彼女が記憶を失ってその状況を打破しようと家を出たからだ。

 千春はいつまで亮のそばにいるつもりだろう。


 彼女の母親はかなり怒っている。

 それは相手があの亮だからだ。


 昔から二人でいるのをよくは思ってくれていなかった。


 それは亮個人がどうとかというより清水家の荒れた事情を知っていたからだろう。


 子供の情操教育のためにもよくないと危惧したのかもしれない。


 それが何の因果か自分の娘が清水亮の家に転がり込んでしまった。

 今は様子見をしているだろうがいつかは離れる日が来るかもしれない。


 その日まで彼女との思い出を胸に刻んでおきたいと切に願っているのであった。


「ふふっ。ねえ昔もこうして手を繋いだことあった?」


 千春はどこか上機嫌だった。


「あったよ」


 まだ物心ついて少したったころの話だった。


「君が道に迷って帰れなくなったとき俺が迎えにいった。その時に手を繋いで一緒に帰ったんだ」


 小さい頃はただ無邪気に一緒にいられたのにどうして今になって突然できた距離に戸惑っているのだろう。


「そっか。亮といると昔のこと教えてくれるから嬉しい」


 千春は少し寂しそうに笑う。


「家にいると昔のこと、教えてくれる人はいなかったから。思い出がないって寂しいことなんだね」

「それは君のことを心配しているからだよ」


 彼女の両親はただ用心深くなっているだけだろうが本人にしてみれば複雑な心境だろう。


「って暗い話しになっちゃったね。次の買い物いこうよ」


 彼女はなにかをごまかすように先を急ぐ。

 それに引かれるように亮も歩を進めた。


 まるで子供の頃と同じようで胸が弾んだ。


 彼女に何があろうと千春は千春のままだと亮は自分に言い聞かせるのだった。

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