第7話
「探偵ではありません。そんな人物は存在していません。いえ、存在していたかもしれない、だが、あなたではない。」
「は?」
全く意味がわからん。この頭がおかしいのとでは話になら、ない。
「話のできる、まともな奴を出せよ!責任者!おい!」
「フフフフフフフ、おっと失礼。思わず鼻で笑ってしまって。気管に入って咳き込むところでした。」
「なにがおかしいってんだ!」
「いえね、残念ながらここの責任者は、わ た し です。フフフフフフフ」
「嘘だろ、狂ったおっさんに捕獲されて人生終いとは中々に嫌なランキング上位の事態じゃねぇか?」
「ははは、自虐ギャグですか。私を笑い死にさせる気ですか。」
「何の話だ、てめっ!」
動かそうにも腕を振れない。殴り倒して逃げたい所だが、どうしたものか。
「話がそれました。戻しましょう。
あなたは、探偵ではありません。事実です。そんな探偵がいたかもしれません。が、その方はとうの昔に死んでいます。それこそワープロの時代にね。」
「は?」
俺が死んでいる?いや、俺は探偵じゃない?なら、俺はなんなんだ?
「あなたが興味を抱いて追ってみた事件、ご存知ですか。」
「最後に俺が寄った廃屋コンビニで、昔、痴情の縺れで女が押し入り、店員とその女が死亡。だろ?」
「エクセレント!店員は男の伴侶、犯人は男の火遊び相手。なんとも始末がつけがたい話です。」
「それで何の関係が,,,あっ、がっ!」
頭が裂けそうな痛み、中身が膨張しすぎて押し出されるような痛みと不快感。
「思い出してきましたか?そう、勿体ぶることもない。あなたこそ、その二人の女を死にたらしめた『男』なんですよ!」
そんな馬鹿な!?探偵を下手なりに何とかやってきた長年のこの記憶はなんなんだ?
「私は、あなたのカウンセラーなんですよ。あなたが罪の意識に耐えかねて、その記憶を封じた。そして、世間に公表されることはなく、別人として長らく生きてきた。」
「そんな?」
「安月給なりに会社に心身を注いで働く姿は遠巻きに経過観察しておりましたが、哀れかつ惨めではあっても、充実しているように見受けられました。」
「そんな記憶は、俺には!あっ、アがっ!ぐっ、自分は?」
耳や目鼻から脳が引きちぎり出されるかのようなわけのわからない激痛に襲われながら、それは人の記憶なんじゃないかと思いながら、嘔吐したそれに、やるせなくて無理に大量に酒を飲んで吐いた記憶が重なる。
「だが、不幸なことに経営者の雲隠れと多額の借金。あなたははからずもまた、全てを失った。」
「そんな,,,」
「だから、人を暴こう、好きに生きようと思ったのか、探偵を名乗った。当の探偵は不摂生か下手をうったのか、どこかで死んでしまったんでしょうね。残っていた機材で盗聴して強請のネタ、個人情報の引き出し、口座の聞き取り、不倫の録音など探偵のしていたことをあなたが成り代わってしていたわけです。」
「そんな、いや、そんなわけない!」
「なら、どうして大してもううわさになっていない事件現場に戻って来たんです?あなたは全てに疲れて、愛した者の元へ惹かれてきたのでは?
それはそれで非科学的かつ、哀れで、執念の恐ろしさを感じ得ないですが。」
もう、わからなくなった。
自分が何者なのか、なんなのか。
言われてみれば確かにそう思う所も、記憶の穴もある。事件を追ってみたつもりが、逃げて舞い戻ってきただけなのか?
全ての絵の具を流し込んだら何色になるか。結局何者かわからない混沌とした黒に戻るだけ。
もうなにがなにやらわからない、考えたくない。
「さあ、もう眠りなさい。あなたはあなたをやめていいんです。
おやすみなさい,,,」
end-
そして何もなくなった @dhc
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