5 河童より君へ

 スイミングクラブを辞めた次の日。

 北斗はお母さんに頼んで、あの魚市場に連れてきてもらった。


「先月、ここでお皿を売っていた河童……みたいなおじさんを知りませんか?」


 すごく恥ずかしかったけど、北斗は市場で働いている人たちにきいてまわった。


 やっぱり河童にお皿を返そうと思ったのだ。


 こんな凄い宝物を持っているのが恐かったし、自分なんかが持っていてはいけない気がした。このお皿を持つのが相応しい勇者が頭にのせるべきものだと思った。

 それと、どうしても河童にお礼が言いたかったのだ。

 お皿のおかげで、北斗には仲よしがたくさんできたから。


 だが、いくら捜しても河童は見つからなかった。

 誰に訊いても「そんな変な人は知らない」と首を横に振るなかで、遺失物係のおばさんが、ピクッと眉を寄せた。


「君、もしかしたらカッパをさがしてるの?」


「河童さんを知ってるんですか?」


 諦めかけていた北斗は、目を輝かせた。


「なにそれ?」


 おばさんは吹き出した。


「変な表書きの手紙を預かってるのよ。売り場に落ちてたんですって」


 おばさんが遺失物の箱から出してきた封筒には「この手紙はここに河童を探しに来た少年に渡してください」と水の滲まない油性のペンで丁寧に書かれていた。


「きっと君宛てだよね。はい、どうぞ」


 封筒を開くと、丁寧にたたまれた白い便箋が入っていた。


『河童より君へ。


 私を訪ねてくれてありがとう。

 優しい君のことだから、お皿を返しにきてくれたのだろう。


 だが、お皿はもういりません。


 水を極めた私は、宇宙を目指すことにしました。

 書類審査を通過したので、明日にも日本を発ちます。

 君がこの手紙を読む頃にはヒューストンで訓練に励んでいることでしょう。


 ただ、私はすこし後悔しています。


 あの日、言葉を交わした君に私はとても救われました。

 君に託したあの皿は、そのお礼の気持ちでもありました。

 しかし考えてみれば、君の優しさに甘えてしまったようにも思うのです。


 君がいらないのなら、私の皿は海へ流してくれたまえ。

 大海原の海神わだつみが預かってくれるだろう。


 さようなら。どうぞ、お元気で。』



 北斗は手紙を握りしめて砂浜まで走った。

 そして河童のお皿を力いっぱい波間へ投げると、ほのかに丸い水平線の向こう岸へ呼びかけた。


「ありがとう! 河童さん!」


 その声に応えるように、さざ波がきらきらと陽射しを散らした。

 冬の海はたしかに春へと続いていた。

                                   (了)

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